第12話「悪魔」
冥界で働く少女マリーがある日、祖母のソマリーに頼み事を任される。その頼みを仕事と両立して遂行するのだったのだが……。
冥界、それは死者が必ず訪れる死後の世界である。
冥界を最初に創った人物はネクロス・ギザーロフという少女だ。別名、ヴィクトリア・ギャラクシー。アークファミリア10番目、風を司る神の化身だ。
彼女は冥界を創造し、次に3つの世界を創った。天国界、地獄界、そして死神界だ。
天国界とは生者が生前に善良且つ良き行いなど人のため世のために生きていると訪れることの出来る世界。
逆に極悪非道に生きていた罪人が訪れる世界は地獄界である。ここは恐ろしく、そして孤独な世界が広がっている。
最後の死神界とは、死者を前述の二界へ送るべく現世より連れて来るための死神が住む世界のことだ。
死者は先ず、生前の姿で死神と対面する。そして導きより4989万段にも及ぶ階段、通称“冥階段”などを使い冥界の中心、冥界府へとやって来るのだ。
必ず一段一段上り、二段飛びをしたり途中で投げ出したりするとそれだけでのちの査定に響く。
冥界府へ辿り着くと職員がひとりひとりに付き添い、審判の間に連行される。そこで閻魔大王の裁決が下される。
前述した査定も裁決の重要な証拠となり、最後の行いとして天国か地獄かの行き先が決まる。
審判のあと、天国界または地獄界の職員に引き渡される。
死者のその後は本人の意思と量刑によって決まり、輪廻転生をしたりその場に留まる道を選ぶことになる。
大半が輪廻転生を選ぶが中には留まる道を選ぶ者もおり、その者たちは各界の職員となったり住人となったりする。
さて、この中でどのようにして死神となるか、それはこれから始まる小さな物語の中に描かれる。
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冥界府、中心地よりやや北西に広がる大きなビル街はショイシャーガと呼ばれている。この町の一角にこの話の主人公、死神識別番号“B-07941192”通称マリーが働くテリトリーがある。
テリトリーとは死神が働く組織のことだ。冥界府直轄の組織で全宇宙のあらゆる生命体の死後の処理を行う他、重要な討伐なども存在するがそれは後述するとしよう。
マリーの勤めるテリトリーの名前はシャドウカンパニーという。テリトリー内では一、二を争う大企業だ。
さらに死霊や悪霊が現世には無数に住み着いている。それらを排除し魂を回収するテリトリーがシャドウカンパニーである。この重要な役割を担うテリトリーはこの社を於いて数社しか存在しない。
彼女はこの企業でかれこれ220年は働いている。死神は寿命もあるが基本的には魂燈が破壊されない限り生き続けることができる。
魂燈とは死神の核となる魂のような物で寿命はあるものの、長く生き続けるためには死神界で育つ食材を使った料理を食べなければならない。霊力を回復させるためだ。それは地上界に降り立った時も同様である。
食糧を携帯し、食べ続けなければ霊力が下がり、魂燈は破壊されてしまう。万一、魂燈を失えば悪霊と化す。自我を無くし、力を付けた悪霊は悪魔にもなることが出来、現世に於いて死霊を操り大暴れをすることも少なくない。
悪霊を倒すには核となる怨魂を破壊しなければならない。
そもそも死神は悪霊の一種であり、怨魂を魂燈が包み込むようにして悪の部分を外に出さないよう護っている。
怨魂は内部に魂燈の欠片を宿し、それを死神は回収する。
怨魂から出た魂燈を怨燈と呼び、それを地獄界の罪滅の間で長い年月じっくりと魂を生前のカタチに戻していく。
そうして晴れて成仏となる。因みにこの間、記憶と苦しみは続くのである。
故に地上で死霊や悪霊との戦いに苦戦してしまえば魂燈の消滅も時間の問題であり、最期には取り返しの付かないことになる場合が多々ある。それでもマリーは今日も死者を冥界へ誘う。
シャドウカンパニーの社長、ソマリーはマリーの祖母だ。と言っても基本的に死神界では、その殆どが血の繋がってはいない赤の他人同士である。彼女もまた例外ではない。
マリーが死後、死神としての試験を受けるに当たり、その指導でソマリーが担ってから彼女の面倒を見ている。
また、死神界では珍しく母子関係にあるソマリーの娘、マリーの母親分でもあるマリリンはこのテリトリーの課長だ。
序でにマリーの家族構成について補足すると、ソマリーの夫マリオンは会長であり、母マリリンの夫マリノスはテリトリーでは働いておらず、冥界府の職員である。シャドウカンパニーは一族で経営しているのだだ。
マリーは日々現世に赴いては死霊を駆って冥界へと届けている。彼女にとっての生き甲斐なのだ。
○
髪型はトライテールといってポニーテールをした状態でツインテールをしたもの。オレンジ色のその髪は胸の辺りまで伸びている。
「社長に呼ばれた。急がなくっちゃ」
急ぎ階段を駆け上がる。1階から社長のいる社長室までは20階も昇らなければならない。
「エレベーターくらい作ってくれても良いのにな」
死神は疲れない。意識的や精神的に疲れるかもしれないが肉体的に疲れることはない。
彼女たち死神の身体は魂燈によって維持されているため、血液が流れているわけではない。さらに心臓も止まっている上、肺呼吸をしていない。ゾンビとは違うが、アンデッド種と言えよう。
「やっとこせ着いた。社長、入るわよ」
ドアを開け、目に飛び込む景色と言えば大きな窓ガラスの前に社長が座る椅子と机と電話が見える。社長はいなかった。
「あれ?」
「ばあ!」
ドアを開けたすぐ隣に立っていたのだ。
「……」
「驚いた? あら大変、心臓が止まってるわ!」
マリーの胸に手を当てて確認する姿に溜め息を吐く。
「お母様、毎日やってて楽しいの?」
「あはは、さて本題」
変わり身が早くこれが彼女の日課だということも知っており全く気にしない。寧ろ早く本題に入って欲しかった。
「前に大きな戦いが起こるって聞いていたわよね?」
「それはいつなの?」
「私にも分からないわ。でもその時がもうそろそろらしいのよ」
「早くて明日、遅くて100年後っていう曖昧なんじゃないの?」
死神は長い間死者を見送るわけであり自然と現世の生き物よりも長寿だ。即ち100年も1000年も現世の出来事に干渉するわけになる。
「前の大戦はなんだっけ?」
「確か586年前だから星歴210年のポルックスの乱だったかしら」
「ポルックスの乱? ポルックス皇帝が宗主国のカストル大帝国に反旗を翻したやつ?」
その戦いは凄まじく、ポルックス側に反旗を翻した国はカストル同盟の全体で6割以上だった。主要国のレグルスやアルビレオ、アルゴルなどの当時名の知れた忠実な国々も反旗を翻しポルックスと戦った。
とはいえ、アーク連邦から凡そ真反対に位置する国々の戦い故に連邦との関係は一切ない。そのためヴィクトリアは事実すら知らないのである。
だが事の発端はふたりの女神に由来する。アークファミリアの5番目、氷を司る神“レリアンス”と7番目、毒を司る神“エスペランサ”だ。
ポルックスではレリアンスを神聖化し、カストルでは悪だとして対立が激化。丁度国賓としてエスペランサが来日していた際、カストル側は知らずにエスペランサが乗る馬車を攻撃し彼女は大怪我を負う。
それに対してレリアンスが激怒しポルックスも加勢、相手がアークファミリアだということもあり、信仰していたカストル同盟の国々もポルックス側に付いたとされている。
両国の死者は延べ1億と800万人を超え、結果的にポルックス側が相手国の国民全員を殲滅することによって終わったという。一説にはエスペランサによる毒を散布し皆殺しにしたといわれているが。真相は正に神のみぞ知る。
現在はポルックス王国となり当時の国々は全て支配下となっているそうだ。また、レリアンスだけでなく勝利に導いたエスペランサも神聖化され、年に一度ふたりの女神に感謝と祝福をするポルックス祭を行うと言う。
話を元に戻そう。このポルックスの乱以降、大きな戦争は起きていない。中規模な争いは起きようとも、死者が1億にものぼることはない。
それほどの戦いが起きてしまうのだろうか。そうなってしまうと死霊や悪霊、中級の悪魔などが生まれてしまう。
以前、マリーは元社員のダイアナにある話を聞いたことがある。死神が死霊に負けると取り込まれてしまうこと。仲間の死神に迷惑を掛けてしまうことを。
彼女は大きな争いが起きて欲しくはないがそれは避けられぬ運命なのだろうか、そう感じ取っている。
「だからマリー、その兆候の動向を探ってね!」
その頼み事は難しい上に時間を要する。彼女には荷が重すぎるのではないだろうか。
「兆候ね。まぁやるだけやってみるわ。期待はしないでよね」
「はいはい、分かってるわよ」
○
とはいえ、通常の仕事をこなす上ではやはり無理があった。
「流石に探る時間なんて取れないわ、ねっ!」
大きく自分の背丈よりもある鎌を一振りして死霊の首と胴を切り離す。魂燈がふわっと現れると巾着袋に入れて回収する。
「あとこの地区だとサンタフェ通りだけね」
今彼女はアーク連邦のカタリナ州東部に位置する港町プライヴァティアの裏路地にいた。行き場所を失った死霊が裏の路地に集まり力を溜めている。
「ノーザンパークはユリウスがやってたし、ドレイクタウンヒルズの悪魔討伐はキャシーが行ってたから残すは……」
サンタフェ通りの築247年の邸宅に悪霊が住み着いているという。今は廃墟と化しているのだが夜な夜な白く明るい光が見えるのだそうだ。
「さぁてちゃちゃっと殺しますか」
そうしてものの数分でその作業を終えると携帯糧食のレイスペクター社製の『チョコレイトチューイングガム 血の池地獄風味』を口に入れる。噛んでいるだけで霊力が補給できる。但し効果時間は人によって異なるが大体10分くらいだ。
味はチョコと血の池地獄が織り成す不思議なハーモニー風味だ。一言で言えばチョコの中に血が入った味だろう。
「不味くはないけど美味しくもない……。新発売は網羅してるけど、これは微妙ね」
仕事を片付け仲間と合流するべくその場から離れようとした時だ。ゾッと寒気が身体中を駆け巡る。
「な、なにこの酷く苦しい怨念の塊は……」
邸宅の一室、いや正確には部屋と部屋の間に異常なまでな負のエネルギーを感知する。最上位の悪霊ではない、もしかすれば悪魔級の魔物が潜むほどのエネルギーだ。
「っ……や、やるしかないわ」
鎌を握り締め忍び足で近付く。玄関へ辿り着くまでに体力の半分を削られる勢いだ。
「いままでにない感覚。ヤバそうね」
生者ならば心臓がバクバクと暴れるほどだろうが彼女の体内では魂燈が熱くなるだけだ。
ドアを開けて恐る恐る近付く。部屋と部屋の間は壁である。その内側から憎しみのオーラが出ているようだが。
息を呑むマリー。決意を堅め鎌を一振り、壁を破壊する。そこには鉄の扉が重々しい雰囲気の中で現れる。
「この中か……手に負えるかな」
鉄扉に手を近づけると激しい音とともに電流が流れ、火花が散り彼女の手は弾かれた。さらに触れようとした指先の皮膚は抉られ、骨が剥き出し赤黒い血が吹き出していた。
「来るっ!」
渾身の力を持ってその場から急ぎ離れる。窓に体当たりをして外に逃げようとするが開かない。
「くっ。なんて硬い窓だ」
鉄扉が吹き飛び天井を突き破り屋外へ。その後を追って彼女は外へ出た。
「なんてこと……」
邸宅全体が禍々しいオーラに包み込まれ、やがてひとつの塊となって彼女の前に立ちはだかる。
「悪魔誕生……しかも高等な悪魔」
目前に立つ男は口を開く。
「余を目覚めさせ感謝する。腹が減った。喰わせろ、貴様を!」
遅筆と別の作品と趣味で中々かけなかったことをここにお詫び申し上げるとともに、マリーの活躍をご期待くださいませ!あと我らがヴィクトリアのも!
※アークファミリアの月(順序)が違っていましたので修正いたしました。




