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The ARK  作者: にゃらふぃ
第2章 囚われの英雄
48/101

第21話「過ち」

 星歴473年7月7日、ワトソン率いる突撃部隊がヴィクトリアの暗殺を実行するべく作戦を開始した。

 彼女は危うく絶命寸前のところであったが、特別総帥となったかつての魔法省長官、ハーヴィと現長官のロッドとの協力により命は助かった。激戦の末にワトソンは命を落としたかに思われたのだが……。

 気が付けば真っ白な天井が目に入る。白い、限りなく白い。そう見えた。

 手足は動かない。いや動かせない。神経が繋がっていないのか。違う。枷で固定されている。

 なぜ?

 頭は動かせる。周囲を見た。目に入るものは、まるで監獄のような部屋だ。

 窓には鉄格子、壁には魔法陣と十字架、極め付けは拷問器具が並べられている。さらに電気椅子だろうか。黒く焼け焦げた跡が残っている。


「こ、ここはどこだーっ!」

 ベッドの上にいた男の名は、ハンマー・ワトソン。クロガミノ教団の幹部のひとりだ。そしてヴィクトリアを暗殺しようとした張本人でもある。

 彼女に致命傷を負わせた後、発狂したハーヴィによって命を落とした筈であったが生きていたのだ。


「お目覚めのご様子だ」

 鉄格子から覗く黒い影。ワトソンは名乗り上げるよう叫び声を飛ばす。

「私は特別総帥のハーヴィだ。お前を殺そうとした老いぼれじゃよ」

 聞くに堪えない罵声を浴びせるも彼の魔法によって口を堅く閉ざされた。とにかく叫びたいのか口を閉じた状態でも何かを言っている。

「暫くそうしておけ」


 彼は去っていった。その後も喚き散らしていたが1時間ほどで疲れたのか静かになる。

 そうして待つこと12時間。彼の前に現れたのは包帯が巻かれたヴィクトリアと付き添いのカーサス、ホワイトだった。さらにリリーもランに支えられながらやってきた。皆、ワトソンを救けるために集まった人々だ。


「元に戻ってよ」

 リリーが声を上げる。

「帰ってくるんだ、ワトソンくん」

 ホワイトも声を上げたが、口を塞がれているために話すことは出来ない。しかしヴィクトリアが解除魔法を掛けることによって解決した。


「お前ら皆殺しにしてやる!」

 飛んできた言葉はあまりにも酷いものだった。もう昔の彼はそこにいなかった。

「思い出してよ……あの頃を!」

「君は今の儘で良いと思っているのか!」

 しかし彼の言葉は変わらず、心を痛めるものばかりだ。するとヴィクトリアはあることを呟く。


「もしかしたら洗脳かもしれない」

「その可能性もあるな」

 以前、洗脳されたカーサスもその呟きに賛同する。もしも洗脳状態にあるならば何かしらのアクションをすることで元に戻る可能性がある。

「ハーヴィさんとロッドさんを呼んでくる」


 魔法を扱える人物を掻き集めて、洗脳を解く魔術を考案する。あくまでも精神を刺激するため、肉体には影響が出ないよう細心の注意を払う。

「サヱさんは魔法医術が使えるんだよね」

「まだ勉強中ですが」

「とにかく早くやろうぜ」

 魔法が使えない人物のひとり、カーサスが文句を言う。だが皆に睨まれてしまい大人しくする。


「今から室内に入って陣を描く。みんな、彼には気を付けて」

 ヴィクトリアが七重に施錠された鍵を開け、厚さ30センチ、重さ250キロの扉を片手で開く。因みに、この部屋はホワイトの執務室だったがハーヴィが彼を監禁すべく魔法で魔改造したものである。

 尚、窓の鉄格子は元々付属しているものである。外部からの侵入を防ぐためだ。


「ヴィクトリア、私はお前を殺さなければならないのだ! ウオーウッ」

 彼は全身に力を入れると枷が音を立てて振動する。だが易々と外れるわけがない。

「やめな。お前の負けだよ」

 カーサスが拳銃を突き付ける。それでも力むのを止めない。それどころか力が増していっていった。


「お、おい……」

 皆が驚愕とした。ボキボキと音を立てて彼の両腕と両腕が引き千切れていく。

「やめろ!」

「取り押さえるんだ!」

 しかしワトソンは足を失ったにも関わらず器用に床を歩いてヴィクトリアに迫る。最早痛みなどは感じていないようだ。

「っ……」

「死ねぇぇぇい!」

 彼女を羽交い締めにすると首元に噛み付いた。そして思い切り食い千切る。


「がはっ……」

 鮮血が迸り、近くにいたカーサスとホワイトは返り血を浴びる。さらに室内の壁や天井は真っ赤な血が飛末して惨劇を生み出す。

「やった……か」

 狂ったように笑顔を見せる。キチガイだ。常軌を逸している。悪魔だ。

 しかし、そんな彼をヴィクトリアは抱き締める。優しく、抱き締める。


「けほっ……、もう気が済んだろ。か、帰っておいでよ」

 未だ彼を引き戻そうと努力する姿にカーサスが叫んだ。そいつは敵だと。

「違うよ。彼は……ワトソンは、ボ、ボクの大事な、家族さ」

 すると彼の目に涙が零れる。それは誰の目にも映る。喜びの涙か、哀しみの涙か、それとも両方か。


「はぁ、はぁ……。聞いて、ワトソン……。もし、まだ、ボクと一緒に旅がしたいって思うなら……ボクの血を飲ん……で」

 彼女はそう言い残すと抱き締めていた両手が解け、糸が切れた操り人形のように身体が床へと倒れる。それと同時にワトソンも彼女の上に覆い被さるように崩れ落ちた。そして彼は、ヴィクトリアの血を飲んだ。



 真っ赤な天井と壁に血生臭い部屋。沢山の声が聞こえる。非常に慌ただしい様子だ。

 誰かが叫んでいる。白衣を着た女性が膝枕をして呼び掛けていた。

「ヴィクトリアさん、大丈夫ですか!」

「はぁ……はぁ……」

 息を途切れ途切れに呼吸する彼女が、そこにいた。


「けほっ、けほっ……ど、どうやら、蘇生したのかな」

 ワトソンが咬み千切った首元は綺麗に再生されている。だが出血量が余りにも酷く、再生に時間を要していた。

 今彼女は自由に動くことが出来ない。おまけに意識もはっきりとせず、危険な状態であった。


「輸血しよう」

「ほっときゃ治るでよ」

 カーサスの言葉に現場で医療指揮を取っていたキクは憤慨する。彼に詰め寄るとこう言い放った。

「例え神であろうと不老不死であろうと、消えかかる命を放っておくことは断じて出来ません。救える命は全部救います。だから、失言は避けて下さい!」

 高圧的な姿勢に尻込みする彼は小さい声で謝罪した。


「輸血出来る方は……」

「ママ、ヴィクトリアさんの血液型って?」

 サヱが訊ねる。彼女も実は知らなかった。困っているふたりを見てホワイトが腕を出して声を掛ける。

「私たちアークファミリアとその従人は血液型が無いんだ。つまり全ての血液を共有して使うことが出来る」


 驚きだ。そのような生物が存在していたことに彼女たちは驚いたのだった。

「じゃ、じゃあ、ホワイトさんの血を頂けますか」

「もちろん。それから、カーサスくん。君も手伝うよな」

「う、うん」

 ふたりの血液、凡そ800ミリリットルがヴィクトリアの体内へと入っていった。冷たかった肌が温かくなり、体温は31度から34度へと上昇する。


「心拍数41から57」

「ヴィクトリアさん……」

 キクは祈る。目の前に神という存在がいながらも、神が助かるよう神に祈った。

「大丈夫、ボクは死なない……から」

 再び目を覚ますと笑顔を見せる。安堵したキクとサヱも笑い、涙する。


「かんどーしてるとこ悪いんだけどよ。こいつはどうなったんだよ」

 横からぶっきらぼうにカーサスが入ってくる。視線の先には俯せになって倒れるワトソンの姿がある。

「大丈夫、彼は今……戦ってるよ」

 ヴィクトリアは力一杯、左腕に力を入れると自らの胸に当てる。そして目を閉じて心の中で呟いた。

「頑張って、ワトソン……」



 半日が過ぎた午後5時、48時間法で言うところの29時頃、ヴィクトリアとワトソンは別の部屋で寝かされていた。本来なら個別に用意するのだが、彼が目覚めた時一番最初に話がしたいと頼んだ結果だ。

「そろそろか……」

 彼女は深呼吸をすると上体を起こす。やや疲れが見えてやつれてもいるようだ。


「よっこらしょ……っと」

 両足をベッドから下ろしてサンダルを履くと左側の病床で眠る青年を見つめる。死んだように眠る青年はワトソンだ。

「どっこいしょ」

 立ち上がると彼の傍へと寄っていく。


「んっ……んー」

 目を覚ますワトソン。そして、それを覗き込むヴィクトリアに彼は驚いて毛布の中へ潜った。先程の狂気乱舞とした者とは思えない仕草だ。

「ふふっ、今度は殺さなかったね」

「こ、殺せないです。もう二度と」


 ふたりの会話の意味。それは神と契約を結ぶための質問にある。最後の問いに神、つまり契約主を殺害できるかというものだ。

 神と契約すれば従人となり、奴隷のような扱いを受ける一方で不老不死を手に入れられる。そこで主従関係として、主人の命令は絶対服従がある。それに従うか従わざるかの是非を問う最後の難問なのだ。


 カーサスは彼女を愛すべく、また彼女の命令には逆らうことのないよう殺害する道を選んだ。しかしワトソンは違った。彼は殺さなかった。

 実のところ、この質問には合否が存在しない。ただ如何にして従人が主人を思っているか、恐らくヴィクトリアは確認したいのだろう。


「気は済んだ?」

「僕は今まで多くの人々をこの手で殺してきました。なのにまだ生きようとしている」

 今生きているということは契約を結んだことになる。つまりヴィクトリアの従人。カーサスと同等の存在となったのだ。


「確かに君は殺し過ぎた。今度は殺される人々を救えば良いんじゃないかな」

「といっても、堕落民族を殺すために僕たちがいるんでしょ」

「うっ……」

 彼女の目的は、アークファミリアの敵であるナチョス家とその支配下にいる堕落民族をこの世から抹殺することである。それには世界中を旅し、調査し、見付け次第殺害する。ひとりでは到底成し遂げることが難しい。しかし従人の協力さえあれば、ということなのだ。


「君はカーサスと違って頭脳派だね」

「そう、なんですか」

「彼は馬鹿だけどやるときはやる男だから」

「僕も、これからは身を粉にしてあなたのために働きます。それが僕に出来る、罪滅ぼしであれば慎んでやらせていただきます」

 彼の言葉に偽りは感じられなかった。もうクロガミノ教団に囚われていたワトソンではない。これからはヴィクトリアの従人として、そして多くの人々の命を奪い、その罪滅ぼしのために生きていくことを誓うのだった。


「ヴィクトリアさん……、()っ」

 彼は震えつつも上体を起こす。無理はしないよう彼女が心配するも、お互い様だと笑う。

「ヴィクトリアさん、お願いがあります」

「なんだい。それから呼び捨てでも良いよ」

「っ……ヴィ、ヴィクトリア……さんっ」

 まだ恥ずかしいのか呼び捨てにすることは出来ずさん付けで呼ぶ。


「皆さんを、呼んで頂けますか」

「袋叩きにされても良い?」

「我慢します」

 即答に内心、驚きながら頷いて少し待つよう彼女は言い部屋を去る。彼は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 無理もない。恩人であるホワイトやリリーに手を下したのであるからだ。例えどんな仕打ちが待っていようとも、彼は受け入れようと心に決める。


「呼んできたよ」

「みんな……あの……」

 目を瞑り、謝罪の言葉を口にしようとした時だ。リリーとホワイトが彼の名を呼ぶ。そして思ってもみない言葉を聴く。

「おかえり」

 彼は涙を流した。想像していたものと全く違っていたからだ。


「戻ってきてくれると信じていた」

 ワトソンは肩を叩いて笑顔を見せる。リリーは深手を負わされたにも係わらず彼に抱き付いた。

「痛かったけどよ、戻ってきてありがとな」

「皆さん、ごめんなしゃい」

 顔中涙でいっぱいの彼を余所にカーサスは雰囲気を打ち壊す。


「本当に改心したのかよ」

「カ、カーサス!」

「こいつは不老不死の力を手に入れ、教団を我が物にしようと企んでんじゃねぇのか?」

 余りにも酷い台詞にヴィクトリアは憤りを感じた。それはホワイトやリリーも同じだ。

 しかし事情をあまり知らないハーヴィやロッド、キクたちは彼と同意見だった。


「裏切りの可能性もありますな」

 ロッドが呟く。キクとサヱも頷く。ランは裏切る前に監禁しておくことが良いと提案する。

「ちょっと待ってよ」

 彼を庇うようにリリーが声を上げた。皆が注目する。

「この子はもう大丈夫だ。安全だよ」

「その根拠はなんだい?」

 ハーヴィが鋭い質問で攻める。裏切らないという確証が欲しいのだ。


「こ、根拠は……」

 自分でもそれは分からなかった。でも絶対に裏切らないということは心の中で信じていたのだ。

「彼は裏切らないよ。ボクが保証する」

「ヴィクトリアさん」

 その理由を求める一同にホワイトが補足した。


「神との契約、つまり従人となるために彼の場合はヴィクトリアさんに忠義と忠誠を誓う。ただ誓うだけではなく、自分の意思を伝えなければならないんだ」

「つまり、どういうことなんでしょうか」

「一切合切の邪心を捨て、自らの意思を彼女に伝えなければ従人にはなれない。もしも裏切るという気持ちがあるならば契約試験に失敗し、今頃は死んでるだろう」


 これはカーサスも経験したことだ。彼の場合、ヴィクトリアを自らを犠牲にしてでも護ろうとするその意思で合格したと言っても過言ではないだろう。

「そうなのか?」

「そうだよ。それに万が一、裏切ることがあればボクには従人を殺せる権限を持ってるからね」

 一瞬、彼女が恐ろしく思えた。カーサスとワトソンの心臓が早鐘を打っている。ちなみに殺害方法は呪殺ではない。


「僕も裏切ったらアークさんに殺されちゃうから」

 ホワイトが笑いながら話す。彼の場合は従人ではなく従兵だが、どちらも同じようなものだという。

「ノーモルダスキーニさんもそうなんでしょうか?」

 ハーヴィが訊ねると彼女は頷いた。ホワイトと共に従兵だからだ。


「カーサス、邪険にする気持ちは分からなくもない。けど信じる気持ちも大事だよ」

 彼女の言葉に彼は逆ギレする。どうやら、まだ納得が行かないようだ。ワトソンが裏切るかもしれないと思っていた。

「俺は信じないからな!」

 そうして部屋を後にしてどこかへ行ってしまった。

「全く、しようのない奴だ」

「僕は信じてみたい」

「私も……」

 非難していた人々は受け入れた。それだけでワトソンは感無量だ。皆にお礼を何度もし、本題へと入る。


「みんなにお願いがあるんだ。教団を……クロガミノ教団を潰して欲しい」

 皆に頭を下げる。土下座は出来なかったが深々と下げた。

「もちろんそのつもりだよ」

 ヴィクトリアが腰に手を当てる。彼の力が必要だということも当然知っていた。


「唯一、君は教団への入口と内部構造を知っている。ここで使わない手はないよ」

「ありがとうございます!」

 早速、病室は作戦司令室へと変貌した。各種無線や機材などが搬入されて、ホワイトがその指揮を執る。

 ハーヴィとロッドも協力した。しかし公では問題となるため、裏で行われる。それはヴィクトリアとカーサスも同じだ。ふたりは裏方の仕事となるわけだが、現地で作戦実行のための総指揮に当たる。


「キクたちは病院で待機していて」

「嫌です」

「へっ?」

「私たちは最前線の司令部で救護に当たります」

 本気だった。しかし危険な目に合わせたくはない。そこでウィンディとアクアを護りに付かせることで同意した。


「お初お目にかかります」

 突然彼女たちの前に現れた小さな女の子はアリスと契約している水の精霊、アクアである。水を司っているため、水に関係するあらゆる魔法や科学を可能にする。

「この身が滅ぼうと、キクさん、ランさん、サヱさんをお守り致します」

 凛々しい姿に3人は萌える。


「ホワイトさんとハーヴィ、ロッドさん、それからリリーの護衛は悪いんだけどアリスがやってくれるかな?」

「構いませんとも。お姉さまが安心して敵を皆殺しに出来るよう努力します」

 少女の物騒な物言いにロッドが苦笑いを浮かべる。小さくても彼女は何億年も生きている神だ。神は見かけによらない。


「現地の総指揮はボクでアドバイザーはワトソン、副指揮はカーサスね」

「分かりました」

「ヘイヘイ」

 一応カーサスも参加する。戦力的にはプラスとなるが彼はワトソンを信じていない。この結果が吉と出るか凶と出るか、まだ誰にも分からない。


「教団の入口付近まではサザンクロス陸軍が支援してくれるんだよね」

「既に準備段階へと入っている。みんな奴らを葬り去ることが出来るとあって気合いが入っているよ」

「それからですね――」

 突然間に入ってきた見知らぬ男はサザンクロス陸軍大将のエドウィンだ。ホワイトの命令を彼に伝え、彼が下令する。因みに彼はホワイトやヴィクトリアが不老不死であることは知らない。


「標高4千メートルまででしたら我が軍の高山野砲隊が支援できるよう手配しますぞ」

「精度は?」

「せ、精度?……それはですね、誤差10センチとか……かな?」

「却下します」

 これだから上層部は、と言わんばかりの視線をカーサスは堂々と送る。実際その通りだと分かる良い例だ。


「貴様、現地総指揮の分際で私に物申すな!」

「エドウィンくん、一応彼女はこの『クロガミノ陥落作戦』の総指揮もやっているのですよ」

「こんな小娘がか!? ふざけるな。こんな奴より私が指揮をすればあっという間に解決しますぞ」

 またまたカーサスは冷たい視線をプレゼントし、今度はワトソンも同様に贈った。ヴィクトリアは気にせず話を纏める。


「くぅ、小娘め。今に見ていろよ」

 メモを取るために握っていた鉛筆を握力で潰し彼女を睨み付ける。そして嘲笑いながら良からぬことを考えていたのだった。

「――教団の幹部は出来る限り拘束すること。最悪殺害も認める、で良いね」

 ホワイトの確認を取り纏めた資料を印刷して各部署に送るよう伝える。作戦実行は6時間後の36時。夕刻に紛れて突入する。


 最重要人物はアクダイラとクロノスキー、そしてクロガミだ。最悪クロガミだけを拘束することで作戦は成功とみなされる。だがヴィクトリアは教団の存在自体を潰すことに意味があるとし、彼らも殺害対象となっていた。


「大変です!」

 突如として室内にSPのひとりが駆け込んできた。手には1通の手紙があった。

 宛名はクロガミノ教団だ。そしてその内容は驚愕のものだった。

「7月7日午後7時7分、サザンクロス国内を対象に総攻撃を行う」


 読み上げてから室内は静寂の時を迎える。だが直ぐにエドウィンは頭を抱えて悶える。

「午後7時ってあと1時間じゃないか?!」

「くっ……」

 ヴィクトリアはどうすべきか考えた。カーサスはワトソンに詰め寄る捨て台詞を吐く。

「気分は良いだろうよ、裏切り者くん」


 無論ワトソンは否定した。だが彼は続ける。

「俺たちをここに引き付け、裏でお前の仲間たちが部隊を展開、時間になったら『作戦開始!』。気持ち良いだろうな――」

 見下した物言いを彼にぶつける。ワトソンは否定し続けるが、カーサスの言葉にエドウィンやSPたちが賛同して彼を拘束しようと動きだす。


 が、

「カーサス!!!」

 室内に響き渡る怒号にひとりを除いた全員が耳を塞ぐ。そう、彼だけは背筋を伸ばして直立不動で立ちすくんでいた。

「これ以上彼を侮蔑するなら、ボクは貴方を“裏切り者”として処分しなければならなくなりますよ」

 彼女の眼は据わっている。本気だ。腰に携えている剣はいつでも抜ける状態である。つまり少しでも妙な真似をすれば殺される。


「わ、分かったよ。だが俺はお前らとは行かねぇ」

「何っ?」

「俺は下りるよ、この作戦から」

 その瞬間、彼の首筋に剣が寸でのところで止まる。ヴィクトリアが振るったのだ。

「ボクの命令には絶対服従。否応なしにお前を連れていく。ひとりでも欠ければ作戦の支障に来すからな」


 アリスが彼の裾を引っ張る。

「いい加減にしないと、殺されちゃいますよ。あそこまで怒るお姉さまは久し振りに見ますから」

 彼女もやや怒っているようにも感じた。聞き分けのない彼に最後の忠告をするとヴィクトリアにこれからどうするかを訊ねる。


「ボクとカーサス、ワトソンだけでこれから教団に向かう」

「君たちだけで? 笑わせるな。お前たちだけで片付くのなら我が陸軍の特殊部隊で十分……だぱっ!?」

 エドウィンの胸ぐらを掴み上げると睨み付け、

「あんたは黙っていてくれませんか。この作戦、ボクが指揮を執っているんです。お前じゃないんだよ!」

 巴投げをして壁に叩きつけられると泡を吹いて気を失った。呆然と見ているSPや彼の部下を彼女は再び睨み付ける。

「ひえっ!」

 全員手を挙げて降参の姿勢を取る。殺気は消え、凍り付いた笑みを彼らに送る。

「素直でよろしい」


 阿呆に付き合わされ時間を消費してしまったため彼女は魔法陣を床に描く。そしてカーサスとワトソンに陣内へ入ることを促した。

「転移魔法で行くよ」

「大丈夫なのかよ」

「転移魔法って位置を正確に知らないと駄目なんですよね?」

 その通りである。だが彼女には秘策があるようだ。


「早く入って」

「邪魔だ」

 ヴィクトリアの後に入ろうとしたワトソンを押し退けてカーサスが先に入る。謝りつつ一歩退いてから彼は陣へ入った。

「険悪なムードだな」

 これから先の心配をするホワイトを脇に彼女は呪文を唱えると3人は閃光に包まれ、やがて一瞬の内に消え去った。転移したのだ。

 どこへ向かったのかと言うと――。


「うわぁぁぁ!!!」

 カーサスが大声で叫ぶ。ワトソンの顔は真っ青だ。

「しっかり捕まっててね」

 3人がいる場所、それは雲の上だった。そう彼らは5万メートルもの上空を落下傘も着けずに急降下していた。


「ひゅえー!!!」

 暴れるカーサスを横目でワトソンはじっとしている。ヴィクトリアは溜め息を吐く。

「こいつだけほっぽりだしちゃおうかな」

「やめてくれぇ!」

 漸く大人しくするが降下速度は益々上昇する。眼下に山々が連なる。クロス山脈だ。

 これらの中の山の中腹にクロガミノ教団の本部があるのだ。


「ひぇぇぇ――」

 薄い雲間を通り抜けると所々岩肌が見えるも銀世界の山脈が広がっていた。

「ワトソン、どの山か分かる?」

 口からキラキラと汚物を吐き出していながらも霞む視線を合わせ山々に向ける。流石に上空からでは分からないかと思いきや、

「多分アレ、かな」

 ひとつの山を指差した。答えは彼にしかわからない。とにかく降りる他はない。


「どどど、どうやって降りるんだぁ」

「大丈夫だよ」

 ふたりに笑顔を見せると山肌に衝突する寸前で中空を舞う。今度は落ちているわけではない。

「と、飛んでる!?」

 首を振るとバサバサ羽根が羽ばたく音がしている。それはすぐ後ろからだ。


「ヴィ、ヴィクトリアさんの背中に……羽根が!?」

「そういや翼が生えるんだったな」

 彼女はアークファミリアの中で唯一、翼を持つ神なのだ。もちろん本物である。普段は魔法によって隠している。


「知らなかった……」

 嘔吐も落ち着いたワトソンは辺りに目を向ける。

「あっちに行って下さい」

 言われるがままに指差す方角へ飛び続けると無数の足跡を発見する。動物の者ではない。人間のものだ。


「近いから気を付けて下さい」

「降りよう」

 道端へ降りると元の姿に戻る彼女を見つめるワトソンにヴィクトリアは疑問に思う。

「どうかした?」

「あ、いや……天使に見えて」

「ありがと」

 少し頬を染める彼女を尻目に面白く思わないカーサスがつっけんどんに当たり散らす。

「行くならさっさと行こうぜ」

 一行は足跡を辿っていった。


 暫くすると大きく開けたところに出た。廃村だ。遠方には鉱山らしき建物も見られる。

「どうやらあっているようだな」

「鉱山なんて至る所に――」

 カーサスが的外れだと言い切る前にワトソンがある場所を指を差す。その先には小高い山が見える。そして一際大きな建物があった。

「あそこだよ」

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