第23話「クロミさん」
星歴805年13月8日24時03分、リン・アサカゼは処刑されたがヴィクトリアとマリーによって生きていた。
リンは計画されていた亡命を拒否。姉カレンとバートラムの復讐を望み皇居へ向かう。そしてバートラムと姉のカレンを殺害した。
皇居から脱出しようとするも悪魔ユリウスの決闘が続いていた。ヴィクトリアはマリーと仲間たちとの協力で悪魔を討伐したのだった……。
「眠りなさい。そして懺悔なさい」
マリーは術を唱え、青々とした炎が悪魔ユリウスを包む。そして骨すら残さずに灰となった。
腕を伸ばし、サラサラとした灰の中からどす黒く輝く悪魔ユリウスの怨燈を掴んだ。それをキャシーやユリウスたちの方へ翳して叫ぶ。
「任務完了! 悪魔ユリウス、討伐!」
キャシーやユリウスのみならず椿や螢、山茶花やサン、そしてヴィクトリアとカーサス、ワトソンが歓声を上げる。
だがまだ終わりではない。リンをメープル自由国へ亡命させなければならないのだ。
「ユリウス様がやられた……」
「もう駄目だ……」
「お仕舞いじゃあ」
近衛兵らがたじろぐ。これは絶好の機会だと感じたヴィクトリアは一気に駆け抜けようと提案。
「それは良いな。ところでリンは?」
賛成するワトソンだが彼女を気にする。リンは安全なところにいると答え、それがどこにいるのか問われる。
「呼べば来るんだけど」
「じゃあ呼ばないと」
だが彼らの前にもう一難が降り注がれる。
「カレン様とバートラム様が討ち死になされたぞ! 奴らの仕業だーっ!」
屋敷より声が上がる。たじろいでいた近衛兵らは突然泣き叫ぶ。そしてひとりの男が啖呵を切る。
「奴らを殺せ! 血祭りじゃーい!」
それに呼応するかのごとく多くの兵が怒り、憎しみ、声を荒らげて彼らに突撃を図る。
「ヤバい。殺される」
「手はあるのか、ヴィクトリア」
「打つ手なし」
あっさりと返答されて落胆するカーサス。軍勢はもうすぐそこだ。
その時、まるで汽笛のような音が周囲に轟く。その音に軍勢の足が止まり、周囲を見回す。
「なんなのだ?」
「やかんの音か?」
「気味悪し……」
すると悪魔ユリウスが灰となった場所の頭上に大きく禍々しい渦巻きが現れた。灰は吸い込まれて無くなったが人々は吸い込まれず、ただ茫然とそれを見ているだけだった。
「また変な音が……」
渦巻きの中からか汽笛が聴こえる。そこにヴィクトリアが声を上げる。
「リン! 脱出するよ!」
脱出とはどのようにして。まさか渦巻きの中へ飛び込むのだろうか。
渦巻きの前に立つカーサスにマリーが叫ぶ。
「離れろ、このバカタレ!」
「なんだと?」
すると突如渦巻きの中から白煙を吐き出す黒い鉄の塊が勢い良く現れた。車輪がある、汽笛が鳴る。正しく蒸気機関車そのものだ。
尻餅をついたカーサスの顔面すれすれを車輪が通過する。危うく轢死するところだ。
汽車は上昇しながら石垣を越える。
「早く乗って!」
「置いてかれるぞ!」
キャシーとユリウスは腰が抜けたカーサスに声を掛け汽車目掛けてジャンプした。
「どうやって乗るんだよ!」
死神三人衆も既にいない。残されたのはカーサス、ワトソン、マリー、ヴィクトリアとリンだ。
「列車に向かって跳べば良いの」
マリーのアドバイスにワトソンは即実行する。その通りだった。
彼は客車へ引き寄せられるように宙を飛んでいった。
「先行くよ」
マリーが跳ぶ。リンと手を繋いだヴィクトリアが彼を急かす。
「早く来なよ」
「じゃあね」
やけくそになったのかカーサスも跳びはねた。体が宙に浮くと客車に引き寄せられた。
ところが既に最後尾だったらしくカーサスは石垣を越え、そのまま町中の上空を飛行する形でパニックに陥る。
さらに問題が発生。高度が落ち始めた。彼は高所恐怖症なのだ。
「たっけろー! 誰かたっけろー!!!」
ストン。地面か、やけに柔らかい。
「世話が焼けるね」
純白の翼と尾を出したヴィクトリアが抱いてくれたようだ。柔らかいのは彼女と腕と乳房。
「ヴィクトリア゛~!」
余程の恐怖だったのか彼女にしがみついてはなさい。そのままふたりは闇夜を駆ける汽車へ乗る。
○
12輌ある客車の6輌目に皆が集まっていた。内装が木製の二等客車で座席はクロスシートタイプだ。
「遅かったな」
「空を泳いでた」
ワトソンと会話していると靴の音が遠くからする。ドアを開けては閉めて、近付いてくる様子だ。
「他に誰かいるのか」
「というよりこの列車はなんなのなのだ?」
取っ手が傾きドアが開く。そこに立っていたのは中肉中背で知命の男性だ。黒色の制服を着用し、左腕に“C633”という赤字で書かれた白地の腕章を身に付けている。
「ヴィクトリアさん、間に合って良かった!」
「いや、ナイスタイミングでしたよ」
ふたりは仲が良さそうだ。彼女だけではない。カーサスとワトソン、リン以外の人……いや、死神とは仲が良いみたいだ。
「えぇと、お前は誰なんだ?」
とても失礼な言い方だが大人の対応をする男。
「貴方がカーサスさんで此方はワトソンさん、お嬢さんがアサカゼさんですね。お初お目に掛かります。私は冥界鉄道院の車掌、今田靖です」
冥界鉄道、車掌、今田靖。どういうことなのかヴィクトリアに助けを求める。
彼は補足してあげた。
「星歴444年4月27日、閻魔大王暗殺未遂事件に起きた冥階段崩落で現世との行路が遮断され、のちに新しく出来たのが冥界鉄道なんです」
余計に分からなくなった。ワトソンも自分が生まれる前であったがために全く理解が追い付かない。
ここでヴィクトリアが解説と体験談を簡単に語る。
○
時は星歴444年、当時の死神庁では冥界長が閻魔大王とされており、閻魔尊という人物が務めていた。彼が死神界で一番の権力を持っていたのだ。
故にその座を狙う不届き者がそこいら中に蔓延っていたそうだ。そして4月27日、遂に事件が起きてしまう。
首謀者は、ネクロス・ギザーロフ。言ってしまえばヴィクトリア・ギャラクシーである。
とはいえそれは全くの濡れ衣だ。真の首謀者は当時、冥界長を補佐する副長のピョートル・グレイプだった。
彼自らが冥界長を始末しようと企むももう一歩のところで失敗するが逃亡は成功。そして首謀者をあろうことかネクロスだと公表したのだ。
副長は腕の立つ死神三人衆の椿、螢、山茶花を利用してネクロス逮捕を命じる。彼女は三人と幾度か戦い、最終的に拘束され裁判に掛けられる。
だが証拠も全て捏造され陪審員から裁判長までの全てを副長が買収。スピード裁決により無間地獄刑が決まる。
刑の当日に閻魔尊は気付かれぬようネクロスに真犯人を探し出すよう耳打ちする。そして彼女は反抗してその場から脱出。
追っ手の死神三人衆とは最初対峙する場面もあったがネクロスの言葉に椿が耳を傾け共闘する。そして副長を拘束し、閻魔は無間地獄刑を言い渡す。
死神三人衆とはそれ以来ずうっと長い間の付き合いだ。また今でも副長は地獄のどこで罪を償っているだろう。永久的に続くであろう苦痛を堪えて。
さて、この事件で副長が行った工作のひとつとして冥階段の崩落があるわけだが、まず冥界府は事件後に新政府と新体制を作った。
ひとつは閻魔大王と冥界長の独立だ。閻魔大王は冥界府に属する役職として置かれた。
閻魔尊は責任を取り辞職し新閻魔大王は、加藤閻魔竹虎(かとう えんま たけとら)となった。
冥界長は閻魔尊の推薦でギャルビン・ヘカートという人物となった。今も彼が務めている。
そして漸くの登場だ。冥界鉄道院を新設した。
現世と冥界の間の隠夜という空間に駅を作り、そこから特殊な軌道を敷設。冥界から各地の駅へアクセスが可能となった。
また冥階段と違い輸送力が桁外れになった上、慢性的な死神不足も解決するに至った。
冥界の交通事情は現世と変わらず車両は当時開発していた4-6-4方式のテンダータイプ、C-63型蒸気機関車が選ばれた。
全部で3号機までが製造され、客車も新造された。
基本編成は車掌室、郵便車付き緩急車1輌、一等客車1輌、二等客車11輌の計13輌である。輸送能力としては冥階段で昇ってくるよりかは格段に向上しただろう。
今田は当時、地獄界と天国界へ引き渡す手続きを行う部署の部長を務めていたが、冥界鉄道の車掌として白羽の矢が立った。
冥界鉄道は冥界府直属の組織で全体で3両編成しかない。その中の車掌というわけだ。
彼はC-63型蒸気機関車の3号機に乗務し、語呂合わせから“C-63-3(クロミさん)”と呼んでいる。
因みに列車自体に自我は無論ない。また完全コンピューター制御ではないので車掌の他、機関士と機関助士が乗っている。
余談だが、冥界鉄道院の車掌は列車の運行や運転などの全権限を持ち、理解している。故に、エリート中のエリートなのだ。
○
話を戻し、冥界鉄道に配置される車両は現世とも往き来できるように設計されている。その為、設定さえすればどこでも走ることが可能なのだ。
「設定に時間が掛かりまして来るのが遅くなってしまいました」
「いや、タイミングとしては完璧だったよ。ありがとう」
ヴィクトリアや皆のお礼で頭の上がらない今田。
「えぇ、間もなく当列車は冥界軌道に入ります」
「リン、もうアルビオニヒス(ここ)には来ないかもしれない。だからしっかりとその目に焼き付けておくんだよ」
窓の外を流れるアルビオニヒスの街々を指して囁いた。
可憐なる少女は窓に手を付いて過ぎ去る景色を眺める。
「次の停車駅は、メープル。メープルです。当駅では下車のみが出来ます。到着まで約60分で御座います」
言い終わると窓の外が薄い靄に覆われる。そして完全に真っ暗な状態になる。暗黒の世界を通っている感じだ。
お辞儀をして今田は客車から引き上げた。
「終わった終わった」
珍しくカーサスとマリーの言葉が重なる。ふたりは顔合わせて笑う。
笑いが起きてほっこりするリン。今までの時間が嘘のようにも思えた。
「次の駅でボクたちは降りるから」
メープル駅でヴィクトリア他、カーサス、ワトソン、そしてリンは下車する。マリーと椿、螢、山茶花、キャシー、ユリウス、サンとはお別れだ。
「それまで暫し休憩だ」
血がべっとり付着していたコートを脱ぐヴィクトリア。椅子に腰掛け、畳んだコートを膝に置いた。そして目を瞑るのだった。
マリーも疲れたのか彼女の後ろの椅子に座る。するとワトソンが隣に座った。
「なんだよ。座席はいっぱいあるんだから隣じゃなくても」
「良いね、やっぱり威勢があった方が」
「なんなんだよ……」
少し間を置いて彼はあることを訊ねた。
「君はどうしてヴィクトリアの下僕に?」
やや訊きにくいことだ。しかしこれから彼らは仲間同士となる。理由を良ければ話してもらいたかった。
「貴方だけに教えたげる」
頷くワトソンは彼女の声が小さく済むよう耳を傾ける。
「私はネクロスと一緒に生きたい。そう思って訊いてみた。そしたら意外とあっさり了承してくれた。なんか普段冥界に行かないから近況を報告してくれる人がいてくれると助かるって」
ヴィクトリアと一緒に生きていきたい。これだけでも十二分な答えだ。ワトソンもそれに同意する。
彼女の後ろに座るヴィクトリアは微笑んでいた。
彼らの話を遠くから眺める少女リンは死神たちの元へ近付いていく。
「あの、訊きたいことがあるんですけど……」




