第9話「夢」
星歴796年2月3日、アルビオニヒス皇国の天皇選挙が行われた。これはシーナ、ポリカフポフ、マーベラス、リー、そしてアサカゼの五大家の中からひとり決まる。
しかしこの度は情勢が芳しくなく裏でアサカゼ家の鶴が当選されるよう仕組まれている。これに至っては残りの四家も同意の上だ。
知らないのは国民だけだが今はダールクニヒス帝国との講話が必要不可欠。それに対応できる天皇は鶴しかいないのだ。
果たして吉が出るのか凶が出るか、どちらに転ぶだろう……。
選挙も終わり、管理委員会による集計が行われている。その様子は逐一ラジオやテレビによる放送で広く国民に知れ渡る。なお放送局も裏で仕組まれていることは知らない。万一暴露されてしまえば国は崩壊するだろう。
「今、ツル・アサカゼ氏に100票追加されました」
「シラユリ地区ではユーナ・シーナ氏に500票追加されました」
ラジオから流れる票数に国民は固唾を飲んで見守る一方で宮中では翌朝に開かれる戴冠式の準備に明け暮れていた。
「急げ、公表まであと数時間しかないぞ」
「公表が終われば戴冠式の放送が始まるぞ」
放送局員や記者らのスペースを確保した上で会場が瞬く間にそれらしく見える。
「花屋さんが来たで」
国花のシラユリを飾るためやって来たのだ。又、首都シラカンバの市章に描かれているシラカンバの木片も到着し、国旗の傍に置かれた。
戴冠式の中途でいよいよ最後の地区の集計が始まる。ここまで発表されている裏の投票数、つまり政府が操作している票数はシーナ氏402191に、ポリカフポフ氏288962、マーベラス氏123465票、リー氏67656票、そしてアサカゼ氏441325票である。
だが実際の票数を知らされ皆は驚いた。
シーナ氏454572票、ポリカフポフ101112票、マーベラス99871票、リー290票、アサカゼ667755票であった。
「残り6400票は何処に入るかねぇ」
「嬉しい……」
思わず鶴の目頭が熱くなる。裏で操作をしていなくとも国民は彼女を選んでいたのだ。しかし放送している票数は既に台本のもの。今更公にすることは出来ない。
嬉しい気持ちを胸に仕舞い自分を選んだ国民の皆に感謝する。そして精一杯努力することを誓う。
○
皇居からやや離れたとある酒場に奴ら4人はいた。
「何っ!?」
大きな声で他人からも注目されるエルンスト。慌てて太っちょの大男が口を塞ぐ。
「声が大きすぎます」
「今の話は本当か、サルデス」
「はい。シグマによる情報です」
シグマは内通者のことである。
「なるほどな。これは使えるかもしれない」
「政府が裏で天皇を鶴にするよう手引きしていたと国民に報せれば転覆も間違いない」
ビリーは喜びを隠せないでいる。ニタニタ笑みを不気味に見せているため他の客が気味悪がる。
「おい、変な顔で笑うな。お前は存在自体気色悪いんだから」
辛辣な言葉を投げ掛けるサルデスだがメタボリックな彼に言われたくないビリーだった。
「挑発はよせよ」
ひょろひょろともやしのような細い体に丸眼鏡を掛けた男が制止する。
「てめえは引っ込んでろ、もやし」
「俺はもやしじゃない。カイ・ワーレだ」
カイは爆破のエキスパートだ。皇居を爆破するくらい御手の物だが今回は最終手段として使うため彼の出番はないかもしれない。
彼ら4人はシグマによる情報を得、鶴暗殺の前に一仕事することを思い付く。しかし暗殺の下見へ赴くエーデルとバートラムは事情を知らず、またエーデルは暗殺以外の任務は絶対に行わないつもりだ。
これは主君であるダールクニヒス帝国皇帝のハールンからの勅令だからである。彼にとって弟のエルンストはハールンの足下にも及ばぬ存在で、もしも主君に無益な働きをすれば介錯も辞さない。
しかし、バートラムは違った。主君の命により彼だけは命に変えても護り抜けとのお達しである。それはつまり、次期皇帝は彼に決めているのだ。
「予定変更だ。奴らに揺さぶりをかけるぞ。上手く行けば金も手に入るかもしれんぞ」
「エルンスト様、当初の目的をお忘れなく」
「分かっている。だが国民に知られては絶対にいけない情報を此方が手に入れているのだ。使わないでどうする」
「どっちにしろ奴を殺すんだ。良いじゃねぇか、ウヌフィノンノヒス」
ビリーがナイフに手を掛ける。しかしサルデスが制止する。ここで騒ぎを起こせば大問題だ。
「ウヌフィノンノヒス、お前さんが皇帝にどう吹き込まれているが知らねぇが、俺たちの主はエルンスト様だ」
「おうよ。何かありゃお前さんをピッ――」
手の平をナイフに見立てて首を切る動作をするビリー。
「いい加減にしろ。我々は仲間だ。目的も同じだ。争うことは許さん」
エルンストが皆を纏める。エーデルにも釘を打つ。
「――部下に手を出すことも許さん。今は我々に手を貸せ」
「無論です。今はあなた方に従います」
○
現世より何処からも遠く離れた冥界に少女はいた。
死神番号“B-07941192”、名はマリー。
主な外見的特徴として身長は147センチと低く、髪型はツインテールとポニーテールを合わせたトライテール。また髪の色はオレンジで瞳は碧色だ。
こう見えても彼女は冥界で221歳を迎える長寿者である。
彼女に家族はいない。代わりにシャドウカンパニーを経営する家族が彼女の唯一の拠り所となっている。
先述した通り、彼女は死神だ。今、大きな使命を担う。
元シャドウカンパニーの社員、ダイアナから近い内に下界より数多の血が流れることを聞かされる。即ち、戦争だ。
死に逝く人々の魂を冥界へと導く大切な仕事を生業とする死神。しかし時として悪しき魂が悪霊となり、ひとつの集合体となったその時、死霊となる。
奴らは無害な人々の魂とは違い、実体化する有害な悪魔の化身として下界の人間や冥界の人々を襲う。そして次々に悪霊や死霊を増やしていくのだ。
それを阻止すべく死神ハンターとしてマリーやシャドウカンパニーといった組織がいる。そして神と協力し、両界に平和と平穏をもたらしているのだ。
彼女は今、自分の働く会社が運営するアパートにいる。それが自宅なのだ。
4帖しかない牢獄のような一室。少女にとっては窮屈そうにも思えるがマリーは決して文句を言わない。
外勤の多い彼女はカプセルホテル代わりに使うだけなのだ。とは言っても着替えや道具といった家具は置いているため少々狭いことは確かである。
1帖丸々使った質素なベッドに寝転び天井を見つめる彼女が呟く。
「なんか久々に暇だなぁ」
ここのところ、仕事漬けで休む暇もなく働いていた。彼女はそれが楽しくて仕方がない。それに出逢いもあった。話しでしか聞いたことのなかった死神界の神様とも呼べる存在、ネクロス・ギザーロフだ。
「また逢いたいな」
前に一度逢った時は彼女だとは知らずに高圧的な態度で接してしまった。母親的存在のマリリンから話を聞いて後悔している。
「怒っているかな」
彼女のことが気掛かりだった。もう一度だけでも良いから逢って、話しがしたい。
そう思って目を瞑る。暫くすると眠ってしまった。死神でも眠ることはある。そして夢をも見るのだ。
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「ここは……」
真っ白な空間にマリーはいた。ただ真っ白く太陽もなくどこから光が差し込み辺りを照らしているのかすら分からない空間。当然影も無い。
さらに言うと足音すら聞こえない。だが自分の声を出すと聞こえはするが、彼女以外の声や音は全くしない。
自然現象の風や気温すらも感じない。寒いのか暑いのか、分からなかった。
「夢……だよね」
そうであると気付くにはやや時間が掛かった。しかし本当に夢であるかは分からない。
「夢ならつまらない夢ね」
自分の見る夢に呆れる彼女。辺りを見回し溜め息を溢す。
「誰?」
背後から突然声がする。驚いたマリーが振り向くとワインレッド色のポニーテール姿に右目を眼帯で覆う中性的な青年が立っていた。
「あなたこそ誰なのよ」
質問を質問で返すと青年は嫌な顔をせずに答える。
「ボクはヴィクトリア。ここはボクが誰かと交信するためにある世界。誰からも干渉されずにね」
「つまりあなたが創った世界ってわけね」
「そう言うことになるかな」
益々変な夢だと呆れていると彼女から歩み寄り、
「夢だと思ってる? でもこれは夢じゃないよ。さっきも言ったけど、ボクと交信するために出来た空間。君がボクに用があるみたいだけど」
マリーは困惑した。なぜコイツに用があるか理解できない。本当に逢いたい人はネクロス・ギザーロフなのに。
「あなたなんかに用は無いわ」
「そう。でも誰かに逢いたそうだけれども」
実は彼女、マリーだと気付いた時に分かっていた。もしかしたら自分に逢いたいのだと。
「私は今、この瞬間にあなたと出逢った訳よ。なんであなたなんかに用があると思って? 勝手に私の夢にまでも現れて何様よ。答えなさい!」
まさかの展開だ。
ヴィクトリアはどうするか迷う。このまま少しイジってみるのも愉しいか。だが彼女に申し訳ないと思い、
「変わらないね、君は」
全身が白く発光するとマリーは身構える。亜空間から自らが武器とする鎌を手に取り次の動きを見極める。
ところが彼女の前に現れた子供にマリーは鎌を落とす。その姿は無論ネクロスなのだが、ヴィクトリア=ネクロスであると気付くのにやや時間を要した。
「あなたが……いえ、あなた様が冥界の中でも偉大なるネクロス・ギザーロフ様だったなんて」
「偉大って……私は別に何もしていないよ。ただ藤堂戒と八叉鎮とで冥界を創っただけだよ」
「戒様と鎮様と!?」
このふたり、冥界では誰もが知る人物だ。天國界の藤堂戒、地獄界の八叉鎮。ふたりは両界を統べる者なのだ。
冥界と言われる世界は常世界と言い天國と地獄の狭間に位置する神域だ。死んだ者の魂や肉体は全て冥界へとやって来る。そして冥界長の判断で天國か地獄へ振り分けられるのだ。
尚、戒と鎮は神であるためアークファミリアとは深い関係にあるが、この話は何れ話すとしよう。
さて話をもとに戻し、天國界と地獄界を統べる神と共同して冥界を創り上げたネクロスにマリーは死神のためか心臓が機能していないにも関わらずドキドキしている感じがした。
「この方が世界を……」
偉大な人物だと再認識させられる。
「もっとも創ったのは最初の方で戒と鎮さんに後は任せたよ」
「なるほど。でもこの世界を創造したという意味では十分名乗れるわね」
「どうだろうね。それで、私に何か用?」
突然話を軌道に戻され一瞬困惑したが夢であろうとなんだろうともう二度と逢えないかもしれないという想いが湧き、正直に答える。
「あなたに逢いたかった。それだけの理由です」
「ふふっ」
「何かおかしい?」
「いや、初めて出逢った時の君は高圧的で高飛車な女の子だったけど今は違うからさ」
以前のことを思い出され彼女恥じる。ネクロスだとは知らずに接してしまったからだ。
「ごめんなさ――」
謝ろうとした時だ。ネクロスから彼女に近付くとマリーの口元に人差し指を当て、
「私はあの時に逢った本当の君が好き。だから私の前では本当の自分でいて欲しい……かな」
本当の自分。マリーは二歩後退りすると何か言いたげな視線を彼女に向ける。
「ね、マリー」
「ネクロス……。はぁ、分かったわ。あんたの前でははっきり言ったげるわ」
「うん。それでこそ本当のキミさ」
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「変な夢……」
本当に夢の世界だったのか、はたまた元の世界へと戻ってこられたのか定かではないが、
「ネクロスと出逢えた。それだけで今は十分ね」
起き上がり背伸びをすると窓へと向かう。
「なんかまた、直ぐに逢えそうな気もするし」
窓を開くとサッシに頬杖をする。
「ヴィクトリア……ネクロスのもうひとつの姿」




