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花の歌、剣の帰還  作者: 天谷あきの
第八章 ウルクディア

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ウルクディア(5)

 ほどなくアルガスも、外に出ていた流れ者も全員戻って来て、まずみんなはモリーを中へ押し入れた。モリーのことはもう逃がしてほしいのだが、そういうわけにもいかないようだ。モリーは茫然自失の体だった。窓辺に座り込んでいる。舞はもじもじした。本当にいたたまれない。


 全員が中に入って、窓が閉められ、蝋燭が灯された。ひとつきりなので薄暗いが、ないよりはずっとましだ。舞は呼吸を整えた。


「モリー、本当にごめんなさい。事情は後でお話しします。ええと――ええと、とにかく食事、だよね。昨日から食べてないって、どういうことなの? それにこの部屋、いったいどうなってんの。信じられない」

「つうかお前さ――」

「具合はどうだ」


 アルガスの声が聞こえた。暗くてよく見えないが、窓辺近くにいるらしい。舞は声のする方へ向かって言った。


「うん、もうすっかり。あなたの措置が良かったってお医者さんが言ってた。どうもありがとう」

「……いや。いつ起きたんだ」

「さっき。エスティエルティナが戻ってくるちょっと前。……何だか本当に、皆さんにご迷惑をおかけして、申し訳ありません。――ねえ、とにかくみんな食べて? モリーは本当に善意で食事、届けてくれたんです」


 フェリスタが答えた。


「いや、飲まず食わずってわけじゃねえんだよ。流れ者ってのは大体数日分の携帯食料持ち歩いてるもんなんだ。俺もグウェリンも分けてもらったから大丈夫だ」

「そうなの? でも……」


 言いかけて、続きは飲み込んだ。グリスタが言っていた、罠じゃなければ、毒入りじゃなければ、と。コリーンの冷たい声も思い出した。彼女ならばやりかねないと、流れ者たちが思っても、仕方がないのかもしれない。


 モリーはうずくまって黙り込んでいる。彼女の両脇に座り込んだ流れ者の手元には、抜き身の小刀があった。哀しくなったが、時間がそれほどあるわけでもない。舞は、まず、流れ者たちに向かって頭を下げた。


「――皆さんのおかげでアイオリーナ姫を無事にお助けすることが出来ました。私も軽傷で済みました。皆さんのご尽力に本当に感謝します。どうもありがとうございました。ケガをされた方、残ったりしないといいんですが――今まで来られなくてごめんなさい」

「お前のせいじゃねえだろう。つうか良く出てこられたな」


 フェリスタが言う。舞は顔をしかめた。


「そう、お医者さんが違う薬をくれたから。今朝はすっ……ごくよく効く薬をくれたのに、どういう心境の変化だろうね。もう――本当に――こんなことになって、申し訳ない。ごめんなさい。でもとどまっていてくださって助かりました。報酬は既に受け取ったと聞きましたが?」

「受け取ったっつうか、押しつけられたっつうかな。そこにあるぜ」


 流れ者のひとりが入り口付近を指さした。確かに、床の辺りがでこぼこして見えた。袋がいくつか置いてあるようだ。


「アイオリーナ姫とはもう話をしたのか」


 アルガスが言った。舞は首を振った。


「ううん、まだ。手紙を見つけて、外に出たら、ばったりモリーと会ったの」

「エスメラルダがマーセラ神殿に攻められる」

「……え?」

「ここにいる全員、俺の主のことも知っている。この情報はあなたには知らされないだろうとアイオリーナ姫が」

「エスメラルダが? マーセラ神殿に? こないだの件で――でも神官兵は動かなかったのに――」

「大量の馬と遊牧民を雇い入れたとクレインが言ったそうだ」

「あああ」


 舞は唇を噛んだ。


「そう来たか……成る程」


 それでウルクディアは、あんなに厳重に舞を閉じ込めようとしたのだろうか。確かにこの情報を聞いたら――


「エスメラルダに帰るな? このまま出るか?」

「ちょっと待って……」


 腕組みをして、狭い中をうろうろと歩き回った。第一将軍のことは、王も動かせなかったのだろう。万一背かれたら一巻の終わりだから。けれどカーディス王子の方は、彼のかぶっている仮面を信頼しきっているのだろう。ムーサもついているし、それにアイオリーナ姫を人質に取ったということもある。それは潰えたわけだが、


「カーディス王子にはティファ・ルダの声が必要、だよね? 神官兵を掌握するには」

「ビアンカを引きずり出す、とアイオリーナ姫が言われた」


 アルガスが即座に答えた。舞は口元に手を当てた。


「ビアンカを?」

「あなたをここから出すにはそれしかないと。ビアンカが沈黙している以上、クロウディア伯爵の遺産はあなたに権利があると言っていた。だからウルクディアはあなたを出さないだろうと」

「…………なにそれ」

「ビアンカはセルデス殿の、確か又従妹なんだろう? 戸籍上は、あなたはクロウディアの親戚だ」

「ああ、……えええ? 随分遠い親戚じゃない? それでも請求権なんか………………あるのか。ああ、そっちも、あたししか……うわあ」


 思わずうめいた。頭に浮かびもしなかった。確かにビアンカとセルデスは親戚だという話だった。ということは、戸籍上は、ビアンカと舞も親戚ということになるのだ。それにしても、と少し呆れた。血のつながりもないばかりか、親戚の中でも限りなく他人に近い。通常の状態で財産争いに顔を出したりしたら失笑を買うだろう。でも、クロウディアの親戚は舞しか残っていないとウルクディアが思っていれば……それならば確かに、ここから出るのは本当に難しいのかもしれない。舞はまたしばらくうろうろと歩き回り、その間にモリーが言った。


「……まさか。まさか、【最後の娘】で、いらっしゃいますか」

「まだその段階かよ」


 フェリスタが憎まれ口を叩いた。舞は足を止めて、頭を下げた。


「ごめんなさい。言えなくて」

「そりゃ言えねえわなあ」

「あたしがここに来たことを、秘密にしておいていただけると助かるんですが」

「秘密にしなきゃ生きてここから出られねえと思え」


 フェリスタがいちいち合いの手を入れる。モリーは沈黙し、舞はアルガスの方へ姿勢を戻した。とにかく方針を決めなければ。


「……ビアンカが出てくれるならあたしは帰らない」

「帰らないのか?」


 アルガスが意外そうに言う。舞は口元に手を当てて、頷いた。


「それなら事情が全然違ってくる。出てくれるなら、だけど。出てもらえるなら本当に助かるな……デリクは怒るだろうけど……でもアイオリーナ姫が……引きずり出すって?」

「多分、今日もう代表に伝えたはずだ」


「じゃあビアンカが望むにせよ望まないにせよ、もう出たも同然なんだ……あああ……でもそれなら、うん、それなら、アンヌ王妃も納得するのかも。何となくわかってきたんだ。アンヌ王妃は……うん。そうなんだと思うな。信じられないけど。だからビアンカの方が、あたしより、穏便でいいのかもしれない。待って、同じかな? ……同じだな。でもここまで来たらどっちにせよ同じことだ。折良くビアンカにはオーレリアという炎を持つ凄腕の護衛がついている。魔物は傷ついてビアンカを狙える状態では、ない、と、思う。だからビアンカは大丈夫。そう思うことにしよう」


「何言ってんだ、娘っ子。さっぱりわかんねえよ」


「あたしも本当には良くわからない。でもビアンカに出てもらえるならその方がいい。どのみち今から帰っても間に合わないかもしれないし、間に合わないならエルヴェントラが遠慮はしないと思う。だから帰っても無駄足になるかもしれないし、そうしたらこっちも間に合わなくなるかも――ビアンカには申し訳ないけど、ビアンカは命の危険があるわけじゃない、どっちが火急かというとこっちの方、だからあたしは必要な方へ行く。そのためには第一将軍が来られるのを大人しく待って、堂々と門から出るしかないんだ」

「出られんのか?」


 フェリスタが訊ね、舞は頷いた。


「出る」

「出るっつってもな」


「このままこっそり出たりしたら……今となってはそうしたいのは山々なんだけど、でもそうしたら、あたしは兵を要請しておきながら、謝礼を踏み倒したことになるんだ。エスメラルダの信頼が堕ちるもの。でもお礼はあたしから出すべきもので、あっちが分捕るものじゃない。レスタナ殿にはティファ・ルダで満足してもらう。ビアンカが出てくれればクロウディアの遺産はあたしには関係なくなる、それにエルヴェントラはあたしのためなんかに指一本動かさないって言ってやる。どうしても必要ならレスタナ殿の前で【最後の娘】を放棄する」


「放棄だあ!?」


「刀身に血で自分の名前を書けばいいんだ。そうしたら放棄したことになるんだって。放棄すればあたしにはティファ・ルダだけ。それをあげると言えばさすがに門から出すでしょう。でも――ああでもアンヌ王妃には【最後の娘】が必要か……うん、でも、レスタナ殿はそうしてエスメラルダを敵に回すよりは、ティファ・ルダで我慢する道を選ぶと思う」

「ティファ・ルダって……あげちまうのかよ」

「領土なんかいらないもの。お墓参りだけさせてもらえれば充分」

「でもそれで満足するか? 悪ぃけど廃墟だろう。柔和な顔してやることやってんじゃねえか、あの狸と……くそばばあ」


「満足、すると思うよ。というか、してもらわないと困る……あたしは兵の見返りには、充分だと思う。あのね、ティファ・ルダはリルア石の産地なの。そう、廃墟だよね、王がどうして、クロウディア侯爵を罠にはめて第一将軍の面目をつぶしてシェイテル家に圧力をかけてまで、皆殺しまでしなければならなかったかというと――廃墟にしたかったんだと、思う。ごめん、厭な話になるけどね、彫師と【契約の民】を恐れた、もちろんそれが一番の理由だ。でもそれに加えて、リルア石を掘りやすくするためもあったんじゃないかな。エルヴェントラはそこまではっきり言わなかったけど、ティファ・ルダはリルア石の鉱脈の真上に神殿と集落を作っていたらしいからね、まあそれは聖地なんだから当然なんだけど、だから一石二鳥というものだよね。ほとぼり冷めるまでちまちま掘ってたみたいだけど、もう少ししたら大々的に掘り出すつもりなんじゃないかな。これから需要はどんどん高まるばかりだものね。デクターが作った不思議な道具、王宮でも研究して作ってるそうだけど、ああいうのをどんどん売り出せたらすごいことだもの。エルヴェントラだってデクターに、学問所に籍をおくようにって勧めていたしね。ティファ・ルダは宝の山なんだ。王が是が非でも手に入れたかったほどの。エスメラルダやラク・ルダでも採れるけど、ティファ・ルダは学問の国ってだけあって比じゃないらしいから、レスタナ殿にそれを言えば満足するんじゃないかな。知ってそうな気もするし」


「……うおぅ」


「王が代わったらカーディス王子に頼み込んでティファ・ルダをあたしの名義にしてもらって、それをウルクディアにあげると言う。証文も書く。それで満足、しない、かな? というか、兵を貸してもらった見返りには充分じゃないかな……」


「いやあ、充分すぎるだろ、それは」


「そう思う? 良かった。そうすれば礼を尽くしたことになる、だからこれ以上気にせずに堂々と門から出られる。もう薬も食事も取る気はないし、第一将軍が来られるまでの辛抱だ。さて……そのためには……」


 舞は思案した。そして言った。


「ガス?」

「ああ」

「あなたはこれからどうする? カーディス王子の方へ行く必要があるんじゃない?」

「ない。あちらで俺が出来ることは何もないんだ」

「そうなの? それは助かる。じゃああたしと契約して」


「案内人の契約はまだ有効だが」


「あ、そうなんだ? それは本当に助かるな……でもその前に。第一将軍がいつ到着されるかわかんないけど、あなたが戻るまで待っているから、その間に【アスタ】に行ってくれないかな」

「【アスタ】に?」


「うん。ここから近いよね。あなたは用心棒もやってた、いろいろわかっているでしょう? ヒリエッタ=ディスタが【アスタ】に到着したのはあたしが行く二日前ってビアンカは言ってた。ということは、ヒリエッタには、あたしとアンヌ王妃があの時に会うという情報を掴んで、ムーサに知らせて、兵を用意する時間はなかったんだ。ムーサと通じた人物はもっと前から【アスタ】にいたはずだ。そう。ヒリエッタはラインディアから【アスタ】までたったの二日で――実際には一瞬だったんだろうけど、とにかく移動した。ということは、【アスタ】で鈴を振った人間がいたはずなんだ。それをヒリエッタに聞きたいんだけど、会わせてもらえそうもないし、会っても口を割るとは思えない――だからここからは根拠なんかないんだけど、その人物は今、エスメラルダにいる」


「マスタードラに温泉行を頼んだ、『もうひとり』か」

「そう。たぶん……たぶん。ヘスタだと思う」


 舞は言ってから、今口に出した言葉を確かめた。


「違うかもしれないんだけど、一番可能性がある。ロギオンさんのすぐそばにいたんだから情報を得やすかった。エスメラルダでビアンカを『今日は休ませることにした』と言ってた。よりによってあの日にね! デリクは、そう、ビアンカが温泉に行ったのを知らなかったみたいだし、『どうして俺に頼まねえかな』って言ってたんだから、マスタードラに温泉行きを頼んだのはデリクじゃない。そう思いたいだけかもしれないけど、でも、あたしはデリクを信じてる。でもヘスタなら。どうだろう。あなたはヘスタをよく知ってる? 信頼してる?」


「ヘスタのことはよく知らないな。デリクがロギオンを陥れるようなことをするはずがないということは信頼しているが」

「そうだよね、良かった――でも別の人物かもしれない。エスメラルダには【アスタ】の住民が続々来てるそうだから、あたしが会ったことない人なのかも知れない。だから【アスタ】に行って欲しい。ヘスタはあの時、私は近々【アスタ】に戻りますって言ってた。事後処理があるとか言ってたけど。でも行っても何もつかめないかもしれない、ヘスタはまだ戻ってないかもしれないし、全然関係ないのかも。だからつかめなかったらそのまま戻ってきて。そしてあたしがここを出たら、王妃宮に連れてって」


「……王妃宮にか」


「通行証があるんだよね。案内人の契約ってどういう風になってるんだろう……でも契約をし直してでも、お願いします。あたしはシンディと約束したんだ。迎えに行くって。絶対迎えに行くって約束した。それにエルギンにはアンヌ王妃が絶対必要なんだ。エルギンは王になればそこで終わりじゃないんだもの。だから迎えに行かないと。エルヴェントラもエルギンも動けない。それどころじゃないでしょう。イーシャットが先に行くと思うけど、あたしの方が話が早いし成功率も高い」


「それはそうだが。アンヌ王妃を説得できるのか? あなたを牢に入れたんだぞ」

「今は事情が違うんだ。出来るかどうかじゃなくて、しないといけないんだ。だってみすみす見捨てることになる。でも王妃ももう覚悟を決められたと思うよ。カーディス王子は反旗を翻す。アイオリーナ姫のことで、第一将軍も王を見限る……かどうかは……わかんないけど……でも王のために兵を動かしはしないと思う。それは祈るしかない。もしそうなったら王はいよいよ孤立するでしょう。じゃあアンヌ王妃はどうなる? 王と心中する? 王はそうさせようとするよね。あたしは絶対許さない。だから――お願い。契約して」


「どうしてもだな?」

「うん。どうしても」


 アルガスは一瞬沈黙して、それから、やや意地悪げな笑みを含んだ声音で言った。


「護衛を兼ねてもいいなら」

「……」


 今度は舞が沈黙した。悔しい。

 でも背に腹は代えられない。仕方なく、頷いた。


「……うん。兼ねてもいい」

「それならいい。契約しよう」

「よかった。ありがとう」

「なあ、おい、シンディってのは誰だ?」


 グリスタが口を挟んだ。


「アンヌ王妃の召使い」

「召使いかよ!」

「いろいろ借りがある。ほんとにお世話になったんだ。エスメラルダに行きたいって言ってた。連れていってあげないと。それにカーディス王子の重荷も取れる。アンヌ王妃はもしかしたら動きたがらないかもしれないけど、ここまで来たらヴェガスタはあたしに協力してくれると思う。ああ……でも……待って。どうしよう。アンヌ王妃には草原の民の庇護はもうないんだ。ヴェガスタももう長じゃない、んだ、よね? てことはアンヌ王妃をエスメラルダまで送ってくれる人がいない――アンヌ王妃は馬にも乗れるそうだけど、デボラさんとシンディはどうなんだろう。こないだは草原の民がアンヌ王妃をイェルディアまで送ってくれるはずだった、でも……フィガスタはまだアンヌ王妃のそばにいるかな? 手伝ってもらえるかな――」


「流れ者を雇いな、娘っ子」


 フェリスタが言った。


「ここにいる奴らもな、しばらく暇なんだとよ。ルードとデイルは既に、将軍の令嬢に雇われて出かけてるけどな、あとは全員残ってあんたを待ってた。俺ぁルーウェンが来たら話してみるが、ルーウェンもたぶん、王妃を助けるのに働きたがると思うぜ」

「【アスタ】で何か調べるってのもグウェリンひとりじゃ大変だろうよ。手伝ってやらあ」


 グリスタが言う。舞は傍らにいるグリスタを振り仰いだ。


「それは……助かるけど、でも、みんなまだケガして」

「こんなもんかすり傷だ。唾つけときゃ治る」

「お前さあ、【アスタ】のデリクから庇護を受けたんだってなあ」


 フェリスタがからかう口調で言った。


「【アスタ】のデリクと言やあ、【アスタ】のためにしか働かないってんで有名な流れ者だ。流れ者でありながら、【アスタ】の防備全般の指揮を任されてたって凄腕だぜ。ああ、俺も、奴が誰かを陥れるために何かするような男だとは夢にも思わねえ。そんな男になあ。言われただろう。元締めのところへ連れて行く。お前の仕事なら何でもやるって。【アスタ】の仕事じゃなくても、お前のためなら働くってこった」

「え……あ……そうなるのか。うわあ」

「さて、俺はフェリスタ」

「グリスタ」

「ジェス」

「ノーマン」


 流れ者はひとりずつ名乗っていった。あの時と同じだと舞は思った。デリクとデクターが庇護を宣言してくれた後、用心棒たちは舞の肩や頭を軽くたたきながら、小さな声で名乗って行った。

 最後の者が言い終えると、フェリスタの声が再び聞こえた。


「それからルードとデイルも庇護するってよ。覚えておけよ、娘っ子。アナカルディアに行くついでに地下街にも行けるといいがな。元締めのところへ連れて行く。お前の仕事なら何でもやるぜ。知ってっかあ? 流れ者の庇護を受けたらな、その相手を粒ひとつでだって雇えるんだぜ」

「えええ――」

「でもあんたは気前がいいもんな。もちろん後払いで構わねえよ? 相場はまあ、アナカルディアからエスメラルダまで護送して、ひとり棒一本ってところかな。だが庇護があるからよ、【アスタ】での調査も含めて、玉五個にまけといてやらあ。雇うよな、もちろん?」

「雇ってもらえれば俺も助かるな」


 アルガスが言った。舞は、頭を下げた。


「うん、じゃあ……よろしくお願いします。みんなそんな値段でいいの?」

「いいに決まってら」グリスタが苦笑した。「人数が増えりゃ金額も下がる。常識だぜ」

「そうなんだ。ああ、でも良かった。ホッとした。じゃあここを追い出されたふりをしてみんなで外に出て。そしたら――ホントにありがたいな」

「よし、契約成立だな」

「うん。ありがとう。では――ガス、エルヴェントラに手紙を書いたの。リヴェルからエスメラルダに手紙を出せると思うから、これを出してくれると助かります。ヘスタのことを書いといた。ああ、でも、お金が。しまった。――文無しって辛いね、どうしよう」

「大丈夫だ」


 アルガスが苦笑を含んで言って、近づいて来て、舞から手紙を受け取った。


「代表が立て替えると言って、俺の分も置いていった。いらないと言ったんだが、どうしても追い出したかったんだろうな。必要経費としてもらっておいてもいいか。後で返す」

「ああ、そうなんだ。良かった。それなら別に、返さなくていい……そうだ、【アスタ】での調査と王妃宮までの案内と、護衛の、報酬は?」

「全部引っくるめて、前回もらったので充分だ。あの時の続きということでいい。ニーナ姫から受け取ったが、あれは一体何のつもりなんだ? あなたが提示した金額だと言ったぞ。これ以上受け取れるか」


「でも――」


「でもじゃない。それでいい。この金は後で返す。本当にあなた方ルファルファのふたり娘ときたら、嫌みなほどに金に無頓着だな。いい機会だ、少しは金で苦労するといい」

「こないだからそれ言うけど。ニーナも?」

「あなたを無事に連れて帰ったら棒十本払うと言われてる。頼むからいらないと説得してくれ。これ以上もらったら夜もおちおち眠れない。大金持つのに慣れてないんだ」

「……そうなの? あは、そうなんだ、それなら受け取れば? 遠慮なくこき使えるもの、あたしも助かるし、いい機会だから慣れるといいよ」

「庇護を与えた相手を護衛するのにそんな法外な金を取るのは流れ者の倫理にもとる」

「流れ者って大変だね……でもニーナが一度出した条件を引っ込めるとは思えない。役に立てるかわかんないな」

「……でもよ、話は戻るが」


 フェリスタの声が再び聞こえた。少し暗い声だった。


「てことはお前、俺らが【アスタ】から戻るまで、ここに残るってことだよな」

「……うん」

「まあ俺らがここを出れば薬も飲まなくていいのかもしんねえな。それならめったなことはねえだろうが、ひとりで大丈夫か」

「大丈夫だよ。命の危険があるわけじゃないんだもの。これからアイオリーナ姫と会って、打ち合わせもしてくるつもりだし、第一将軍は……あさってには着くでしょう? 後少しの辛抱だ」

「ああ、そうだ。言いそびれるところだった。代表のご子息があなたに会いたいそうだ」


 すぐそばに立ったままアルガスが言った。舞は首をかしげた。


「ご子息が、あたしに? わざわざ? 何の用かな」

「ルファルファと誼みを通じたいんだろう」

「……」


 舞は絶句した。冗談じゃない。

 急に沈黙が落ちた。

 絶句したまま、言葉がしばらく出なかった。急に不安が押し寄せた。

 どうして、と、疑問に思った。

 どうして不安にならなければならないのだろう。

 舞は身じろぎをして、ようやく、声を絞り出した。


「……そう」

「おいおい、どうした。急に不安そうな声出すなよ」

「このまま出てもいいんだぞ」


 フェリスタとアルガスが言った。隠し切れなかった不安を感じ取ったようだった。舞はいぶかしんだ。何がこんなに不安なのだろう。命の危険があるわけじゃない。ただ会って話すだけだろう、滅多なことはないはずだ、薬さえ飲まなければ。エスティエルティナもあるし、命じることもできる。それなのに。


 何だか急に、怖くなった。どうしてだかわからないけれど。


「……大丈夫。びっくりしただけ。ああ驚いた、まさかあたしに会いたがる男の人がこの世に存在するとは思わなかった」

「おいおい……四方八方が気の毒だぜ」


 グリスタが呆れたように言った。意味が分からない。ノーマンと名乗った男が受けた。


「そもそも【最後の娘】なんだろう、あんた。会いたがる男なんか大勢いるだろうによ」


 舞は苦笑した。フェリスタもそう言っていたっけ。


「それがいないんです。今までひとりも。令嬢らしくないから、エルヴェントラもそういう役割は諦めてるんじゃないのかな。あたしなんかを嫁がせたら他国との関係が悪化するばかりだもの。――そうだ、これはいい機会だと思えばいいんだ。二度とあたしに会いたがるような、酔狂などこぞのご子息が現れないように、噂を広めてもらえるように頑張ろう」

「ぜひ頑張るといい」


 アルガスが苦笑紛れに言った。舞は頷いた。


「全身全霊をかけて頑張ります」

「おかしな話だな……それにしたってよ、ウルクディアがこれほど血相変えてるってのに、今までひとりもいねえってのはおかしいだろう。あんたがとことん鈍くてそういうことに気が回らない頓珍漢の唐変木だってことはさておくとしてもだ」


 フェリスタが言った。舞はそちらに向き直った。


「今悪口雑言が聞こえたような気が」

「うるせえこの朴念仁。悔しかったらまっとうな勘と神経を持ち合わせてみやがれってんだ。あんたさ、同盟の根回しなんかで、いろんな都市に行ったんだろう? あんたのことだ、お供も少なかったんじゃねえのか? それで今まで一度もこういう話がなかったって?」

「……うん」


「おかしいだろう。俺ぁおかしいと思う。いくら令嬢らしくねえっつったって、そう見えなくても誰も信じなくてもまがりなりにも腐っても【最後の娘】じゃねえか」

「なんだかさっきからすごく罵倒されてる気がする……」

「グウェリン、お前はおかしいと思わねえのか。なんかお前、さっきからさ――」

「……思わない」アルガスは遮った。「同盟の他の都市にはエルヴェントラが釘を刺したんだろう。ウルクディアは新参だし、同盟にも自分から加わったそうだから、まさか姫がここを訪れるとも思わず、話をしてなかったんじゃないか」


 いつもどおり、静かな口調だった。

 けれど、いつもより、ほんの少しだけ、早口だった。


「釘を刺すって、なんだよ」

「……姫、さっきフェリスタも言ったが、同盟の根回しの時、いろいろな都市に滞在したんだろうな。【アスタ】にもひとりで来た。他の都市にもひとりだったんだろう」

 アルガスに問われ、舞は頷いた。うん、と言うと、周囲から驚きの声が上がった。

「嘘だろう。ひとりでか」

「うん、初期の段階で加わった都市や団体には大体行きました。目立つから、ひとりで。一晩泊めてもらうことが多かった。でもこんなの本当に初めてなんです」

「だから姫が行く前に、エルヴェントラが釘を刺しておいたんだろう。そうでなきゃひとりで行かせるわけがない」


 そうだったのかな、と舞は思った。そうだったのかもしれない。【最後の娘】というだけで縁談が湧くと思う人がこんなにいるのなら。


 フェリスタは黙っていた。納得したのだろうと、舞は思った。さあ、これで方針は決まったし、話も済んだ。これでようやくモリーに謝罪ができる。

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