第34話「ゴロサス」
星歴893年5月10日、一行は極悪非道たるグングニル盗賊団を壊滅せし。一路、カゲキ共和国を離れんとしていた。
しかし一躍有名人となったカーサスは、国民から様々なお礼を貰って中々進めずにいた。
そんな中、ヴィクトリアが人混みの中で昔に出逢った旧友ハーディーン・ローレンスを見付け再会。
凡そ千年ぶりの会話が弾む中、衝撃的な発言が繰り広げられた。
結婚、出産、子育て。ヴィクトリアは立派な女性で、1児の母親でもあった。
それを知ったカーサスは……。
※今作ではグロテスクな表現が御座います。ご高覧になる際はご注意ください。
皆とは置いてきぼりに遭ったと誤解し、炎天下の中で必至に探し回ったカーサス。市民の目撃証言を便りに、一同が揃うホテルへ乗り込んだ訳だが。
あまりの暑さで日射病になったか、元々手遅れだった精神異常が爆発したのか。とにかく落ち着かせるのに一苦労。
「つまりハーディーンは不老不死でヴィクトリアを知っいて、久々の再会で盛り上がっていたと。んで、ヴィクトリアには子供もいる母親だってことだな?」
早口で話していたが簡潔に話を纏め理解してくれたようだった。
「カーサス君は本当にヴィクトリアのことが好きで好きで堪らないんだね」
傍から見てもそう受け取れる。だが彼に負けじとリンもアピールする。
「あたしだって好きだもん」
肩を掴んで離さない。カーサスも掴もうとしたがリンが引っ張って空振りに終わる。
「顔赤いよ」
「うるへー」
たじたじな少年にハーディーンがアドバイスをくれる。
「人生長いし、君は君にしか出来ないことをアッピールして行けば良いんじゃないかな。例えば……」
すると少女に断りを入れヴィクトリアの両肩に手を乗せる。そして目を見詰め、
「――俺がお前を必ず護ってみせる!」
そのまま両腕を彼女の背中へ廻す。ぎゅっと強く優しく抱き締める。
「ひゃうっ!」
滅多に聴かない喘ぎ声を漏らす彼女。リンに至っては頬を染めて口を開いている。
「――なんてね」
ハグをし終えると彼女に突然の行為に詫びを入れる。ハグはヴィクトリアが嫌うひとつの行為だ。
胸に握りこぶしを置いて上目遣いで頷いている姿にワトソンが一言呟いた。
「尊い」
正にヴィクトリアが女の子に見える瞬間でもあった。
普段はまるで男のように振る舞っていて女性らしさが見えない。最近になってリンが加わったことで女性っぽさが出てきているくらいだった。
だがカーサス目線では、まるで愛し合うふたりに見えてしまっていた。
対抗意識が芽生え、さらに苛立ちが誰にでも分かるほどに膨らんでいた。
「ハーディーン!」
「は、はい?」
「顔や頭や体や声や、えーと……と、とにかく。オレよりも何かが勝っているからってイイ気になってんなよ!」
捨て台詞を言い残し部屋から去っていってしまった。さらに廊下にあった花瓶や棚に八つ当たりをしている音が聞こえる。
「なんだなんだ、あいつ」
少女には意味が分からない。素直にジョークを楽しめば良いと思っている。
ワトソンも似た考えだ。ハーディーンも悪気があってやったわけでもなく、本当に少年のためにと思って実演してくれた。
「悪かったかな」
「構わないよ」
逆にヴィクトリアが謝る。皆にとってはいつものことだが初対面の彼の前では流石にやりすぎだ。
「ワトソン、悪いけど……」
「オッケー。連れ戻してくるよ。まぁ当分頭に血が上ってるだろうから。どこかで冷やしてくるよ」
「悪いね」
そう言って彼はカーサスの後を追い掛ける。のちに彼女らはホテル側に花瓶や棚の弁償をしたことは言うまでもない。
「最悪なところを見せてしまった」
「面白くて楽しそうだね」
「そうかな。バカのオモリが大変だよ」
残されたリンが何度も頷く。いつもカーサスには困っている。
「いや、でもやっぱり楽しそうだよ。僕はひとりでいることの方が多いからさ」
「そっかあ。ひとりでも多くいる方が良いときもあるのかもしれないね」
「と言ってもひとりの方が気楽なんだけどね」
ふたりが楽しく会話している間に少女は静かに部屋を後にする。
「ヴィクトリアがあんなに楽しそうに会話してるところなんて初めてかも」
ホテルのレストランでコーヒーを飲みながら思っていた。
というよりも、生者で身内以外の人と友達は初めてで新鮮だった。
昔、彼女が助けられた時は死神の知り合いがたくさんいたが生きている人間、それも身内以外の人と友達でいるのは未だかつて知り合ったことがない。
「あたしが生まれる前ならいたのかな」
不死身や不老不死の人間でなくともヒトが一生の内で出逢えることも少なくない。リンは経験したことが無いがカーサスたちにはある。
「そういえば遥か昔にミレイ……っていう人に何度か逢ったとか話してたっけ」
詳しくは聞いていない。聞いたところで悪い気もした。
何故ならば、死んだ人間には一生逢うことが出来ない。写真や心の中の記憶でしか思い出すことが出来ない。
そんな人たちを、もう二度と逢うことが出来ない人々を思い出させることは不老不死にとって一番辛いことかもしれないのだ。
「あたしだってもし、1000年や1万年生きて……お母様やツバキのことを思い出すことになったら、胸が張り裂けちゃうかも」
ヴィクトリアに置き換えれば、もし10億年前に大切な人がいなくなってしまい辛い気持ちになっていたら、それを思い出させることでまた辛い思いをしなければならないかもしれない。
「今を大切に生きる……大切なことだね」
改めて不老不死の生き方を考え直した瞬間であった。
「それにしても、ヴィクトリアの子供ってどんな子なんだろう。ライフちゃんに一度逢ってみたいなあ」
頬杖を付いてどんな子かを妄想に耽る。そんなことをしている間に、気が付けばもう夕暮れ時となっていた。
話に夢中だったふたりもロビーに降りて来るなりレストランに入ってきた。
「リンだけか……」
「あ、もう良いの?」
「ごめん。話に夢中で、ほっぽりだしちゃった感じで」
気にしていないリンだったがふたりして謝罪する。彼女としては久方ぶりに出逢えたこの奇跡を目一杯堪能して貰いたかった。
「今から外食でもしようかと話してたんだけど。ついでにワトソンたちもいるかと思ったけど……」
「どうやらまだのようだったね。僕がでしゃばったばっかりに」
「バカーサスが悪いから気にしない、気にしない!」
リンのフォローで申し訳なさそうするハーディーン。
仕方なく3人で夕食を取ることにした。場所はホテルから少し離れたところにあるカゲキ共和国で5本の指に入るほどの公営の高級料理店“ゴロサス”。
ジビエ料理から海鮮料理、果ては珍味までも味わえる料理店だ。
そのため国内外から予約が殺到しており、カゲキ共和国の貴重な収入源にもなっている。
「前に滞在した国でここの評判を聞き付けて、是非一度食してみたいって思って来たんだよ」
「予約取るの大変だったんじゃない?」
「15年待ちだった」
その年数に驚愕する。しかしながらひとりで予約したにも関わらず3人で来店は出来るのか訊ねると問題は無いと言う。
「個室だから最大6名様までならオッケーだったかな。それにひとりよりも6人だと割安になるらしい」
その言葉を訊いて納得。カーサスはこの際、どうでも良いがワトソンには悪いけれど3人で楽しむことにした。
いざゴロサスへ来店するなり最高級のおもてなしにまるで王族になった気分だった。
荷物は運んでくれる上、無料でクリーニングや修繕、点検や清掃をしてくれる。車や航空機での来客者は整備もしていた。
酒を含めたドリンクはサービスで何杯でもお代わり自由。それに付いてくる肴もタダだ。
さらに15年以上先の予約者限定に向こう1年間に於いて3パーセントの油田の採掘権が与えられる。
「15年も待って食べたいと思うんだね」
「話によれば採掘権目当ての人もいっぱいいるみたいだけど、予約金として95万タマ。アークドルに換算すると950万っていうお金だったよ」
予約だけでそれほど係る上に15年以上も予約でいっぱいということは余程の自信があると見られる。
「さぞや絶品なんだろう」
「楽しみだなあ。なんかワトソンに悪いことした気分」
「ふたりには申し訳ないけど頂こうか」
個室へ案内させられ食前酒として地元コレミヨガシティで採れたブドウを使って作られた赤ワイン、“ジンキョウ”。
「辛口だけど後味が無くて美味いね」
「あたしは苦手かな」
ヴィクトリアとハーディーンには好評だったがリンは甘口を好むようだ。
続いて前菜として旧王室の家庭菜園で作られていた野菜を使ったサラダが登場。
みずみずしくしゃきしゃきした食感で砂漠の環境下で育ったことを狂わせる味わいだ。
「美味しゅうございやした」
「なんかヴィクトリア、口調がおかしいよ」
「あれま」
その後もスープや主菜、主食などありとあらゆる食材を使った料理が凡そ100品目ほど出てきた。
中でも目を引いたのが厳選された死刑囚のハツであった。ここでしか食することが出来ない珍味のひとつ、人間の心臓。
食べられない場合はこの分だけ返金してくれるという。
カニバリズムではない3人は手を付けることは無かったが、これを目当てで高いお金を払って予約する者も後を立たない。
「あたし気分が悪くなった」
「そうだねぇ。なんかこないだリンの心臓が抉られてそれが料理になっちゃったみたいで」
「あたしの心臓はあんなもんじゃないやい」
胸を張って言うほどでもないが、あの心臓は死刑囚と言えど先程まで動いていたもの。それを料理として食するのは気が引けた。
「好きな人は好きなんだろうね。人間の肉を食べられるお店は少ないから」
カニバリズムを国が容認しているのは些か問題である。グングニル盗賊団の一件でもカニバリズム行為はあったが、それが国の伝統であるならばこの料理も頷ける。
「そんなことがあったのか。悪いことを思い出させてしまったね」
「気にしないで。カゲキ共和国がどんな国だか再認識させられたから別に構わないです」
リンの中ではもう二度と訪れたくない国に決定された。ヴィクトリアも同じ気持ちだ。
あの死刑囚の心臓を見ると、リンの抉られた心臓や自らの胸を剣で貫かれた感覚がフラッシュバックしてくる。常人では普通、心臓が貫かれたり、露出するようなことがあれば死に至るだろうが不死身のふたりは違う。
そうした経験を繰り返して今に至る。死ぬことはやはり怖い。痛みも嫌いだ。
あのカニバリズム行為だけは神など関係なしに忌み嫌う伝統である。
「デザートはワインで作ったシャーベットか」
「しゃわしゃわしてておいしー」
しゅわしゅわしているわけではない。しゃわしゃわしているのだ。
「サザンクロスで食べたシャーベットに似てるかな」
「サザンクロス?」
「そうなんだ。確かあれは“アラヨット”っていう高級料理店で食べたよ」
アラザンスに良く似た店だ。かつてミレイの子孫が経営していた店がアラザンスだった。
「そうそう。思い違いかと思ったけど、先代の写真の中に君が写ってる写真があったよ。カーサス君やワトソン君もいたな」
間違いなかった。それはあの地でミレイの子孫が経営している店だった。
「ヴィクトリア……」
過去を思い出し、辛くないのだろうか。そう彼女の様子を窺う少女。だが杞憂だった。
「良かった。まだ続いてて。それだけ聞けてボクは嬉しいよ」
喜んでいた。内情は分からないが少なくとも喜んでいることから深くは考えないでおこう。リンは今を必至に楽しむことに努めた。
楽しい食事会の裏で、カーサスとワトソンのふたりが危険に晒されていることなど知る由もなかったのである。




