再会(4)
*
ニコルは母親と同じく、とても気持ちのいい人だった。
舞よりもふたつ年下の、十七歳だと言う。馬にはあまり慣れていないようで、二日目の夜に馬を止めた時には、初日にも増して蒼白な顔をしていた。申し訳ないと舞は思った。こんな強行軍が初仕事だなんて、さぞ辛いだろうに、ニコルは一言も弱音を吐かなかった。それどころか馬を降りたらすぐに、よろよろと薪を拾いに行くのだった。なんてけなげなんだろう。本当に、モリーの息子という感じだ。ガルテの薬が少しでも役に立つといいのだが。
「ニコルはすごいねえ……」
思わずその背中を見て呟くと、アルガスが頷いた。
「たいしたものだ」
「根性はあるよ、確かにな」ノーマンが言った。「『まだら牛』で、俺ら四人とバーサの間に割り込もうとしたもんな」
「何それ?」
「いや、バーサをちょっと威嚇したのさ、俺達が」
「威嚇、したの?」
「威嚇というか、警戒というか。まあ杞憂だったんだけどな。そしたらあいつ、ろくに剣も使えねえくせに、バーサを庇おうとした。勝ち目なんかねえってわかっているだろうにな。そうでもなきゃいくら便宜を図るっつったって、グウェリンがあんたの前に連れてまではこねえよ」
「ふうん……モリーが言ってた、よ」敬語を使うなと釘を刺されているので、舞は気をつけて言葉を選んだ。「恐れ多いことだけど、代表のご子息なんかより、ニコルの方がよっぽど良くできてるって。確かにそうだ、比べるのも失礼なくらいだ。でもどうして、モリーのことをニコルに話しちゃいけないの? モリーは近々エスメラルダを目指すんだから、このまま一緒にきたら、遠からずばれるよ」
「まあそうなんだが。母親のお陰で便宜を図られるというのは、本人には嫌なものじゃないだろうか」
アルガスが言い、そういうものかなと舞は思う。よくわからないけれど、そういうものかもしれない。
それならモリーに会った時に、口止めした方がいいのだろうか。
今日はフェリスタが水を汲みに行き、グリスタとジェスが周囲を見回っている。アルガスとノーマンがその間、舞のそばについている、ということらしい。そして昨日のとおりなら、たき火をして湯を沸かして食事の支度をする間に、今舞のそばについているふたりが全員の馬に水を飲ませ、草のあるところへつなぎに行くのだ。いつの間に役割を決めるのか、昨日から気をつけているのにちっともわからない。流れ者というのは本当に大変だ。暗黙の了解が多すぎる。流れ者になるのにまず作法を習おうとしたルーウェンは、きっとそういうことがよく分かっていたのだろう。だから、ニコルにもこの機会が得られたのはいいことだったのかもしれないと、思おうとした。もう少しやんわりとした初仕事だったなら、もっとよかったのだろうけれど。
それにしても居心地が悪い。自分も薪を拾ったり水を汲んだり、馬に水を飲ませたりしにいきたいが、それは昨日寄ってたかって止められている。確かに護衛の対象がうろうろ動き回っては邪魔でしょうがないだろう。仕方なく舞は伸びをした。全身をほぐして、伸ばして、軽い体操をした。こういう点はひとり旅の方が気楽だと思ったが、それよりも、今は、話し相手がいることが嬉しかった。
ティファ・ルダの住民を騙っているかもしれない五人の存在が、舞の胸を重苦しくしていた。ひとりだったらきっともっと辛かっただろう。相談に乗ってもらえる、話を聞いてもらえる、舞の代わりに周囲の安全に気を配ってもらえるから、舞は夜もぐっすり眠れるし、アンヌ王妃のことをよくよく考えられる――護衛に囲まれているのは確かに窮屈ではあったが、でも悪いことばかりではない。
けれどどうにもこうにも、居心地が悪いのだ。
フェリスタが水をいれた桶を持って戻ってきた。
「アナカルディアにつくのは明後日の夜ってところだろうな」
どすん、ちゃぷん、と桶をおいてフェリスタは言った。
「明日の夜にゃ先行してる奴のうち誰かに会うはずだ。集落で待ち合わせてるからな、明日は風呂にも入れるぜ」
「うん。わかった。……なんか……至れり尽くせりだね、あの、あたし何かすることない?」
ついに言ってしまった。三人が呆気に取られて自分を見たので、さらにいたたまれなくなった。
「だってその、地下街で準備してくれてたり、水汲んだり見回ったりしてくれてるのに、ニコルだって体ぼろぼろなのに薪を拾いに行くし、なんかあたしだけ……」
「おいおい」
ノーマンが苦笑し、フェリスタが手を振った。
「ああ、わかったわかった。俺が悪かった。じゃあ薯、むいてくれ。な?」
「うん」
フェリスタは重たそうな背嚢を取り出して、中から薯をいくつか取り出した。舞はほっとして薯を取り、小刀で皮をむいた。フェリスタはラインディアへ向かう時にも使っていた鍋を取り出して、水をいれた。ノーマンが笑う。
「あんた雇い主だろうがよ。金払って雇ってんだから気にしねえでいいのに」
「何やってんだあ、娘っ子。薯なんかむいて」
ジェスとグリスタが戻ってきた。ニコルも一度戻ってきて、集めた枯れ枝を置いて、ガルテの貝を持ってまたよろよろと離れて行った。ここで塗っても構わないのにと思うが、そういうわけにもいかないのだろうか。
「カシロで汁物作るんだ。娘っ子が気に入ったようだからな」
フェリスタが薪に火をつけながら言い、グリスタが笑った。
「餌付けか。マメだなあ」
「一番効くんじゃねえかって気がするぜ」
何の話だろう。
皮をむいた薯を切り分けて鍋の中に滑り込ませ、ふたつめの薯に手を伸ばした時、アルガスがじっと舞の手元を見ていたのに気づいた。なに? と言うと、アルガスは言った。
「皮をつなげたままむけるんだな」
どうやら感心されていたようだった。確かに先程の薯は丸々としてでこぼこがあまりなかったので、皮は途切れずに結構長く続いていた。くるんと渦巻きのようになってたき火の明かりに白く光っている。アルガスは静かに続けた。
「すごいな」
どうしたんだ。
「……そ、そうかな?」
「皮をそんなに薄くむけるのもすごいな」
「わあ、皮むいて感心されたの初めてだ」
思わず笑みがこぼれてしまった。いったいどうしたんだろう。やけに素直ではないだろうか。フェリスタが呆れた。
「お前むけねえのかよ。流れ者になって長えくせに」
「むける。だが俺がむくと実が極端に小さくなる。理不尽だ」
「……むけるって言うのか、それ」
「だから薯などの皮はよく洗ってそのまま使うのが一番だという結論に達した」
「達するなよそんな結論」
「ゆでれば指でむける」
我慢していたのに、ジェスとグリスタが遠慮なく吹き出したので、舞も我慢できなくなってしまった。危うく指を切るところだった。ちょうど戻ってきていたニコルが、
「俺もそうなんです」
と座り込みながら滑らかに話に加わった。
「お袋が俺に料理を覚えさせようと、そりゃもう涙ぐましい努力をしたんですが、さっぱり駄目で。親父は家具職人なんで、やっぱり鋸とか鉋とか教えてくれようとしたんですが、それもさっぱり駄目で。バーサのおやっさんにも、モリーの息子のくせにって呆れられました。でも薯がねえ、どうしても、極端に小さくなるんですよねえ。理不尽ですよね」
「全くだ」
アルガスが頷く。流れ者たちはもう全員が腹を抱えて笑っている。同じ薯とは思えないですよとニコルは舞の手元を覗き込みながら言い、舞も笑いながらも感心していた。ニコルは確かに、いろいろな人の間に交じって話を聞き回る仕事には向いていそうだ。イーシャットなら見どころがあるというかもしれない。
ニコルに戸籍を出してあげられるとモリーには言ったが、ニコルはどう思っているのだろう。欲しいのだろうか。訊ねたかったが、できなかった。訊ねていいのかどうか分からない。流れ者の作法というものを、やはり自分も習った方がいいようだ。そしてアルガスもだと、全員の馬を集めてノーマンと一緒に水を飲ませに行くアルガスの背中を見ながら考えた。自分で望んで焼いたわけではないのだ。ムーサに無理やり焼かれたのだ。もしかしたらまだ欲しいかもしれない、でもそれを聞いていいものかどうかわからない……
食事の後、舞は、再び体操をした。ニコルが、見ないふりをしながら、やり方をしげしげ見ているのに気づいたので、マスタードラに教えてもらったやり方を一から全部、ゆっくり使って念入りにほぐした。ほぐし終えると体がぽかぽかしてきた。用を足しにたき火のそばを離れ、その後近くの川へ歩いて行って体を拭き、顔を洗って歯を磨くうちに、眠くてたまらなくなってくる。
そして思い出した。初めて馬に乗るようになった頃、一番辛かったのは三日目だった。つまりニコルにとっては明日だ。ガルテの薬の中に鎮痛剤もあった気がする。またグリスタに頼んで渡してもらった方がいいかもしれない。
と。
すっ、と、空気が冷えた。
反射的に身を伏せた。気配は左にあった。ウルクディアの方角だ。一行の中で女性なのは舞だけだから、どうしても舞がひとりになる時間というのはわずかにせよある。その時間に見当をつけていたのかもしれない。声を立てるのが得策とは思えなかった。全身の肌がぴりぴりして危険を伝えていた。エスティエルティナを首元から外して手のひらの中に握り込んだが、元に戻すには音が――
アルガスが走ってきた。遠くから殺気を放っていた誰かは諦めが早かった。矢を撃つこともなく気配が失せた。「くそ、撃たねえか」と、少し離れた場所でフェリスタが毒づいた。振り返ると彼はいつの間にか、気配のあった方へ向けて矢をつがえていた。
「撃ったら万事解決だったのによ」
「う、撃ってたら姫かアルガスに当たるんじゃ」
と言ったのはニコルだ。フェリスタは鼻で笑った。
「グウェリンがそばにいてか? 当たるわけねえだろう」
「大丈夫か」
とアルガスが言い、舞はしゃがんだままアルガスを見上げて頷いた。
「大丈夫だよ。ありがとう」
そして川に向き直って、とりあえず口を漱いだ。どうやら本気で狙われているらしい。それはやはり、ティファ・ルダの名を騙る人間がいるということだろうか、そして彼らにとって、舞が本当に邪魔だということなのだろうか。
「ラインディア兵、何をやってやがる。怪しいのを通さねえって言ってたじゃねえかよ」
グリスタが毒づいている。そうだ、と舞も思った。怪しいのは通さない、とラインディア兵ははっきり言っていた。それなのにまた襲われそうになったということは、ウルクディアにいた刺客とはまた別なのか、それとも、
――怪しくないように見える人物だということだろうか。
たとえば、ラインディア兵のよく知る人物だとか。もしくは、弓など撃てそうもないように見える人物だとか。
そうだとしたらどうやって追いついたのだろう。舞たちもかなりの速度で進んで来た。ラインディア兵の検問を通って追いつくには、昨日の夜も休まずに追って来たということだ。そこまでして、どうして。
舞はアルガスと並んでたき火のそばへ戻りながら、呟いた。
「もしかしてあたし、顔を知ってたりするのかな……?」
そう、あの天幕の中にいた、誰かだったとしたら――
アルガスが足を止めた。
「聞きたいと思っていたんだが」
振り返ると、静かに問われた。
「――あのまま、逃げたわけじゃないのか?」
「え、……何が?」
「ティファ・ルダで、俺と別れた後、……何があったんだ?」
「あれ?」
舞は瞬きをした。てっきり知ってると思っていた。でも記憶を探ってみれば、確かに、シルヴィアにそれを話した時には聞いていなかったような気がする。今までずっと、舞が話さないことまで知っていたから、思い至らなかった。
それならば話すべきなのだろうが、でも――
――嫌だな、
と、思った。知られるのが嫌だ。アルガスにとってみれば、ティファ・ルダで死にかけてまで助けた相手が、実は逃げずに王の天幕に行って、その上まんまと捕まったなどと知ったらきっと、とても嫌だろう。冗談じゃないと思うだろう。自分でも馬鹿だったと思うのだ。また考えなしだとか判断力がないとか怒られそうだ。
「えーと、その……」
「あの時魔物などいなかったのに、助けた魔物というのは確かに存在したらしいし、七日後に将軍にティファ・ルダで会ったというし、その割に将軍に匿われたわけでもないようだ」
数え上げられて、それは確かに不思議だろうなあと思う。
アルガスの瞳はかすかに藍色だ。この色は多分、先程の殺気のせいだ。けれど気後れがした。アルガスはまだ舞がファーナにどのように拾われたのか知らない。魔物というのは忌み嫌うべき存在だと、あの時将軍にも、エスメラルダでみんなにも、言われた。アルベルトを知った今では、舞もそう思う。アルガスは魔物について調べているというのだから余計にそうだろう。そう、ファーナは確かに王の兵を、人を、たくさん殺して食べているのだ。それなのに舞がファーナの誘いに乗ったことを、そうやって生き延びたことを、知ったら、アルガスはどう思うのだろう。
――そしてあたしがまだファーナを悼んでいるということを……アルベルトと同じ存在だと分かっていても、やっぱり性懲りもなく大好きなのだと、今でも会いたいのだと、いうことを、知ったら。
どう思われるのだろう。
「あの後、何があった?」
重ねて訊ねられて、つい後ずさりをした。怖い、と思った。嫌だ。怖い。知られたくない。知られたら、きっと、
そして驚いた。何が怖いのだろう。どうして。
「――何やってんだ? 早く来いよ」
フェリスタが呼んでいる。アルガスの問いはとても静かだったから、どうやらみんなには聞こえなかったようだった。舞はほっとして、そそくさと、逃げるようにそちらへ戻った。簡単に一言で話せる内容ではないからだ、と自分に言い訳をした。できればもう少し落ち着いて、そう、エスメラルダに戻ってからにさせて欲しい――
*
姫は今夜もあっと言う間に眠ってしまった。
寝袋の中にもぐりこんでもぞもぞもぞとしたかと思うと、次の瞬間にはもう熟睡しているようだった。ニコルは、だから安心して、盗み見た体操を試してみ始めながら、どうしてこの人は命を狙われたばかりだというのにこんなにあっさり眠れるのだろうと考えた。肝が据わっているのだろうか。やっぱり暢気なのだろうか。流れ者たちを信頼しているからだろうか。でも。
加えてもらってからずっと必死で耳を働かせたお陰で、一行の人間関係が少しわかって来ている。アルガスとフェリスタの他は、ウルクディアで、アイオリーナ姫を救出するために雇われたばかりだったらしい。アルガスとフェリスタはそれより、恐らくはもうずっと前から、組んで一緒に仕事をしていたに違いない、とニコルは思っていた。なんだか、すごく息が合っているようだから。
そしてこの三人は、かなりややこしい関係でもあるようだ。
姫がふたりのことを信頼しているのは間違いない、と、運動しながらニコルは思う。けれども、さっき、姫はアルガスから逃げるようにした。後ずさって、フェリスタの呼んだ声に、ホッとしたように駆け寄って来た。刺客に襲われた直後にも平気で眠れるほど信頼している相手なのに、一体どうしてなのだろう。気になってたまらない。
アルガスは寝袋の用意をしている。今夜の割り当て時間もニコルと同じ夜明け前のようだ。割り当て時間になったら、なんの話をしていたのかさりげなく聞いてみようかと思うが、でも、姫は早起きなのだ。今朝もニコルより先に起きていたほどだ。明日も多分そうだろう。アルガスよりは姫に聞いた方がいいのかもしれないが、でも、あんまり首を突っ込むのはよくないだろうか。
と、フェリスタが言った。
「……何威嚇してたんだ、さっき」
やはり気になっていたようだ。アルガスは寝袋にもぐりこみながら、一瞬だけ姫の方を気にするようにした。
それから低い声で言った。
「……そう見えたか?」
「違うのか? そうでなきゃ、娘っ子が怯えるわけが……いや、実際に威嚇しても怯えてなかったよなそういえば。だから余計にだ。何を言ったんだ?」
「怯えていたように見えたか」
アルガスが言う。その声は相変わらず低く、静かだが、今は呻いているように響いた。ああ、とフェリスタが言うと、アルガスはため息をついた。
「俺にもそう見えた。……なぜだ?」
「いやそれは、俺が聞いてんだろうがよ」
「さっぱりわからない」
呻いて、アルガスは寝袋の中にもぐりこみ、長い息を吐いた。ため息だろうかとニコルは思った。そのまま動かない。寝てしまったのだろうか。
しばらく待ってから、フェリスタが、なんだよ、と言った。
「んで結局何を言ったんだよ」
返事はない。本当に寝てしまったのかもしれない。全くややこしい関係だなあとニコルは思って、自分も寝袋にもぐりこもうとした。と、フェリスタの腕が伸びた。
「何なんだよ、くそ」
「……………………!!!!」
いきなり腕をつかまれて背中に足を当てられて技をかけられた。それはもう全く容赦のないねじり上げ方で、ぼきぼきぼきぼき、と全身が鳴った。ニコルは必死で口を閉じた。声をあげたら悲鳴が出る。寝ている人たちを起こしてしまう。ややしてフェリスタは腕をゆるめたが、
すぐに右腕がニコルの首に巻き付いて、上半身をねじり上げられた。ゴキゴキバキバキポキリゴキゴキと全身の骨と関節が面白いように音をたて、ニコルは頭の中だけで叫んだ。
――ぎゃあああああああああ!
「ただの護衛じゃねえみてえなのがいちいち気になるんだよ、くそっ」
――八つ当たりなのだろうか、まさか、
「ああ悪ぃなニコル。八つ当たりだ」
「やっぱりですか……っ!」
押し殺した声で悲鳴をあげると一瞬腕が緩み、また違った形に技をかけられた。もはや声も出ない。見張りのグリスタが呆れたような顔をしている。
「大変だなあ、おめえも」
どっちへ言った台詞なのだかニコルには分からなかった。というか同情はいいから助けて欲しい。でもグリスタは知らん顔だ。触らぬフェリスタにたたりなし、と思っているに違いない。
「ウルクディアで会った後一緒に【アスタ】に行って、その後は王妃宮でまた会って、そこでぼんくら王子が護衛につけたらしいってことまではわかってるんだが、その前にも後にも何かありそうでなあ、いろんなところがいちいちいちいちカンに障るんだよなあ……」
フェリスタの口調はとても静かだ。姫はもちろん、アルガスも、既に寝ているジェスとノーマンも起きる様子はない。ニコルは全身くまなく技をかけられて悲鳴を押し殺すのが精一杯だった。でも頭のどこかで考えていた。
アルガスはまだよく分からないが、フェリスタは結構あからさまだ。おまけに、姫がはめている左人差し指の指輪は、どうやらフェリスタの渡したものであるらしい。グリスタが言っていた『指輪をはめられてもその意味に気づかない朴念仁』というのはどうやら彼女のことのようだった。全くもって信じ難いとニコルは思った。指輪をはめられて、その上フェリスタの態度を見て、それでも気づかずにいられるというのは、一体どうなっているのだろうかと。
――でも【最後の娘】でもそういう対象として見られるというのは、流れ者の利点というものなのかもしれない……
少なくとも一般人だったなら、【最後の娘】に対して恋愛感情など持てない。恐れ多くて。
――戸籍をもらうと身分に遠慮しなければならなくなるので。
アルガスの声が耳によみがえって、やはりそういうことなのだろうかと思った。何だか本当に、ややこしい人たちだ。ようやく八つ当たりから解放されてよろよろと寝袋にもぐりこみながら、とにかく、フェリスタにはあまり近づかないようにしよう、と思った。今後何度も八つ当たりされては体がもたない。




