第33話「結婚」
星歴893年5月10日、一行は極悪非道たるグングニル盗賊団を壊滅せし。一路、カゲキ共和国を離れようとしていた。
しかし一躍有名人となったカーサスが国民より様々なお礼を貰って中々進めずにいた。
そんな中、ヴィクトリアが人混みの中で昔に出逢った旧友ハーディーン・ローレンスを見付け再会。
凡そ千年ぶりの会話が弾む中、衝撃的な発言が……。
「だから結婚しよう。今ならぼくと君は愛し合える」
この言葉を発した人物はワトソンだった。ハーディーンは口をポカンと開いている。
「なんでそうなる!」
「いやぁ話の流れ的に」
珍しく悪ノリする彼にツッコミを入れた。
「ははっ、確かに今のヴィクトリアは昔に比べて穏やかになっているし、付き合いたいと思うけど」
「冗談は止してよね」
「けど?」
リンは言葉の続きが気になった。同時に耳の穴をかっぽじって良ーく耳を傾ける。
「――けど、流石にぼくでも人妻に手を出すわけにはいかないよ」
「うんうん……? うん? 人妻?」
ワトソンとリンの両名は顔を合わせる。慌てる前に先ずヴィクトリアに詰問する。
「人妻? なに? それ?」
「あ、あれ、知ってるんじゃないの? 言ってなかったっけ?」
意味がわからない。理解できない。どういうことなのなのだ。
ふたりは納得のいく説明を求めた。それも、より詳細に。
「あれれ、何かマズイこと言っちゃったかな」
悪気は無かったが気まずい雰囲気を作り後悔しているハーディーンであった。
「ヴィ゛グト゛リ゛ィ゛ア゛!゛!゛!゛」
ドスの利いた声でふたりに詰められ苦笑しながら落ち着かせ、
「わ、分かった。説明するよ」
深呼吸をするよう促してから静かに説明を始める。
ハーディーンが言ったことは本当だった。初めてふたりが出逢った時に聞いており、結婚の理由もそこで知った。
結婚した理由は単純明快で相手側が惚れ込み告白されて、承諾を受けたというもの。
相手はアークファミリアと同等の存在といえど神ではない。だが一般人でもない。存在は詳細に語らなかった。
ふたりが、いやカーサスに聞かれでもすれば詮索するか“彼氏を訊ねて2万里”という壮大な物語が予想される旅に出るかもしれない。
とにかく男と恋仲になり、やがて契りを交わしたことを強調して他のことはさらっと説明した。
結婚時期は遥か遠い昔である。それこそ、この星アークが誕生した辺りからだ。約50億年は昔だろう。
「なんだか悲しいような気がする」
ふと漏らすワトソンにリンが訳を訊く。
「だって、長い間夫婦なにの僕らといるせいで逢えないでいるんだもん」
「あっ……」
そこに気が付き少女は申し訳なさそうにする。上目遣いで様子を見ていた。
「気にしないでよ。ボクは全然気にしてないし」
「彼とはどのくらいだい?」
離れている時間を訊ねるハーディーンにふたりも気になる。
「うーんと……」
脳内で計算式が複雑に絡み合う音が聞こえたような気がした。暫く考えているとはっとして口を開く。
「かれこれ893年は逢ってないかな」
「ってことは、星歴0年に一度逢ってるの?」
「うん。アーク連邦の全権委譲式で」
全権委譲式、それはアーク連邦がアークファミリアに代わって惑星を統治するための式典である。
星歴0年、つまりこの年に式典が行われアークファミリアから人間に惑星の全権限を委譲された。そのための紀元である。
「じゃあ星歴の前はなんだったの?」
「アーク歴だよ」
ハーディーンが答えた。そしてヴィクトリアに代わって説明する。
星歴以前はアーク歴を使用していた。
アーク歴は惑星アークが誕生してから使われていたため、最後の年は55億4433万2211年とされている。
それよりも前はメイスリースィミク歴と呼ばれている。これは宇宙誕生から現在でも使われているが、基本的にアークファミリア内だけのことばであり、人間が使っているものではない。
故に存在自体も薄い。古文書などで見掛けることが出来ればまだ良い方だろう。
「凄い……なんか、凄い」
語彙力が足りない言葉にリンも頷いている。想像だにしない過去の話で頭がパンクしそうだった。
「ヴィクトリアってホントに神様だってことが分かる話だね」
「そこなんだよね。僕も最初に逢った時は信じられなかったけど、話を聞いてやっとこさ信じたっけな」
数百年も前のことを思い出している彼。というよりも記憶力が優れ過ぎている。
因みに、彼女が神であると証明できる理由はふたつある。
ひとつは、彼女の右目。普段から黒色の眼帯を身に付けているが外すと右目にはアークファミリア10番目、風を司ることを示す紋章が瞳に刻まれている。
もうひとつは、彼女の使用する魔法陣。そもそも魔法陣とは基本的にひとりひとり違う。さらにアークファミリアを示す陣は13陣のみに限られる。
このことから彼女を神であると証明できる。
尤も、戦闘能力が常人よりも優れ、回復や治癒能力も軒並み高いことから普通の人間では太刀打ちできないだろう。
「ところで結婚といえば、やっぱり夜の経験もあるってこと?」
リンがそわそわしながら訊ねてきた。普段、ふたりは女性同士でもあってそういった会話も偶にならしていた。
但し奥まった会話は互いに遠慮していたが、今回に限り少女は訊きたがっていた。
「まぁ、正直に言うけどあるよ。一度や二度とではないけれど」
人生長ければそれだけのことはあるようだ。
「何回も……はっ、ヴィクトリアが穢れていく」
「穢れるってゆーな! そもそも、神っていうのは神聖なモンじゃないよ。そうやって考えるのは人間だけ」
確かに、そういう風潮を作るのは人間の理かもしれない。
神は人間が勝手に崇め奉りし存在。それとは異なり、神の方は人間を自分たちの子供のように思っているのだ。
「だからリンだってワトソンだって、ボクからしたら子供のように思っているよ」
「やーん、子供だなんて」
頬を赤く染め恥ずかしがる少女は満更でもない様子。
「リンは子供に見えるかもしれない。けど僕は違うだろうな」
ハーディーンやカーサスは人間でいうと白人という人種に分類され、リンは分類的にアルビオニヒスという白翼人種だ。
それとは違い、ワトソンは黒い肌を持つ黒人と呼ばれる人種。
ヴィクトリアの肌は美しいほどの真っ白に近い。それとは相対的な黒色の肌のワトソンは自分を彼女の子供だとは考えられなかった。
周りの空気が重くなり始める。先程の衝撃的で明るかった会話は、今は暗い。
「確かに肌の違いはある。けれど動物も毛並みや性格が違うように人間もそうなんだよ。それに人種差別は人間だけだよ」
そう言われると、そういうものなのかと考えさせられてしまう。
「ボクが子供って言ったらやっぱりイヤなの?」
「そんなことないよ!」
少女は神の子と言われて嬉しい。でもワトソンは?
「神の子……うん、嬉しいかな」
「でしょ。あまり、深く考えちゃダメだよ」
リンに肩を叩かれる。その場でハーディーンも頷いていた。
「暗い話は無しだよ。折角君とまた逢えたんだ。楽しい話を聞きたいね」
暗い話を終え、今度は明るい話を始める少女。次なる質問も衝撃的だ。
「結婚生活が長ければ一度は経験あるよね!」
「? 経験?」
「うん。あたしたちを子供って言うなら実の子供、つまりヴィクトリアが産んだ子供もいるかなあと思って」
この際だからなんでも聞いておけ。そう思わんばかりの少女、リン。
腕を組んで悩む青年、ヴィクトリア。だが堪忍したのか、はたまた違う理由なのか。口を開いた。
「いるよ」
「僕たちじゃないだろう?」
「うん。君たちじゃない。ボクにも子供、いるよ」
なんと、彼女は母親でもあった。
少女は頬を両手で押さえて言葉にならない言葉を挙げる。
「本当にヴィクトリアに子供がいるのか?」
ハーディーンとワトソンの両名が少女を押し退け訊いてくる。
「いるよ。この際だから包み隠さず話すよ。あとで訊かれると困るし。でも――」
その言葉のあとは普段通りに振る舞ってほしいというものだった。いつもと変わらずの日々を望んだ。
子供がいるからと言って茶化したり、子供は元気なのか執拗に聞いたりするのは厳禁だとお願いする。
「もちろんだよ。仮にヴィクトリアが他の男と夜の営みをやっても子供がいても、あたしたちのヴィクトリアはヴィクトリアだもん」
「何を言ってるんだ。でもリンの言わんとしていることは分かる。僕もヴィクトリアは全部引っくるめてヴィクトリアだから、普通に接してもらうよ」
安堵した。しかしひとつ問題がある。それはふたりも思っていた。
「カーサスだけは……当分問題になるかも」
「確かに」
彼に話せば怒り狂う、かもしれない。
ヴィクトリアを好いている彼にとっては衝撃的だろう。しかも子供までいると知れば、憤死は間違いない。
「まぁ死んでも生き返るからいっか」
「そだねー」
ふたりはあっさりとこのくだんの件を終えた。ヴィクトリアもそういうことにしておいた。どういうこと……。
「それでそれで、子供の名前は?」
リンが勿体振っていないで早く話すように迫る。
「ライフだよ」
聞き覚えがあるのかワトソンは何度も名前を繰り返して呟く。
「ライフ……ライフ、そうか」
ワトソンも気付いたようだ。だがその前に少女が言ってしまった。
「へぇ、ヴィクトリアの子供も神様なんだね!」
「そだよ」
リンはワトソンよりも早い段階で気付いた様子。
ライフ、本名はライフ・ギャラクシー。性別は女性でヴィクトリアの一人娘。
彼女はアークファミリア13番目であり、生命を司る神である。
「ボクと戒の子供がライフだよ」
「旦那さんは戒って言うのか」
ハーディーンが言葉を拾う。これは初めて耳にした。ふたりは食い付きたかったが、彼女の子供も神だったことに驚いている。
「ヴィクトリアはママだったんだね!」
「だからっておっぱいちょうだいとか、おしめしてとか言わないでね」
「言わないよ!」
逆にワトソンが赤くなる。そんなはしたない真似、カーサスでもなければしないだろう。
「何を言わないんだ?」
ドアの近くから声がする。皆が声のする方を振り向いた。
「カーサス!?」
施錠していたはずのドアの前に立つ彼があった。強引にも破壊されたドアが廊下に横たわる。
「おいカーサス、修理しろよな」
だがワトソンの言葉に対して返ってきた答えは違った。
「誰だおめぇー」
ハーディーンに詰め寄る。眉間に皺を寄せ首をかしげながら近付く。
「彼はハーディーン・ローレンス。ボクの古い友人だよ」
「古い! 友人?」
今度はヴィクトリアに近付いた。彼女の前に立つと体をぷるぷる震わせている。
「カーサス?」
「お前らは、俺を置き去りにしてこんな男と話していたのか!」
激昂する少年。これは大荒れになると予感する一同。
その前に食い止めるべく彼を落ち着かせるも無駄だった。
「誰なんだこいつは! 古い友人ってなんだ!」
「そりゃ彼女の古い友人なんだろ」
「ボクにだってひとりやふたり、古い友人くらいはいるよ」
至極真っ当な答えに地団駄を踏む少年。なぜ一緒にいるかを問う。
「君が鼻の下を伸ばしている間、近くの路地で偶然出逢ったんだ。久々だったから一緒に彼の泊まるこのホテルに」
「貴様、ハーディーン! ヴィクトリアをホテルに連れ込み、如何わしいことをしようとしたな!」
「あたしらも一緒にいたんだ。そんな過激なことは出来ないだろ」
乱交パーティーでもする気だったのではないかと意味不明な言葉と奇声を上げる。
「暑さと置いてきぼりにされて頭がどうかしちまったようだ」
「元々な気がする」




