第44話「決意」
星歴911年5月13日の早朝。
ア・ラ=ヨット・バーから帰ってきたヴィクトリアが目にしたものは兄ウェーンライトの存在だ。
ジャクソン家の歓待に有頂天のウェーンライトはヴィクトリアと同じく杖を新調しようとしていた。
彼はマミに依頼。祖父ダニーと父カイルには大反対されるもヴィクトリアの後押しに引き受けることに。
ダニーとカイルは心配しながらも応援するのであった。
一方でヴィクトリアはバーで逢ったシルヴィアの言葉に迷いを感じていた。
共存共栄、これがシルヴィアの目指す新しい目標なのだ……。
マミは依頼を完遂すべくポールと共に素材の調達に出掛ける。
また依頼が完了するまでの間、ヴィクトリアと共にウェーンライトもレゴメに宿泊することとなった。
「儂の部屋でも使うかのぅ?」
だがヴィクトリアのが使ってる部屋で構わないと答えて彼女の借りているダニーの妻ハンナの部屋へ向かうふたり。
「ボクと一緒で良いの?」
「久しぶりに逢えたんだ。色々聞きたい」
「そう……」
部屋へ着くと早速ベッドに寝転がる。昼を迎えていた上に、たらふく食べたせいか眠気が来たようで寝転がるなり眠ってしまった。
「全く……でも仕事を終えてから、休みなく来てくれたんだよね」
再び頬を染め感謝するヴィクトリア。毛布を掛けてあげると寝言が聴こえる。
耳を棲ませてみる。
「ヴィクトリア……」
「なんだろ」
「――バーカ」
何かを期待した自分がバカだった。ぷいっとその場から離れてロッキングチェアに腰を下ろす。
ベッドで眠る彼を見て何故だか安心する。遠い昔の記憶が今甦る。
「なんだか懐かしいなあ」
まだアークファミリアの皆と別れる前にユピタフ神殿で過ごした日々を思い出す。
ユピタフ神殿はアーク連邦の北西に位置する広大な森林地帯の中に存在する。湖や滝、花畑や田園風景が望める場所だ。
ゲスチオンヌや人類が誕生するずっと昔に過ごしたところで毎日が楽しかった。
このユピタフ神殿、現在は廃墟と化しており動植物たちの楽園となっている。その神殿を模したものがレリース大森林にあり、レリアンスとエスペランサが暮らしている。
「あの頃に戻りたい。なんてことは無い。けれど、またあの頃のように過ごしたい」
背凭れに寄り掛かると目を瞑り昔を思い出す。そうして彼女も眠り始める。
○
くすぐったい。
そんな感覚に教われ目を覚ますヴィクトリア。
目蓋を開けると目の前にウェーンライトがいて心臓がどくんと1拍大きく高鳴った。
「ビックリした!」
「こっちもだよ!」
腕を体の後ろにし何やら落ち着かない様子に訝しがる。上体を起こしてから立ち上がり背伸びをする。
「んっ?」
棚の上に置いてあった鏡に目をやる。顔に黒文字で“怠惰”や“男女”と描かれていた。
「ウェーンライト!!!」
「あっはは、バレちまったか」
後ろに隠したものは羽ペンとインクの瓶だった。
子供染みた悪戯に彼女は激怒し、仕返しにインクを奪って顔面にぶちまける。
「何しやがるんだこの!」
暴れるふたりにアサミが注意しにやってきた。
「もうすぐで夜です。静かにしてください!」
申し訳なさそうにヴィクトリアは謝る。ウェーンライトは黒く塗りたくられた顔を袖で拭う。
「まぁまぁ、何をしたらそうなるの。お風呂にでもお入りなさい」
というわけで、家族ならぬ兄妹水入らずで風呂場に向かうことに。
「まさかこの年で妹と一緒に入るなんてな」
「同じく。なんでこうなるんだか」
裸で付き合うふたり。ウェーンライトは久々に見るヴィクトリアの裸体に落ち着かない。一方の彼女は全く気にしていない様子。
「あぁ極楽、極楽」
バスタブに浸かるヴィクトリア。髪を頭頂部に纏めて湯船に浸からないよう考慮している。
横では体を洗うウェーンライト。隅々まで綺麗にしていく。男にとって大切な部分も丁寧に抜かりなく。
まるで恋人か夫婦に見えるが、これでもヴィクトリアは既に人妻である。
「なんで目を合わせないの?」
「変に見られるからだよ。妹の裸を見て興奮する兄、なんて思われたくないからな」
「そう思ってんの?」
煽りに振り向き様に拒否しつつ裸体を直視する。
「やっぱり男の子だねえ」
「へっ、おばはんの裸なんて見たかないね」
「むっ……そう言われると否定も出来ないけどなんかムカつく」
実年齢は100億をも超えるが容姿年齢はヴィクトリアで17歳、ウェーンライトで27歳だ。年の差については先述しているため割愛させていただく。
「でも、なんか胸デカくなってねぇか?」
「なるわけないよ。成長するわけないでしょ」
普段は晒しを巻いて男装とまでは行かないが平坦な格好を装っている。そのせいもあって大きく見えるのだろうか。
「確か女っぽくなればなるほど女になるって昔あった雑誌に載ってた気がする」
「ボクは昔から女だよ!」
「そうだったな」
笑われた。いつからだろうか。彼女が男のように振る舞い始めたのは。
遠い昔は彼女も女の子のように振る舞っていた。それはウェーンライトも知っている。
「なんでお前、男みたいにしてんだ?」
「一人旅で身に付いたんだよ」
女であると何かと不便だからだ。長年中性的に振る舞い、それが身に付いてしまった。
とはいえ自分は女性だと自覚しているし、その気になれば戻れると彼女は話す。
「なあに、女の子みたいに接して欲しいの?」
「そ、そういうわけじゃねーし」
どぎまぎする彼に手のひらで掬ったお湯を顔面に浴びせる。
「どーだ」
「この!」
シャワーを使って反撃を開始。だが髪までお湯が掛かってしまう。
「折角濡れないようにしてたのに」
「わ、悪い」
「いいよ、“わたし”のせいだし」
髪を下ろして湯船に浸けてしまう。顔は暖かさで火照り、唇は潤うほどに輝く。
「っ……」
目のやりどころに困る。妹であっても、年上であってひとりの女性として見てしまっている彼にヴィクトリアは悪戯を続ける。
「抱く?」
「なな、なぁ!?」
ここでも上目遣いを使って相手をドキドキさせるシチュエーションを作る。
「俺はロリコンじゃねーぞ」
と自分自身で言い聞かせながら冷静を保つ。
「なんて冗談だよ、冗談。真面目に……しないでよねっ」
「ヴィクトリア……」
だが彼女の策略は裏目に出たようだ。なんと抱き付いて来てしまった。
元々ハグ行為が苦手な彼女。自分が冗談半分で言った行いが現実の物となり、恥ずかしさのあまり悶絶する。
心臓が早鐘の如く高鳴り、それは相手にも伝わっていた。ヴィクトリアのやや豊満な乳房越しに感じる心臓の鼓動にウェーンライトは何を思っているのだろうか。
「うぅ……やめて、なんて言えない。わたしが仕出かしたことだし……」
すると彼から衝撃的な言葉を掛けられる。
「俺と、いや俺たちとまた一緒に暮らさないか。昔のように、家族と一緒に」
まさかの言葉に思わず喜んで受け入れたいと答えてしまうところだった。
だが今の彼女にそれは出来ない。仲間も任務もあるのだから。
「ダメだよ。わたしにはやることがあるし、みんなが待ってる」
「カーサスとかいうワガママなブサ男だろ。そんな奴等より……」
「そんな奴等、だからだよ。面倒見たいんだね、きっと」
体を引き離して調子に乗ってしまったこと、それから彼への返事に謝る。
「わたしはまだ帰らない。やり残したことがある……から」
だが迷いが残っていた。シルヴィアの一件だ。
「何か悩んでいるのか?」
「……何もないよ、何も」
そう言って彼女はバスタブから出ると先に失礼する。残されたウェーンライトは溜め息を吐くと湯船に浸かって、また溜め息を吐いたのだった。
風呂から上がったヴィクトリアはリビングへ向かう。マミが帰っており夕食の支度をしていた。
ポニーテールではなく髪を下ろした姿に心ときめかせていた。
「はぁう、印象が全然違います」
「そうかな。変わらないと思うけど」
アサミも見惚れていた。可愛らしいその姿に。
「なんでいつもそうしてないの?」
「束ねてた方が動きやすいから」
「ならなんで髪を切らないの?」
「なんでだろうね」
自分でも分からなかった。ロングヘアーやポニーテールに拘りは特に無いが、前にイメージチェンジをしようとした所、リンに止められたことがある。
ヴィクトリア=ポニーテール、となっているのだろうか。
まぁ、作者自身がポニーテールで眼帯をした女の子が好きだからと言う厨二的理由が要因である。
「他の髪型とか服装もワンピとか似合うと思うけどなー」
「そう。ありがとう」
ニコッとした笑顔で夕飯を食べに来たカイルやポールも射ぬかれた。
「飯だ飯!」
そこへダニーが現れ皆がうっとりしている理由が分からずにアサミを急かす。早く夕飯を食べたいのだ。
ウェーンライトも集まり夕食会が始まった。
○
食後、夜も更けてそろそろ就寝の時間が迫る。
「寝るか」
室内のソファーに寝転ぶウェーンライトに声を掛けた。
「一緒に寝ない?」
「昼間、ベッドで寝たからここでも良いぞ?」
「一緒に寝よ」
「お前が良いなら……」
明かりを消し、ふたりは同じ寝床に就いた。
互いに背を向き合い寝ていたが暫くしてヴィクトリアはウェーンライトの背中に体を向ける。
「まだ、起きてる?」
「なんだ」
躊躇しながら彼女は話し始める。
「さっき困り事は無いって言ったけど……」
「あるんだな」
「うん」
そして胸の奥に閊える思いを話す。
「今までわたしは、それが正しいって思ってやって来てた。けど別の考えがある時、どうすれば良いか……分からなくなって」
「何のことだかさっぱりだが、お前はどうしたいんだ?」
振り向いてお互い目と目を見て話し合う。月の光が差し込み、互いの顔が良く見えた。
「わたしは今までのことがあるから、それが正しいって思ってたから」
「お前、さっき言ってたよな」
「えっ?」
“失敗はチャンス”であると。失敗しても良いから、それをチャンスに変えて努力してみれば良い。
ウェーンライトは環境の変化を上手く捉えて立ち回れば自ずと道は拓けるのではないかと諭す。
「本当にそれで良いのか、決められなくって」
「お前は俺の妹だし、アークファミリアん中でナンバーワンなんだ。絶対大丈夫だ。やれる!」
挫けるな。迷うな。己が信念の道を貫き通さん。
「俺はお前を認めてんだ。しっかりとやってみろ」
「う、うん」
背中を押され、彼女は決意する。
シルヴィアの話を信じてみよう。
もしも裏切られたらそれまでだが、最初から信じずに折角のチャンスを不意にすることは出来ない。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「バカやろう。当たり前のことを言ったまでさ」
その後、ヴィクトリアはウェーンライトの唇に熱い口付けをして爽やかな気分で眠りに就いたことは言うまでもない。
○
「――それで奴は信じたのか?」
「だと思います」
藍色の軍服に幾つもの勲章を胸に付け、モノクルを掛けた長身の男と話すシルヴィア。
「それは良いことだ。直ちに作戦を実行させよう」
「ええ、早めにやった方が安全だと思いますよ」
不穏な流れだ。彼女はやはり嘘偽りを言っていたのか。
男は去り際に微笑みを隠しきれないで笑っていた。
「ヴィクトリア、戦場では敵同士だったよね」
遠くを見つめるシルヴィア。
彼女は今、ゲスチオンヌが率いる空中艦隊群の旗艦に乗艦している。
一体何をしようとしているのか。それはヴィクトリアでさえも分からない。
「戦争とは悲しいものでしかない。終わりにしましょう。ゲスチオンヌの栄光のために」




