第40話「懇願」
星歴911年5月11日。傷心旅行としてヨルドバド=ユードバド共和国に訪れたヴィクトリア。
この国では魔法道具が主要生産品とやらで自身の持つ杖や道具も新調しようと思いやってきた。
なるべく大手の店よりこじんまりした店を選びたい青年ヴィクトリアはレゴメという老舗の店に立ち寄った。
そこで魔法道具の新調をお願いするのだが、ひとりの老人に絡まれた。
そこで写真に写る兄ウェーンライトについて問い詰められヴィクトリアは全てを話す。
老人の名前はダニー・ジャクソン。レゴメの元店主だ。
ダニーはヴィクトリアの魔法道具一式の製作を引き受け、彼女は亡くなった彼の妻の部屋を借りて完成まで住むことになったのだった……。
店主カイルの娘マミに案内されて向かった先には広々とした部屋が待っていた。
場所は建家の3階部分を3分の1ほど使っているため広いのは当然だ。
ここがダニーの妻ハンナが住んでいた部屋になる。
3階部分から1階まで年寄りには堪えるかもしれないと思われるが安心設計が施されている。
魔法の国ならではの発想か1階から3階までの階段は無く、代わりに昇降式の魔法の絨毯で登り降りする。
他にも3階にはバルコニーがあり、日光浴はもちろんのこと、その場から魔法の絨毯を使ってひとっ飛びということもできる。
因みにアーク連邦では魔法の絨毯は免許制だったがこの国では講習を受け、修了証を所持していれば操縦可能だ。但しお金を貰って人を乗せたり、仕事で荷物を運ぶ場合は営業操縦士なる免許が必要になる。
さて、亡き妻の部屋を自由に使っても良いと言われたが流石に気が引ける。
棚には夫であるダニーや家族との思い出の品々や趣味で作ったとされる編み物や何かの賞で取ったトロフィーが飾ってある。
「それだけじゃないな。ここには996年の大切な思いが残されている」
ハンナだけでなく多くの人々がこの家で生まれ、人生を歩み死んでいった。
それらの念を感じ取るヴィクトリア。とはいえ害は全くない。寧ろ加護の念が強い。
「ここならこれからも安心して暮らしていけそうだ」
ベッド横にあるロッキングチェアに座り目を閉じる。長旅で疲れたのか眠ってしまった。
それから暫くしてこの国に夕刻が訪れる。
家々の煙突から白い煙が立ち上る。夕飯の支度をしているのだろうか。
ジャクソン家の煙突も煙がモクモクと立っている。
コンコンコン。ノック音が3回響き、ドア越しでマミが声を掛ける。
「お客様、お夕飯の支度ができましたよ」
返答は無い。まだ眠っていた。
「失礼します」
室内に入り、ロッキングチェアに座って眠っていた彼女を起こした。
「ごめん。寝てた」
「いえ、お夕飯できましたが如何なさいます?」
「頂くよ。それから……」
ヴィクトリアはわざわざ敬語を使わなくても良いと注意、というよりお願いをした。
「えっ、良いの。分かったー。じゃあ早く2階に来てねくださいねー」
中々に受け入れの早い少女だった。
ダイニングは2階にあるようで身支度を済ませ絨毯で下へ降りる。
近付くにつれてシチューの良い匂いがした。
「ほら早くー」
「これマミや、お客様にそんな口の聞き方はダメじゃぞ」
注意をするダニーにヴィクトリアが構わないと伝える。貴賓として歓待を受けるのはなれないからだ。
「そうは言っても神様じゃし」
「神様なの!?」
ダニーもカイルも娘に何も伝えていなかったらしい。料理を作ったカイルの妻アサミにも。
「あらあら何神様なのかしら?」
ヴィクトリアを椅子に座らせて訊ねる。
「一応アークファミリア10番目、風を司る神をやっとります」
「あらあら、すごいじゃない。ねぇあなた」
これにはカイルも苦笑い。すごいどころではない。神話級の神が目の前にいるのだから。
「お粗末なシチューでごめんなさいねー」
「アサミさんの手料理は天下一品なんですよ」
ポールがフォークとスプーンを配りながら褒め称える。
「そうなんだよねー。特にお母さんの作ったシチューはほっぺがとろけ落ちちゃうほどなんだー」
マミが大袈裟に例えた。母親は誉めても何も出ないと言って皆にシチューを配る。
「みんな席に付くのじゃ」
ヴィクトリアが食べようとするが皆は卓上で腕を組み祈りを捧げていた。
「あっ……」
スプーン片手にしていた彼女はそっとテーブルに置くと目を閉じ、静かに食前の祈りを捧げる。
「なんて言うんだろう。とにかく、頂きます」
次に目を開けた時、皆がこちらを見つめていた。何かおかしなことをしてしまったのだろうか。
「神様でも祈るんだー」
傍から見れば神様が神様に祈っているように見えるのだろう。しかしヴィクトリアは命を頂くことに感謝していた。
「まぁ色んな神がいるから……」
ここは上手く流してしまい食事にありつけたかった。と言うのも、腹の虫が先ほど鳴って静寂な時に水を差してしまいそうであったからだ。
「早く召し上がりませんか。冷めたらアサミさんが悲しむでしょうし」
「そうだな。食べるか」
そうしてやっと食べることが叶う。
思った通りに美味であった。濃厚なミルクを入れておりまろやかな舌触り、野菜が多く入っていて健康的な一品に仕上がっている。
「お口に合うかしら?」
「抜群ですね。とてもおいしゅうござます」
「やだー、どこの言葉よ」
団欒な食卓で楽しい夜を過ごした。
夕食後、シャワーを浴びさせてもらった。
この国は豊富な水と上下水道が整っているようだ。
かつて旅したカゲキ共和国では砂漠地帯にある国で、水はとても貴重だった。ある意味、アリスに感謝しなければならない。
因みにアリスとはアークファミリア12番目、水を司る神でありヴィクトリアの可愛い妹でもある。
さて、あっという間に夜も更けて就寝の時間がやって来た。
この家、というか店というか、とにかく訪れてから約半日経つが皆、神である彼女に驚きつつも優しく接してくれている。
そのことに感謝しつつ、何かお礼をしたいと思っていた。
「何か無いかなぁ」
そこにマミがノックをして入ってきた。眠れないのだろうか。
しかしそうではなかった。流石に彼女は19歳。この国では16歳になれば皆成人として扱われる。
少女ではなく女性と言うべきかもしれないが、ここでは敢えて少女として語ろう。
「何か?」
「アークファミリアのことや旅のことが聞きたいなー」
「お安いご用だよ」
少女が眠くなるまで続いた話は気付けば日付も変わって6時を指していた。
「いけない……今日、10時起きなんだ」
「早いね」
「そうなの。朝から魔法石の買付に行かないといけないからー」
そう言ってお礼をしてからふらふらと自分の部屋へ帰っていった。
ヴィクトリアも欠伸をして部屋の明かりを消す。
そして再びお礼は何にしようか考えながら眠りに付いた。
○
翌朝、とはいえ就寝から数時間後の朝が過ぎた昼前。
「寝過ぎた」
時刻は20時。あと4時間もすれば正午だ。
「と言っても何をするわけでもないんだけど」
洗面所で顔を洗い、ダイニングへ向かうとヴィクトリア宛に書き置きとサンドウィッチが置いてあった。
「マミからだ。ありがたく頂こう」
喉も渇いており何か飲み物は無いかと物色しているとアサミが現れる。
「言ってくださればご用意致しますよ」
彼女はこの2階の自室で洗濯物を畳み終わった帰りだった。
「すみません。何から何まで」
「お客様なんですからごゆっくりしていてください」
そうは言っても落ち着かない。普段は交代で食事の支度や見張りをしなければならないからだ。
「はいミルク。チュードバド牧場のおいしゅうミルクですよ」
「おいしゅうって」
昨夜の口調を真似て言われる。他愛もない会話に笑っていると仕事を中断して昼食を取りに来たカイルとダニーがやって来た。
「アサミさんや、飯頂こうかね」
「はいはい、ただいま」
「おはようございます、ヴィクトリア様」
丁寧に挨拶をするカイルだが様付けは遠慮して欲しかった。せめてさん付けでお願いする。
「そうですか。そう仰るのでしたら」
「ところでマミさんたちは?」
「まだ魔法石の買付に行ってますよ。はい、サラダ」
「ありがとございます」
マミはまだ買付に行っていた。ポールと一緒に。
「ポテトサラダもありますよ」
「あはは、至れり尽くせりです」
まさにその通りだ。高級ホテルに泊まり優雅な毎日を送っている気分だった。
「何かお礼しないと」
しれっと探りを入れてみる。皆何を求めているのか気になるが神様に対して当たり前のことをしているだけだと一点張り。
「冒険談や旅の様々な話を聴けるだけで満足ですじゃい」
この言葉に青年の脳にピカリと電撃が走る。
過去の話を皆は聴きたいのであれば取って置きのプレゼントを用意しよう。
そう思うと昼食後、歯を磨いて部屋のベッドに寝転んだ。
体を仰向けにし、胸の上に両手を組む。そしてゆっくり目蓋を閉じ瞑想を始める。
心臓が静かに脈打ち呼吸数も少なくなると、それは始まった。
○
目蓋を開けるとそこには暗闇の世界が広がっていた。
ずうっと広がる暗黒の世界。だが自分の体は白みを帯びて明るく光っており腕や足が見える程度ではあった。
真っ暗な空間を歩いていると明るく輝くドアがある。
ノブに手を掛けゆっくりと回してドアを開けると閃光の奥には窓から木洩れ日が差し込む部屋が広がる。
アンティーク家具で落ち着いた雰囲気を醸し出すその部屋にひとりの人影が眼に写る。
本棚から本を抜き取り片手で広げながら読む漁る人物の背後に青年は立つ。
本をパタンと閉じ振り向く人物は青年に対してこう言った。
「久し振りだな、ヴィクトリア」
目前に立ち尽くす人物はヴィクトリアにそっくりだった。
彼女よりもやや男性寄りの姿は、そうレゴメのあの古い写真に写る人物そのものだ。
「何年、いや何百? 何千何万振りか?」
顎に手を引っ掛けていつぶりか考える。
「多分祭典以来だから911年振りじゃない」
溜め息を吐いた後にそう答える。
「そうか、もうそうなるか」
「ボケたのか、ウェーンライト」
青年の前に立つ男は、ウェーンライト・ギャラクシー。
ヴィクトリアの双子の兄にしてアークファミリア8番目、雷を司る神である。
写真や前に一度魔法省絡みの一件で登場した時とは異なり、髪型は同じショートヘアーであるが瞳は両方蒼色だった。
ヴィクトリアは右目が橙色、左目が蒼色のオッドアイで、ウェーンライトはその逆、右目が橙色で左目が蒼色のはずだ。
そしてヴィクトリアは右目に10番目の神である証が刻まれ、ウェーンライトは左目に8番目の神である証が刻まれている筈が、それはなかった。
と言うのも、カラーコンタクトなるものを入れて普通の人間のように生活しているのだ。
「なんだ久々に逢って恋しくなったか?」
「別にそんなんじゃないよ。ただお願いしに来ただけだよ」
お願いか、妹から頼まれるのは今に始まったことではないが凡そ911年振りに再会し、突然頼み事をされるのは気分があまり乗らない。
「聞くだけ聞いてやるよ」
「むっ、聞くだけってなんだよ。断るつもり?」
「良いから早く言えって」
感じの悪い態度。いつもこんな態度なのだ。
ふたりは仲が良いのか悪いのか。アークファミリア内では喧嘩ばかりしているところが多々見られている。
「で、何だよお願いとやらは」
「ボクが今泊まっているところに今すぐ来てほしいんだ」
「ふーん、やだ」
光速並みの即答にヴィクトリアは怒り狂うのであった。




