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The ARK  作者: にゃらふぃ
第3章 可憐の英雄
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第8話「使命」

 星歴796年1月、アサカゼ家の護衛を任されたヴィクトリアとカーサス、ワトソンはそれぞれの任務に着いた。

 鶴の護衛はワトソン。次女と三女の護衛はカーサス、そして次女の凛の護衛はヴィクトリア、といった形で任務を遂行する。

 しかし平和な日々を送る一方で、ダールクニヒスの皇帝ハールンは弟のエルンストを使い、アルビオニヒスの転落を目論む。

 果たして無事に選挙は終わるのか。それは誰にもわからない……。


 星歴796年2月3日――、遂にアルビオニヒス国民が待ちわびた国家元首、即ち天皇陛下の選挙が行われる。まだ夜も明けていなAMT(アーク標準時)7時から各都市の役所で投票のための準備が行われいた。


 開始はAMT10時、一斉に行われる。終了はAMT34時の計24時間に渡って行われ、AMT25時に一斉開票ののち集計される。


 最終的に結果が公開されるのはAMT48時、つまり翌日の0時丁度となる。


 当日は選挙活動をすることが許されておらず、アサカゼ家では前祝いとして当確パーティーを宮中にて催していた。中にはマーベラス家やシーナ家、リー家、ポリカフポフ家までもが参加していた。


 先述するが、今回の選挙はあくまでも朝風鶴が当選するよう仕組まれている。例え、彼女よりも他者の投票数が圧倒的であろうとも覆ることはない。


 謂わば出来レースだ。


 鶴以外にこれからアルビオニヒスの将来(みらい)を委ねられる人材は他にいない。彼女こそ天皇陛下に相応しき人物なのだ。


「何か、国民に対して申し訳ない気持ちが……」


 お猪口を手に鶴が呟く。無理もない。国民(かれら)を騙しているのだから。


「しかし今は平時ではないのです。有事の時なのです」


 傍らでソイが囁く。そうは言っても結果的に国民を騙す形には変わらない。


 そこにカーサスが料理をてんこ盛りに載った皿を持って傍に座る。


「だったら票で勝っちまえば良い。あんたなら出来るだろう?」


 偶には良いことを言うと、ヴィクトリアは感心した。さらにワトソンも感激する。


「なんだよお前ら……」


 気味悪がる彼の傍を少女が走り去る。その際に肘がぶつかり皿がひっくり返り料理がおじゃんになってしまった。


「俺の食い(もん)が!」


 少女は凛だ。悪いことをしてしまった。


 彼女は素直に謝った。申し訳ないことをしたのだという自覚があるからだ。


「こっちも成長したね」


 ワトソンがヴィクトリアの耳元で囁いた。彼女は一歩ずつ凛が成長していくことに喜びを感じていた。まるで我が子のように。


「ったく、部屋の中で走るなっつうの」


 取り箸を手に料理を皿に盛っていく。高級料理は中々口に出来ないがためにもりもり盛る。


「もう少し抑えなよ」

「嫌だね。好きに食う。それが俺の流儀ー」

「喰らうの間違いじゃないのかい」


 3人で言い合っていると凛がヴィクトリアに抱き付いてきた。


「ど、どうしたの?」

「百合百合しいな」

「うるさい。それで、どうしたの」


 事情を窺う。何か言い難い気がしたため彼女の部屋へ移る。


「凛……」


 心配そうに鶴が視線を送る。ふたりは障子を開けて廊下へ出た。


「いよいよだね」


 何がいよいよか、それは選挙のことを指す訳だが凛には伝わったのだろうか。黙って俯く彼女を見つめるしかなかい。


「明日から忙しくなるよ。護衛だの監視だのって……」


 凛の部屋の前に着く。彼女は自分から開けようとはせずヴィクトリアが代わりに開けた。


「さぁ、中に入ってどうしたのか訳を聞かせてよ」

 室内に入り、障子を閉める。ヴィクトリアが正座すると凛が再び抱き付いた。


「凛……」

「私、やっぱり(いや)……」

「嫌?」


 小さく頷く彼女。顔を上げると涙を浮かべていた。


「ソイとカーサスたちが話しているところを聞いちゃった」

「どんな?」

「アルビオニヒスの反対勢力やダールクニヒスの悪い人たちが母上を狙ってるって。殺されちゃうの嫌……嫌だもん!」

「っ……」


 無理もない。まだ子どもなのに母親がこの国の天皇陛下になるのだ。


 不穏分子が命を狙うこともあるだろう。これはどの時代、地域でも繰り返される必然的なものだ。


「それを命に代えても御守りするのがボクたちの役目だから、安心して」

「ヴィクトリアを失うのも嫌!」

「嬉しいことを言うね。でも鶴さんの命と引き換えにボクが生きるより、彼女が生きていた方があなたの為だと思うよ」

「それでも嫌ッ! 私はあなたにも生きていてほしいの! だから天皇の仕事を辞めてどっか遠いトコで暮らそ!」


 それが出来ればどんなに良いか。しかしヴィクトリアは首を横に振り、やや強めで言葉を掛ける。


「君は母親が大事なんだよね」


 首を振る凛。彼女も頷く。


「国民も鶴さんが必要なんだ。小さいからわからないかもしれない。でもみんな鶴さんにやってもらいたいと思ってるんだ。もちろん中には嫌な人もいる。だけど……」


 ヴィクトリアは凛を胸から引き離し、姿勢を直すと彼女の肩に手を置いた。


「――これからあなたが大きくなった時、誰もが幸せに楽しく過ごせるように今、頑張らなきゃならないんだ」


 そして少し言い辛くなるが分かってほしいため続きを話す。


「さらに言うとね……いつかはあなたがみんなの為に鶴さんみたく先頭に立ってすることになるかもしれない。それがいつになるかわからないけれど……」

「私が……天皇陛下に」

「そう。鶴さんのように立派に、そして逞しく天皇になってくれたら彼女も喜ぶだろうし、ボクも嬉しいな」

「嬉しい?」


 ニコッと微笑むヴィクトリアは小さく頷いた。


 凜は泣くのを止め、少しの間俯いて何か考えていた。先程の気持ちが伝わっていれば良いなと彼女の言葉を待つ。


 閉め切った障子の外からはカーサスがばか騒ぎをしている喧しい声が聞こえる以外、何も聞こえない。時折風が吹いて障子や草木が揺れる音が聞こえるくらいか。


「私……」


 凜が口を開いた。何か言いたげそうにこちらを見つめている。


「私、応援する。でね、母上のお手伝いをする!」

「そうか。うんうん」


 喜ぶヴィクトリア。想いが伝わり、安堵する。しかしそれと同時に不安を抱く。


 果たして今後、何事も起きることなく無事に任務を終えることが出来るのだろうか。


「母上のトコに行ってくる!」


「あ、うん。行こう」


 障子を開けてふたり一斉に飛び出して広間へと走る。その姿を影から見守るひとりの少女がいた。凜の姉、歌恋(カレン)だ。彼女もまた後をついて行った。



 正午を過ぎ、街では投票が行われている中、皇居の外周に何やら不穏な空気が漂う。いち早く感付いたヴィクトリアは気を引き締め凜を鶴に託す。


「僕も今気付きました」

「ここは頼む。この馬鹿は使い物にならないし」


 うっかりでろんでろんに酔い潰れてしまったカーサスを横目に剣を腰に装着する。


 周囲の官吏らもふたりの行動を見て準備を整える。


 近衛兵が宮中に集まり塀や門を警戒する中、ヴィクトリアは一点に目掛けて駆る。


「あそこにいる」


 北門に一番近い堀の対面に青く繁った木々がある。その繁みに何かがいるのだ。


 門に近付くと自慢の脚力を活かし軽々しく塀に上り木々の前に現れた。その奥には街が広がっており帝都に相応しい趣のある建築物が碁盤の目のように配置してある。美しい光景を堪能する暇もなく彼女は木の繁みを凝視する。


「っ!」


 刹那、彼女目掛けて弓が飛んできた。一瞬の隙に剣を抜いたヴィクトリアは弓を一刀両断する。


「くっ……」


 弓に気をとられていた間に気配は消えてしまっていた。残されたのは弓の破片と、一枚の紙切れだ。


「矢文か」


 鶴らにその矢文の内容を報告した。無論、凜や歌恋は別室に移した上である。


「『朝風鶴を天皇にすれば命はない』か。よくあるタイプの脅しだな」


 ソイが言う。


 通常この手の脅しは対立候補が仕掛ける手口だが、今は国家ぐるみで鶴を天皇に当選させるべく動いているためこの線は消える。つまり対立国家からの警告となる。


「ふっ、ダールクニヒスも落ちたな」


 バジルが呆れている。弟のソイも同意見だ。


「ここまで来ると和平は難しいですよ」

「それでも私は私のすべきことをやるだけです」


 強い意志にソイとその兄は跪いて頭を垂れる。


「仰せのままに。貴方に付いていきます」

「普通にして。まだ天皇でもないし、この先も上下の関係なんて私たちには要らないと思うし」


 躊躇うふたりにヴィクトリアが助言する。


「ボクたちみたいに和気藹々として振る舞っていれば良いんじゃない。それだけでも十分絆は強いと思うし」


 その言葉にお互い了承し改めて握手を交わした。



 遠景に皇居の塀が一望出来る煉瓦造りの5階建てビルの屋上に集まる5人の男と少年がいた。その内のひとりはダールクニヒス帝国の皇帝ハールンの弟、エルンストだ。またその脇には彼の息子、バートラムが立っている。


「どうだった、ビリー」

「勘の良い若造が邪魔しやがった」


 ボウガンを片手に覆面姿の長身の男がいきり立っている。


「近衛兵か?」

「いや違う。あれは戦闘慣れしたプロだ」

「お前もプロじゃないのか」


 バートラムの背後に立つ太っちょの男が言葉を掛ける。気に障ったのか反論するも仲間割れを起こしている場合ではない。エルンストに止められビリーは落ち着きを取り戻す。


「それで我々の警告分は受け取ったのか」

「恐らくな。矢文だと気付いて宮中に戻っていたのが見えた」

「良し。一応政治的な処理はやっておかないとな。それに奴らにもチャンスを与えねば」


 そうは言っても最初から鶴を殺害する気なのだから彼らにとって政治的という理由は意味をなさない。


「準備しろ。明日、公の場で晒し首にしてやる。エーデル、バックアップは任せたぞ」

「畏まりました」


 片翼人、ウヌフィノンノヒスの青年エーデルが影から頷いた。


 時はもう間もなく満ちる。彼らが生き残るか、彼女らが生き残るか。それは誰にもわからない。



 冥界の某所、暗く閉ざされた一室にマリーと猫背の俯いた老婆がいた。


「ダイアナおばあ様、何か用?」


 老婆の正体はシャドウカンパニーの元社員且つ死霊討伐数第一位を誇る凄腕の死神だ。今は魂を転生させるべく誘導員のパートタイマーをしているのだとか。


 そんな話は置いておいて、彼女はマリーに大事な話をして起きたかった。


「あなたに伝えておきます。近い内に多くの血が流れるでしょう」

「――てことは……いっぱい狩れる!」


 目を輝かせ興奮する。しかし老婆は怒鳴った。


「馬鹿者。多くの血が流れということは戦争、即ち多くの憎しみが生まれるの。その怨みが集合体となって死霊になる」


「わかってるわよ。それを狩るのがシャドウカンパニーの仕事じゃない」


 老婆は細い腕をタンスに伸ばし引き出しを開ける。中から古く汚れの付いた手帳を手に取る。


「それは?」

「儂が見た殉職者が書かれている」

「っ……」


 シャドウカンパニーは創立352年を誇る死霊討伐専門の老舗だ。ファントム・コーポラルやレイス合資会社と肩を並べるほどの討伐数をも誇るが殉職率は高かった。


 会社自体がノルマを課しているわけではなく、個人自身がノルマを課して無茶な討伐を繰り返し死に逝くケースが殆どだった。今年で181年目に入るダイアナもその内のひとりだったが、無理をして数多の同僚を失った。


 この手帳はシャドウカンパニーの殉職者、即ち彼女の生涯の中で死んでいった人々の名前が記されている。述べ5331人。日付と名前、遺言などが記されていた。


「儂たちは長い寿命を得ているが死ぬ時は一瞬じゃ。死神は冥界に住む人の1割ほどしかおらん。儂らは死霊に近い存在でもある。奴らに取り込まれればどうだ……仲間が苦労するぞ」

「学校で教わりました」

「机上ではわからんこともある」


 聞いたことのなかった老婆の話しに世界がちょこっと変わる。


「それでも私は私のすべきことをするわ。それが私の使命だもの」


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