第2話「翼失いし者」
西暦789年10月11日12時13分14秒15、ヴィクトリアとカーサス、ワトソンはギャランド独立共和国を出発し一路、アルビオニヒス皇国へと向かう。
道中の大半はウモー平原と呼ばれる広野が続く。またそれを切り裂くように皇国の周辺にはラーックナーコソーノて呼ばれる谷が存在していた。
この谷に近付けば目的地まであと僅かだ。その時、一向に恐怖が訪れる。
巨大な翼龍“クロウドラゴン”が現れたのだ。
幸い気付かれることなく彼らの頭上を飛び去っていった。しかし、ドラゴンの行く先はヴィクトリアたちの目的地でもある。
3人は不安を覚えながらもアルビオニヒスへと歩き進める……。
「とてつもなくデカかったな」
「うん……」
ヴィクトリアは不安を隠せないでいる。翼龍はこの辺りでは最強の存在。万が一、首都にでも入れば人溜まりもないはずだ。
「何か考えてます?」
俯く彼女にワトソンが訊ねる。カーサスは呑気に先を行く。
「町の人がちょっとね」
「やりますか?」
意気込みを見せるワトソン。翼龍を仕留めんばかりの勢いだ。
「覚悟は、出来てるね」
「もちろん。あなたもやる気なんでしょ?」
頷くヴィクトリア。
「じゃあ、行くよ」
「行くってどこへさ」
何一つ聞いていないカーサスの襟を強引に引っ張りふたりは翼龍の後を追い掛ける。
○
「やめ、やめ……おい、やめろっ!」
暫く引き摺られていたボロボロのカーサスは大声で静止を求める。漸く止まったふたりに詰問する。
「なんで急いでるんだよ!」
「分かってるくせに」
「な、なんだよ……まさかさっきのドラゴンをやるんじゃあないだろうな」
「分かってんじゃん」
それを聞いて溜め息を吐くカーサス。面倒事は勘弁して欲しかった。
「例えドラゴンを倒してもこっちのメリットがないじゃん」
「感謝されるよ?」
それだけだ。再び溜め息を吐く彼は何故救おうとするのか理由を訊ねた。
「だって今から行く町が崩壊してたら嫌じゃん?」
「宿にも泊まれなくなるしね」
「それは確かに嫌だな」
宿泊出来なくなってしまうことに同意した彼はクロウドラゴン討伐に手を貸すと約束した。彼の動機は不純だった。一行は再び駆け出し町へと急ぐ。
10キロほど行くと小高い丘が見えた。この丘を越えれば再び大平原が待ち受け、その先には高い城壁で周囲を囲まれた皇国アルビオニヒスが見えるはずだ。
「もう少しだ」
「待って、何か聞こえる」
ワトソンが何かに気付く。確かに何かが纏まった声が聞こえる。
「丘の向こうか?」
カーサスが声のする方へ向かうと一行は驚愕した。
大群がドラゴンに襲いかかっていた。ただ地上で襲い掛かっているのではない。空中戦を繰り広げているのだ。
「なんだ、あいつら」
「背中に翼がある」
ふたりの反応は尤もだ。それらの大群は人間の容姿をしているが背中に翼、尻部に尾を持っていた。まるで鳥……いや、正しく鳥のようだ。
「彼らがアルビオニヒス。白翼人だ」
国名であるアルビオニヒスは“白き翼を持つ民の国”という意味だ。即ち白色の翼を持つ民は国民であり、それ以外の色を持つ民は異国民ということだ。
「急ごう!」
ヴィクトリアの掛け声にふたりは武器を抜いた。彼女は腰に携える剣、“神風”を抜く。これは昔、大切な人から貰った彼女にとってかけがえのない剣だ。
「っし、一丁やってやるか」
懐から出した銃身の長い拳銃を抜くカーサス。この拳銃の名は“ナーワル”と言い、かれこれ600年も使っている。
リボルバー式で6発の弾丸を装填可能だ。さらに様々な種類の弾丸を装填でき、敵を圧倒する。鈍器として肉弾戦も可能。また先端にナイフを装着することによって近距離でも効果を発揮できる。
「早く助けないと」
杖を取り出すワトソン。彼は剣や銃をも扱えるが長年、ヴィクトリアの教えにより魔法をマスターした。これからの活躍が期待できる。
「さぁ行くよ!」
3人は丘を下り激しい戦闘が繰り広げられている戦場へ向かう。
○
「クソッ……歯が立たねぇ」
白色の翼を羽ばたかせ槍を持った男たちが中空で静止し暴れるドラゴンを見つめる。無論、槍でどうこうできる相手ではないが、彼らは民兵であり牽制隊だ。
敵の注意を引き付ける間に本隊のアルビオニヒス軍が主力攻撃をする算段らしい。また彼らの後方、首都寄りでは投石機が支援攻撃を行っていた。
時折空から降る岩の塊でドラゴンは機嫌を更に損ねたか大きく翼を広げると強く羽ばたいた。すると竜巻が起き、周囲の牽制隊が巻き込まれてしまう。
「強い……」
「強すぎる」
主力本隊の到着前、既に40パーセントもの戦力を失うアルビオニヒスの民たち。死者こそ出ていないものの負傷者は150人ほど出ている。中には翼を失い戦意喪失する者もいた。
「もう駄目だぁ」
「死ぬんだ」
「滅びるんだぁ」
そこへヴィクトリア、カーサス、ワトソンの3人が助太刀に現れる。突然のことだったが、指揮を執っていた男が感謝しにやって来た。
「助かる。部外者でも援軍は大歓迎だ」
しかし周囲からは、
「たった3人で何が出来るんだよぉ」
「お前らが来ても来なくても、どっちみち勝てねぇよ」
「逃げようぜ」
「そ、そうしよう」
と言った悲観的な言葉が聞こえる。そうした内にも被害が増える一方だ。
「逃げたい奴は逃げれば良いさ」
カーサスが呟く。周囲の反応は些か反抗的だ。
「なに?」
「お前らが加わったからってこんな負け戦、どうにもなんねぇよ」
逃げたいのか戦いたいのか、一体どちらなのかヴィクトリアとワトソンは顔合わせ溜め息を吐いている。それを見た指揮官の男は割って入り一言、
「俺についてくる奴だけ来い!」
翼を大きく広げ槍片手に出陣の構えをしている。その声に賛同する者は、ヴィクトリアとカーサス、ワトソンに弱音を吐いていた全員だ。
「この人……相当な力の持ち主だ」
彼女は確信した。彼は勇者か何か、とにかく権力でない何か特別な力を持つ男だと。
「V字陣形で行く。ヴィクトリーのVだ!」
翼を羽ばたかせ男たちを鼓舞する。
「君たちは地上で援護をしてくれ。出来れば救護者の手当てを頼みたい」
「カーサス、ワトソン。頼んだよ」
ヴィクトリアはふたりにその頼み事を任せた。自分はと言うと率先して戦おうと意気込んでいたのだが、
「嬢ちゃん……気持ちはありがたいが翼のある俺たちに任せてくれないか」
懇願する表情で一瞬は従おうとしたが、やはり彼らだけでは勝ち目がないと思ったのか首を横に振り、
「ボクも戦いますよ。あなた方と“一緒に”ね」
全身に力を入れる彼女。ただならぬ様子に皆は目を見張る。そして背中からは、それはそれはもう美しく純白の……まるで天使の如く白き翼が現れた。
ヴィクトリアはアークファミリアにして唯一翼を持つ神なのだ。尾も力強く現れると彼女は微笑み、
「これで文句はないでしょ」
そう言って神風を構える。男は大笑いをする。
「これで百人力だ。俺は前衛守備隊の長、バジルだ」
「ボクはヴィクトリア。ちなみにバカそうのがカーサス、賢そうなのがワトソンです」
「はぁ?」
「ははっ」
ふたりにウィンクを贈ると彼女は大空へと飛び立った。ワトソンは手を振り見送るが、もうひとりの青年は憤慨し暴言を吐き散らしたのは言うまでもない。
大空で優雅に羽ばたく彼女に皆は見惚れてしまっていた。
「美しい……」
「ここまで綺麗な翼は見たことがない」
「アルビオニヒスクのようだ」
その聞き慣れない固有名詞にカーサスが訊ねる。なんでも大昔のアルビオニヒスに存在したという女神らしい。まるで彼女そのものだとふたりは思った。
さて、中空を舞う討伐隊は陣形を取りつつドラゴンに近付いた。囮部隊が先に接近、敵の攻撃を交わしつつ部隊が反撃を始める。しかし槍や弓矢でくたばるクロウドラゴン出はなかった。
鋭い爪を攻撃部隊に向けると避けきれなかった男3人が巻き込まれ重傷を負う。さらに尻尾の振り回しによる攻撃では男5人が犠牲となった。
地面に叩き付けられた彼らは動く気配がない。死んでしまったのだろうか。
カーサスが敵の動きを読みつつ救出したが絶命していた。
「敵は一筋縄ではいかんぞ」
「縄か……」
ヴィクトリアは名案が浮かんだ。長い縄と魔導士に巨大な岩をラーックナーコソーノに生成するようお願いする。
「まさかとは思うが……奴を奈落の底に落とす気ではなかろうな」
「そうだよ」
「んな無茶な……」
頭を抱える彼に時間がないことを告げる。クロウドラゴンは向きを変え、今にも首都へ突進する勢いだ。
「分かった。作戦は君に全て委ねる」
急ぎ言われた物を用意するよう部下に下令する。準備ができる間、ヴィクトリアは奴の目の前に飛び出した。
「おい、危険だぞ!」
神風を構えて挑発する。無論それに乗ることは目に見えていた。鋭い爪で何度も彼女に攻撃を繰り返すが軽くあしらうように避ける。軽々しく避けているので簡単に出来てしまうのでは、という錯覚に陥るくらいだ。
「あれほど身軽に舞う奴ぁ、見たことがねぇ」
「隊長、彼女を我が隊に率いれてみては……」
「馬鹿者。今はそれどころではない」
しかしバジルは部下のダルクが放った言葉を考えていた。アルビオニヒスは小国故に外敵から身を守るには彼女の存在が必要不可欠だ。
「この戦いが終わったら聞いてみるか」
呟く彼にもうひとりの部下、シュナイターが縄の準備が完了したことを知らせに来た。
「ダルク、部下を連れて縄を運べ。シュナイターは急ぎ魔導士を召集しラーックナーコソーノへ」
「了解」
ふたりはそれぞれの仕事に取り掛かる。彼もまたヴィクトリアを見守るだけでなく彼女に近付き加勢した。
「危ないよ」
「嬢ちゃんひとりで戦わせるなんて男が廃るってもんよ」
ボロボロになった槍を投げ捨てると拳に力を溜めた。そして敵の爪による攻撃を素手でブロックすると巴投げをするかの如く巨体を仰け反らせる。
これにはヴィクトリアも仰天だ。彼の意外な力に驚いた瞬間である。
「俺様を見くびって貰っちゃ困るぜよ!」
クロウドラゴンは地面へ落下する寸でのところで体を起こして激突を防いだ。あともう少しのところだったのに、と悔しがるバジル。しかしヴィクトリアですら反撃出来なかったことをやってのけた彼は称賛に値するものだ。
思いもよらぬ攻撃に敵は目の色を変えて目標を彼に定める。だが彼女が奴の思い通りにはさせなかった。
「行かせないよ!」
突然凄まじい突風がドラゴンを襲う。彼女の属性であり司る能力だ。
「すごい風だ……」
バジルらにはあまり当たらなかったが遠くから見ても奴の動きがおかしく見えていた。そして漸くシュナイターの伝書鳩から報告があった。魔導士による岩石の生成が完了したのだ。
「嬢ちゃん、準備が出来たってよ」
頷くヴィクトリアは再び奴の目前に現れると挑発した。敵視は依然としてバジルに向けられていたが彼の協力により難題はクリアする。
「ほぉら着いてきやがれぇ!」
高らかに声を上げ中空を軽やかに、まるで地面をスキップするかの如く、バジルは飛行して底へ奴を誘う。
「調子に乗らないで下さいね」
注意するが聞く耳持たず楽しんでいた。背後に強面のドラゴンがいるにも拘わらず。
「見えたぞ」
深く切り裂かれたラーックナーコソーノに近付くとヴィクトリアがドラゴンの手首や足首、尻尾に縄を掛けていく。
「よぉし、後は縄に岩を括り付けて突き落とすだけだ」
事がそう上手く運べば良かったのだが、そうも行かなかった。
「隊長!」
縄から逃れるために暴れ動いていたドラゴンの怒りが炸裂し、その対象者がバジルだった。
「ぐわぁぁぁ!」
奴は彼を咥えると牙で翼を食い千切り、汚物を吐き出すようにバジルをは生成された岩に叩き付けた。ぐったりする彼は動くことがなかった。




