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The ARK  作者: にゃらふぃ
第2章 囚われの英雄
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第22話「クロガミの教団」

 星歴473年7月7日、ハンマー・ワトソンはアークファミリアであるヴィクトリアの従人、つまり下僕となった。しかし、最初の従人であるカーサスは快く思っていなかった。裏切るかもしれないからだ。

 その最中、クロガミノ教団を潰すために部隊を編成する一方で彼らから宣戦布告が発表される。ワトソンの罠だと言い張るカーサスを余所にヴィクトリアはふたりを連れ教団の本部へと向かう。

 遂にクロガミノ教団との戦いが始まるのだった……。

「あそこ……」

 ワトソンが指を差した先には小高い山の上にひっそりと佇む3階建ての建物があった。元は作業員の宿舎だったらしい。

「今は何に?」

「教団の前哨基地です」

「なんだと!?」

 思わず大声で叫びワトソンが口に人差し指を当てる。山々に(こだま)する恐れがあるからだ。


 幸い見付かることはなかったが彼から注意され立腹する。ヴィクトリアならまだしも信じられない上に仲間だと認めていないからだ。

「まったく、いい加減にしてよ。ワトソンは裏切らないよ」

「どうかな。もしかしたらもう裏切りが始まってるかもしれねぇ」

 酷い言われようだが彼は仲間だと認めてもらうように言い返さず我慢する。しかしヒートアップする彼の醜い罵声。


「――もしかしたら俺たちを教団へ誘い込む罠かもしれねぇ」

「なんで?」

「だって暗殺には失敗するし、その予備の作戦かもしれん。第一、サザンクロス全域に宣戦布告するほどの大規模な作戦に幹部が駆り出されないわけはない」

 彼が言いたいこと、それは教団本部に幹部が不在にも関わらずあたかもいるように言いくるめ、奥深くへ追い込んだ時に一網打尽とするという考えらしい。


「そんなことはしないよ」

「どうかな。クロガミノ教団は卑怯な上に変なところだけは頭が冴えてるから何をしでかすか分からないぞ」

「いい加減にしろ、カーサス」

 再び怒った彼女に彼はもう一言だけ付け加える。

「この戦いが終わるまで、いや終わった後もこいつは、俺らの敵だったことを忘れるなよ」

 彼女は無視して道案内を始めさせる。なんでも基地の奥に教団本部の内部へと通じる入り口があるのだという。

 しかし例えそれが正しくともカーサスの態度は変わらない。ご本尊へ入った瞬間、お縄に掛けられることを予想していたからだ。


「とにかく行こう。時間が無い」

「こっちです。着いてきてください」

 ふたりが先を急ごうとした時だ。カーサスはそれを頑なに拒否した。

「馬鹿な真似はやめてさっさと行くよ」

「嫌だね。ここからは別行動だ。裏切るかもしれねぇ奴がいるんじゃ例え最強のヴィクトリアがいても絶対にお断りだ」

 彼女は我慢の限界だった。ここまでワトソンのことを信用できないとは逆に彼の信頼が無くなってしまった。


「分かったよ。別行動で良いよ」

「へいへい」

「ひとつ聞きたいんだけど」

「なんだよ」

 彼女は鋭い目付きで彼を見つめた。彼の心臓は震える。

「もしワトソンがここにいなければ、ボクと一緒に行ってた?」

「あ、当たり前だろ。俺はそいつが信用できない。お前は、お前は何をそこまで彼を庇うか分からねぇが、とにかく未だ信用できねぇんだ」

 そう言い残して彼はその場から消え去った。見えなくなるまで彼の背を見つめていた彼女は溜め息を吐く。


「あいつも本当は心の中で分かってはいるんだと思う。でも……」

「わかってます。僕が今までの行いが全部いけないんです。でも、今は違います」

 彼女は頷き、ふたりは先を急いだ。鬱蒼と生い茂る森から迂回して基地へと向かう。

 たがふたりの辿り着いた先に歩哨が5人談笑している。全員拳銃とダガーナイフを装備していた。魔導師ではないようだ。


「ところでさ……」

 草場の影から疑問に思ったことを投げ掛ける。

「君が平然として基地内に入ることは出来ないの?」

 それは読者の皆様も心のどこかで思っているであろうものだった。しかし即答するワトソン。

「難しいかな」

 なんでも作戦外での音信不通で1日以上経った場合、幹部であろうと捕虜か死亡扱いになるらしい。また捕虜の場合、裏切り者の烙印が押されるという。情報漏洩や寝返る可能性があるからだ。

 死あるこそ誉れ、そういう考えなのだ。


「でも待てよ。君って下っぱ……いや、教団全員に面は割れてるの?」

 次に考えだした内容はヴィクトリアが侵入者として捕まり、彼が団員として装い平然と中へ入るというもの。だがこれも無理だった。

「一応元幹部だったから、下っぱまで覚えさせられてると思うよ。教団は宗教みたいなものだから、洗脳されて忠誠心を植え付けられる」

「少し前の君みたいなものか」

 気分が沈む彼に心配しないよう元気付ける。彼女は気にも止めていない。ただ、カーサスは違う。

 早く信じられるよう、教団を潰さなくてはならない。


「時間は無いし、もう強行突破で良いかな?」

「おまかせします」

「そういえば、君は何が使えるんだっけ」

 案内役として連れてきてはいたものの肝心の強さは知らなかった。知っているのは銃などの火器を使えることだけだ。

「爆発物系の取り扱いの他に車や航空機の運転や修理なども出来ます」

 多種多様に出来ることはわかったが魔法を使うことは出来ないか尋ねる。一応重要である。

 魔力さえあれば、彼女から提供して彼の力ともなれるからだ。


「魔法は初級ならば使うことが出来ると思います」

 だが杖や魔法陣を描くチョークは持っていなかった。

「まさかとは思うけど無詠唱じゃないよね?」

「実戦で使ったことが無いので分からないです」

 実力は未知数と判断した彼女は取り敢えず道案内と銃器での戦闘に専念することをお願いする。武器の入手は歩哨の物を使う。そして念のために何かで顔を覆うよう指示した。


「行くよ」

「はい!」

 彼女は草むらから音を立てずに飛び出すと瞬く間に5人の歩哨を斬り付ける。何が起きたのかもわからずに彼らは気を失った。

 殺してはいない。気絶で済ませれば騒ぎが半減できると思ったからだ。それから地面を血で汚し早急に気付かれる心配も無くなる。

「なんという早業……」

 彼女の本当の力を目の当たりにし驚きを隠せないでいた。あの時、彼が(あや)めた彼女は手加減をしていたのだろうか。しかし、もう2度と確かめることは出来ない。ワトソンはヴィクトリアに忠誠を誓ったのだから。


「こいつの下着を借りよう」

 ひとりの歩哨が来ていた汗まみれの下着を彼のマスク代わりに使おうとする。だが酷く汗臭く戦闘中に気を失い兼なかった。

「なんでどいつもこいつもこんなに臭くて汚いんだ」

 鼻を差す悪臭に耐え兼ねたふたりは山中に彼らを隠して1丁のライフルと予備のマガジン、ダガーナイフを剥ぎ取る。彼のマスク代わりにしようとした下着は結局、彼らを縛り上げるための縄と化した。


「さて残すは君のマスクになる物をだな……」

 彼女は何か気付いた様子で投げ掛ける。

「ボクのサラシじゃダメかな?」

「サラシ?」

 彼女は胸当てにサラシを巻いている。それを代わりに使おうと考えたのだが、下着とそう変わらないのではないかという考えとヴィクトリアの神聖なる胸当てを下僕である彼が易々と顔面に巻き付けて、彼女の汗と匂いを堪能することに意義を唱えた。


「ダメかぁ」

「もう、このまま行きましょう。時間も時間ですし」

「どうにかなるってことだね」

「どうにでもなれってことかもしれません」

 笑顔で答え、ふたりは突入した。戦いはこれからである。



 時は少し過ぎた頃の午後7時、クロガミノ教団による宣戦布告が開始された。

 彼らはラジオ局や新聞社、飛行場を占拠して国内全域にその旨を伝える。警官隊や軍隊が出動し対応に当たった。

 その中でも、事前に行動を手紙によって知っていた首都のサウザンドは少なからず被害があったものの国営放送局や大手の新聞社、国際空港は死守することが出来た。


 この指揮を執るのはヴィクトリアに投げ飛ばされて痛い目を見たサザンクロス陸軍大将、カール・エドウィンだ。彼は腰痛に悩まされながらも杖を付いて指揮を執り高官に好印象を与えていた。

 彼女の行動が逆に彼を悦ばすものとなってしまった。今彼は上機嫌で部隊を各地へ展開させている。

「西から東へ、そして北から南へ、兵を総動員し敵を皆殺しにせよ。情けは掛けるな。奴らは血も涙もない、殺人宗教の団体だ」

 ホワイトはどちらが殺人者だろうか考えた。しかし戦争というのはどちらも正しいと思うことをしている。どちらが正しいか、それは神のみぞ知る。



 その神であるヴィクトリアは今、鉱山の奥深くへと侵入している。出会った敵は片っ端から斬り殺している。

 作戦が始まった以上、時間との戦いだ。なりふり構ってはいられない。

「一体どこまで続く階層なんだ」

「実は……」

 彼の口からはとんでもない言葉が飛び出る。なんとこの教団、内部は山の標高と同等の高さがあるのだという。つまり、高さ5000メートル以上の建物が丸々山の中に入っているというわけだ。

「先代の大統領がこの山中に多額の投資を掛けて秘密の基地を作ったことから始まったらしいのです」


 とんでもない話である。国家予算を私利私欲のために使い、尚且つ黒人だけのユートピアを創ろうと目論んでいたのだから。

「となると益々君が頼りだなぁ。若しくはこの山を吹っ飛ばすか」

「全てを把握しておりませんが、ある程度の部屋と幹部の部屋は分かります」

「そうか。なら安心かな」

 作戦開始からすでに小一時間も過ぎてしまっている。このままでは教団が全域を支配してしまう。なんとしてもクロガミ以下、クロノスキーとアクダイラらを捕まえなければならない。


「しっ、誰か来る」

「っ……」

 直線的な通路の一番端から誰かが歩いてやってくる。その先はガス燈の明かりでもぼやけて見える。

「隠れるところ……」

 残念ながらやり過ごすことは出来ない。またしても()るしかない。

「ふんっ……」

 近付いてくる相手の間合いへと忍び込むがヴィクトリアは違和感を覚え一度距離を取る。気が付くと相手の方が消えていた。


「おかしいな……」

「ヴィクトリアさんも体験しましたね」

 彼は語る。この坑道並びに教団の施設には多額の投資が注ぎ込まれていると前述したが、その外にも多くの人々の犠牲の上に立っている。重信者や囚人、借金で捕まった人々から奴隷などなど、数多くの人が死に絶えた。今もその怨霊(おんりょう)が徘徊しているのだという。

 施設内は必ずふたり一組で行動すること義務付けられているほどである。


「だったらこっちの姿の方が良いかな」

 彼女は掌を上げると閃光の霧雨に身を包み、中から頭までローブをすっぽり着こなす少女が現れた。そしてヴィクトリアの姿はどこにもない。

「き、君は誰だ!?」

「誰って、ヴィクトリアだよ。まぁこの姿の時は、ネクロスっていうんだけどね」

 フードを脱いで顔を見せる。ガス燈だけの明かりでも分かる生気の無い肌だが、蒼色の髪に翠色の瞳は美しくも思えた。華奢な(からだ)に胸は殆ど見られない13歳位の少女そのままだ。


「君は私のこと、初めて見るっけ?」

「多分……」

「こっちの姿は死神、つまり悪の属性も持つんだ。だから死霊とも十二分に戦えるし、供養も出来る。ただ、神の力は若干制限されるけどね」

 すると先程の怨霊が近付いてきた。しかしこの霊は危害を加えることはない。ただ徘徊して驚かせているのだという。


「でもいつか悪霊になったりするから供養させるよ」

 彼女は札を放ち霊は蝋燭の火が消えるようにこの世から去っていった。それを目撃するワトソンは不思議な気持ちだ。

「さぁ行こう」

「は、はい」

 ふたりが次の階層へ辿り着いた時だ。けたたましい警報が鳴り響く。

 侵入者が施設内部に現れたようだ。しかしふたりのことではない。残る、ただひとりのカーサスだ。

「チャンスだね」

「良いのかなぁ」

「彼の犠牲を無駄にしないためにも行きましょう」

 衛兵やら番兵やらが慌ただしく動く中、隠れてはやり過ごしたり、場合によっては斬り殺したりと着実にふたりは幹部のいる部屋へ近付いていた。だが幹部のひとり、アクダイラの私室までは警護の信者が多く待ち構えている。


「彼らは今までの敵よりもさらに強い。僕ほどではないけど、十分に鍛練しているし何より……っ!?」

 ふたりが隠れていた通路に向けて銃弾が跳んできた。対面の壁には弾痕が残る。

「警戒心が優れているんだね」

「はい……ここまでだったとは」

 自らも守られていたことがあったがこれほどの実力だったとは想定外のようだ。敵ながら天晴れといったところか。しかし彼女は気付かれた以上隠れる理由もなく姿を現す。


「ガキが一匹、あとは誰だ」

「私、ひとりだけだよ」

 短剣を抜いて小柄な体を利用して信者のひとりに迫る。だが彼には隙が無く中々一歩が踏み出せない。

「こいつら、心を()にしてる。先が読めない……」

 苦戦する中、一歩を踏み出したのは相手だ。足払いを使い彼女を転ばせると背中に銃弾を一発撃ち込んだ。


 しかし今の彼女に痛覚はない。直ぐに起き上がると驚いた様子の男に回し蹴りを食らわせた。

 子供と大の大人とでは体格差があり過ぎる。だが彼女は魔法力を用いそれをバネにして威力を上げている。

 そのため男は受け身を取ったが反動で壁際まで後退させられる。(すか)さず短剣片手に彼の心臓部へ突き進む。

 無論抵抗はあったが、謎の風圧により男は身動きが取れないまま絶命した。謎の風圧、それ即ちウィンディの力だ。

 彼は今、ここにいないが風は常にヴィクトリアと共に在る。


「さて、次に死ぬ奴は誰かな?」

 衣服はどす黒い血で染まり右胸からは依然血が滴る。信者たちは怯むことなく全員で飛び掛かった。

「っ……」

 攻撃を交わして行き懐に迫るや否や短剣を心臓に突き刺して行く。身の(こな)しの良さと華麗な動きにワトソンは見惚れてしまう。


「なんて無駄の無い動きなんだ……」

 瞬く間に敵を瞬殺する姿に心の中で応援し隙を作ってしまう。気付いた時には手遅れだ。

「捕まえたぞ!」

 彼の背後に真っ黒な大男が立ち(すく)み腕を伸ばしてワトソンを捕獲する。丁度最後の敵を始末した時に彼女は大男の方を向く。

「ちっ……」

 信者の胸に刺さった短剣を引き抜き中空を鮮血が(ほとばし)る。その血は蒼い彼女の髪を紅く染める。ローブも血で染まり凄惨な現状を醸し出していた。


「さぁて、侵入者の仲間のお顔を拝見させて頂こうか」

 大男はワトソンの頭を掴むと抵抗虚しく無理矢理に振り向かせた。そして男は我が目を疑った。

「ワトソン……!?」

 知り合いのようだ。この大男は別の部隊で長を務め、彼の指揮の元で何度か作戦を遂行したという。

「お久しぶりです、ヘルツさん」

「お前、生きていたのか」

 どうやら死亡扱いにされていたようだ。死者が生者として現れれば誰でも驚く。


「これは一体……」

 理由を訊こうとした瞬間に男はワトソンから2、3歩下がる。ネクロスが間合いに入ってきたのだ。

「なるほどな、お前……裏切ったのか」

「すまないね」

 ヘルツは悲しむ素振りを見せることなく寧ろ喜んでいるように見えた。

「好都合。これで思い切りいたぶってやれるわけだ」

 どうやらワトソン自身が想像していた人物像とはやや違っていた様子。彼は疎ましく思い、隙あらば事故と見せ掛け暗殺しようとも考えていた。


「これで俺が幹部だ」

 威勢を放ち猪突猛進にワトソン目がけ突進する。巨体だが素早さは倍以上あり高速のパンチにより壁が崩壊するほどだ。もしも当たっていればただでは済まされないだろう。

「“速い、堅い、汚い”が奴の取り柄だ」

「汚い、だと?」

 挑発する彼に対し、大男は大声で雄叫びを上げる。坑内中に響き渡り、軽い落盤が発生するほどだ。


「俺は今、猛烈に不快だ。そしてこの怒りを貴様にたっぷりと制裁という形で食らわせてやるぅ」

 掛け声とともに彼へ急接近し奴の右手が頬を霞めて壁に大穴を開ける。さらに左腕が腹部に向かって急速に接近する中で、

「まだまだだッ!」

 その腕を取り巴投げる技を披露する。大男は中空を舞って信者の死体にぶつかり制止した。

「やるぅ」

 ネクロスが感心している。カーサスよりも格闘戦術が優れているように見て取れたからだ。


「ふっふっ、こうでなくちゃ面白くないな」

 死体を彼に向かって投げ飛ばす。避けた先には大男が左腕を伸ばし突進している。寸でのところで交わすが急停止した大男の右腕が背面に直撃し、彼は逆海老反りの形となって吹き飛ばされる。

「背骨が逝ったかな?」

 吹っ飛んだ先にネクロスがいたお陰で緩衝材の役割を持ち、大事にはいたらなかったが男が言うように背骨にはヒビが入っていた。しかし彼女が重度向けの治癒魔法を掛けたお陰で回復する。


「ちっ、先にそのガキを始末しておかねぇとな」

 拳をボキボキと鳴らしてネクロスに狙いを定める。彼はさせまいと守りに入るが遅かった。

「うりゃえおぅ!」

 魔法障壁を展開したにも係わらず、奴の拳は幼い体の腹部に直撃する。若干、障壁によって緩和されたがそれでも威力は絶大だ。

 ネクロスは気を失い掛けたが保ち、そのまま吹き飛ばされて壁に背中を強打する。幾つかの内臓が破裂し、肋骨の何本かは折れて肺や心臓に刺さっていたが生者でない彼女にとって気にはしないものだ。しかし痛覚は少しあり、やや意識が混沌としていた。


「へへっ、ガキはやはりガキだぜ」

「はぁ……はぁ……」

 左手で胸を押さえ、右手は腹を押さえて喘ぐ彼女を見て取り乱すワトソン。だが彼女は、

「私は大丈夫。気を落ち着かせて今やるべきことをやって。私は少し治療に専念する……から」

 その場に崩れる姿を見て近寄りたかったがその気持ちを押さえて彼はヘルツを睨む。絶対に許さないとの意思を表し戦闘態勢を取る。

「そうでなくちゃな」



 どのくらい刻が過ぎたのだろうか。ネクロスが次に目を開いた時には、既に彼と大男との戦闘は決着が付いていた。勝者は、ヘルツだ。

「まったく……」

 彼女は、やれやれと立ち上がり絶命したワトソンの死体を弄ぶ大男の背後に近付いた。油断していた彼は気が付いた頃には時既に遅く、頸動脈を斬られ興奮していたがために鮮血が噴水の如く艶やかに飛沫する。

 暖かい血液がワトソンの顔面へ滴ると鼻孔に入り咳き込んだ。


「わわっ、なんだぁ!?」

「やっと気が付いた」

 彼女の後ろで悶え苦しむヘルツを見て察した。自分は負け、ネクロスが勝ったのだと。

「どんな戦いが繰り広げられていたか、私は知らないけれど強くならないとね」

「はい。でも、次は“本気で”行きます」

 ふたりは倒れ込む大男に別れを告げて扉を開く。ヘルツは死に、追い求めていた敵が目前に現れた。


「やっと来たか」

「クロガミノ教団、トップ3(スリー)のアクダイラ」

 数日ぶりの再会は一瞬にして終わりを迎える。

「ヘルツを倒したか。こちらに戻る気は無いようだな」

 その問いに答える間もなく彼は先手必勝と言わんばかりの勢いで突撃を仕掛ける。だがやはり教団の幹部、一筋縄では行かない。


「ほれっ!」

 ワトソンの顔面に向かって猫だましを食らわせる。突然の出来事で怯み、鳩尾(みぞおち)を突かれ後退する。

「君では我輩に勝てぬわ」

 それでも果敢に攻めるワトソンだが、それを引き止めるネクロス。

「もう君はひとりじゃないでしょ。一緒に力を合わせて闘おう」

「は、はい!」

「小娘一匹増えたところで何にもならぬわ」

 高笑いをして臨戦態勢に入る。アクダイラは拳に鋭い刺のような物を嵌めて構えた。


「奴は剣山を改良したナックルダスターを使っての格闘戦術が得意なんです」

「ならこっちは飛び道具で応戦しましょう」

 彼女は杖を持つと詠唱を始める。ワトソンは敵から奪っておいた拳銃を構えた。

「私が詠唱してる間、援護よろしくね」

「任せて下さい」


 先手を取ったのはアクダイラだ。一目散にネクロスへ突進すると拳を握りしめ勢いを付けながら殴打する。

「遅い!」

「ぬわにぃ!? ぐふっ」

 彼女の頭部から50センチほど離れたところに薄い障壁が形成されていた。魔法障壁だ。

「詠唱と障壁を同時にか」

 怯んでいる隙にワトソンは背後から拳銃を発射、弾丸は当たることが無かった。何故ならば手の甲に付けていたナックルダスターで全てを弾き飛ばしたからだ。


「弾よりも早く動けるとは」

「我輩を見縊(みくび)っては困る。だから……」

『捕獲魔法、発動』

 詠唱を終え魔法が発動する。杖の先端から勢いよく縄が伸びるとアクダイラの体目掛け飛び込んでいく。

「はっ、無駄無駄ッ!」

 鋭く尖ったナックルダスターを目にも止まらぬ早さで殴打し瞬く間に引きちぎれていく。彼女の魔法もこれで終わりと思いきや、バラバラになった縄の破片が奴の体にまとわりつく。

「なんだ、これは!?」

 次第に身動きが取れなくなり気が付くと破片は一本の太い縄に変貌していた。


「すごい!」

 ワトソンが驚いた。しかしアクダイラは再び剣山を縄に当て引きちぎろうとしていたが、いくらやっても上手くいかない。

「くそッ、どういうことだ!」

「それ、縄じゃなくてワイヤーだよ」

「なん……だと!?」

 どういうわけか、縄だったものがワイヤーへと変わっていた。これには奴も驚きを隠せないでいる。

「物質変化の魔法を使ってみたりしたんだよ」

小娘(ガキ)の分際で、我輩に楯突くとは」

「ガキじゃないよ」

 そう言うと彼女は再びヴィクトリアの姿へと戻る。そしてアクダイラは声を荒げる。

「そうか、お前が神だとかいうヴィクトリア・ギャラクシーだな」

 彼女は頷いた。ワトソンが間に入り奴に向かって叫ぶ。

「お前の負けだ。大人しく降伏しろ」

 しかし奴は嘲笑する。何かおかしなことがあったろうか。


「お前らは俺を誰だと思っている。クロガミノ教団幹部、アクダイラ様だぞ」

 ボキボキと鈍い音を谺させると奴に掛けられたワイヤーが地面へと落ちる。そしてアクダイラは蛞蝓(なめくじ)のような軟体動物みたく地面を這いながらヴィクトリアに近付いた。

「関節を外すとは忍の如く……」

 彼女は呟き剣を構えた。小さく深呼吸をすると一寸の狂いもなく奴を一刀両断にする。

 しかし二分された奴はまるで意思を持つかのように地面を這い回る。ヴィクトリアは感付いて剣を納め杖を取り出した。

「ワトソン、援護を――」

 彼女がお願いをしようとした時だ。二分されたアクダイラの体は真っ赤な炎に包まれていた。

「これで、良いんですよね」

 彼は先読みをして奴を焼却処分したのだ。こうしてアクダイラとの戦いは終局しふたりは次なる敵、クロノスキーと対峙するべく先を急いだ。

 奴らとの戦いははじまったばかりである。



「はぁはぁ……」

 鉱山の中だと忘れさせるほどの広い空間に荒々しい呼吸をする青年。地面に致死量とも見てとれる程の血溜まりが出来ている。

「まだ死なないか、往生際の悪い男だ」

 長身の男にやられてしまっているのはカーサスだった。彼は衛兵に見付かった後、何とか敵を倒している内に教団幹部、クロノスキーと鉢合わせし現在に至っている。

 奴との戦闘以前に疲弊した体では太刀打ち出来ず見るも無惨な姿になっていた。


「そろそろ吐いてくれませんかね」

「何をだよ」

 血の唾を奴の衣服へと飛ばし逆鱗を触れさせる。三十数発の暴行を受け、

「お仲間はあと何人か、だろうがよ。何十回も言わせるな」

 最後のチャンスを与えた。もし言わなければ、彼の命は無い。しかしカーサスは迷わず、

「知るかボケェ。おめぇのそのちっさいオツムで考えろ、カス」

 死を選んだ。クロノスキーは彼の首を掴むと力を強め締め上げていく。

「ぐっ……がぁ……」

 苦しむカーサスに奴は死んだような視線を送るだけだった。

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