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花の歌、剣の帰還  作者: 天谷あきの
第十章 戴冠式
149/251

戴冠式(4)

    *


 ウルスラのお陰で助かった。舞は鏡の中の、ウルスラの美しい顔を見た。今日も正装だった。きちんとしていて、とても綺麗だ。


 引き換え自分はぼろぼろだ。オーレリアが恨めしい。


 何とかコルセットをつけ終えて、エスティエルティナとファーナの角のついた革紐を外して手首に巻き付け、ドレスに飛び込んで肩の上まで引き上げたところで、オーレリアが本当に入ってきた。悲鳴は上げたがなんとか間に合った。危ないところだった。そそくさと袖を通すと、ウルスラが背中を留めてくれてほっとした。

 ウルスラは今は舞の髪をといてくれながら、不思議そうにオーレリアを見た。


「どうして彼女に手伝ってもらっちゃいけないの?」

「いけなくないのよ? お化粧はあたしもまぜてね」


 オーレリアとウルスラは既に顔見知りらしいのに、詳しいことまでは伝わっていないらしい。舞はため息をついた。


「……ひどいこと言うから」


 他にどう言えというのだ。


「まあ、ひどいことを言うの?」

「そう、ひどいことを言うの。胸がないとか洗濯板とか色気がないとか、それに恋人できても嘆かれるって」


 一番それが堪えていたらしい。言うだけで胸がずきんとした。好きな人を見つけても、嘆かれるなんて最悪だ。オーレリアは化粧箱をのぞき込みながら知らん顔をし、ウルスラは言った。


「まあ、ひどい」

「でしょう? ひどいでしょう!?」


 アイオリーナのくれたドレスは深紅と純白を組み合わせたとても綺麗なものだった。冬用だから生地も厚くて、肩も腕も首もきちんと覆うようになっていて暖かい。大きさもぴったりで、裾のなかにはひらひらがふんだんに仕込まれていて、裾から白いひらひらが覗くようになっている。腰のところはきゅっとひだを寄せて締めてあって、凝った結び方の繻子の紐で飾られている。上着を組み合わせると、豪奢すぎず、でも華美に見えて、おずおずながらも、ま、自分にしては悪くないのではないか……とようやく少し思えたというのに、オーレリアの悪口雑言で台なしだ。


「あたしそんなこと言ったかなあ~」

「言ったよ!? さっきも言ったよ!」

「私は体型というのはつまり釣り合いだと思うわよ」


 ウルスラが慰めてくれた。優しい声にほっとした。


「マイは釣り合いがとれててとってもいいと思うわよ」

「つまり幼児体型の釣り合いが取れてるってわけよね。ねえ、甘やかさなくていいのよ~? せっかく首まで覆うんだから詰め物してもいいんじゃないかとあたしは思うけど?」

「必要ないわ」ウルスラはきっぱり言って微笑んだ。「顔立ちとの釣り合いもあるんですから」

「それはつまり童顔だってことよね」


 ウルスラは咳払いをした。警告するように。

 オーレリアが黙ったのを確かめて、舞を見てにっこりした。


「……大丈夫、とっても綺麗よ? 髪を結ってお化粧すればもっと素敵になるわよ」


 その声も顔も本当にまじめで、本気でそう言ってくれているらしいとわかった。舞は顔を歪めた。つい、愚痴めいた口調になってしまった。


「それがね、こないだ笑われたんです」

「ああ、デリクにでしょ」オーレリアが舞の顔に下地を塗り込みながら言った。「あとガルテにか。気にすることないわよ。あれは口だけで、本気じゃないから」

「なんでわかるの?」

「自分で言ってたわよ? あんまりいつもと違うから驚いたんだって。驚いて、ガルテの手前、つい、こき下ろしたんだって。反省してたわよ。ばっかよねえ男って」

「……あなたにそれを言う資格があるのか……?」

「あたしはいいのよ、本気だから」

「余計ひどいんですけど!?」

「だから気にしなくていいのよ。大丈夫よ、あたしがすっごい綺麗にしたげるから~うふふ~」


 不安だ。出かける時の仕返しを今されたらどうしよう。

 舞はため息をついた。


「でもアルガスは?」

「アルガスが? バカにしたの、あんたを?」

「変な顔してじろじろ見、」


 と、ウルスラが吹き出した。驚いて見るうちにも、顔を歪めて屈み込んで、くっ、くっ、と声が喉から盛れる。髪を結う腕を動かさないように多大な努力を払っているのが分かる。舞は憮然とした。


「何で笑うかな……」

「い、いえ。ごめんなさい。私もあの時見たわ、そう、やっぱり、変な目でじろじろ見られた、バカにされたんだって、思っ……」


 くくくくく、と笑いくずれた。舞はさらに憮然とし、オーレリアを見て、

 オーレリアも憮然としているのに気づいた。なぜ?


「あーそお。ばっかばかしい。バっカじゃないのあんた」

「……なんで!?」

「ふ、うっ」


 ウルスラは必死で笑いを押さえ込んだ。手を離してしまって一段階戻ってしまった髪結いを再開しながら呼吸を整えた。


「手掛かりを、あげるわね。私も以前……ガルシアと許婚になる前よ。同じ顔でじろじろ見られてとっても傷ついたことがあるの。十六歳だったかしら? 十年近く前ね、懐かしいわ」

「ガルシアさんに?」

「ガルシアは口が下手なの。あの勇士も下手そうですからね。長い目で見てあげた方がいいわよ。あの時あなたが誤解しただろうことは、伝えておいたから、今日はもう少し違う反応をするんじゃないかしら。彼の反応については五分待ってあげなさい、ね。不器用なの、すぐ本当のことを口に出せはしないのよ」

「……ねえホントにばっかじゃないの、あんた!?」

「だからなんで!?」


 泣きたくなった。ウルスラもそれ以上は教えてくれる気はないらしい。オーレリアは言わずもがなだ。オーレリアは憮然と、ウルスラは楽しそうに、化粧と髪結いを再開した。舞はため息をついた。なんなんだ。




 十数分後、オーレリアの手が顔から離れた。彼女はしげしげと舞を見て、ふん、と言った。


「まあこんなもんでしょ」


 言って鏡の前からどくと、髪を結い上げた、いつもと全然違う自分の顔が現れた。ウルクディアでレノアがしてくれたのより、もうちょっと手が混んでいて、でも、ふだんと掛け離れた、という程ではないのだった。よそ行きの顔だ。悪くない、かもしれない。ウルスラがにっこりして、オーレリアはまたふん、と言った。


「悪くないじゃないの」

「ほんと……? ありがとう。助かりました。お手数かけまして」

「とっても綺麗よ、マイ。大丈夫。もしだれかにバカにされても、それは本気じゃないんだなって思って大丈夫よ」

「ねーせっかくだから装身具くらいつければ? 首元と耳にお揃いのつけたら華やかになっていいわよ? 持ってんでしょそれくらい」

「いやそれが……」

「ないの!? ねーあんた本当に【最後の娘】なの!? さすがのアイオリーナ姫もそこまでは予想できなかったって訳ね、当然だわ、どこの世界に自分の装身具も持ってない【最後の娘】がいんのよ!」

「いいの。これでもう充分。ふたりとも、ほんとにどうもありがとう」

「良くないわよもー」


 ウルスラと、ぶつぶつ言い続けるオーレリアと一緒に家を出た。先程までと違って踵の高い靴を履いているので、気をつけて歩かないと蹴つまずきそうになる。もたもたしているとオーレリアが言った。


「あーもーイライラするわねえ! 歩き方も知らないの? 裾つまんで、ウルスラの歩き方見てご覧なさい。いつもみたいに大股で歩くからいけないのよ、しずしずと、ゆっくり! なんていうの、もう、しゃなりしゃなりと歩くのよ」

「こう?」

「そうそう。そんな感じで」

「……これじゃあ目的地につくまで、時間かかるね」

「令嬢が急いでどうすんのよバカね。せっかく着飾ってんだから、回りに見せびらかすくらいの気持ちでゆっくり歩きなさいよ」


 なるほど。その発想は全くなかった。舞はなんだか感心した。


 ゆっくりしずしず歩いて、ようやく闘技場の跡地が見えるところまできた時、後ろからスヴェンがきた。六人もの王子の兵と一緒だった。スヴェンと兵はオーレリアを見てなぜか微妙な顔をした。それからスヴェンは舞を見て、目を細めた。


「素晴らしい」


 端的な賛辞だった。


「……どうも」

「お先に」


 スヴェンは無駄口をたたかない人だなあ、と、毎度ながら舞は思った。冗談を言っているところなど聞いたことがない。


「ねえあのスヴェンって男」


 スヴェンと兵の後ろ姿を見送りながら、オーレリアが声を潜めて囁いた。


「え?」

「いー男ねえ~」

「……そ、そう?」


 そんな感想、初めて聞いた。


「ねえ、どういう男なの」

「さあ、スヴェンのことは良く知らないなあ……もともとは学者だったらしいけど。帝王学とか、アナカルシスの歴史とかの」

「アナカルシスの歴史?」

「そう。それでね、若いのに世をはかなんで隠遁生活を送っていたところをエルギンが見つけて……見つけられたのかなあ? それで教師として初めは迎えたんだけど、その内補佐役も兼ねるようになったとか?」

「なんで隠遁生活なんて送ってたのかしら。世をはかなんだの? 何でかしらね」

「知らない」


 オーレリアは舞をまじまじと見た。


「あんたって結構さあ……興味のあることはいろいろ聞いてくるくせに、興味のないことにはほんっとうに興味がないって言うか……」


 当たり前じゃないか。


「好奇心ってもんをもっと広く持ったらどうなのよ」

「でもスヴェンのことなんか別に知りたくないもの」

「結構冷たいわよね」

「誰になら興味があるのかしら」


 ウルスラが悪戯っぽく言い、舞を見て微笑んだ。


「誰に……?」


 その時、闘技場に着いた。


 前にエスメラルダに戻ってきた時、アルガスを探して来たところだった。あの時エルギンに会った通路を通って中へ入ると、そこにはもう大勢の人間が集まっていた。外に出ていない国民は観客席に鈴なりになっていた。闘技場の外には背の高い塔が、東西南北に一本ずつ建っており、そこにもルファルファ神官兵が詰めているのが見える。ウルスラを見つけてガルシアが来た。ガルシアはウルスラを見て微笑み、舞を見て、如才なく世辞を述べた。本当に口が下手なのだろうかと舞は思う。


 流れ者たちにも何人か会った。グリスタにも会った。やっぱり「ふりふりが足りねえよ」と嘆かれた。舞はきょろきょろと辺りを見回したが、ニーナもビアンカもマーシャも見当たらなかった。デクターもいない。アルガスも。


 中央に祭壇ができており、エルヴェントラが周囲に人を集めて矢継ぎ早に指示を出している。到着したばかりのスヴェンも加わって、準備はもはや佳境に入っているようだ。と、アイオリーナが舞を見つけてやって来た。舞より少し早く到着したと聞いていたが、こうしてエスメラルダで再会すると、無事で良かったと思った。肩にはルディアスが乗っている。舞を見て、彼はかあ、と言った。


「姫! わあ、綺麗だわ……!」


 アイオリーナは駆け寄るとそう言って、本当に嬉しそうに微笑んだ。アイオリーナの後ろからカーディスも来て、舞を見てにっこりした。


「本当ですね。良く似合いますよ」

「本当? どうもありがとう。アイオリーナ、こんな素敵なものをいただいちゃっていいのかな……」

「いいに決まってるわ。レノアとエニスが縫ったのよ」


 舞は、ふたりに、ウルスラとガルシアを紹介した。といっても、カーディスはもう知っていたようだ。アイオリーナは如才なく挨拶を済ませ、ウルスラと親しみのこもった視線を交わした。それからまた舞を見て、ほれぼれした顔をした。


「ああ、本当に良く似合ってよ。シルヴィアも喜んでるわ。ね、モリーがね、旦那さんと一緒に、ウルクディアを出たそうよ? 先程ノーマンから聞いたのだけど、モリーの息子を雇ったのですって?」

「うん、そうなの。でもみんなが、母親のおかげで便宜を図られるというのは、本人には嫌なものだろうって言うから、ニコルにはまだモリーのことは言えてないんだ」

「まあそう? そういうものかしら。まあ流れ者がそう言うのなら、そう言うものかもしれないわね」


 そこで舞は、カーディスの胸元に、古びた飾りが下がっているのに気づいた。注目すると、カーディスはすぐに気づいた。


「ああ、これですか」


 ピンを外して、渡してくれた。それはもう随分劣化した、安物らしいものだった。丸い銀色の円盤に、矢をつがえた弓の意匠が彫られている。アイオリーナが言っていた言葉を思い出した。とても精巧で、どうやって作ったのか――確かに円盤と組み合わされた鎖はとても精工に絡み合っている。

 確かに作りは精緻で、技術者の腕前に感嘆させられる。が、お世辞にも綺麗とは言えなかった。もとは銀色だったのだろうが、長年の間に茶色くくすんでしまっている。

 と、横からのぞき込んだウルスラが、息を飲んだ。


「――ガルシア」


 ガルシアも見ていた。驚愕の表情だ。ガルシアは胸元に手を入れ、そこに下がっていた首飾りを取り出した。今度はアイオリーナとカーディスが息を飲んで、それを見つめた。


 それは今舞の持っているカーディスの胸飾りとよく似た、精巧だが安物らしい、開いた本と筆を象った首飾りだった。


 ――筆じゃない。


 舞は、息を詰めた。


 えんぴつだ。


『以前お話ししたな。あなたと同郷の、三人に助けられたと』


 ガルシアに言われて、舞は、うなずいた。


「……はい」

『彼らが遺したものだ』

「それは何年前ですか」

『五年前だ』


 カーディスの問いに、ガルシアは静かに答えた。もう驚愕も去ったらしい。普段どおりの落ち着いた声で、続けた。


『私にはウルスラのような魔力、というか、素養というものが全くない。タクミも同様だったらしい。この首飾りの力を借りねば話もできなかったようで、タクミが持ってきた、のだと、思う。帰る時において行ったのだ』

「この首飾りに、でも不思議な力があるとは思えないのよ。あれ以来これをガルシアが身につけても、魔力が増えたような感じはしないもの。だから銀狼が一時的にこの首飾りに何かを付与したのじゃないかと、私は思うのだけれど」


 ウルスラの言葉に、ふうん、という声が聞こえて、舞は右隣りを見上げた。オーレリアがいつの間にかのぞき込んでいた。舞は首飾りに視線を戻し、二つを見比べて、不思議だと思った。十年前にフェルドという人物が渡したものと、五年前にタクミという人物が遺したものとが、どうしてこうも似ているのだろう。まるで二そろいのものみたいだ。


 でも面白いな、とも思った。


 カーディスには本が似合う。ガルシアには弓が似合う。全く正反対のふたりに、全く正反対の首飾りとは。


「――後でもっといろいろと、詳しくお話をうかがいたいわ」


 アイオリーナはそう言って、雰囲気をほぐすように笑った。


「でも不思議ね、カーディスは弓が得意じゃないのに。ガルシアさんは得意そうだわ」

「でも本は苦手なのよ」


 ウルスラが言い、笑いがこぼれた。ガルシアとカーディスは、伴侶にやり込められた男同士が見せる共感の苦笑を交わし合った。


 舞がふたりに首飾りを返した時、アンヌ王妃が近づいて来ていたのに気づいた。王妃は一同ににこやかに挨拶をした。それから、なぜだかオーレリアをつくづくと見て、ややして、苦笑した。


「元気そうね。何よりだわ。でも……噂には聞いていたけれど。実際目にすると驚くわ……」

「何の話かしら」


 オーレリアはつん、と横を向いた。そして舞と目が合うと顔をしかめた。


「何でもないわよ! こんな時ばかり好奇心働かせてんじゃないわよ!」

「スヴェンのことは別に知りたくないけど、あなたのことは知りたいもの」

「何懐いてんのよこのバカ!」


 王妃が言った。


「この人はね、姫、十八年前までマクゴガル家のご嫡男だったのよ」

「……ええええっ!?」と声をあげたのはアイオリーナだった。「オーレリアって名前……もしかしてあの伝説のオルリウス=ケイン=マクゴガル!?」

「伝説って何よ伝説って!?」

「伝説の女たらしよ」アイオリーナは舞に耳打ちした。「貴族の令嬢という令嬢が彼に首ったけですごい浮名を流したの。それでひとりの令嬢が思い余って彼を船に乗せて心中を図って」

「なにその伝説! 信じんじゃないわよ!? 一から十まで嘘っぱちよ!」

「ふふ」


 王妃が笑う。オーレリアは憤然とそっぽを向いた。


「あたし用を思い出したわ! じゃねエルティナ!」


 きびすを返してずかずかと歩み去って行ってしまった。舞とアイオリーナが王妃に群がると、王妃はにっこりした。


「貴族の令嬢のほとんどが彼女に首ったけだったのは本当よ。でも彼女は、不幸なことに、中身は女性だったのよねえ。社交界に出てからの三年間で、彼女に思いを募らせるあまりに狂言自殺を図った令嬢が出たり、彼女を巡ってのつかみ合いの喧嘩が起こったりして、ほとほと、つくづく、女性というものに嫌気がさしてしまったの。わたくしは彼女が社交界に出る前から仲が良くてね、懐かれていたの、大きな声では言えない冒険にも何度かついてきていたものだから……ああ、姫にはお話ししたわね? ヴィードに初めて会った時、観劇に同行していた少女というのが彼女のことなの。それで彼女がやつれて見る影も無くなったものだからね、体調も崩して目も落ち窪んで、ひどい有り様だったのよ。それで、そんなに辛いなら貴族なんてやめちゃいなさいって入れ知恵をしたの。気が狂いそうになってまで貴族の体面に縛られることないわ、ってね。マーティンを紹介して、どうにかしてあげてって頼んだら、どうにかしてくれたのね。今はすっかり元気そうで、本当に何よりだわ」


「ああ、それでバルバロッサとマーティンとも知り合いだったんだ……」

「何かすげえ興味深い話題だな」


 フェリスタの声がした。見るとフィガスタとフェリスタがやって来ていた。フェリスタは舞を見て、見て、まじまじと見た。


「……すげえな」

「何が?」

「いやあ、びっくりしたぜ。良く似合うじゃねえか」

「そう? 良かった」

「そんで」フェリスタは咳払いをし、やや舞から目をそらすようにした。「オルリウスがどうしたって?」

「昔は貴族だったんだって」

「ああそりゃ知ってる。有名な話だからな」

「そうなんだ?」

「貴族の令嬢にさんざん言い寄られて嫌気がさして焼いたって、有名だぜ? 女には一生分もう言い寄られたから、今度は自分が言い寄る番だって、開き直るなってんだよなあ。そいやお前、地下街でオリヴィアに会ったろ。真相は本人に聞けってグウェリンが言ってたじゃねえか」


 聞こえてたのか、やっぱり。


「聞いたのか?」

「聞いてない。そうだ、それも聞かないと」


 王妃を見たが、彼女は苦笑した。


「流れ者になってからはさっきまで一度も会っていなかったのよ。わたくしは知らないわ」


 そこへエルギンが来た。マスタードラも一緒だ。

 エルギンも正装で、ぱりっとしていて格好が良かった。王妃とアイオリーナとウルスラが会釈をし、エルギンも礼を返して、舞を見た。長々と舞を見て、見て、何も言わない。どうしたんだろうと思っていると、カーディスがひじでエルギンをつついた。


「何か言ったらどうなんです」

「……」エルギンは咳払いをした。「よ、良く似合うね」

「……ありがとう……」


 どうしたんだろう。反応が鈍い。疲れているのだろうか、やっぱり。

 エルギンに会うのはこないだエスメラルダを出て以来だ。エルギンは目ざとく舞の左人差し指を見て、眉をひそめた。


「その指輪……」


 何でみんなそんなに驚くのだろう、と舞は思う。

 と、フェリスタが手を上げた。


「あ、俺俺。俺が渡した。よう王子、ひっさしぶりだなー。覚えてるか? 草原のフェリスタだよ」

「……あ」


 エルギンは目を見開いた。確かに覚えていたらしい。

 舞は驚いた。まさか知り合いだったなんて。

 フェリスタはニヤリと笑う。


「十年ぶりだな。元気そうでなによりじゃねーか」

「そっちも。でも姫の護衛のフェリスタって……やっぱり君のことだったのか。草原の民は同名が多いから、まさかとは思ったんだけど」

「ひょろひょろしてお日様にも当たってねーよーな顔してチビっこかったあの王子様が、ずいぶんでっかくなったもんだなー、んー?」


 フェリスタがニヤニヤとからかい、エルギンは嫌そうな顔をした。


「君は昔から全然変わらないね。……姫、グウェリンはどこに行ったんだ?」


 舞は急に話を振られて驚いた。


「アルガス? 知らない。さっきから見てないけど」

「俺も見てねえな」

「そろそろ戴冠式が始まる。悪いけど捜して来てくれないか? 戴冠の時には、彼にもいて欲しいからね」


 そんなに仲良しだったっけ? と舞は思った。マスタードラが微妙な顔をし、フェリスタは豪快に笑った。


「こりゃーいいや! なー王子さんよ、あんたやっぱ結構面白え男だなあ!」

「……そして君にも」エルギンはフェリスタを睨んだ。「いてもらわなきゃいけないようだね」

「はは、そんでも不本意なことは不本意なんだな! おもしれえ!」


 何が面白いのか、さっぱりわからない。アイオリーナとカーディスは、舞より事情を知ってるらしく、面白そうな顔をして成り行きを見ている。舞はとりあえずうなずいた。どちらにせよ、ニーナたちを捜しに行きたいと思っていた。と、王妃が言った。


「ああ、ちょっと待って。アイオリーナ、頼まれたもの、ちゃんと持って来たわよ」

「まあアンヌ様、恐れ入ります」


 王妃はドレスの隠しから、小さな箱を取り出した。舞の前でそれを開くと、そこには小粒だが、きらびやかな宝石が入っていた。耳飾りが一揃いと、お揃いの首飾りだ。派手ではないが、清楚できらきらしていて、宝石と鎖を組み合わせたとても優美なものだ。

 アイオリーナがのぞき込んで、にっこり笑った。


「以前わたくしの婚礼の時にくださるって、見せてくださったでしょう。わたくしより姫に似合うと思って」


 舞が驚いているうちに、王妃はさっさと舞の後ろに回って首飾りをつけた。しゃら、と首元で宝石が鳴って、その音に仰天した。


「え……ええっ!? こんな高価なもの……」

「いいのよ。これはもともと母が、若いころにつけていたものなの。わたくしがつけるにはもう若すぎるしね、アイオリーナにあげようと思っていたものだから。あなたなら、母も喜ぶと思うわ」

「でも、」

「わたくしは自分のをいくつか持っているし。あなたはもしかしたら、持っていないんじゃないかと思ったの。これならこのドレスにぴったりでしょう? わあ、やっぱり良く似合うわ! とっても可愛い」

「そ、そう!?」


 ふたりに促されるままに、耳飾りまでつけてしまった。ふたりは口を揃えて褒めてくれた。ウルスラも、カーディスもだ。フェリスタとエルギンは無言だった。舞はアンヌとアイオリーナに丁重に礼を言った。こんなに着飾ったのは初めてで、何だか居心地が悪い。動くだけで耳元でしゃらしゃらと繊細な音がする。


「……んで、グウェリン捜しに行くんだったな」


 咳払いをして、夢から覚めたようにフェリスタが言う。舞は頷いた。


「そう、あとニーナとビアンカも。ちょっと失礼します」


 みんなに断って、きびすを返した。エスティエルティナとファーナの角のついたいつもの革紐を、手首に巻いておいて良かったと思った。魔物の角を身につけていることを、王妃に悟られるのはやはり気後れがする。


 いつもの癖で、ついいつも通りの歩幅で足を踏み出したものだから、踵の高い靴と裾の長いドレスにあっと言う間に躓いた。わ、と声を上げると、ひょい、とばかりに体が浮いた。舞は仰天した。フェリスタが舞を抱え上げている、


「わーっ!?」

「時間があんまりねえんだろう。ちんたら歩いてられっかよ」

「や、自分でっ、自分で歩けるってばー!」

「うるせえ、舌噛むから黙ってろ!」


 フェリスタは舞を抱えたまますごい勢いで走りだした。騒然とした広場があっと言う間に後ろに流れて行く。

 行き過ぎる人々がみんな呆れている。舞は暴れるのをやめた。暴れても意味がないばかりか余計に人目を引くばかりだ。


「お……重いでしょ?」

「全然。お前ちゃんと食ってんのか? で、どっち行く?」

「まずはやっぱり、デクターの家かな」


 舞は方向を指した。合ってんだろうな、と言われてムッとした。

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