第18話「ウィンウィン」
星歴805年13月8日24時03分、リン・アサカゼは処刑された。
アルビオニヒス皇国最後の天皇の末路は戦争犯罪と国家転覆罪によるラーックナーコソーノへの投身死刑だった。しかし、これは一般人に対して公開されたもので事実は違う。
リンの姉、カレンが全ての事件の首謀者だったのだ。
彼女はツルやツバキの暗殺を始め、リンの反逆を企てた極悪人だ。ダールクニヒス帝国皇帝バートラム・ホルニッセと恋仲ののちに結婚。
権力と素敵な家庭欲しさに肉親を次々に殺していった。それも自らの手を汚さずに。
今、リンを殺しバートラムと幸せな日々を過ごすことだろうが全てを失い、辛うじて生きていたものの命すら危ぶまれるリンは……。
「――絶対に殺してやる。地獄に逝こうが必ずお前を殺してやるからな! あたしはカレン、お前を――」
翼が燃え、身体が炎に包まれているように見える中で喚き散らす彼女をカレンは煩く思い、悪魔ユリウスにロープを切るよう命じる。
プツンと切れたロープはリンもろとも谷底へ真っ逆さまだ。
「カレンーーー!!!」
叫びながらリンは奈落の底へと物凄い速さで落下する。
「許さない。許さない。許さない! くぅっ!」
最後の力を振り絞り切って翼を羽ばたかせる。一瞬、身体が浮いたかと思えば地面にドシャ。リンは底のそこで動かなくなったのだった……。
○
仄暗く橙色の明かりが室内に灯る正体はランタンだ。天井と壁は板張りでやや古くさい。窓はなくじめじめした印象だ。
カビ臭いベッドの上で少女は寝かされていた。赤色髪は所々燃えてちぢれ毛になっている。
「あたし、生きてるの?」
体を動かそうと右側へ向けるが激しい痛みが襲い涙が出る。尋常ではない痛みだ。
「あたし、どうなったの?」
思い出せることは足音と真っ白な光だけだ。それ以外はカレンへの強い憎しみと怨み、そして生きたいという思いだけだった。
「誰か来る……」
みしみしと床が軋む音が段々と強く聴こえる。それと同時に足音もしている。
「声も出ない……人形、ね。惨めなあたし。これで生き長らえても復讐すら果たせない、哀しき人生を送るんだ」
悲観する彼女に希望を与える声が耳元で囁いた。聴いたことのある声だ。どこか懐かしく、遠くへいってしまったあの。
「ツバキ……?」
頭を向ける角度まで動かし声の主を探す。間違いない。ツバキの声に違いはない。
「お久し振りです、リンお姉様」
亡くなった筈のツバキが正に今、彼女の前に立っていた。思わず涙を流すリン。
声にならない声で泣くリンの頭に優しく触れる手があった。涙の中で見た光景。薄暗くともはっきりと分かった。
ワインレッドのポニーテール。蒼色の左目に右目を黒い眼帯で覆う青年。
「ヴィ……ヴィグドリア」
がらがら声でも何と言ったのか分かった。彼女は喉元に手のひらを当てて小さく呟く。青白く光り、そしてリンが驚いた。
「声が……声が、出せる」
治癒魔法のようだ。しかし身体全体は未だに治ってはいない。
「ヴィクトリア、どうしてここに……」
「助けてもらったんだから、礼くらいしなよ」
背後から迫る人影にリンは目を凝らす。オレンジ色のツインテールとポニーテールを組み合わせたトライテールと呼ばれる髪型に、碧眼の少女だ。
小柄でリンとの身長差は数センチ程度しか変わらない。因みにリンの身長は149センチ、マリーは151センチである。
「あなたは?」
「マリーよ、人間」
「人間って……あなたも、じゃない」
だが彼女は違う。死神だ。元人間と言っても良いだろうが、人間ではない。
「死神……じゃああなたが私のツバキを死に追いやったの!?」
「はぁ? 何馬鹿なこと言ってんのよ。これだから人間は下等なのよ」
下等呼ばわりされて黙っているリンではない。が、動こうとして身体全体が痛みに耐えきれずに悶絶する。
「無様ね。あなたみたいにすぐカッとなる人が騙されんのよ」
何も言えない。現にカレンの裏切りを見破ることはできなかったのだから。
「ヴィクトリア様……」
ツバキが耳元で囁く。
「あなた様のお力があれば、お姉様を完全回復できた筈。でもそうしなかったのはお姉様が復讐をするためだからでしょうか」
頷くヴィクトリア。リンならばやりかねない。大事な人に裏切られた怨みと憎しみは計り知れない。
「正しい判断のようですね」
「何が正しい判断なの」
リンにも聞こえたようだ。するとツバキの体が光輝く。
「時間のようです」
「な、何が!?」
「私が現世に留まれる時間は、お姉様を救えた時まで。私の願いが叶いましたから、私は……」
「イヤだ!」
雲を切り裂くように彼女は声を荒らげる。そして痛みを堪え上半身を起こす。
「すごい……」
マリーのみならずヴィクトリアでさえ彼女の精神に驚く。
次いで下半身も必死の思いで動かすとベッドから立ち上がりツバキの元へ向かう。
「お姉様……」
「ツバキ……行かないで。私を置いて、逝かないで!」
抱き締めようとする瞬間にヴィクトリアがツバキを実体化する魔法を掛ける。そうしなければ霊体の彼女と抱き合うことは出来ない。
「ツバキ……」
「御許しくださいお姉様。先に旅立つ不甲斐なき私を。お姉様は私たちの分まで長生きして下さい」
涙をぼろぼろと流すリン。離れたくない。失いたくない。だが現実は酷である。
ヴィクトリアとマリーの横から突然に顔を出す少女は死神三人衆の椿だ。
「ツバキ、時間だよ」
どうやら迎えに来たようだ。彼女が責任を持って魂燈を冥界まで届ける。
「早くしないと汽車に乗り遅れてしまうよ」
というのも冥界へは冥階段と冥界鉄道が存在し、前者は星歴444年4月27日に起こった崩落事件の影響で工事中なのだ。後者の冥界鉄道は事件後の456年に開通した新たな行路である。
「今田さんによろしく」
「今田車掌さんね。分かりました」
ヴィクトリアと椿の会話を横で聞くマリーはリンに訊いた。
「あなたがこのまま妹を留めると悪霊となって私が退治しなきゃなんない。それでも良いの?」
「退治……」
未練が残り、やがてラーックナーコソーノの死霊がツバキの魂燈を蝕み悪霊と化す。そうなればマリーたち、死神が黙ってはいない。討伐しツバキを地獄へ送らなければならない。
「それでも良いの?」
今度は強く訊く。最後の機会を与える。汽車が出てしまえば、次は明朝になる。それでは間に合わないかもしれないのだ。
「リンお姉様。大好きです。私はお姉様の妹で本当に良かったです。お姉様、御幸せに」
ツバキと椿は眩い光に包まれて消え去った。抱き合っていたリンは床へ崩れ落ち膝を打つ。痛みは全身にあったがそれよりも、ツバキの悲しみで彼女は心に闇を抱えてしまった。
「このままじゃ暴走しちゃうかもよ」
マリーが呟く。ラーックナーコソーノの底では悪霊が徘徊している。
少しでも暗くネガティブな感情を抱くと魔物が寄り添い、やがて取り憑いてしまうかもしれないのだ。そうして暗黒面へと落ちて悪魔になるのだ。
「リン、良く聞いて。ボクたちは君を亡命させるために助けたんだ。だから復讐なんかやめてボクらと一緒に行こう」
「亡命……」
しかし彼女にはこのまま生きるという選択肢は無かった。復讐をしなければ自分を許せないのだ。
「カレンとバートラム、それから悪魔ユリウス……刺し違えてでも殺さなきゃ。私は生きていても意味がない」
「ちょ、ちょっと待って。今、悪魔ユリウスって?」
「そうよ。あの悪魔がツバキを殺したのよ」
ツバキはカレンの企みによって殺され、それをリンに伝えようとしたものの手立てがなく、また彼女の行動を考えるに復讐をしてしまうかと思い立つ。ならばラーックナーコソーノへ投身処刑の際に助け、亡命して幸せな人生を送らせてあげようという考えに至った。
だがユリウスによって始末されたとは誰も思わない。このことにマリーは千載一遇の好機と捉え、悪魔ユリウスの討伐を考える。
「チャンスね。やっとこせ居場所が分かったんだ。今こそ討伐に」
「でもリンの亡命が先だよ。約束でしょ」
「うぅっ……」
こそこそ話をしているふたりに何か裏があると感付いたリンは単刀直入に訊いた。しかし教えることはない。必要もない。
「マリーさん。あなたは悪魔ユリウスを追っているようね。もしあたしがカレンを襲えば護衛のあいつが黙っちゃいない……筈。だったらそれを逆手にあなたがあいつを倒せば、あたしもカレンを殺せてウィンウィンじゃない」
その通りである。だがリンを悪の道に染めてしまうのはツバキの願いに反してしまう。ヴィクトリアは反対する。
そうでなくともカレンは今や一国の主。リンが生きていたということとなれば必ずや大挙を成して軍隊が彼女に刃を向けるだろう。
カレンと対面する前に殺されてしまうかもしれない。もし仮に殺害に成功したとしても罪を生涯背負って生きなければならない。
ツルとツバキを殺され、信じていた姉に裏切られ、国からも犯罪者として見捨てられ、姉によって処刑され、その姉をその手で殺す。まだ17歳の彼女にとって、それはこの先の長い人生で苦痛と絶望は避けられないだろう。
「ヴィクトリアは誰かを殺したいと思うことは無いの?」
「っ……」
「答えてよ! 殺したいって思ったことは無いの?!」
彼女のみならずマリーも答えが気になった。ヴィクトリアはこれまでに数多くの人を殺めてきた。リンの問いに対する答えは如何なものか。
暫し静寂が訪れた。息を呑むほど静かな時にヴィクトリアが口を開く。
「だからこそ、だよ。ボクは今までに何万何億もの命を奪ってきた。その命々(いのちいのち)にたくさんの人生や家族があったことも忘れてはいないつもりだよ」
数億もの命を奪ってきたことを明かしリンは恐れ戦く。自分と同じ歳に見える彼女は一体、どのような人生を歩んできたのだろうか。
命を殺すことに躊躇いは無いのだろうか。疑念も邪念も全くないのだろうか。
それ以前に何者なのか、ここで初めてリンは正体を知ることになる。
「あなたは一体何者なの? あたしが子供のときから10年も経ってる。少しは歳を取っても良い筈なのに」
「まだ言ってなかったっけ?」
ヴィクトリアは自己紹介を始める。マリーは腕を組み眺めていた。
「ボクはヴィクトリア・ギャラクシー。アークファミリア10番目、風を司る……神だよ」
信じられなかった。信じられる筈も無かった。目の前に神様が存在していることに。
「因みに死神界では、ネクロス・ギザーロフって名乗ってるんだとよ」
マリーが補足してくれた。感謝するヴィクトリアにリンは未だに信じてはくれない。
「一応ね、これが証なんだけど……」
右目を覆う眼帯に手をやると捲り、瞳を見せる。左目の蒼色とは違い、橙色の右目と10月の神を意味するスコーピオの紋章が描かれていた。
「あとは……」
もうひとつ証明して見せる。魔法陣だ。
魔法陣はひとりひとり固有の陣を持つ。但し一般的な詠唱で誰でも簡単に描ける陣は公用魔法陣と呼ばれて数多の人が使用できる。
それとは違い、アークファミリアの魔法陣はただひとつ。それぞれの神によって違った魔法陣が使われるのだ。
「本当に……神様、なの?」
「そうだよ。でもね、ひとつ断っておくけど、神様は万能じゃないよ。この星と生命を創った、ただの人間さ」
それだけでも彼女にとっては非常に信じられないことだった。ヴィクトリアの正体を知り、納得は難しいがそうするしか他は無いのだった。




