第16話「保護国」
星歴805年13月5日、アルビオニヒス皇国の町シルコとダールクニヒス帝国の町カーボに架かる橋ルーナの国境監視所で事件は起こる。
視察団として天皇リン・アサカゼの姉カレンが赴くとそれを見越したかの如くダールクニヒス側より銃撃され姉は負傷、互いに交戦状態となり最終的に彼女は捕虜となってしまった。
敵将軍のミハイル・フォン・ウジクーツク伯爵中将はリンに交戦を宣言するよう求める。
人質のカレンを前にリンはダールクニヒスに宣戦を布告。国は戦争一色となる。
カレンは殺されリンは放心状態。監禁され独房へ入る。だがこの動乱の中、アルビオニヒスの皇居に降り立つ殺された筈のカレン。
死んだことは知らない皇族は捕虜となっていたはずの彼女を介抱。カレンは一言呟いた。
『リンを止めなければ』、と……。
「一体何があったんです!?」
ルナの問いに彼女は息を絶え絶えに事情を説明した。
「私たち視察団は確かに攻撃されて拘束されたの。でもそれはダールクニヒスじゃなくて彼らとの友好を阻む闇の秘密結社シャカエルコの仕業だったのよ」
「でもウジクーツク伯爵中将の存在が……」
「あれは信憑性が増すからだと。ウジクーツクと名乗る人物はただの黒人のおじさんだったわ」
確かにカレンがダールクニヒスに囚われの身とあらばいてもたってもいられなくなるのが普通である。しかも肉親が危険に晒されているのならばあの行動に出るのも頷ける。
女官が弱っているカレンに薬草を混ぜた回復薬を飲ませる。その前では腕組をする女性が話を始める。
「それでリンを止めるとは?」
シーナ家のイージーが訊ねる。重要な質問だ。
「リンが私たちを助けに来たときシャカエルコの悪さが明るみになってダールクニヒスが敵でないと知ったの。でもリンは違った。私が本当にダールクニヒスに囚われたということにしてお母様が願っていたことを実行しようとしたの」
ふたりの母ツルはアルビオニヒスとダールクニヒスを未来永劫友好な関係を築き上げるべく共存共栄を掲げていた。リンは国家統一をすることで母が出来なかったことを成し遂げようと考えていたと話した。
「仮にそれが事実なら……」
「事実も何もこうしてカレンが話しているんだ」
「だがあのリンが……」
皇族の意見が別れる。だがここでふたつに別れるわけにもいかない。ルナが切り出した。
「カレン様の言うとおりリン様をお止め致しましょう。事情はどうであり、今は国民を優先に」
「そう……だな」
「だが……」
リンは今国家元首だ。彼女以外に国を統制することは出来ない。ひとりを除いては。
「リンはルナを天皇代理として認めた。ルナならば今、リンを切り捨てられる」
イージーが言った。代理でも天皇は天皇だ。しかし切り捨てるという表現に彼女は嫌がる。
「言い方が悪いのは分かるわ。でもね、今やリンは国や民を戦争に巻き込んだ悪逆天皇なのよ」
アナスタシア・ポリカフポフがイージーをフォローする。
「あなたはやらなくて良いわ」
カレンの言葉に皆が振り向く。彼女はよろめきつつもルナに近寄り両肩に手を置いた。
「あなたが私を天皇に任命してくれれば良いの」
「そうか、代理天皇でもカレンは天皇陛下第二位だ。ルナが任命さえすれば可能なのか」
賛成のイージーとアナスタシア。残るはリー家のシャルロットとマーベラス家のミームだ。
「僕も賛成だよ」
「儂もだ」
ふたりの賛同にルナは決意を固めた。考えようでは責任逃れでもあるがそうではない。カレンならば的確な指示が執れるだろうと思った。
それに他の天皇家も賛成したのだ。それを無下には出来ない。
「カレン・アサカゼ様に全権限を委譲致します。リン様をどうか、お願いします」
「分かったわ。私がリンを正しい道に導くわ」
彼女の指示によりアルビオニヒス皇国は体制を新アルビオニヒス臨時政府とした。新政府の発足によりアルビオニヒスは内戦状態に陥ることとなる。
各所に呼び掛け態勢を整える。カレンが元近衛兵団の元帥だったこともあり、凡そ35パーセントの戦力は確保できた。
だがやはりリンが元首のアルビオニヒス皇国に忠誠を誓う将校が多く、また戦闘中に中断するわけも行かず命令を聞けない部隊が大多数いた。
「とにかく部隊はシラカンバまで後退して防御陣地を展開」
「ロートの町まで侵攻されています。このままの早さだとシラカンバまで96時間後には……」
考えたくもない。侵攻されれば国民に危険が及ぶ。首都であるシラカンバは人口約15万人の大都市だ。
人口密集地もあり乱戦ともなれば多数の死者が出ることは目に見えている。
「なんとかシラカンバに到達される前に準備を進めましょう。なんとしても国民だけは救うのです」
○
各地でダールクニヒスとの戦闘やアルビオニヒス皇国に対するデモや内戦により国民の死者は増え続ける一方だ。また兵士の今後の行く先を考えると無駄死にとなってしまっている。
それに対する策が満を持して展開される。
カレンの作った新政府、新アルビオニヒス臨時政府はダールクニヒス帝国との講話を望み、且つ従属国の要請をも望むことだ。
ダールクニヒスの属国となり、下手をしてしまえば国が無くなりかねない。だが国民とリンを救うためにはこの方法しかないと考えたカレンは苦渋の決断をしたのだった。
皇居内と市内の主要機関、それから民家には白旗を掲げ交戦の意思は無いことを伝える。武装を解除し、侵攻してきたダールクニヒス帝国大将フーバー・ギガントに講話を求める。
彼は要求を呑み、各地で一時停戦を促した。しかしアルビオニヒス皇国からの攻撃は止むことがなかったため、新型軍艦を投入して応戦。その戦闘に新アルビオニヒス臨時政府も加わり、戦闘は継続。そのまま講話に入る。
皇居内で講話が開かれた。新アルビオニヒス臨時政府はダールクニヒス帝国領新アルビオニヒス保護国とすることで収まり、共にアルビオニヒス皇国を講話へと導く形となった。
「リン様は今どちらに」
「確認は出来ていないが、最後にいたのはシルコの町。そこから行動範囲を絞るか、近い重要施設を当たるか」
足取りを確かめるべくシルコへ向かおうとするルナだったが予想外の展開が訪れる。チェムノタというダールクニヒスの都市でリンと率いる侵略部隊を捕らえたというものだ。
「チェムノタってどの辺りです?」
「確か首都の近くだと思うわ。そんなところまで侵攻していたなんて」
リンの拘束という言葉にルナは少し安心した。だがまだ完全に安心したわけではない。
国家大罪人をアルビオニヒスとダールクニヒスがどう裁くのか。彼女は精一杯に応援と助けようと誓う。
リンの拘束は瞬く間に国中を駆け巡り戦闘を行っていた地域は停戦、武装を解除した。星歴805年13月7日16時29分、アルビオニヒス皇国は敗戦した。
同日中にはダールクニヒス帝国の皇帝バートラム・ホルニッセと新アルビオニヒス保護国代表のカレンがシルコの国境監視所にて調印式と今後の会談を行うべく集まった。ルナも世話役として同行する他、他の天皇家も出席することとなった。
調印式はまるで時計仕掛けのごとく順調に進んだ。アルビオニヒスは正式にダールクニヒス帝国新アルビオニヒス保護国となり、またダールクニヒス帝国法が適用されることとなる。
その第一段階として天皇はひとつの皇族によって成り立つとし、それにより元首であるカレン、つまりアサカゼ家が唯一の皇族となり国を納めることとなる。
それ以外の天皇家は女官、または何かしらの官職として着くこととなった。
近衛兵団は解体されダールクニヒス帝国軍がアルビオニヒスを護ることとなった。自国の防衛は警察隊のみとなる。
内外で反発はあったがダールクニヒスの強大なる力によって屈服された。
シーナ家は警察隊の官職に、ポリカフポフは国境警備隊に、リー家は農家に、マーベラス家は反発し一般市民となった。それぞれの道に進みカレンは天皇、ルナは世話役として今ある。
調印式を終えたカレンにルナがリンのことについて訊ねる。彼女の話では直ぐに会談が開かれるようだ。その会談にルナは参加できず、ダールクニヒス側の人間とカレンと警察隊となったイージーだけが参加することとなっている。
「リン様をお助け下さい。どうかお願い申し上げます」
「分かったわ。精一杯に頼んでみるわ。必ず救ってみせる」
絶対に救い出すことを誓いカレンは会談に参加する。
○
「ダールクニヒス帝国の臣民よ。そして今日、新たに我が国の保護下として受け入れられた民よ」
ラジオから流れる皇帝バートラム・ホルニッセの言葉。ルナも固唾を呑んで聞いている。
「――リン・アサカゼは満場一致で『極刑』が可決された。明日の正午0時を以て、彼女は冥府へ旅立つ」
この言葉にルナは愕然とした。絶望の縁に立ち、最早為す術がないことに直面する。
会談を終えたハールンやカレンらが監視所を後にする。そこにルナがハールンの前に立ちはだかる。判決に納得が行かないのだろうか。
ぎょっと眼を見開くカレン。彼は立ち止まり側近らがピストルを抜く瞬間に彼女は跪き頭を垂れる。
「お願いがあります。どうか、せめて……リン様にお目通りできませんでしょうか。何卒、何卒……」
帰ってきた答えは否定の言葉だ。それどころか足を止めたことに深く憤り、慌ててカレンが駆け寄り頭を下げる。
「誠に申し訳ありません!!! どうかお許し下さい!!!」
如何にも下に見るような冷徹な視線をふたりに送り彼は去った。側近が舌打ちをしてあとを追う。
彼らが去ってもダールクニヒスの高官らが後に続き何やら口ずさんでいる。少なくとも綺麗な言葉を発しているわけではないようだ。
カレンはルナを抱き締めて叱責した。言い方はいつもよりきつく涙ぐんでいる。
「今私たちは弱い立場にいる。あなたのたったひとつの行動で国が滅んでしまうかもしれない」
彼女は悔し涙だと捉えた。最後に残ったたったひとりの家族、リンを救えなかったことに。
「ご、ごめんなさい。私、せめて最期にでも逢いたかった。逢って話がしたかった……ごめんなさい」
大声謝り、泣いた。ふたりはいつまでも抱き付き、泣いていた。
報道陣は彼女らを新聞の一面に書き記すのだった。
○
シルコ国境監視所は地下の独房にて。暗く明かりがわずかに灯る程度の檻の中、リンが壁に寄り掛かり監守の言葉を訊いていた。
「貴様の処刑日が決まった。明日の正午、AMT(アーク標準時)24時丁度だ」
そう宣告されても彼女は取り乱すこともなく静かに頷くだけだった。
「喜べ。貴様の罪を分かち合うためか、ルナ・アサナギが執行人になった」
その言葉に彼女は反応する。そして頬に涙が伝う。
「あの子ったら、あたしなんかのために……」
「以上だ。それから今夜の最期の食事はコッペパンだ」
コッペパンなどどうでも良かった。彼女は最期にルナに逢えさせすれば、それで満足だったのだ。
だが、彼女の絶望と苦痛、憎しみはさらに続くのだった。
皆様、明けましておめでとう御座います。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
本年の目標は第3章の完結でありますからして、遅筆ながらもどうぞよろしくお願いいたします。




