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The ARK  作者: にゃらふぃ
第2章 囚われの英雄
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第20話「調和」

 星歴473年7月2日、高級レストラン“アラザンス”で働くリリーがワトソン率いる部隊に連れ去られた挙げ句、致命傷を負わされた。しかし、偶然医学大会に出席するためサウザンドへやってきていたトメの妹、キクがふたりの娘を連れて彼女の手当てをした。

 治療は上手く行き、リリーは九死に一生を得た一方で、ワトソンは彼女を仕留め損なったことへの罰を受けることなく別の任務を実行しようとしていた。それは神殺し計画だ。

 実行日は7月7日、つまり明日の夜だった。ヴィクトリアは未だそれを知る由も無いのであった……。

 計画の日が迫る中、ヴィクトリアとカーサスは別々に行動していた。

 まだ陽が昇ってすぐの朝は少し気温が低く寒かったために濃霧が発生している。街中が霧に包まれ雰囲気がいつになく暗かった。


 ヴィクトリアは2日後に迫るA10首脳会議の会場となるサウザンド国立魔法学校へPRのために出席するホワイトの護衛に向かい、カーサスはリリーを護るべくビャクのいる邸宅へ残った。尚ヴィクトリアは過去、死と引き替えに英雄として讃えられており、世間ではまだ認知されている可能性があるためネクロス・ギザーロフの姿で護衛している。


 ネクロスは本来、死神であり他人から見えることはないが、特殊な妖力(ようりょく)によって可視化出来る。彼女の外見は人間の12、3歳くらいに相当し、幼女と思われても相違ない。

 死神、つまり死者であることから心臓はおろか、肺や胃腸などは機能していない。だが息切れや疲れはあるし、赤らめたりする。これは妖力によってまるで人間のように見せているのだという。オールマイティー妖力である。


「流石に人が多いなぁ」

 ネクロスは不用意に人へ触れてしまうと問題になると感じ、姿を消すことにした。前述した通り、死者であることから体は非常に冷たい、顔や手足も蒼白く気付かれることは少ないが、騒動の発端になること間違いなしだ。

「主人様、何か不穏な空気ですぞ」

 ヴィクトリアの属性魔法の精霊ウィンディーが風で会場の厭な空気を感じ取る。一騒動ありそうだ。


「今日騒動が起きたら少しマズいから早めに手を打とう」

「はい」

 彼は会場内の隅々までを探索した。風が通ることの出来る場所ならば彼はどこにいても感じ取ることが出来る。そしてそれを主人に共有できるのだ。

 無論風に関することはヴィクトリアだけにしか出来ない。しかし神の中には空気や火、水を属性に持ったアークファミリアがいる。彼らはそれらを自由自在に操ることが出来るのだ。


「ダメです。場内にはおりません」

「場外か……はたまた」

 すると何やら騒めき始めた。そして男の声が響いている。さらに複数の男の声も聞こえた。

「行くよ」

 向かった先は玄関だった。そこには複数人のSPに取り押さえられた青年が暴れている。白人だ。


「クロガミノ教団じゃなそうだ」

「すみません。彼らだけを視野に入れてました」

「まぁ、大事にならなくてよかったよ」

 聞けば、彼は反政府団体のお坊っちゃんであったらしく多額の保釈金で即刻釈放されたそうだ。今後問題にならなければ良いのだが。


 PRも終わり、朝食は魔法学校の食堂で取ることにした。インパクトサンウィッチという料理がオススメらしく、それを頂いた。しかし魔法使いが精力を付けるために薬品や珍味を使って作った薬のような味わいでお世辞にも美味しいとは言えない。

「絶妙で奇妙で狂気的な味わいだ」

 冷や汗を滝のように流して食すホワイトを横目にネクロスは次の予定を確認する。次は世界医学大会のために訪問したアーク連邦医療省長官との対談、そして首脳会議に参加する国のひとつ、トレド帝国の皇帝と昼食会。午後には魔法省長官と特別総帥との対談などなどがあり、どれもこれも気を安められないものとなっている。


「ホワイトさん、良く体力が持つね。私には無理かな」

 ネクロスの姿になっているときの彼女は、一人称がボクから私に変化するのだ。何故なのかはわからない。

「私も無理ですよ」

 因みにウィンディーもごく稀に僕と言うことがある。

「さて、カルテ長官との対談へ向かうとしよう」

 現在長官は視察のためコサイン記念病院にいる。そこへ向かうのだった。


 カルテ長官との対談を終え、小休止を採った後にトレド帝国の皇帝レドルと少々談笑してから昼食会を開いた。本来ならばアラザンスで開こうと考えていたが先の事件でそれもお流れになってしまった。近場の高級レストランで対応した。

 皇帝は気さくな方で、公費か実費かは不明だがトレド産のワインとチーズをご馳走になる。チーズは濃厚で美味だった。ワインは非常に甘く、グレープジュースと何ら変わり無いものだったという。

「陛下、このワインの度数は?」

「0.9度じゃよ。子供も飲める素晴らしいワインじゃ」

 尚糖度指数は10らしい。


「漸く終わりましたね」

「おじさんの話は長いからねぇ」

 ウィンディーとネクロスたちが外で待機しているとSPらが護衛しながら彼らが出て来た。それぞれの防弾車に乗り、去っていく。

 次の予定は、アーク連邦の魔法省長官と同じく魔法省直属の戦闘部隊を指揮する総帥との対談だ。

「主人様にとって魔法省は懐かしい存在なんじゃないですか」

「う、うん」


 先の魔法省での戦いから早半世紀弱。時間の流れは早いと感じるネクロスであった。

「魔法省長官のロッド殿は30歳の若さにして各国の魔法学校の視察と教育を大切にしているお方らしい」

「総帥は?」

「それが……」

 今回の対談で当初はロッド氏のみの参加だったが、急遽総帥が参加することとなり詳しい資料が手元に無かった。また総帥と言っても既に退役しており予備役というポジションらしい。

「だから特別総帥なのか」


 対談のため、彼らは再び国立魔法学校へと赴く。本館はA10に使用されるため建物への立ち入りは出来ない。しかし図書館や食堂などのある別館は可能なため、そちらへ移動する。

 ロッド氏との対談は図書館で行われることとなり、さらに移動し到着を待った。空港ではクロガミノ教団の影響で規制線が張られ、入国に時間が掛かっているためか先方の到着が遅れているようだ。


「次の予定はアイアン幼稚園の視察か。最悪これを抜かしてバカジャン法人との対談でも……」

 彼の仕事量とやる気に感服するネクロスとウィンディーであった。このまま何事もなく1日を終えることが出来ればどんなに良いことだろうか。フラグを立てているが良い方向のことが起きた。


「ロッド氏が到着しました」

 起立して礼を贈るとロッドともうひとりの老人が現れた。それは昔、見たことのある男だ。

「っ……」

 ネクロスは自分の心臓が動いていないことを知っていたが、まるで動いているかのごとく感じた。しかもかなり早く高鳴っているようだ。

「ホワイト殿、こちらが特別総帥のショーン・マイティ・ハーヴィです」

「老いぼれですが、よろしく、どうぞ」

「こちらこそ」


 46年振りに再会した瞬間だ。驚くネクロスにハーヴィは頷いていた。彼女の姿はそれほど多く見せてはいなかった。だが彼は忘れることはなかったようだ。

 彼は今の職務を全うするためにロッドを連れてホワイトと対談を行った。彼女は色々と話したかったが我慢する。そして立派になった彼を見て呟いた。

「私のやってきたことは間違ってなかったんだね」

「はい」

 ウィンディーが優しく頷いた。


 対談は1時間弱で終わった。ホワイトのその後の予定では幼稚園の視察や法人との対談が入っていたが全てをキャンセルしようとしていた。

 すかさずネクロスはそれをやめるように伝える。首相の信用にキズが付くからだ。しかし彼は精一杯に自身を護る彼女にお礼がしたかった。

「君のために彼らと報道陣とか一切無しに語り尽くそうと思ったんだ」

「ホワイトさん……。だ、駄目ですよ。私は構いませんから」


 嬉しかった。しかし自分のために彼の信用が地に落ちるのを見たくない彼女は断った。するとウィンディーがホワイトを陰から護ると言ってくれたのだ。

「で、でも……」

「何かあれば呼びますから、それまでは主人様もハーヴィさんと寛いでいてください」

「ありがとう」


 そうしてウィンディーはホワイトと共に次の仕事へ向かう。無論、精霊は他人に見えない。しかし彼だけには見えている。

 一方のネクロスは久々に出逢ったハーヴィに何から話そうかと言葉を探していたが向こうから話し掛けてきた。

「久し振りだね、ヴィクトリアさん。こんな老いぼれになってしまったが、私で良ければ一杯付き合いましょうか」

「うん。飲もう」

 ふたりを見守るロッドは笑みを浮かべている。それはふたりの関係を知っているかのようだった。


 一行は宿泊予定のあるホテルへと向かった。サウザンドでも一流のホテルと言われているところだ。

 30階建ての高層ビルの29階に宿泊する。2階建てのスイートルームだ。

 ホテルの部屋に到着したネクロスはヴィクトリアの姿に変化してみせる。ロッドは魔法による外見の変化を何度も見たことがあるため驚くことはなかった。

「もうじきルームサービスも来る頃だろう」

 事前に予約を入れていたようだ。もちろん酒も頼んでいる。


「しかし、本当に逢えるとは思っても見なかった」

「本当に?」

「実は数年前に僕がまだ総帥だった頃、サザンクロスの首相選挙戦で君が英雄となって死んでしまった記事を偶々彼から知ったんだ」

 ロッドが頭を下げる。本当に偶然、彼が読んでいた新聞記事に書いており、何故かは知らないがハーヴィに見せたのだという。


「写真付きだったから確信したよ。あの時は直ぐに行けば逢えると思っていた。でも仕事が忙し過ぎてね」

 総帥は魔法省直属の戦闘部隊を指揮する最高位の役職だ。職務を放棄しては魔法省の秩序が乱れてしまう。

「その時は諦めてしまった。でも長生きはするもんだ。つい先日にホワイト首相が負傷したことを知って思い付いたんだ。もしかしたら彼の元に君がいるんじゃないかってね」

 その時には既に総帥職を引退し、影で支える存在となっていた。そのため自由に動くことが出来た。


「ロッドくんが丁度魔法学校を視察すると訊いて交渉したんだ」

「快諾しましたよ。私もあなたに会いたかった。父のためにも」

 ロッドの父親はジョン・ハインケルという。かつてアーク連邦正規軍の戦闘機部隊の隊長を務めていた。

「もしかして、カエルム・フォーチュナーの!?」

「えぇ。父はその艦に乗っておりました」


 カエルム・フォーチュナーとはアーク連邦正規軍在籍のノーモルダスキーニの旗艦として魔法省の一件で活躍した戦闘飛行船だ。

「でも確か、ハインケル隊長だったような」

「はい。私は父が死んで母方の姓をなのておりますので」

「なるほど……ね」

「父は生前言っていました。『彼女ほど世界を救った女神はいないと』」


 恥ずかしい思いだ。当時は当たり前のことをやっただけなのだから。もしもあの時に動かなければ、世界はベネディクトのものになっていたのかもしれない。

「ところで、皆さんは元気でしょうか」

「タケルさんとベスラさんは数年前に亡くなりました」

 タケルは関西弁口調な男で晩年は古物商を営んでいたそうだ。トライマノイド族のベスラは交通事故で亡くなったらしい。

「そうですか……」

「でも、オースチンさんは田舎でオレンジを栽培してるそうです。季節になると甘酸っぱいオレンジを届けてくれるのです」

 エルフの彼は現在77歳で人間だと107歳になるのだそう。寿命は人間の2から3倍あるため、まだまだこれからの模様だ。


「スピリットアローさんは今でも現役ですよ」

「懐かしい」

 元デモスムント第I特殊部隊隊長の彼も今や73歳の老いぼれた爺さんであるが、監査官としてまだまだ現役である。最近はクリケットを好み、ハーヴィとの交流もあるのだとか。

「ははは、天下の隊長も今となってはスーパーお爺ちゃんか」

「みんな貴女に逢いたがっています」

「うん……」

 彼女も会いたい気持ちはある。しかしそうもいかないのだ。


 暫らくするとルームサービスの軽食と酒が届いた。それからエアメールと宅配便が到着する。

 差出人はスピリットアローとオースチンからだ。ハーヴィがふたりに伝えていたという。

「もし会えなかったら取り越し苦労で終わっちゃってたね」

「でもこうして逢えた。奇跡なんかじゃない。運命なんだよ」

「ふふ。それでなんて書いてあるの?」

 手紙には感謝の言葉とやはりまた会いたいことが綴られていた。荷物の中身はオレンジとそのジュースが入っていた。オースチンの果樹園で採れたものだ。濃縮還元のジュースは酸っぱさが目立ったものの美味しく味わえた。


 楽しい一時は早く過ぎるものだ。気付けば外出禁止令が出される時間になっていた。ロッドが気に掛けていたようだ。

「大丈夫です。何かあれば転位魔法を使うので」

「それもそうですな」

 ふたりは笑っているとドアをノックする音が聞こえる。外で警護に当たっている衛兵からだった。

 なんでもクロガミノ教団をホテルの周囲で目撃したらしく厳戒態勢を敷いているのだそうだ。


「私たちは問題ない。いざとなれば、この上級魔法で一網打尽にしてやる」

「だがヴィクトリアさん。あなたはホワイトさんを護らねばならないのでは」

 確かにハーヴィの言う通りだ。カーサスだけでは心許ない。だが、ここは。

「いいえ、あなた方を護るのも仕事です」


 彼女はウィンディにテレパシーを使って状況を説明した上でお願いした。彼は快く承知し、カーサスたちに伝えることを約束する。

「さて、カーテンは締めて下さい。それから障壁か結界で部屋を防護して下さい」

「分かった」

 流石は魔法省の政務官。あっという間に障壁を作り部屋を防護する。おまけに、ヴィクトリアを除いたふたりが対人防御として一度だけ無敵になることの出来るアイアンマジカルという呪文で身体を強化した。


「為すべきことはやった。これで取り越し苦労なら良いのだが」

「それよりヴィクトリアさんは強化などしなくても宜しいのですか?」

「魔力を温存させるためかな。余計な術は無用ってわけで」

 神の考えることは大胆にして単純明快。彼らはそ思いながら一夜を過ごす。


 日付が変わる0時過ぎになっても何も起こらず彼女はふたりを寝室に案内して結界を張る。厳戒態勢も解除され、シャワーでも浴びようかとヴィクトリアは脱衣所へ向かう。

 少し汗で湿った服を脱ぐとサラシに捲かれた乳房が(あらわ)になる。そして留め具を外し丁寧に巻き取って行く。

「ちゃちゃっと浴びよう」


 下半身も脱ぎ終わり風呂場のドアを開けると彼女は驚いた。流石は高級スイートルーム。大浴場だ。

 浴槽と床は大理石で出来ており、リオーネのような石像の口からはお湯が湧き出ている。

「こ、これは豪華だけど。ひとりじゃ勿体なさすぎる」

 取り敢えずシャワーを浴びて久々にゆっくりとした一時(ひととき)を過ごしていると突然爆発したような音が遠くから聞こえる。


 彼女は慌てて浴場の窓から外の様子を眺めた。爆発はホワイト邸の方角で、月の光と警護車両に搭載されているサーチライトにより煙も確認できる。

「こんなときに……」

 脱衣所へ戻り急いで濡れた身体をタオルで拭き取った。サラシを捲いてる余裕など、当然なく上に衣服を上に羽織るぐらいだ。素早く身に付けリビングの窓へ向かう。

 爆発音の影響でハーヴィとロッドは目を覚まし、リビング寝室のドアを開けて右往左往している。彼らを横目にヴィクトリアはカーテン越しから様子を窺っていると街の一点に小さな光が見えた。その時、ヴィクトリアは呟いた。

「しまった!」


 気付いた時には遅かった。眼帯をしている反対側の目、つまり左目に弾丸が命中した。防御魔法を寸前で発動させたが威力を半減させるだけに留まり重傷を負う。

 衝撃で吹き飛ばされ螺旋状の階段に叩きつけられた。さらにリビングの窓ガラスが全て割れ、室内の灯りが消えた。

「ヴィクトリアさん!」

 ハーヴィの声が聞こえる。しかし彼女は大声で返事をした。

「来るな。動くな。狙いはボクだ!」


 次の瞬間、カーテンが外れると彼女の目の前に飛び込んできた。そして一瞬、月の明かりが反射して光が見えた時にはヴィクトリアの右腕がもう繋がってはいなかった。

「くぅっ……」

 鈍重な音とともに彼女の右腕がテーブルの上へ叩きつけられる。周囲は赤い毒々しい血液が飛沫して惨劇を物語っている。

「はぁっはぁっ……」

 切断された部位を押さえ血を止めようと必死だったが敵は次なる一手を仕掛けていた。捕縛魔法を掛けたのだ。


 身動きの取れないヴィクトリアは見えない暗闇の中で死を覚悟した。だがこれまた鈍重な音を立てると身体の自由が利く。

「僕たちを侮ってはなりません」

 ハーヴィだ。彼は小さな竜巻を起こして術者を吹き飛ばした上に解除魔法で彼女に掛かった魔法を解いたのである。

 ヴィクトリアは自分の血がべっとり付いた左手で右目を覆う眼帯を引き契るとゆっくりと開眼する。蒼色の左目に対し、右目は橙色をしている。さらにアークファミリアの証であるスコーピオの紋が瞳に描かれていた。

「こっちは閉じていたからね。夜目には向いているんだよ」


 開眼して初めて状況を理解した。スナイパーライフルを用い、遠距離から彼女たちのいるホテルの一室を狙撃。狙いはヴィクトリアだ。この時、弾丸には障壁を破るための術式が組み込まれていたようだ。

 そしてバルコニーで既に待機済みだった突入部隊が解除された窓を突き破り侵入し彼女を襲った。実行犯はもちろん彼だ。

「久しぶりだな」

「ワトソン……」

 やや暗かったが月光のお陰もあり彼の顔がぼんやりと目に映る。だが血を流しすぎたのか目眩と眠気が襲う。

「直ぐにイカせてやる」


 彼はダガーナイフを口に加えると腰に装着していた拳銃2丁を両手で掴むと交互に撃ち始める。身体の言うことが利かないながらも必死に彼女は避ける。

「ヴィクトリアさん!」

「あんたらは後で始末してやるから黙っていろ!」

 彼は部下に露払いを命じ手下はふたりに向かって術式を詠唱し始めた。しかし無詠唱の呪文が彼らを襲う。

「僕たちは魔法省で一、二を争う存在。底辺のお前たちなど、相手にはならん」

「けっ、糞ジジイが」

 左手に握った拳銃から弾倉を抜き取って床に投げ捨てると胸から提げていた手榴弾を3個全て、ふたりに投げ付けた。無論、障壁を展開していたが周囲は爆煙に包まれ何も見えない。

「そこだ」

「ガッ……」

 ヴィクトリアの右太股に銃弾が飛び込み床へ転倒する。立ち上がろうとしたその時だ、

「これで終わりだよ」

 背後からワトソンの声が聞こえると振り向いて呪文を掛けようとする彼女の胸元にナイフを突き立てる。しかし彼女は左手で防ぐが力負けしそうだった。


「早く死んで楽になれ」

「神は死なない」

「知っている。だが動きを封じることは出来る」

 その通りだ。殺すことは出来なくとも動きだけは止められる。少なくともふたりを殺害するまでの間は。

「さっさと死ね」

 凄まじい力に彼女は屈するしかなかった。そして突然語りだした。


「あなたと初めて出逢った時、君はまだ世界を知らないひとりの子供だった。ボクは君にたくさんの知識と知恵を与えたつもりだけど、どうやら役に立ったようだね」

 刃が徐々に胸へと近付いていく。それでも彼女は語り続ける。


「ボクはいつか、君と一緒に旅をしたいと思ってる。君さえ良ければカーサスみたいに不老不死となって世界中を旅したい」

 彼女は涙をこぼした。左目は血の涙だ。そして遂に刃が胸へと突き刺さり、肋骨の間を進み激しく脈打つ心臓へと到達した。


「まだボクの考えは変わってない。ワトソン、ボクと一緒に……」

「死ね」

 彼は心臓を一突きにするとナイフを抜き取った。傷口からは脈動に合わせて血が吹き出る。

「ワトソン……目を覚まして……」

 だが動じなかった。最後にと彼女の首にナイフを当てて頸動脈を裂いた。鮮血が辺りに飛び散りヴィクトリアは意識を失った。


 爆煙が晴れた頃、彼女の変わり果てた姿に気付いたハーヴィは発狂し禁断の魔術を口にした。

 杖はワトソンに向けられ彼は術式によって引き起こされた衝撃波をもろに受けてドアのところまで吹き飛ばされた。そして沈黙し部下たちが狼狽えているとロッドも何やら魔法を唱えている。

「て、撤収ッ!」

 彼らは隊長であるワトソンを置いて逃げ出した。

 ハーヴィは彼女の元へ駆け寄り、ロッドは室内に協力な障壁を二重に展開させる。ヴィクトリアは既に絶命していると思われたが、微かに息はあった。


「ロッドくん、ホワイト邸に向かいましょう」

「しかし外は危険です」

「大丈夫。彼女が生きているのならば導いてくれる」

 彼はヴィクトリアの手を取り目を瞑る。そして心の中で優しく語り掛ける。

「ホワイトさんの邸宅へ案内させてくれないだれろうか」

 目蓋に映る彼女の偶像は頷くとワトソンも連れてくるようお願いしてきた。ハーヴィは彼を許せない。だが彼女の頼みならばと渋々了承する。

「ロッドくん、転移魔法陣を描いてくれ」

「分かりました」


 暫くしてハーヴィはヴィクトリアを、ロッドはワトソンを抱いて陣内へ入る。そして彼女の手を握り、念じた。

『転移魔法、発動』

 目標、ホワイト邸宅。



「こ……こは?」

 真っ白な天井が最初に見た光景だ。ヴィクトリアは起き上がろうとするも全身が酷く痛み起き上がることは出来なかった。

「ボク、生きてるのか……」

 胸に右手を当てる。必死に生きようと心臓が拍動している。やや弱々しいが、ドクンドクンと脈打っていた。

「右腕が!?」

 ここで初めて気が付いた。切断された腕が治っていたのだ。


「水属性の治癒魔法の跡……」

 それぞれの属性には必ず微弱な跡が残る。それが何れかの属性と分かるまでには何年か掛かるといわれているがヴィクトリアには分かっていた。さらに集中して誰のものかまで辿って行くと、

「これは……アリス!?」

 横になったまま室内を見渡すと隅の方で椅子に座り眠る彼女の姿があった。アリスとは魔法省の一件以来、実に半世紀弱の再会だ。


「なんでここに……」

 疲れているのか彼女はヴィクトリアが目覚めたことに気付いていない。爆睡しているようだ。

「でも、ありがとう」

 暫くじっとしているとドアを開く音が聞こえる。誰かが入ってきた。

「あ、気が付いたのね」

 水に濡れたタオルを持ってやってきたサヱだった。騒がしくしたつもりはなかったが、アリスは欠伸して目を覚ます。


「お姉さま!」

 その第一声とともに彼女のベッドへダイブする。胸の患部に当たり思わず声を上げてしまいアリスは謝った。

「意識が戻って良かったです」

 涙目になって姉の復活を祝う。サヱも共に分かち合う。

「それにしてもアリスが何故ここにいるの?」

「それはですね、ハーヴィさんに呼ばれたからです」

 魔法省の一件後、彼とアリスは友人以上の関係となり、何度か顔を会わせていたという。そして、いざとなれば自分を呼ぶように決めていた。


「そっか。じゃあハーヴィにもお礼を言わないと」

「はい。皆さんを呼んできますか?」

「お願い」

 彼女が部屋を去ろうとした時だ、ヴィクトリアは呼び止めてもう一度礼を言った。

「ありがとう、アリス」

「大切な家族のためですもの」

 皆に早く来てもらうために小走りで去っていった。ヴィクトリアはサヱにも感謝の言葉を伝える。

「私は何もしていません。医者として精一杯のことをやっているだけです」

「立派だよ。トメみたいに」


 数十秒後、真っ先に駆け付けたのがカーサスとウィンディだ。そしてホワイトとハーヴィ、ロッドがやってきた。

 彼らはヴィクトリアの復活に歓喜する。特にカーサスはどんちゃん騒ぎ状態だ。

「ところで、ワトソンは?」

「あいつか……。あいつはな……」

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