第5話「白と黒」
西暦789年10月31日。この日はヴィクトリアとカーサス、ワトソンにとって記念すべき1日だ。
アルビオニヒス皇国のツバサ・シーナ天皇陛下により、彼らは皇国の国籍を与えられた他、永久的に税金の免除ならびに1年に付き定額の褒賞を与えられるという非常に名誉な出来事があったからだ。
さらにこの日はヴィクトリアの生誕日でもあった。大事に受け取った彼女とカーサスとワトソンは、その後アルビオニヒスで平和な日々を送っていた。
しかし星歴795年12月23日、長年同盟関係にあった隣国“ダールクニヒス帝国”が国交を断絶する文書を提出。さらには政治的圧力を加え、周辺諸国の緊張度を上げていた。
翌年の1月1日には決別し、両国の関係は最悪な結果となる。
そんな情勢下で3人に久方振りの来客が訪れたのだった……。
星歴795年12月23日。突如隣国のダールクニヒス帝国から皇室宛に一通の文書が届く。それは国交を断絶するものであった。
そもそもダールクニヒス帝国とはどんな国かを説明しよう。
古くから白き翼を持つアルビオンスと黒き翼を持つダールクスは同じ有翼人種としてウィングスニヒスと呼ばれる種に属していた。
またこの他にも白黒以外の翼を持つコロルスと呼ばれる彩翼人種も同上に属している。
白き翼も黒き翼も差別なき皆平等の平和な世界を築いていた。しかし両者の中で一二を争う出来事が生まれる。
アルダル事変だ。この出来事はコロルスの言葉から生まれた。
『アルビオスは高貴、ダールクスは邪悪、コロルスは多彩、ノンノは自由』
最後の“ノンノ”とはノンノヒスと呼ばれる翼を持たない種族だ。有翼人種からの奇形として生まれてくる場合や通常の人間そのものとしての意味合いも持つ。
この言葉にダールクスは強く反発した。全うに生きている翼人でさえ邪悪と言われてしまえば当然のことである。
そして大多数のダールクスが集まり国を作る。それがダールクニヒスだ。
その建国の父として現在まで実権を握るのがホルニッセ家である。
対するアルビオスはアルビオニヒス皇国を建国する。当初はアルビオン家が実権を握っていたが、五つに分家して今は五大家を元首にし皇国となった特異な国家である。
五大家となった今、天皇は国民から選ばれたその分家の女性が天皇陛下となる。
任期は定められておらず、何日や何年でも良い。但し、国民投票により不信任案が可決した場合はそれ限りではない。
五大家はマーベラス家、リー家、シーナ家、ポリカフポフ家、アサカゼ家である。この中で最も天皇への当選が多い分家はマーベラス家である。
現在はシーナ家が今上天皇として在位しているが近い内に退位することが決まっていた矢先の出来事であった。
話を軌道に戻し、皇室は直ちに外交大使に穏便な交渉をするよう敕令を出すもダールクニヒスにいたアルビオニヒスの政府関係者は同日中に強制送還されてしまった。
これに対しヒスイ・シーナ陛下は危機感を覚え軍事顧問を召集し軍備増強を命じる。また右翼派の官僚は軍備増強の賛同を国民から得るために扇動を始める。無論この行為は皇室公認のものであった。
この時点で最早平和な日々は名実ともに無くなったと言えよう。
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星歴796年1月1日、国民に向けて正式にダールクニヒス帝国との国交断絶を発表すると国内は混乱した。中でもダールクスが最も在住する地域では不安の声が広がっていた。
国交断絶を受け強制的に送還されるのではないか。はたまたスパイとして収用されるのではないか、などとも噂されている。しかしヒスイはそんな真似をすることは無いと公言する。
あくまでもアルビオニヒスは和平の道を往くと決めていたからだ。
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一方で皇国の首都から北に数百キロほど行ったシラユリという海と山々に面した長閑な町でも一報を耳にした青年が勢い良く戸を開けて家屋に入る。
息を切らせ片手に号外を掴み家内にいた青年ふたりに渡そうとする。
「落ち着けよ、ワトソン」
慌てていた彼は、ハンマー・ワトソン。黒人種の青年だ。そして彼が落ち着くまで遠くの椅子にふんぞり返ってコーヒーの入ったカップを嗜む青年はバーン・カーサスだ。白人種で我が儘で自己中心的で臆病な性格を持つ自意識過剰な青年である。
「どしたの?」
ワインレッド色のポニーテール姿に右目を黒色の眼帯で覆われ、スラッとした容姿に緑色のエプロンを身に付けた青年は、ヴィクトリア・ギャラクシー。こう見えてもアークファミリアという宇宙を創造した神である。
「号外がなんだよ」
「どれどれ」
そこで初めて知ったのだ。しかし知ったところで彼らにどうこう出来る問題でもなしに、そもそも自ら首を突っ込むわけにもいかなかった。
「勝手にやらせておけば良いさ。鳥の問題は鳥同士で解決すべきだ」
「そうだね」
変に首を突っ込み事がややこしくなるのを避けるためと、面倒臭さを考えるとやはりノータッチにしておくのがベストだった。
「年明けくらいのんびりさせろよっての」
飲み干したカップを片手にお代わりを要求する。因みに今日で既に5杯目だ。
「ボクたちは年がら年中のんびりしてるじゃん」
コーヒーメーカーからコーヒーを注いで彼に渡す。熱々のコーヒーにカーサスはシュガーを大さじスプーン5杯分を入れて飲む。
「腹壊すぞ」
ワトソンが冷やかな視線を送っている。そういう彼はヴィクトリアからティーカップを受け取った。
「紅茶でも飲んで落ち着こう」
「ありがとう。んー、いい香り。プリンス・オブ・マーベラス?」
「そうだよ」
ストレートティーにして飲むのがおすすめのプリンス・オブ・マーベラスを嗜む彼にコーヒーをかっ込むカーサス。まるで大男がビールを豪快に飲み干す様を見ているようだ。
「もう1杯!」
「はいはい」
どうなっても知らないと口には出さなかったワトソンには通じたのかやれやれと紅茶を飲む。
「でも……何かが起こりそう」
その予感は的中する。玄関のドアを4回ノックする音が聞こえる。
するとワトソンがティーカップをテーブルの上に置き、すかさず左腰のホルスターに手を掛け拳銃を抜く。そしてドアの対面にある柱に身を隠した。その間、カーサスはドアが見える位置に椅子を倒してバリケードを作っていた。
「何方かしら?」
珍しくヴィクトリアが女声で玄関へと赴く。彼女の手にも拳銃が握り締められている。セーフティーロックは解除されており、いつでも撃てる状況の中、身を隠すふたりに合図を送るとノブに手を掛けた。
「――あっ」
ゆっくりドアを開いて安堵する。ふたりは状況を確認できなかったが比較的近くにいたワトソンが開くドアの隙間から訪問者を見て構えを解く。
椅子から身を乗り出して開き切ったドアの方を見ると、そこには居たのは久方ぶりのバジル・セウスだった。
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「お久し振りですヴィクトリアさん」
「此方こそ、お元気そうで」
音もなく殺気めいた訪問だったがために彼らは刺客か何かだと思い先走った様子だ。しかし、正体が軍事顧問であるバジルと分かり納得が行く。
「軍事顧問のあんたが何でここにいんの」
カーサスの問いに目付きが変わる。状況を察したヴィクトリアは一旦ドアから頭を出して外の様子を確認してから閉める。そして鍵を締めてから彼を屋内に案内した。
椅子に座らせ飲み物の煎茶を用意してから本題に入る。
「私がここに来た理由は、他でもない……あなた方に頼み事を受けて欲しく参った次第だ」
「頼み事?」
口を揃える3人。その続きを待つ彼らにバジルは国交断絶の話を持ち出した。
「――知っているようですな」
テーブルの隅の角に置かれる号外を見て呟いた。ヴィクトリアとワトソンが返事をする。
「頼み事はこれに関わるのです」
コーヒーのお代わりを自分で注ぐカーサスの傍らでバジルは事の顛末を語った。
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「つまり、五大家の身が危ぶまれているからボクたちに守って欲しい……と?」
頷くバジル。無論報酬は幾らでも出す条件付きだ。
カーサスは食い付いたがワトソンはやや否定的だ。
理由は3人だけでは全員をカバー出来ないというもの。これに対しカーサスが弱虫などと煽るが状況から判断してワトソンの言い分が正しくも思える。
「ボクたちだけでは心許ない。他に護衛の方は?」
首を横に降る彼にヴィクトリアは困惑する。
「ボクらだけで五大家全員を守るなんて無茶だ」
「幾らでも報酬がもらえるんだぞ」
「でも危険は犯したくない」
「幾らでも報酬がもらえるんだぞ」
「人命に関わることだからきちんとした議論を……」
しかしカーサスは報酬のことしか頭にない。そしてバジルに再度確認する。
「本当に五大家を守れば好きなだけ報酬がもらえるんだな!?」
質問に彼は頷いた。そして一言補足する。
「守るのはアサカゼ家だけで良い」
その言葉に何か裏があると感じたヴィクトリアが試しに訊いてみる。
「……政府は次期天皇がアサカゼ家に当確するよう動いている」
「でも投票権は国民で、しかも各分家が名乗り挙げるのでは?」
確かにその通りであったが、実は各々の分家でもアサカゼ家を推薦する声が高まっていた。
その理由は千年にいるかいないかの逸材と呼べるツルの存在だ。
「ツル・アサカゼ。彼女は今までの天皇とは違って神様に近い存在なのだ」
「神様ねぇ」
「ツル様は政治や軍事、国政などあらゆる面に精通しており、次の世代を担う存在なのです」
ここまで言われるほどの人物か、ヴィクトリアはこの目で見てみたいと興味が湧いた。しかし彼女だけでは決められない。
彼女はワトソンに顔を向ける。彼は了解した様子で頷いた。
続いてカーサスだが口に手を押さえて何か苦しそうだ。しかも呻き声を上げている。
「さてはコーヒーの飲み過ぎだな」
トイレに直行すると嗚咽を上げて汚い声が家中に轟く。
仕方なくヴィクトリアは彼の回答無しでこの任務を了承した。と言っても報酬さえもらえるならばカーサスは承諾してくれるだろう。
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「それでは後日、此方に起こし下さい。それから煎茶、美味しゅう御座いました。ごめん下さい」
バジルはそう言って足早に帰っていった。
3人は急いで支度を始める。出来れば明日中には現地入りしたいからだ。
「それにしても突然の国交断絶は穏やかじゃないな」
「そうか? ダールクニヒスは以前から妙な空気が漂っていたぜ」
ふたりの会話に耳を澄ませるヴィクトリア。
「あそこは何か怪しいと思ってたんだ」
「3年前に行ったっきりだけど、確かに雰囲気はなんと言うか……」
「物々しい?」
彼女も会話に加わる。ふたりはその言葉に賛同した。
「アルビオニヒスはどちらかというとほわほわしてて、ダールクニヒスはぴりぴりしてる感じだね」
ワトソンの曖昧な表現にどう反応すれば良いか困るふたり。
「まぁ、そんな感じかな」
適当に流す彼女はさっさと荷造りを始める。
「さぁ、さっさと準備すっか」
「そだね」
ふたりもバッグに武器や弾薬、医療キット、寝具、食糧などなどを詰め込み準備する。
持てるだけの荷物を玄関に纏め夕食の支度を始めた。
出発は夜遅くだ。首都行きの夜行列車があるため、それを使って向かう予定である。
「今日の飯はバジル・ソースを使った何かが食いたいな」
「じゃあ市場から買ってきて」
「ワトソン、頼んだぞ!」
「は?」
他愛もない会話にここだけは平和な日常送るヴィクトリアとカーサス、ワトソンの3人であった。
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「ヘックシオング! 誰かが私の名前を言っておるな」
列車に揺られくしゃみを噂話のせいだと睨むバジルは食堂車で醤油とニンニクの効いた焼き栄螺を食していた。
シラユリ産の栄螺は身がぷりぷりとして弾力があり非常に美味と評判であるからして、主要水産物なのだ。
「かぁー、上手いんだぞいって!」




