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花の歌、剣の帰還  作者: 天谷あきの
第八章 ウルクディア
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ウルクディア(9)

 雨は夜明け前から降り出した。密やかな雨音が闇を満たした。この季節に雨が降るのは本当に珍しい。様々な存在にとって恵みの雨だろう。ただアルガスたちに頼んだ【アスタ】での調査を思えば、恵みに感謝する気には舞にはなれなかった。


 そして夜が明けた。一番の鐘が遠くで聞こえた。


 朝までぐっすりお休みでしょう、と医師は言っていた。ということは、そろそろ起きてもいいのだろうか。舞は起きあがり、窓を開けた。格子の向こうで、白々と朝が辺りにしみ通ってきていた。ほんのり明るくなり始めた世界を雨が洗っていた。氷雨だった。もしかしたら近々雪になるかもしれない。


 寒い。


 厠へ行って、顔を洗った。お風呂に入りたいなあ、と思う。明朝ご案内します、とコリーンは言った。舞は考えた。それはご子息に会わせるためなのだろうかと。婿殿を迎えるにふさわしい身支度をさせるつもりなのだろうかと。ああ、厭だ厭だ。


 二番の鐘が鳴るまでまだしばらくかかる。舞はうろうろした。夜着だけの体がとても寒いので、体操をした。手足をほぐして、体を伸ばした。逆立ちをして、自分がちゃんと思いどおりに動けることを確かめた。左腕には真っ白い包帯がぐるぐると巻かれているが、痛みはもうほとんど無い。さらにエスティエルティナを元の大きさに戻して素振りをした。不安を振り払うために。


 三十回ほど振ったころ、扉が叩かれた。舞はエスティエルティナを収めて、縮めて首にかけ、それから時間を確かめた。二番の鐘はまだ先だ。


「失礼いたします」


 コリーンが入って来た。部屋の真ん中にいる舞に気づいて、恭しく一礼した。


「おはようございます。お食事をどうぞ」

「結構です」

「さようでございますか。ではご入浴を」


 舞は考えた。舞は一晩ずっと寝ていた、ご子息が来ていることを知っているはずがない、おまけに昨夜お風呂に入りたがった。拒む理由はないわけだ。二番の鐘が鳴るまでに警戒されるわけにはいかない。


「……はい」


 頷いて、足を踏み出す。コリーンが先に立って扉を開けると、兵士が大勢集まっていた。浴室へは部屋の中からも通じているのに、どうしてわざわざ廊下を歩かせるのだろうと、一瞬考えて、すぐに思い至った。逃げても無駄だと思わせたいのだろう。舞が一瞥すると、彼らは顔を伏せた。


 結構、とコリーンの後に続きながら考えた。

 恥じ入るくらいの神経はあるわけだ。命じれば、通れそうだった。





 浴室には大勢の召使いが待っていた。その窓にも格子がはまっていて、舞は苦笑した。裸で逃げ出せるような人間だと思われているのだろうか。いや、必要なら確かにできるけれども。


 扉に鍵がかけられなかったので、少しだけほっとした。


 召使い達はわらわらと寄って来て部屋着を脱がせた。エスティエルティナとフェリスタの指輪を取ろうとしたので舞は睨んだ。睨まれた召使いは後ずさり、コリーンが口を出した。


「遠ざけても無駄ということは存じております。あの……指輪はどなたか高貴な方からの贈り物でしょうか?」

「あなたに関係ないでしょう」

「ぜひ、お聞かせいただけませんでしょうか。主がイェルディアであなた様に会われたときにはまだお持ちでなかったとか。あの、エルギン王子様からの――?」

「違います」

「ではどなたからの」

「どうしてあなたに話さなければいけないんです?」


 コリーンは口をつぐんだ。舞の身辺に指輪を渡しそうな人間など、エルギンの他には見当たらなかったから聞いたのだろうと、舞は思った。でも教える気はなかった。嘘をついては後でどんな枷になるか予測ができないし、本当のことを言ったら安心するだけだろうし、フェリスタはそもそもコリーンが考えるような意味で渡したのではないだろう。


「革紐は濡れると匂いましょう。では、この籠にお入れくださいまし。ここに乗せておきます。誓って誰も手を触れたりいたしません」


 コリーンの表情を見て、舞はエスティエルティナを外してその籠に入れた。指輪は外さなかった。濡れても大丈夫だろうし、なくすな、と言われたし、コリーンは意味深だと思うだろうから。少しくらい嫌がらせをしてやってもいい。


 自分で体を洗わないのはとても居心地の悪いものだったが、努めて表情に出さないようにした。髪も顔も体も丁寧に洗われて、なんだか赤ん坊にでもなった気分だ。ミネアが赤ちゃんの時はこういう風にして全身泡だらけにして洗ったっけ、と懐かしくさえなった。熱いお湯は気持ちがよかったが、ゆっくり浸からせてはもらえなかった。少し急いでいるようで、もしかしてご子息はもうついているのだろうかと、不安になった。


 体を拭かれるや、すぐにエスティエルティナを取り戻した。首にかけるとほっとした。コリーンももう咎めようという気はないらしい。そのまま拭布でできたふんわりした服をはおらされ、鏡の前に座らされ、髪を丁寧に拭かれた。その背後でドレスが運び込まれ、鏡に映ったそれを見て、絶句した。


 ――ふりふりだ。


 それも、目を疑うほどの。


 召使いの制服といい、このドレスといい、ふりふりは代表の趣味なのだろうか。召使いの制服は控えめで、舞から見ても可愛いと思ったが、このドレスは少々、いやかなり、ごてごてし過ぎていた。真っ白で、どこもかしこも、袖や、肩が剥き出しになる程に大きく開いた襟ぐりまでふりふりだ。こういうドレスはもっと胸がある人のために作られているのではないだろうか。自分に似合うとは思えない。袖も二の腕の半ばまでしかなく、左腕に巻かれた包帯も丸見えだ。


「もう少し違うものはないでしょうか」


 無駄と知りつつ言ってみた。だだをこねれば時間も稼げる。


「お似合いになると思いますよ」

「冗談でしょう?」

「……」


 コリーンは一瞬沈黙した。


「……申し訳ありませんが、あなた様のお体に合うものはこれしか」


 もっともらしかったが、嘘だと分かった。


「では部屋着で結構です」

「そういうわけには参りません」

「今日は薬を飲ませないんですか。こんなドレスで眠ったら寝心地が悪い」

「……いえ、本日は、ぜひお目にかかりたいという方がお見えなので」

「誰ですか。似合いもしないドレスを着せて、私に恥をかかせたいんですか? 包帯も丸見えでしょう。みっともない。嫌です」

「いえ、いえ。申し訳ありません、本当にお似合いだと思います。本当です。だって包帯は、名誉の負傷というものではありませんか」

「私の髪と肌と顔立ちと体格を見て、このドレスが似合うと、本当に思いますか。へええ。それともウルクディアの流行はこういうものですか。風変わりですねえ」

「あの、あの、このご衣裳は、主が、ぜひこれにするようにと」


 コリーンは珍しく、ややしどろもどろになった。つまり、やはり、代表の趣味なのだろう。ご子息の趣味なのかもしれない。コリーンも舞には似合わないと思っても、しょうがないのだろう。つい笑いたくなった。宮仕えというものは大変だ。


「……ではしょうがないですね。会いたいという人は誰なんです」


 コリーンは沈黙した。

 召使い達にコルセットをつけられた。ぎゅうっと締められて、令嬢というのは窮屈なものだと思った。それからドレスを着せられた。げんなりするほどふりふりだ。


 椅子の方へ導かれそうになった。髪を結って化粧をするのだろう。そろそろのはずだと、舞は扉までの距離を測った。


「……花嫁衣装みたいですね」


 呟くと、周囲の召使いが息を飲んだ。


 その時、二番の鐘が鳴った。


 舞はドレスの裾をたくしあげて扉に走った。扉の前にいた召使いを押しのけて戸を開く。集まっていた兵たちが立ちすくむのも押しのけて、開けた廊下を駆けた。ドレスのふりふりがわさわさと揺れ、その上裸足だった。ふかふかの絨毯が足の裏をくすぐった。背後で狼狽の声と悲鳴が上がって、口々に叫ぶ声が後をついてくる。


「お待ちください! どこへ行かれます!」

「お止めしろ!」


 騒動に気づいて、前方、舞のいた部屋の戸が開いた。ふたりの男がそこから出て来た。ひとりはギーナ=レスタナで、もうひとりは背の高い、見知らぬ男だったが、舞はその男の顔もみなかった。ふたりより早く階段にたどり着き、さらに裾をたくしあげて駆け降りた。万一転んだらおしまいだ。裸足でよかったとつくづく思った。


「【最後の娘】――」

「お待ちください! お待ちください!」


 三階のてすりから階下へ向かって怒鳴った者がいた。玄関と戸口を閉めろと言っている。二階に下りるころには一階で大騒動が沸き上がっていた。と、舞は、その騒動の中に、流れ者たちの声が混じっているのに気づいた。少し前から押し問答をしていたようだ。


「だあから【最後の娘】に会うまで帰れねえっつってんだろうが!」


 フェリスタが怒鳴っているのがはっきり聞こえた。


「おかしいじゃねえか、確かに報酬はもらったがよ、あの姫君が俺らにねぎらいの言葉もかけずに追い返すなんてありえねえだろう! まだ意識も戻らねえってのは本当か!?  俺もすっかり良くなってんのに面会謝絶とか言ってよ、まさか閉じ込めてんじゃねえだろうなあ? 雷に打たれても知らねえぞ!? ちゃんと看病してんだろうなあ――」


 踊り場を回ると、一階の階段で押し合いへし合いしている兵と流れ者の集団があった。手伝ってくれるのだと悟った。多分モリーが話してくれたのだろう。舞は心底ほっとした。手を借りるのは気が引けたが、階下に集まっている兵の多さを見ては、手を借りずに逃げられるとはもはや思えなかった。みんなが舞に気づいて、呆気に取られた顔をした。


「なんだあそのかっこ――」

「ウルクディア兵、そこをどきなさい!」


 舞は怒鳴った。振り返って硬直した兵達を、流れ者たちが脇へ押しのけた。アルガスはすぐ近くにいた。こんなみっともない姿を見られたくはなかった、と思った。ふりふりだあ、とグリスタがぼんやりと呟くのが聞こえたが、構ってはいられない。舞は流れ者たちの前に降り立ち、見回して、ドレスの裾をつまんで膝を軽く折った。


「ああ、会えて良かった。まだ残っていてくださったんですか? 今までねぎらうこともできず、ご不便をかけました。この通り、わたしはすっかり元気です。先程聞こえましたが、報酬を受け取ったというのは本当ですか?」


「はい、【最後の娘】」


 フェリスタが答えた。舞を追いかけて来ていた兵や召使いや代表が背後を取り囲み、ギーナが咳払いをしたが、舞は無視した。


「あなた方のご尽力で、アイオリーナ姫も無事にお助けすることができ、私も軽症で済みました。本当にありがとう。ルーウェン=フレドリックの勧めにしたがってあなた方を雇って本当に良かった。私のような者が依頼して、さぞ呆れたでしょうに」


 舞は微笑んだ。


「でも今後はやはり、神官兵を使うことにします。流れる方々には私のお守りはさぞ迷惑だったでしょうに、良く付き合ってくれました。まさかまだ残っていてくださったなんて――窮屈な思いをさせましたね。どうぞもう、お好きなところへ行ってください。ルファルファの加護が、いつもあなた方にありますように」


「これからどうなさるおつもりですか」


 アルガスが言った。瞳は藍色だった。舞は見上げて、頷いた。


「第一将軍がいらしたら、代表殿に、兵を出してくださったお礼をすることができます。ですから、それまで、ここに。到着されたら、将軍にエスメラルダまでお送りいただくつもりですから、ご心配なさらなくて大丈夫」


 それを聞いて安心したのだろう。コリーンが口を出した。


「【最後の娘】、お支度がまだ、」


 舞は無視した。


「でも、まだアイオリーナ姫にもご挨拶をしていないんです。ああそうだ、あなた方、アイオリーナ姫のお部屋はご存じないですか」

「【最後の娘】、そのようなお姿では」

「教えていただけませんか。代表殿はアイオリーナ姫が悲嘆にくれておられるので、お会いしてはご迷惑だとおっしゃいます。けれど私は、悲嘆にくれていらっしゃるならなおさら、早く行ってお慰めしたいと思うんです」

「【最後の娘】、それより先に、ご紹介したい者が」

「初めまして――」


 知らない声、多分ご子息殿の声がして、後ろから、剥き出しの肩に手をおかれた。流れ者たちがいっせいに怒気をはらみ、兵たちが反応して剣に手をかけた。まずい、と思った。鳥肌が立つのは止められなかったが、舞は身じろぎもせず、アルガスから目をそらさなかった。


「アイオリーナ姫がどこにいらっしゃるか、ご存じないですか?」

「存じています」


 アルガスが頷く。瞳は藍が濃すぎて黒が近い。悟って欲しいと祈った。ここでご子息に立ち向かうのは無理だ。向き合ったらそれだけでなりふり構わず蹴倒してでも逃走してしまいかねない。アイオリーナ姫の側へ行ってからでないとまともに迎え撃てない。排除して欲しいわけではない、アイオリーナ姫のところへ連れて行って欲しいのだ。舞は足を踏み出した。ご子息の手がついて来て、声がまた言った。


「エスティ――」

「連れて行っていただけます? あら? どうしました、私の後ろに誰かいますか?」

「――いえ、誰も」アルガスは微笑んだ。「あなたが気にかけるような者は誰もいません。――こちらへ」


 アルガスとフェリスタが舞の両脇に並んで、兵や召使いを押しのけた。ご子息の手が離れてホッとした。アルガスが貴族の令嬢にするように舞に左手を差し伸べて、舞は右手を預けた。兵や召使いやご子息は、他の流れ者が押し止どめてくれているようだ。舞は低い声で言った。情けないことに、声が震えていた。


「……ごめん。迷惑を」

「迷惑なもんか。このまま連れて出てもいいんだぜ」


 フェリスタが言う。舞はアルガスに預けた自分の手から、鳥肌が少しずつ消えていくのを見ながら、廊下を通って行った。


「ううん、大丈夫。アイオリーナ姫のそばにいれば安全だから」


 なんで【最後の娘】が助けた令嬢を見舞っちゃいけねえんだ、と背後で流れ者が叫んでいる。そうだそうだ、と和する声も聞こえる。だがさすがに剣は抜けないし、数も違うので前進を阻むことまではできず、みんな後ろをぞろぞろとついて来ている格好だ。舞はため息をついた。さらに息が震えた。


「みんな大丈夫かな。無事に外に出られる?」

「出るのは問題ない。一刻も早く追い出したいだろうから。だが街にさえ、再び入るのは難しそうだ。出てしまっては――本当に、大丈夫か」

「大丈夫。大丈夫だよ。アイオリーナ姫がなんとかしてくれるって」

「鳥肌が立っていたじゃないか」


 アルガスが怒ったように言った。あの嫌悪感に気づいていたのかと、思って、舞はホッとした。なぜだか。


「……うん、ごめん、あたしが甘かった。ひどい格好でしょう、これ、ご子息の趣味らしいよ。ぞっとする。でも大丈夫、アイオリーナ姫のそばから絶対離れないから。ほんとにありがとう。助かった。じゃあ【アスタ】から戻ったら、ウルクディアの外で待っていて」


 ようやく階段にたどり着いた。三階まで上がるのが、途方もない苦行のようにも、天国へ続く道のようにも思われた。


「本当に大丈夫なのかよ――もうやめちまえばいいじゃねえかよ。真っ青じゃねえか」


 フェリスタが言う。舞は微笑んだ。


「そうだね。でも今は駄目だ。アンヌ王妃を迎えに行くにはまだ地位が必要だもの」

「お止まりください! 【最後の娘】! この者たちがどう――」


 コリーンが言いかけた。舞がその意味を悟る前に、フェリスタが怒鳴った。


「うるせえくっそばばあー!」


 あまりの大声に階下が一瞬静まりかえった。アルガスだけは構わず舞の手を取ったまま階段を上がっていった。踊り場で折り返し、階下の目から離れるや否や、手の中に何か押し込んできた。


 モリーに託した、食事と飲み物だった。


「止まるな。……ウルクディア兵に俺たちをどうにか出来る腕があると思うのか?」


 アルガスが囁き、舞は、唇を一瞬だけ噛んだ。そして手の中の小さな荷物を握りしめて、足を踏み出した。確かに、と思おうとした。ケガをしている者が多いとは言え、全員腕の立つ人ばかりだ。特にアルガスとフェリスタが、ウルクディア兵なんかにどうにか出来ると思っては、彼らに対して失礼というものだろう。フェリスタが追いついてくる。一団もぞろぞろと追いかけてくる。代表もご子息もコリーンもまだ何か言っているが、もう聞く気はなかった。


 三階にはふたりの兵士がいたが、アルガスとフェリスタのひと睨みで道を空けた。扉は閉まっている。


「――ここですか。ああ、どうもありがとう」


 舞は扉の前に出て、ふたりと、その奥の流れ者を振り返って、にっこりした。


「案内までさせてすみません。もう二度とお会いすることもないでしょうけど――お元気で」


 と、扉が開いた。


「まあ、姫!」


 アイオリーナが扉から顔を出して、にっこりして、舞の手を握った。荷物を隠しているのに気づいたが、表情も変えずに受け取ってくれ、扉の陰でドレスの隠しにしまってくれた。


「よくいらしてくださったわ。もうすっかりよろしいの? まあ、面会謝絶だと言われたのでお見舞いにも行けませんで――わざわざ来ていただいて、申し訳ないわ。どうぞ、お入りくださいな」

「【最後の娘】!」


 ギーナとその息子がアルガスとフェリスタを押しのけた。舞は後ずさり、アイオリーナがご子息を見上げて、咎めるような声を出した。


「まあ。どちら様?」

「お邪魔いたします、お嬢様」


 彼は舞に向かって、恭しく身をかがめた。確かに外見は悪くなかった。でも今や、顔を見るだけで鳥肌が立つ気がする。


「レオナルド=レスタナと申します。【最後の娘】のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。噂に違わず、お美しくていらっしゃる」


 そんな噂があるわけない、と舞は思った。それに自分が美しく見えるわけがない。特に今は。代表の息子というのも大変だ。


 仕方なく、彼に向き直った。アイオリーナが側にいてくれる。大丈夫、と自分に言い聞かせた。


「レスタナ……代表殿の?」

「嫡男です」

「そうですか。私はエスティエルティナ=ラ・マイ=ルファ・ルダ。お父上には同盟で大変お世話になっています。この度も力を貸していただきまして、本当に感謝申し上げます」

「いえ、お役に立てて光栄です。我がウルクディアを頼っていただけて。あなたにお会いできて、この美貌を間近で見られて、さらにお近づきになれるとは――こんなに嬉しいことはありません。天にも昇る気持ちですよ」


 その舌なめずりでもしそうな雰囲気にぞっとした。その上、レオナルドは舞の手を取ろうとした。だがその前に、アイオリーナが進み出た。舞をかばうように前に出て、とても壮絶な微笑みを浮かべた。宣戦布告だ、と舞は思った。彼女はこういう戦いに慣れている。なんて心強いんだろう。


「わたくしはアイオリーナ=ラインスターク。第一将軍の嫡子ですわ。【最後の娘】の、そしてあなたの()()()()お陰で、こうして無事でいられます。()()()()ご尽力に感謝いたしておりますわ。姫、どうぞ、お入りになりませんか。立ち話もなんでしょうから」

「いえ――」


 レオナルドが言いかけるのを舞は遮った。


「ありがとう。お邪魔します」

「あの、では、応接間へ」


 コリーンが声を上げるが、舞はそのまま中へ入った。ちらりと鏡を見るとそれはもうすごいありさまだった。髪はほつれているし、ドレスはごてごてして下品に見え、包帯も丸見えだし、裾から覗く足は裸足ときている。頬は青ざめて血の気がない。唇なんか真っ白だ。アルガスとフェリスタが大丈夫かと聞いた理由が分かった。あんまり大丈夫そうに見えない。


 でももう大丈夫だ。アイオリーナ姫の元へたどり着いた。第一将軍が来てこの館から出るまで、絶対に離れるものか。

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