2話 ルト
無事に召喚儀式が終わり、魔法使い科の皆は悲喜こもごもを抱えながらも自分の召喚獣と最初の交流を図っている。
自分の望み通りの召喚獣を得られなかった者ももちろんいるが、そういう人たちも今は自分の召喚獣を受け入れて可愛がっていた。
ただ一人、俺だけを除いて。
例年なら、自分の召喚獣に不満を持って不貞腐れている人はもっと多い。
が、今年は俺というぶっちぎりではずれを引いたやつがいたせいで、「あいつよりはまし」とみんな自分の結果に納得しているようだった。
「元気だしなよユウ」
部屋の隅で膝を抱えて楽しそうな科の連中を睨みつけている俺を、隣でフランが甲斐甲斐しく慰めてくれる。
その肩には手のひらサイズの小鳥が可愛らしくちょこんとのっていた。
どうやらフランの召喚獣は姿を変えられるようで、一緒にいやすい体型になっているらしい。
ちなみに俺の召喚獣は頭の上にのっかって相変わらずぷるぷると震えていた。
こいつ俺の髪の毛くったりしないだろうな。
「魔法使いにとって自分の召喚獣ってのは半身みたいなもんなんだぞ、それが、それがこんな……」
口に出したことで余計気分が重くなった俺は、その重さに引きずられるようにうなだれる。
頭が下がったことで頭の上にいた召喚獣はずるずるとすべり落ち、べしゃりと音を立てて俺の目の前に落っこちてきた。
「「……」」
俺の周りにはどんよりと重い空気が漂い、フランまでもその表情が陰りはじめる。
「そうだ名前、名前はつけてあげたの!?」
よどんだ空気を変えようと、フランは無理やり話題を変えてきた。
「名前……。そうだな、名前つけてやらないとな」
床に落ちた衝撃が痛かったのか、いつもの倍くらいの速度で震えているスライムを抱きかかえ、じっくりと観察する。
どうみても巨大なゼリーにしか見えなくてなかなかいい名前が思い浮かばない。
「なぁ、フランはもう召喚獣に名前をつけたのか?」
「もちろん、この子はレン。種族名がフレイムレンっていうらしいから、そこからとったんだ」
参考までに聞いてみたが、主属名から取るというのはいいかもしれない。
「グルトニースライムか。じゃあルトって名前はどうだ?」
言葉が通じてるとは思えないが、一応抱きかかえたスライムに聞いてみると、ちょっとだけ強く体を揺らしたように感じた。
「よし、じゃあ今日からお前はルトだ」
ワンドにも召喚獣の名前をルトと登録し、正式にグルトニースライムのルトとして認証される。
「さて、それじゃあ名前もつけたことだし、お昼食べに行こうよ」
「そうだな、いつまでもここでいじけてても仕方ないし」
重い腰を上げて、ルトを抱きかかえたまま立ち上がる。
ルトはろくに移動能力もないため、俺が運んでやらなければ動くことすらできない。
本当にこいつはいままでどうやって生きてきたんだ。
食堂は他の科の生徒も利用するため、普段は人も大勢いて席を取るのも一苦労だが、今日は召喚儀式の影響で昼の時間もだいぶ遅くなったので、今は魔法科の生徒しかいない。
「そういえば特性もあるしルトもお腹空いてるのかな」
「召喚したてだからどうだろうね。とりあえず何かあげてみたら?」
それならばと、もってきた料理の中にあったから揚げをひとつ摘んでルトの目の前に置く。
するとルトはゆっくりとから揚げに近づいて覆いかぶさった。
「「おぉ……」」
から揚げはルトの体内に吸い上げられ、透明な体の中にふよふよとういている。
みるみるうちにから揚げは小さくなっていき、あっという間に消えて無くなった。
「これすごいね! 私もあげてみていい?」
ルトの食事を見ていたフランは、何かが琴線にさわったのか俺の返答も待たずに自分の料理をルトにあげる。
同じようにルトは出された食べ物に覆いかぶされ、すぐに消化してしまった。
すぐ次のご飯をあげようとするフランを、俺は手で制す。
「まぁまてフラン。これは俺の召喚獣だ。先に餌をあげる権利は俺にある、そうだろう?」
「さっきまで散々こんなはずじゃ、とか言ってたじゃないか。それに今日の宿題も手伝ってあげただろう?」
「ぐっ、それを持ち出すのはずるいぞ! 大体自分の召喚獣がいるだろ!」
「レンは燃費がいいから直接ご飯を食べなくても大丈夫なんだよ。魔力をあげるだけで十分生きていけるんだ」
「なんだそれ羨ましい」
そのあとも俺とフランは攻防を繰り広げながらルトに餌をやり続けた。
結局、俺たちが昼を終える頃には、買ってきた料理の半分くらいを上げたことになる。
「ついつい調子乗って食べさせ続けちゃったね」
「だな。それにしてもこれだけ食べてもなんともないのか、さすが暴食」
すでにルトは自分の体よりも大きい量を吸収したはずだ。
心なしか体も少し大きくなったように見える。
そこでふと、俺はルトのステータスをワンドを使って確認した。
「お、おぉ!?」
そして、そこに映し出された情報に思わず声を上げてしまう。
「どうしたんだい?」
急に声を上げた俺にびっくりするようにフランも隣から俺のワンドを覗き込んできた。
「ステータスがあがってる……」
「そんなばかな! ステータスの上昇はレベルアップの時しか起きないはずだよ!?」
みると、さっきまでは全て1だったはずのステータス表示が、STRだけ3に増えていたのだ。
フランの驚きはもっともで、正直俺も目の前に表示されている数字が信じられない。
俺とフランはお互い視線を交わし、そして同時にルトへと視線を移す。
もしかしてルトは本当にとんでもない力を持っているんじゃ、と勘ぐる俺たちをよそに、相変わらずルトは何を考えているのかわからないゼリー状の体をぷるぷると震わせていた。