第6話「凛」
西暦795年12月23日。突如としてアルビオニヒス皇国の隣国であり長年同盟を築き上げてきたダールクニヒス帝国が国交を断絶する事態に陥る。
時の天皇であるヒスイ・シーナは穏便に解決しようと心掛けるも失敗に終わり、各組織に注意を促した。
そして万が一のこともあり、彼女はバジルに五大家の護衛を頼める彼らに事の次第を伝えるべく送り出す。
ヴィクトリア、カーサス、ワトソンの3人は彼の話を訊いて五大家の中のひとつ、アサカゼ家の護衛を勤めることとなった。
今、一向は夜汽車に揺られて首都へと向かっているのだった……。
シラユリから25キロメートルの地点で首都行きの汽車が駅で停車していた。下り列車の通過待ちをしている。
夜もすっかり更け、時刻は深夜0時を回っていた。
この時間ともなると3人は二等客車で眠っていた。二等客車と言っても個室が割り当てられ、彼らは同室にいる。
一室に付き4人まで対応出来る。その為座席はふたり掛けでそれが2段ベッドに早変わりするのだ。
進行方向のベッドの上段にカーサス、下段にワトソン、そして対面のベッドの上段にヴィクトリアで下段は荷物置き場になっていた。
静寂の中を切り裂くように汽笛が鳴り響く。下り列車がやって来たのだ。
深夜帯の夜行列車は上下線合わせて6本しか走っていない。その1本目が通過していった。
下り列車の過ぎ去った後に彼らの列車も汽笛を鳴らし、動輪をゆっくり動かし駅を発つ。この繰り返しをして夜通し走るのだ。
○
「次の停車駅はシラカンバ。終点です」
太陽が僅かに顔を出す翌日の朝。真っ白な翼と尾を揺らしながら車掌が通路を通る。
車掌の声に起こされたカーサスはトイレに行くため客室を後にする。ふたりは未だ夢の中だ。
「ふぁ、辺り一面大草原だな」
欠伸をしつつ進行方向とは逆に進む。トイレは彼らの客車から2つ後方にある。
ドアを開けて連結部を通り次の客車へ移ろうとした時だ。
「わぷっ……」
何かが彼の下半身にぶつかった。
「ぎゃーす」
おまけに股間を強打し悶絶する。
目の高さには何もない。股間のある下方に目線を向けると鼻を押さえた翼の無い子供がいる。痛そうだ。そして、
「男の癖に騒ぐな」
「お前のせいだろ!」
激昂していると子供の親だろうか大人の女性がやって来た。彼女も翼が無いため、自分と同じ人間かと思う。
「申し訳ありません。この子ったら久々の旅行ではしゃいでしまって」
「気を付けろよな。車内では押さない、駆けない、走らないだぞ」
「本当に申し訳ありません。凛、謝りなさい」
だが謝ることなく舌を出して行ってしまった。母親は何度も頭を下げて後を追い掛けた。
「ったく、ガキんちょが」
彼は身震いをすると用を思い出し車両後部へと急ぐ。そして出すものを出すと晴れ晴れした表情で自分の客室に戻った。
「おはよ」
背伸びをしベッドから身を乗り出すヴィクトリアにカーサスも挨拶をする。ワトソンはすやすや眠っている。
「こいつ、まだ寝てやがる」
「良いじゃない。これから忙しくなるだろうし」
確かにその通りかもしれない。
ここのところ、彼らは目立った仕事をしていなかった。毎月、国からの褒賞金や貯めていた資金を崩し生活していたからだ。
平和な日々を壊したダールクニヒスは許し難い存在なのかもしれない。だが本来、彼女にはやらなければならないことがある。
否定すれば、この終わることのない永遠な旅の意味が無くなる。
「まぁ小休止したと思って気合い入れてこ」
「そうだな」
来るべき日に備えて体力は残しておく。それが彼らのモットーでもある。
「今のうちにもう一度手入れでもしよう」
「俺も俺も」
ふたりは武器や装飾品の手入れを始めた。ヴィクトリアはワトソンの分まで手入れする。
もうじき汽車はアルビオニヒス皇国の首都、シラカンバは中央ステーションに到着する。
○
「やっとこせ着いたぜ」
背伸びをして地に足を着ける。実に半日振りの地面だ。
「荷物持った? 忘れ物ない?」
最後の確認をし改札口から駅構外へ出る。そしてバスの停留所へ向かうため幾つもの入り組んだ通路を進みバス停へと出た。
町は正月気分の民衆が多く見られた。まるでダールクニヒスの一件は無かったかのように。
「意外と騒いでないね」
「きっと正月気分を楽しみたいんだ」
「本当かよ。カーサスじゃあるまいし」
その言葉に彼はワトソンの頭を叩く。本当のことを言ったまでだと彼は前言を撤回することはなかった。
「あ……」
「ん?」
カーサスの横目に留まる子供。振り替えるふたり。
「知り合い?」
「あのガキんちょ」
先ほどの無礼な子供だ。確か凛という名前だ。
「さっきはよくも……」
「その節はどうも――」
母親だ。再度カーサスに謝罪する。
「どういうこと?」
「さぁ」
ふたりは母親から事情を訊いて事の真相を得る。
「ムキになるなよ」
「相手は子供じゃないか」
「ふん。謝らないガキは嫌いだ」
「お前が言うな」
3人は口論すると凛が思いもよらぬ言葉を発した。
「あんたたち、醜いわ」
それにカチンと来たのかカーサスが怒りをぶつける。
「元を辿ればお前のせいだぞ!」
「あんたに謝る価値は無い」
「くーっ!」
頭に血が上った彼はもう何を行っても聞かない。
「凛ちゃんのお母さん、本当にごめんなさい」
ヴィクトリアが代わりに謝る。彼女は全く気にしておらず寧ろ申し訳ない気持ちで一杯であった。
「あ、バス来たよ」
国会議事堂行きのバスが彼らの前に止まる。ふたりが争う中でワトソンが仲裁に入る。
「ボクたちはこれに乗るので」
「私もこれに乗るんだよ」
カーサスを踏みつけ彼女が割って入る。凛のやたらめったらな行為に我慢出来なかった彼が遂に手を出してしまった。
拳骨を頭に1発入れると周囲を歩いていた人々も含めて批判の声が広がる。母親が心配して彼女に駆け寄るが、
「怒られるのも無理無いわ。謝りなさい」
その言葉を訊いた凛は母の手を振りほどき人混みを掻き分けて姿を消してしまった。
「カーサス!」
胸ぐらを掴むヴィクトリア。ワトソンも囲み怒っている。
「やり過ぎ。早く追い掛けろ」
「やーだね。お母さんよ、甘やかし過ぎてんのが悪いんだよ。ちっとは躾しろ!」
逆ギレも良いところである。この言葉に母親は落ち込んだ。分かっていながらも甘やかしてしまった自分の責任だと思っているからだ。
「カーサス!!」
ドスの利いた声でヴィクトリアは叱責する。そして巴投げを繰り出しバスの車体に投げ飛ばす。
「お前はここにいろ! ワトソン、お母さんを守ってなさい」
「い、イエス、マム!」
直立し敬礼する彼をを横目に彼女はあとを追い掛けた。
背中を強打したカーサスは母親の手を借りながら起き上がる。バスの車体は大きく凹んでいた。
「ごめんなさい。私がしっかりしないばかりに」
「ホントだよ。躾られんのはあんただけなんだ。あんたがしっかりしなきゃアカンだろ」
そして今度はワトソンに頭を叩かれ口論が勃発する。傍らでは母親が肩を落として小さく凛の名を呼ぶ。
○
バスロータリーからやや離れた細い路地。人混みから隔絶された薄暗く薄汚れた死角となる場所で少女がしゃがんでいる。
「――もう……いや」
小さく吐くその言葉を聞いてか聞かぬか、ある人影が近付いた。
「凛、ここにいたのか」
ヴィクトリアだ。優しく声を掛けしゃがむ。目線を子供と同じくするためだ。
「みんな待ってるよ。帰ろう」
「イヤ……帰っても、また一緒」
一緒、とはどういうことか。深くは聞かなかった。それでさらに塞ぎ込まれては元も子もない。だがこのまま放って置くことも出来ない。
「朝風凛」
「何よ、フルネームで……って私の苗字、知ってるの!?」
にこやかに笑う彼女に凛は戸惑った。
彼女は次期天皇候補、朝風鶴の娘であったのだ。
「気付いていたの?」
「半信半疑だった。ちょっとカマ掛けてみたけど」
「子供にするなんてサイテー!」
落ち込んでいた彼女に追い討ちを掛ける。しかし、
「でもこれで君といる時間が増える」
「えっ?」
どういうことなのか、彼女はまだ知らない。
ヴィクトリアは事情を説明した。彼女たちが鶴の護衛に着くことを。
「ふーん。やっぱ“お母さん”の護衛なんだ」
何か鼻に付く言い方だ。
「大事な人はお母さん。私なんてどうでも良いんでしょ」
「そんなこと無いよ。君だって大事な護衛対象のひとりさ。鶴さんもあなたも」
だが彼女は塞ぎ込んでしまう。このままずうっとこの様子ではいけないと思ったヴィクトリアは事情を訊ねる。
「心の奥に閉まっていないで話してみて。すっきりするから」
頑なに拒む凛の頭を優しく撫でる。それでどうにかなるとは思ってもいない。しかし、時には変わることもあるようだ。
「私ね……ただお母さんと一緒にいたいだけ。でも遠くに行っちゃう気がして……」
「考えすぎだよ。鶴さんはずうっとあなたのそばにいるよ。ボクもいる。安心して」
しかし顔をあげて膨れっ面を見せる。
「嘘でしょ。護衛の期間が終わったらあなたたちは何処かへ行っちゃう」
子供ながら全てをお見通しのようだ。ならば真実を言わねばなるまい。
「確かにその通り。でもね、あなたも旅立つ時が来るんだよ。それまで一緒にいてあげるから」
その言葉に彼女は何か呟く。よく聞き取れず耳を澄ます。
「……いいの?」
「うん?」
「――信用して……いいの?」
信用。ヴィクトリアは頷いた。
「ボクだけでも良い。ボクを信じて。ねっ」
笑顔とウインクを送る。
「本当に信じて良いのね」
「うん。君がボクを必要としなくなるその時まで、一緒にいるよ」
「約束だよ!」
その印としてふたりは拳を握り合い、親指を重ねる。
「嘘付いたら……えぇと、ぶつよ!」
「はいはい。気の済むまでね」
漸く解決した。少々時間を要したため皆が心配しているだろうと気にかけていると、凛がヴィクトリアの胸に飛び込んできた。
「ど、どうしたの!?」
焦る彼女に凛は苦しそうな表情を見せ足に手を当てる。
「足がどうしたの!」
「痺れた……」
一瞬間が空きヴィクトリアが失笑する。可笑しく思えたからだ。
「笑い事じゃないよ……痛てて」
「ずっと座りんぼだったからだよ。……さて――」
彼女は凛は抱えたまま立ち上がる。当の本人は恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。
「みんなのところへ帰ろうか」
「うん」
ふたりは振り向き大通りへと向かう。道中、凛は小さく何か呟いた。
「ありがと」
新たに出来た友情にヴィクトリアは嬉しさを覚える。
旅は一期一会。同じ旅、同じ思い出は存在しない。
○
「ところで――」
「どうしたの、凛」
「あなた、女なのね」
そこに気が付く彼女。ヴィクトリアは別に男のように着飾っている訳ではなかったが、容姿は髪を伸ばした男性にも見える。
外見ではなかなか判別出来ないと思えていたが凛は彼女の胸に抱かれ並々ならぬ乳房が存在することに気付いたようだ。
「口調や仕草からして男かと思ったけど女の人だったなんて……ちょっと意外」
「女じゃ、ダメかな」
少し寂しげな表情を見せて問い掛ける。しかし首を横に振り、
「好き。あなたなら、私は好き」
出逢ってまだ間もないが、そう言われると嬉しいものだった。
彼女に感謝し、着くまでの間に色々なことを聞き合っていた。
そのふたりの後ろ姿はまるで本当の親子か姉妹にも見えた。
「おーい、ヴィクトリア!」
「ヴィクトリア、やっと来たか」
「凛!!!」




