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The ARK  作者: にゃらふぃ
第3章 可憐の英雄
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第7話「鶴」

 西暦795年1月1日。アルビオニヒス皇国の隣国ダールクニヒス帝国が国交を断絶したことを国民に公表するや否や忽ち各地で不安の声が広がる。

 その最中(さなか)にヴィクトリアとカーサス、ワトソンの3人は栄螺を食べたかったバジルの任務を受けるべく五大家のいる首都シラカンバへ向かう。

 彼らは五大家の中で朝風家の次期天皇候補、朝風鶴を護衛する。しかし見たことも聞いたこともない彼らは車内で偶然帰省中の彼女と娘、凛に気付かなかった。

 ファーストコンタクトはカーサスだったが、凛の暴走に憤慨する彼を差し置いてヴィクトリアは彼女と親しい間柄となる。

 そして護衛任務が始まるのだった……。

「こぉーらぁ! 糞ガキぃ!」


 星歴796年1月3日を迎える朝っぱらから宮中にカーサスの怒号が谺する。


 怒りの矛先は次期天皇候補のひとり、朝風鶴の娘“凛”、7歳だ。


「返せ! 糞ガキ!」


 670年ほど生きている大の大人、と言っても見た目は17歳の青年だが、声を荒らげて何ともみっともない姿である。仮にもここは宮中だ。もっと感情を抑えるべきではなかろうか。


 だが今の彼に何を言おうとも無理があるようだ。


「糞ガキ! 返せって言ってるだろぉ!」

「やーだね」


 木の造りの廊下を大きな音を立てふたりは走る。子供と大人の歩幅には違いがある。故にカーサスの方が速かった。


「つーかまえ……ぎゃあ!」


 屋根を支える柱に頭と胴をモロにぶつけそのまま引っくり返りピクピクしている。その様子を中空からにやにやしながら見ている凛。


 彼女もアルビオニス故、白き翼と尾を持ち、不要の時は不可視化の出来る高等な種族である。


「にひひ、ザマァみろ!」


 彼から奪った……とは皇族に対して失礼か、借りた拳銃を手に様々な箇所から眺めていた。無論弾は入っていない。


「そ、それを……返せ!」


 ふらふらしながらも立ち上がり、両手を広げ返すよう求める。しかし応じることはなくさらに憤慨すると小石を拾い、あろうことか子供の凛に投石する。


 最初はわざと外していたが挑発され頭に血が上り、ついに、


「痛っ……」


 少女の額に命中し軟らかな肌に傷が出来る。そして血が滲み頬を伝う。


「痛みが分かったか!」


 詫びる様子もなくカーサスは拳銃の返却を求む。周囲の目も気にせずに。


 周囲の女官らは耳打ちをする。また官吏らが槍を持って彼を囲む。


「待て。悪いのはこいつじゃねーか」


 聞く耳持たぬ官吏らは縄を持ってくるなり彼の手足を捕縛する。一方の女官らはヴィクトリアを連れてきた。


「俺がナニしたって言うんだよ!」


 涙声になる彼を見て溜め息を()くヴィクトリア。そして彼女に飛び込む凛の姿があった。


「こいつが石を私にぶつけてきたの」

「元はと言えばお前が言うことを……うぅっ!」


 口にも縄を巻かれるカーサス。まるで罪人だ。いや、皇族に傷を負わせた正真正銘の罪人である。


「血が出てる。目を瞑って」


 言われるがままにそうすると凛の額に手を翳す。治癒魔法で傷を治そうとしているのだ。無詠唱の魔法で傷が完全に塞がり、最後に持っていたタオルで血を拭いてあげた。


「あ、ありがと……」


 頬を赤らめる凛にカーサスが一言。


「お前なんかにヴィクトリアはやらんぞ!」

「奪い取るだけだもん」


 皇族の発言とは思えない言葉にヴィクトリアは苦笑する。しかしながら躾も必要だ。このままではカーサスみたいに頭の腐った女の子に育ってしまう。


 地面に下ろし彼の拳銃に触れ、


「凛、これを返してあげて。彼にとってこれは命の次に大事な物なの」


 優しくお願いする。これで素直に聞いてくれれば良いものだが。


「一番大事なのはヴィクトリアだからな! その次が命なんだぜ!」


 余計なことは言わないで良いと言わんばかりの視線を送る彼女を余所で凛が躊躇いつつも頷き、


「はい……返す」


 拳銃を渡す。しかし手足を捕縛されてる彼は正に手も足もでない。彼女は官吏らに声を掛ける。


「こいつの縄を切って」

「しかし、凛様をぎったんぎったんに痛め付けたこの男――」

「痛め付けられたのは俺だよ」


 呆れて呟く彼。


「また罪を犯す恐れが……」

「犯すのはこのガキだろ」


 合いの手を忘れないカーサス。すると今までにない言葉を聞くこととなる。


「悪いのは……私だから。捕まえるなら私を」


 両手を差し出すと官吏らは戸惑い、


「め、滅相もありません。貴女を捕まえるなどと」

「今すぐ命令に従います」


 カーサスの縄を切り落とし自由の身にした。そして凛は彼の前に立つ。


「ごめんなさい。これ、返す」


 ここに来て、この任務を引き受けて、凛との抗争37回目にして初めて聞いた謝罪の言葉に彼も戸惑った。


「あ、いや。返してくれるなら良いんだ」


 銃を受け取ると女官らは立派になった凛を誉め称える。少し行き過ぎを感じるが悪いことをして謝るという行為が初めて出来た彼女だ。喜ばしいことであろう。


「しかし7つにもなって謝れないんじゃ、この先が思いやられるなぁ」


 一言余計なカーサス。凛は振り向いてヴィクトリアを見つめる。


 腰を下ろして彼女の頭を撫でる。


「よく言えたね。さぁ朝ごはん、食べよ」

「うん!」


 彼女と手を繋ぎ部屋へと戻った。



 今日も何事も起こらずただ平穏な日々が過ぎる。このまま何事も起きずに選挙と戴冠式まで過ごせれば良いと思うヴィクトリア。


 夕食も終え、風呂と簡単な事務作業を終えた彼女は月を眺める鶴と出逢う。日中の護衛は主にワトソンが行っている。


 彼女は凛の面倒を見ている。気に入られている他、世話係として自分で申し出たからだ。


 寝静まった夜でなければ、こうして鶴とも会話が出来ない。


「今日もありがとうございます」

「いえ、これが仕事ですから」


 暫く凛の話題が続いたがそれも無くなり静寂の時を迎える。


 時折冷たい風がふたりの身を包み身震いしてしまうことがあった。


「これから冬本番。アルビオニヒスも冬のように凍り付いてしまわないか心配です」


 これからの行く末を案ずる。指導者たるもの、様々な観点から物事を見なければならず不安になる気持ちも分からないでもない。


「大丈夫です。貴女や凛ちゃんがいれば世の中安泰ですよ」


 勇気付けるも逆に重荷を背負わせているのではないかと少々心配する。


「はい……」

「あ、えと……自分のやりたいようにやっていけば良いと思います。本能のままといいますか」

「本能のまま……」


 ヴィクトリアは頷く。宇宙を創造した神々の代表として彼女に出来る限りのアドバイスを送った。


「――ありがとう。なんか自分が情けないわ」

「自信を持って下さい」

「えぇ。あと1ヶ月、頑張るわ」


 天皇総選挙まであと僅かだ。それまでに自分が何を出来るか考える鶴だった。


「それではおやすみなさい」

「はい、ありがとう」


 鶴を部屋まで送り、彼女は巡回をするべく皇居内を見回る。異状は見られない。


 今日も明日も何事もなく終われば良いと心の中で思いながら1日の業務を終えた。



 何事も無く数週間が経ち選挙運動も終盤を迎える頃、ダールクニヒス帝国では軍事改革が進んでいた。


 国民はそれを望んではいなかったが右翼派が毎日プロパガンダを制作しては勧誘を行っていた。


 首都ツングースカでは市民の半数以上が右派に、3分の1以下が平和主義という結果が出ているが、これは好戦的な新聞社が調べた結果である。


 その最中、軍の参謀部はアルビオニヒスの天皇選挙にスパイを送り、あわよくば殺害を目論んでいた。


 首謀者はエルンスト・ホルニッセ。現皇帝ハールンの弟だ。


 彼はアルビオニヒスを我が物にしたかった。何故ならば占領した暁には総督への昇格が決まっていたか

らである。


 ダールクニヒス政府はアルビオンスを奴隷にし、巨大な翼人国家を造りたいのだ。その為には国土を広げなければならない。


 そのような理由から一番簡単に攻略できるであろうアルビオニヒスに白羽の矢が立ったのだ。


「よし、計画は順調だ」


 玉座の間に於いて深々と皇帝の椅子に座るハールン。右手には光輝く宝石が埋め込まれた杯が、左手には幾つもの指輪が彼をこの国の(みかど)としてあらわしている。


「ハールン、息子を連れていっても良いか?」

「やめておけ、エルンスト。余計な犠牲は出したくない」


 弟のエルンストは兄より着飾ってはいないが彼よりもプライドは高い。総督よりもより高い地位を目指しているようにも見える。


「――それにあいつは第1王位継承者だ。失えば糞息子のスマージャに継承権が行ってしまう」

「バートラムは機転の利く良い子だぞ。それに幼い内から鍛えておけば逞しい王になる」


 エルンスト自慢の息子“バートラム”はどうやら兄の息子“スマージャ”よりも優秀らしい。それはハールンですら認めるほどだ。


「うーむ。経験も必要か」


 杯を口へと持っていき、それを全て飲み干した。


「良かろう。連れていけ。但し足手纏いになるようならこいつが連れて帰るぞ」


 左手を真横に広げると若い青年が舞い降りた。彼の名はエーデル。片翼の黒い翼を持つ不気味な男だ。


「ウヌフィノンノヒス……か。全く兄上は珍し物好きだな」

「こいつを甘く見るなよ。足元を、救われるぞ」


 青年はエストラントに向かって跪き頭を垂れる。


「我エーデルが安全に任務を遂行いたしましょう」

「ふへはっ、面白い奴だ」



 時は少々遡った冥界歴789年11月1日。現世とかけ離れた冥界のある場所に彼女はいた。


 オレンジ色のポニーテールと両サイドテールを組み合わせたトライテールの少女マリーだ。


 彼女のいる場所は冥界の中でも特に権威の高い企業、シャドウカンパニーの社長室だ。


 現世に散らばる無数の死霊を回収、冥界へ連れて帰る組織のひとつだ。他にもファントムコーポレート、スペクター企業連合などが存在する。


 マリーはラーックナーコソーノに散らばっていた死霊を全て回収し、届けにやってきたのだ。そして社長のソマリーに呼ばれ現在に至る。


「なぁにおばぁちゃま」

「マリー、今は勤務時間内よ。だからおばぁちゃまはやめなさい」

「はぁい。なんでしょうか、ボス」


 彼女は社長ソマリー・シャドウの孫だった。因みに部長にはソマリーの娘でありマリーの母親であるマリリンがいる。


「あなた、人間とひとりの死神を助けたそうね」

「なんで知ってるのー」

「報告書に書いてあるわ」

「あ、そっかー。助けたよー。赤子みたく泣いている無様な人間ふたりとつっぱらかって呆然とあたしを

見てた見習い死神、ひとりをね」


 言い方と個人的解釈で祖母にその後の説明も述べる。


「報告書は明確に書きなさいといつも言ってるでしょう」

「だって書くのメンドーなんだもん。切り殺した方がラクだし愉しいもん」

「はぁ」


 頭を抱えるソマリー。手の掛かる孫娘にやや疲れを見せる。


「――それで、助けた死神の名前は何て言うの?」

「なんでー?」

「あそこはシャドウカンパニーが引き受けた場所で部外者なら注意を、社員なら処罰しないとならないの」


 死神界にも様々なルールが存在する。下界となんら変わらないルール。変わっているところは“死後”の世界。


「多分ウチの子じゃないねー。制服も違うし、学校の生徒でもないし」

「名前は? 何か聞いた?」

「あー、なんだっけ……えーと」


 興味の無い内容にはとことん無関心な性格のようで彼女のこともすっかり忘れてしまったらしいが、


「あ、あぁ! あぁーあ!」


 記憶力は一応持っている。引き出せるかは別問題として。


「確かネクロス・ギザー“ロス”とか言ってた」

「ネクロス・ギザー“ロフ”!?」

「そー、それっ!」


 ソマリーの顔付きが変わった。握っていた羽ペンをカタンと落として黙り込む。


「おばぁちゃま?」

「あ……なた、とんでもないことをしでかしたわね」

「どゆこと?」


 事の重大さを理解できないマリー。このあと、彼女はネクロスの正体を知る。

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