第17話「死刑」
星歴805年13月5日、アルビオニヒス皇国の町シルコとダールクニヒス帝国の町カーボに架かる橋ルーナの国境監視所で事件は起こった。
視察団の天皇リン・アサカゼの姉カレンが訪れた矢先、彼女は銃撃に遭い負傷。それが両国との戦争の引き金となった。
だがリンは捕まり、彼女の目の前でカレンが殺された。そして拘束され独房に監禁。
ところが皇居では逃げ出したと説明するカレンがルナらの前に現れ、戦争状態に陥った両国を修復しようて奮闘する。
終戦後、ダールクニヒス帝国の保護領となった新アルビオニヒス保護国はカレンを主導者として迎えられる。そしてリンは大罪人として死刑に処されるのだった……。
星歴805年13月8日23時00分、正午まで1時間を切るところ。リン・アサカゼはダールクニヒス帝国陸軍サウザンプトン少将らとともにシルコ国境監視所を後にする。
処刑会場となるポイント・カメリアは馬車で30分ほど掛かるラーックナーコソーノにある。
薄汚れた下着とパンツを穿き、目隠しされている状態であったが久々に外を出られたこともあり風を肌で感じる。空気も澱むことがなく何から何までが心地よい。
処刑会場では元皇族の観覧が許されており、他ギャラリーとして両国の民衆もいた。公開処刑とはこのことだ。
両国を結ぶ簡易的な橋の中央部にはラーックナーコソーノの最深部へ誘うための処刑用クレーンが設けられていた。
死刑囚をクレーンで吊るし上げ谷底へ落とす処刑法だ。さらに有翼人種()の場合は翼を燃やすために火を点ける。
そして燃えたままクレーンに吊るされ谷間の上へ移動。翼が燃え尽きると同時にロープが切れる仕組みとなり、そのまま谷底へ真っ逆さまだ。
リンの場合は後者となる。彼女は有翼人種でも特異で、翼を格納することができる。
格納とはいえ肉体の一部分に不可視化されるため、その部位を傷つけられると翼も損傷する。一般的には背中の辺りだと推測されるが詳しいことは解明に至ってない。
この対策として翼を格納できなくするための烙印を押す。これは特別な魔術が施されているものだ。格納しようとすれば強烈な痛みが内外問わず体躯全体を襲う。それから翼を燃やすのだ。
AMT(アーク標準時)23時33分。燦々(さんさん)と輝く太陽の下、処刑会場となるポイント・カメリアに到着する。正午の24時丁度に処刑を開始せねばならない。3分ほど遅れていたため手早く処刑の準備が進められる。
橋を刑務官に連れられて渡り、最期に足が止まる場所が処刑台だと彼女には分かった。自分でも分からなかったが、驚くほどに落ち着いている。今から死にに逝くというのに。
観衆がひそひそと話し始める。元皇族のいる場所からでも口々にリンの陰口を話している。
「あれが大罪人の末路ね」
「俺たちは争いなんかで平和になりたくない」
「話し合いで十分よ」
「リンに死を」
「死、あるのみ」
「死ねーっ!!!」
だが彼らの言葉は届かない。処刑会場から両端までの距離は約250メートルだ。とはいえリンにとっては聞こえなければ良いのかもしれない。
「これより元アルビオニヒス皇国天皇、リン・アサカゼの死刑を執り行う」
進行役の男がマイクを使い両端の民衆にも伝える。
「罪状、戦争犯罪と国家転覆罪」
耳が痛い。彼女にとってやらざるを得なかった。カレンを救うためにも。だが彼女はもういない。心残りはないのだ。
「死刑囚リンに烙印を」
刑務官が耳元で翼と尾を出すよう囁く。反発してもその場で殺される。ならば……。
「はい」
彼女は潔く屈服。純白の翼と尾を広げる。羽根が周囲に散り、なんとも神々しく見えた。
その束の間、刑務官は彼女の下着の端を掴み腹部を出す。そして中心部の臍の辺りに拳台の烙印を押され悶絶するリン。
「死刑囚リン、何か言いたいことはあるかね」
その問いに首を横に振る。今は痛みを耐えることに必死だ。
「死刑執行人、前へ。目隠しを外し、翼に炎を灯せ」
執行人が彼女に近付く。リンも最期にルナと逢えるならばと顔を上げて目隠しを取るまで待つ。
優しい手が彼女の後頭部にある結び目をほどき、ゆっくりと目隠しを外した。リンもそれに答えるかのように目をそっと開ける。
久々の太陽に目が眩み、何度か瞬きをして慣れるまで時間が掛かったが眼前に立つ人物に目を凝らす。
「ルナ……」
彼女の前にいる人はこの世のものとは思えないほどのものだった。
「うそ……なんで。だって……あの時……」
「おひさー」
軽く挨拶を交わす姉、カレンがいた。動いている。話している。生きている。
「お姉様、死んだんじゃ」
「生きてるよー、ここに」
胸に手のひらを当てて嬉しそうに話す。その証拠にと心臓の音を聴くよう進めるが両腕を縛られていることに気付き諦める。
「なんで生きてるの……」
「生きてちゃ悪い?」
「……でも、刺されてたし、血もいっぱい、いーっぱい出てたし」
「あれは演技よ。あなたを戦争犯罪人に仕立て上げるためにね」
意味が分からない。何を言っているのか理解ができなかった。
「ど、どういうことっ!?」
「そのまま意味よ。あなたを戦争犯罪人にして私が天皇になるためなの」
そこまでして天皇になりたいのか。そうまでして何になる。リンは理解不能ながら詰問する。
「最期だから話したげる。私、バートラムと結婚したの」
「バートラム……バートラム・ホルニッセ!? 結婚って……」
カレンはダールクニヒス帝国皇帝と既に婚礼の儀を済ませていた。それは凡そ1年前に。
「バートラムが早く子供を作りたいって言うのよ。でも子供ができたら今以上に忙しくなるし、面倒を見なきゃいかなくなる。隠し通せるわけない」
「だから私が邪魔だったの?」
「そうよ。正直に話したらお互い良い関係になってた? なわけないよね。だって私は……おまえが嫌いだから」
突然態度が変わった。今までに見たことのない姉の豹変にリンは畏縮する。
「おまえは私から天皇の座を奪った」
「だ、だってお母様が」
「私が天皇になるはずだった。なんであの女はこいつなんかに」
「お母様を悪く言わないで!」
産みの親に対して散々な言い方にリンは憤怒。言い返すもカレンは驚くべきことを口にした。
「あぁ、忘れてた。あの女も殺したんだった」
「お母様……を?」
「そう。実はバートラムと知り合ったのは――」
突如語り出すカレン。彼女と彼が知り合った日を話し始めた。
それは今から約9年前に遡る。当時母ツルがまだ天皇になる前の選挙を控える日。つまり選挙戦前日だ。
彼女はツルを襲うために送られた一行に捕まったがそこでバートラムに一目惚れしてしまう。さらに彼も一目惚れという相思相愛に。
そして選挙当日に襲われ人質となるフリをした。そうなることでツルを誘い出し殺害する計画だった。しかし、
「――あの時にどこの馬の骨かもわからない奴らによって計画は失敗。あんな奴らさえいなければ、今ごろは子供も出来ていたのに!!!」
奴ら、それはヴィクトリアとカーサス、ワトソンのことである。
リンは3人のお陰で助かったことに感謝していた。しかしカレンはその真逆だったことを知り哀しんだ。
「じゃあお姉様はわざと捕まってお母様を亡き者に」
「あの時はムカついたわ。だから捕まった手下たちの脱走を手引きしたのよ。幸いにもタイラ大将が味方に付いてくれてラッキーだったわ」
当時ヴィクトリアをスパイ呼ばわりした彼こそ敵との内通者だったのだ。
それからタイラの協力の元、脱走した彼らに準備期間を与え内部の機密情報を教えた。そして機会を伺い、彼らにツルの暗殺を実行させたのだ。自らの手を汚さずに。
「お、お姉様は……アルビオンスじゃない。悪魔よ!!!」
「悪魔はワタクシであります」
カレンの脇の辺りからから突如顔だけを覗かせる男。体はなく顔だけが中空に浮いている。
他の者は気付かない。そういうフリをしているのか、だがそうでもないようだ。観覧する民衆は何事もなく見ている。ふたりにだけしか見えていないのだ。
「あなたは!?」
「悪魔ユリウスと申します。カレン様のいわばボディーガードですよ」
「そゆこと。因みに言っとくとツバキを殺したの、こいつよ。まっ私が頼んだんだけどね!」
頭が真っ白になる。母親のツルも妹のツバキも皆、慕っていた姉カレンが裏で手を引いていたのだ。
あまりの悔しさと憎くさに思わず大声で叫ぶ。
「カレン!!! あたしはお前を許さない!!!」
この言葉は両側の国民や観覧していた元皇族はもちろん、ルナたちにも届いていた。さらに、
「殺してやる! お前を殺してやる!!!」
などの言葉を聴いたルナは驚き、口を塞いで身を震わす。
「ルナ、大丈夫か」
「コトネさん……。大丈夫……じゃないですよぅ」
元ツルの専属侍女コトネ・カツラギも娘リンの処刑に興味を示し訪れていたが、まさかこのような形で彼女の豹変振りを目の当たりにしてしまうとは。
「リン様が……カレン様を殺す、だなんて」
「ツル様には聞かせられないお言葉です。あの方がおられたら、さぞや哀しむことでしょう」
ふたりはリンをただただ見つめるだけだった。
暴言を喚き散らすと護衛の兵士がカレンを囲み守りの態勢に。刑務官が代わりに松明を持って彼女に近付いた。
「死刑囚リンはこれより冥府へと旅立つ!」
時刻は24時03分過ぎ。執行時間を3分も超過してしまっている。
「点せ!」
火がリンの翼を包み込む。ごうごうと燃え広がるとクレーンが旋回しラーックナーコソーノの真上に移動する。
「熱い……熱い……」
体へ燃え移りそうになるほど火は強く彼女は悶え苦しむ。だが怒りと憎しみは消えることなく彼女を見送るカレンに対して想いを爆発させる。
「絶対に殺してやる。地獄に逝こうが必ずお前を殺してやるからな! あたしはカレン、お前を――」
ロープがプツン。なんの前触れもなく切れる。ユリウスが煩わしかったのか切断したのだ。
「カレンーーー!!!」
叫びながらリンは奈落の底へと落ちていく。カレンは冷笑を浮かべ、事を成し遂げたことに悦ぶのだった……。
○
辺りは暗く静かだ。天高く渓谷の隙間より見える蒼く澄み切った空と流れる真っ白な雲。ここはラーックナーコソーノの底だ。
「全身が痛い。動かない。誰か……助け……て」
死刑囚リンは辛うじて生きていた。何故生きているのか。
それは着地寸前に最後の力を振り絞り、燃え尽きかけん翼を羽ばたかせ、それが激突から救った。だが重体であったがために命は無いだろう。
「死んでたまるか……。カレンを、あたしたちの怨み。はらさでおくべきか……!」
心の中でそうは思っても体を流れる血が外へと流れ出る。血溜まりができ、寒くやがて眠気が襲う。
「もうだめなの……。最期に、……せめて最期にあの方に。ヴィクトリアに逢いたかった」
視界は狭まり、もはや聴力だけが彼女に残された最期の器官だった。
静寂の時の中で微かに聴こえる足音。目を開こうにもそんな力はない。
だが目を瞑っていても眼前が白く輝く。温かみは感じないがどこか優しい感じがした。
「御迎え……かな」




