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The ARK  作者: にゃらふぃ
第2章 囚われの英雄
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第18話「連鎖」

 星暦473年6月26日。首相2期目を迎えて3年のホワイトは自宅で就寝中にクロガミノ教団の襲撃で両足を負傷した。さらにその実行犯の中にワトソンらしき人物を発見する。

 後日発表された教団の声明文にて、ワトソンだと確信を持った彼は離れていたヴィクトリアとカーサスに助けを求めた。そしてリリーに最悪の場合、介錯も辞さないことを伝える。

 彼らの戦いはたった今、始まったのだ……。

 7年前に行われた首相選挙より、もう1週間前に開催された全立候補総合演説会に於いて、一度死んでしまったヴィクトリアは現地で英雄として扱われる。カーサスともどもその場に居られなくなり、遠く離れた地のワインテッレ共和国にいた。

 ふたりはサザンクロスから離れていてもホワイトやその国の内情を新聞やラジオ、時には自身が持つ風の精霊から聞いていた。彼を見捨てたわけではない。正式な要請を待っていたのだ。


 そして二日前、ふたりの元に親書が届く。ホワイトからだ。

 彼の被った事件は耳にしていたものの、ワトソンがクロガミノ教団に関わっていた内容に驚かされた。しかし心のどこかで彼はまだ生きているのではないかと信じ続けていた。最悪の形で迎えられたわけだが、それでもヴィクトリアは彼を取り戻したいと救援に駆け付けることを了承する。


 偶然にもふたりは以前付き合いのあった兄弟と食事をしていた。アーサーとピーターの兄弟だ。

 彼らは今年で兄が64歳、弟が58歳と昔に比べ年老いていたがまだまだ現役の様子だった。今、兄弟は新型、といっても数年前に新造したマートレットという高速輸送艇で世界中を駆っている。


 マートレットの姿は正に奇怪であり、右側に大型のコックピットと貨物室が一体となったゴンドラと左側にエンジンやプロペラ、燃料などが搭載された胴体が別々に独立していた。ふたつを繋ぐのはたったひとつの主翼であり、ゴンドラと胴体の間に1基のエンジン、さらにゴンドラの右側にもう1基を置いている。また胴体の方には左右非対称の垂直尾翼と水平尾翼がある。


 その奇怪な容姿故に誰もが無事に飛行するのか、設計上に問題は無いのかと口々に答えるが性能は素晴らしかった。

 この機体は水陸両用だけではなく雪上、砂上、沼地にも降りられるように設計され、さらにどれも滑走距離が150メートル以内に可能というものだった。これは魔導エンジンによる恩恵だ。

 魔法石、通称魔石により物体浮遊や速力向上、重量加減などといった術式が組み込まれている。それ故に最大25トンの積載が可能となっている。


 飛行性能は良好で、高度6000メートルの水平時に時速720キロ、巡航時は高度3000メートル、時速400キロで1万2000キロを飛行することが可能である。さらに搭乗員の負担を考慮し、自動操縦装置や位置確認装置、高周波のラジオを備えていた。

 またバスルームや寝室、食堂も完備し、人員輸送時には空を飛ぶホテルと化する。他にも自衛用にオートタレットとして20ミリ速射機銃が正面下部、右舷、ゴンドラ尾部及び低部にそれぞれ1門と胴体側の上部と低部に連装の機関銃が装備されている。


 オーダーメイドの機体ではあるが、随所にちりばめられた世界屈指の部品が結集されて出来たこの世にひとつの最優秀作である。

 無論、価格も凄まじく1機当たり2500万アークドルだった。因みに当時の1アークドルは日本円にして150円である。かなりの高額さが分かる代物だ。


 兄弟は今まで蓄えた貯金と使っていたサンシャインをオークションに出品、それから得た金で購入した。また、維持費も馬鹿にはならない。燃料代と魔石の購入、部品や武器の弾薬、その他にも水や食料、駐機代金や特級飛空域許可証の更新などが必要だ。

 なお、後者の許可証は持っていると軍事施設や戦争地区でも中立の立場として飛行や貨客運搬が可能。機体の様々な位置には白文字の蛍光ペンキでSSSと描かれている他、緑十字も描かれている。


 そんな機体にかれこれ5年ほど乗っている彼らも輸送業界では知らぬ者がいないなどと噂されるほどの猛者(もさ)となっていた。

 今回兄弟と再会したのも偶然の賜物だった。ふたりがワインテッレに来たのは美味しいワインを飲むためにやってきていた。そして、そのワインを積んできたのが彼らだったのだ。

 さらにふたりが立ち寄ったワインセラーへの搬入者が彼ら兄弟だったのである。


 偶然にも再会した兄弟は喜びと嬉しさのあまり涙し、ピーターに至ってはカーサスに抱き付いてしまった。彼らを遠目から見ると久々に出会う父と息子のように思えただろう。

 兄弟は歳を取り、ふたりは歳を取らず昔の形でいる姿にカーサスは少し淋しさを感じていた。ヴィクトリアもそれに気付いていたが軽く肩を叩いて、再会できたことを今は精一杯喜び、後悔しないよう努力することを進める。

 そして彼らは近くにあった居酒屋で食事会を催した。高級レストランより、品の無い男女(おとこおんな)がごみごみとした店の方が兄弟には合っていた。


 それから暫く積もりに積もった話をし、ヴィクトリアがあることを切り出した。それは昔の(よしみ)でサザンクロス共和国まで自分たちを輸送してもらえないかというものだ。

 兄弟は顔を見合わせ、屈託ない笑顔を見せる。

「畏まって何かと思えばそんなことかい」

「僕たちで良ければあなた方をサザンクロスまでとはいわず、世界中にお送りしますよ」


 それは了承という言葉とともに感謝の念が表れていた。彼らに何か特別なことをしたのか、ふたりは思い付かなかったのだが、魔法省の一件で協力したことが表に出て彼らは一躍ヒーローとして有名になったそうだ。さらに輸送のオファーがひっきりなしに来たようで金には困らなかったという。

 その恩返しとして彼らはふたりの依頼を無償で快諾したのだ。


「そうと決まれば早速支度だ。ピーターは次の案件を断ってきてくれ。俺は準備する」

「うん」

 無口な弟は相変わらず無愛想だが良き相棒として兄の後を追う。ふたりはそんな彼らを温かい目で見守った。



 準備が終了し、彼らの指示通りに山間部を切り開き傾斜した地形と平坦な地形を兼ね備えたワインテッレ国際空港に訪れたヴィクトリアとカーサスは初めてマートレットを目にし一言言い放つ。


「これ、本当に飛ぶの?」

「こりゃ、すげくキモいデザインじゃん」


 この言葉に慣れっこだった兄弟は自信満々に素晴らしい飛行と快適な旅を贈ることを約束し搭乗を促した。

 エンジンが唸り、勢い良くシャフトが回転しプロペラが高速で回りだす。既に滑走と離陸許可は出ていたため、タキシイングを済ませ滑走路へ進入する。


「それでは(わたくし)、アーサーが本機の機長としてお二方を無事にサザンクロス国際空港までお送りいたします」

 冗談めいた言葉を送り周囲を確認する。

「クリヤード・テイクオフ」


 ピーターの声にアーサーはスロットルを前へ倒し、エンジンは轟音を立て機体はゆっくりと前進していく。魔石の効力もあり、たった100メートル足らずで機体は浮き上がり上昇を始める。ふたりが乗っている以外、殆ど空荷(からに)状態のためでもある。


「ここらは山々が高く聳える上に時たま突風が起きる。高度を上げよう」

「サー。高度を1080メートルから4800メートルに」


 見る見る内に上昇し5分も経たずに目標高度まで到達する。ここからサザンクロスまでは直線距離で凡そ7500キロ。最大時速に近い700キロで飛行することから最短でたったの11時間弱で到着出来る。


「短い空の旅だがそれまで満喫していなよ」

「食堂、バス、遊技場もありますよ」


 彼らの好意に甘えるふたりは早速ラウンジへ向かう。しかし状況が状況だけに落ち着いていられなかった。

 今ここで寛いでいる間にもワトソンは人々を(あや)めているかもしれないからだ。しかし到着まで待つ他はあるまい。


「シャワーでも浴びてくるね」

「じゃ、俺は料理でも作るわ」

 ふたりは別れるとそれぞれ時間を潰した。


 ヴィクトリアは数日振りに浴びるシャワーで顔を赤らめていた。これは熱気によるものだ。珍しくポニーテールだった髪を下ろし、右目を覆う眼帯も外し目を見開いている。

 彼女の左目は蒼色だが右目は橙色のオッドアイだ。さらに右目はアークファミリア、10番目の神である証としてスコーピオの紋章が刻まれている。視力はある。

 また、彼女の肌は白くとても長い間年月を経ている身体には思えない。所々に浮き出る血管を見る限り、神にも赤い血が流れていることが分かる。

 なぜ神は人間に似ているのか、それは神の身体を模倣したのが人間であるからだ。故に神は皮膚や筋肉、骨格や神経、脳や心臓、肺に胃腸などありとあらゆるものが人間と同じ造りだ。

 違いと言えば血液がある。神は“血液型”が存在しない。故にどんな血でも受け付けられる。人間はそう上手く行かない。それは神が与えた差別化だ。

 より多くの人種や種族、そして性別を生み出すことによって必要だった。

 また特殊な力や秘められた力、生命力や寿命に限りがないということだろうか。


 ヴィクトリアは今から約150億年前、アークによって生み出された。当時は普通の人間だったが、17歳を迎えた時に10番目の神、名をスコーピオとしてアークファミリアとなる。

 そして宇宙を拡張、縮小、星々(ほしぼし)の生誕から終焉までのありとあらゆる実験を経て、アーク星系を生み出した。後に物語の舞台となる惑星アークは兄であるアークとともに創造した。


 今まで得た実験を元に他のアークファミリアと協力し、地形や有、無機物の作製、海や風、生命を誕生させる。最初は動植物からだったが次第に人間を生み出すことを目的とする。

 そして、遂にその時がやってきた。人類の誕生だ。

 人類を増やすべく幾人もの管理者、ゲスチオンヌを誕生させたが、それらは堕落民族として彼女たちを脅かす存在となる。彼らはアークファミリア唯一の汚点だったのだ。


 ゲスチオンヌを廃止し、新たにアークファミリアの中からひとりの少女が人類を生み出す。それからひとり、またひとりと増やしていき、ある程度の知識や知能、経済力などを身に付けたその時にアークが一国を代表として誕生させたのが彼の名の付いたアーク連邦だ。

 またその日から星の歴、即ち星歴を生み出し現在までに至っている。


 ヴィクトリア含むアークファミリアは非常に高度な力を持っている。だが惑星アークが誕生し、知的生命体が生み出された時点でその星は彼らに委ね、また新たな星を創造するべく永い旅に出る。

 しかしながら彼女の仕事は堕落民族となった者の排除だ。彼らを統率する元ゲスチオンヌのナチョス一族を滅亡させるまで彼女の小さく永い物語は終わらない。


「ふふぁーっ」

 旅をしていると水は貴重で飲み水を確保するだけでも苦労が必要になる。川があれば水浴びも可能だが如何せんそうは行かない。況してやタオルと石鹸で身体を洗うなどとは易々と行えないのだ。

 水浴びは数日振りだが、身体を洗ったのは数週間振りだった。不潔だが魔法で体全体をコーティングして清潔に保っている。見せ掛けではあるが。


「次はいつ入れるか分からないから堪能しておこう」

 暫く浴びているとカーサスが呼びに来た。食事の用意が出来たようだ。

 蛇口を締めてバスルームから出て来るとバスタオルを頭の上から羽織り、そのままラウンジへと向かう。当然、カーサスは驚いて顔面を真っ赤に染める。

 いつものことだと別段気にしていない彼女だが彼はいつも気にしている。カーサスも男だ。

 例え150億歳のおばあちゃんでも身体は17歳の女性。彼も17歳で不老不死となって幾年(いくとせ)、心はまだまだ青年時代のままなのだ。


「いつも言ってるけどよ、服くらい着ろっつうの」

 洗濯をしておき魔法道具のお陰で乾いた彼女の服を差し出した。ふっかふかにまるで空に浮かぶ雲のような肌ざわりとなった服を身に纏う。

「ありがとう」

「う、うん」

 屈託のない笑顔に彼は頷いた。彼女の奴隷というか従兵というか、とにかくヴィクトリアを護るために身の回りの世話をすることは当たり前だからだ。


「食べようぜ」

「そうだね」

 目の前のテーブルに並べられた数々の料理に彼女は驚いた。量は少ないがまるで高級レストランで見るような料理ばかりだ。さらに盛り付けやデザインにも凝っている。


「空の旅ということで高級そうなレストラン風にしてみたぜ」

「それっぽく見えるね。いただくね」

 前菜風のサラダに手を付ける。味は(ちゅう)()辺りだった。不味いというわけではない。しかし単調と言ったところだ。


「俺たちも食っていいか?」

 アーサーとピーターもやってきた。当分の間は自動操縦装置で飛行していても大丈夫らしい。

「だったらもう普通に作るよ」

 カーサスはキッチンに駆けていくと数分後、皿にてんこ盛りの炒飯や鳩の唐揚げ、リオーネの丸焼きが乗って出て来た。

 結局、高級レストランから居酒屋に変貌したがこちらの方が性にあっているようだ。

「こんなものもあるんだよな」

 アーサーが椅子の下から出したのは一升瓶に入った酒だった。しかもかなり高価なものらしい。


「これ、大和(やまと)帝國の清酒“大櫻(おおざくら)”じゃないか」

 大和帝國とはアーク連邦から遠く東に離れ、イーストラインよりも遠く遠く離れたところにある島国だ。天皇家を神として崇め、奉り、他国との貿易や交流を制限し中立国として存続している国だった。


「数ヶ月前にアーク連邦政府から大和の宮城(きゅうじょう)へある宝物(ほうもつ)を運搬するに当たって、報酬の一部としてコレをくれたんだ」

「しかも一升瓶12本分」

 その内の1本らしい。まだ呑んでいなかったようで是非一緒に嗜んでほしいとのことだ。


「そいじゃ、お言葉に甘えて」

 グラスに清酒を注ぐとカーサスがいち早く口に入れる。因みに度数は17パーセントと少し高めだ。

「辛口だけど爽快感がある」

 ヴィクトリアも嗜んでいる。彼女は2杯目に行こうとしていたがカーサスは酔い潰れてしまっていた。

 まだ1杯しか呑んでいないが、前述した通りに彼の身体は17歳で止まっている。つまり成長はせず酒の耐性が付いていないのだ。

「彼はお酒に弱いからね」

 彼女は微笑むと2杯目を掻っ込む。すると突然にカーサスが抱き付いてきた。


「ひぇーい、ヴィクトリア。おっぱい揉ませろや」

「は?」

「おっぱいだ。おっぱい! お前のそのでっかい木の実のことだよ」

 完全に酔っている。しかも酒癖はかなり酷く目も当てられない状態だ。


「いつも触らしてくれてるだろ」

「そうなのか!?」

 アーサーとピーターは驚いた。ふたりの関係がそこまで進んでいたとは信じられなかったからだ。


「誤解ですよ。流石にボクはそんなことしないです」

「嘘でーす。アーサー君もピーター君も信じちゃって。でもコイツが寝てン時、ちょっと揉んでンねんケドな!」

 衝撃的発言に彼女も耳を疑った。そんなことをしていたとは信じられない。


「神様のおっぱいを揉んだのは後にも先にもこの俺しかいないで!」

 彼の両手は次第に力が入って行きヴィクトリアの乳房を赤ん坊のように揉み始めた。アーサーたちは羨ましそうに見ていたが彼女は目を瞑り、何やら殺気立っていることに気付き呟いた。

「御愁傷様、カーサスくん……」


 やがて彼は調子に乗り、ヴィクトリアに服を脱いでもっと胸を触らせるように所望する。当然のごとく彼女は拒否した。そして抑えていた感情を露にする。

「カーサス!」

 第一声は彼の名前だ。

「流石のボクも怒るよ! 君がそんな破廉恥だったなんて」


 彼の胸倉を掴み背負い投げを食らわせる。窓際の壁に叩きつけられると正気に戻ったのか首を左右に振り驚愕して彼を見ていたふたりに何が起きたのか訊ねる。しかし、

「カーサス、君は恥ずかしくないのか!」

「ちょっと待て。何のことだ?」

 何がどうなっているのか、知りたかった彼だが状況は悪い方へと向かっていく。


「何のこと、だと? お前は自覚が無いのか!」

 手に負えないほどにいきり立つ彼女を見るカーサスは自分がとんでもないことをしたことに気付く。だが身に覚えはない。というより、忘れている。

「えっとだな。取り敢えず落ち着こうぜ。そんな状態で怒ってると体にも障るし」

「ふざけないで!」


 怒声は刻々と勢いを増す。彼らはそれをただ見ていることしか出来凪いでいる。カーサスはとてもマズい立場にいた。このままでは最悪、

「ヤバい、殺される……」

 かもしれない。そうでなくとも何かしらのアプローチはあるだろう。


するとふたりの前に小さな閃光が現れるとそれは12、3歳ほどの少年の形をして姿を見せる。

 アーサーとピーターは初めて見る姿だ。カーサスは何度も見かけているが彼は風の精霊、その名をウィンディーという。そしてヴィクトリアの使い魔的存在だ。

 正確には彼女と契約し、風の属性を与えている提供者である。使い魔とは違うらしい。また身の回りの世話や魔力、回復、時には兵士のように彼女の命令は絶対に服従する執事のような存在だ。


「まぁまぁ落ち着いて下さいな。主人(あるじ)様も一旦深呼吸しましょう」

 荒れていた彼女を瞬く間に落ち着かせると彼の手腕にアーサーとピーターのふたりは感服する。一方でカーサスはウィンディーに助けを求めていた。


「殺されるぅ……」

 しがみ付く彼に謝ることを促した。しかし記憶に無いため何を謝れば良いか分からない。

「カーサス様は先ほどから主人様の乳房を赤ん坊のように揉んでおられました。それに関しての謝罪をすれば良いと思います」

「良し、分かった!」


 彼はヴィクトリアの前に出ると一呼吸を置いて声を上げた。

「お前のおっぱいを揉んで済まなかった。大きくて柔らかくて気持ち良くて、つい魔が差してしまったんだ。本当に申し訳ない」

 頭を下げると腕を組む彼女は溜め息を吐く。


「良いよ。君も男だ。おっぱいのひとつやふたつ、触りたくなるだろう。けれど、ボクの知らないところでナニかするってことはやめてね。信用が無くなるから」

「おう、任せとけって!」

 笑顔でグッドサインを送る。わだかまりが無くなり一安心のアーサーたちは着席するとカーサスがグラスに入った酒を水だと勘違いして飲み干してしまった。

 それから起こる出来事は皆も周知のことだろう。いやはや、無限ループは恐ろしい。



 空の旅もいよいよ大詰めだ。目的地のサウザンド国際空港までは、あと1時間のところに来た。

 周囲の山々は夏場だというのに雪が積もっている。外の気温は高度4500メートルで氷点下12度だ。

 カーサスは愛用しているナーワルと呼ばれる拳銃の手入れを、ヴィクトリアは名剣神風と魔法道具の手入れと錬成を行っていた。ウィンディーは目を瞑り、瞑想している。


「なんだって!?」

 突然コクピットから荒れた声が聞こえる。アーサーが無線越しに怒鳴り付けていた。

「どした?」

 カーサスは機器をチェックしているピーターに声を掛けた。どうやらサウザンド国際空港との通信でトラブルが起きているようだ。


「丁度良いところに来たな。空港は非常線を敷いて離着陸がダメらしい」

「それ以外に降りろってことか?」

 しかし表情は未だ険しい。どうやらどこの空港も降りることは出来ないようだ。さらにサザンクロスへの空域を離脱しなければいけないらしい。

 これは今し方、運輸省の会議で決定された内容で国内便を除く全ての航空機はサザンクロスの全空域から離脱せよとのことだ。


「空だけじゃない。陸も海も、政府関係のパスポートが無きゃ取り合ってくれさえしねぇ」

「彼らもナーバスになっているから仕方がない」

 ピーターが珍しく会話に入り込む。昔には見られない光景だったが今ではわりと普通らしい。


「じゃあどうするんだよ」

「山肌スレスレに飛んでくれる?」

 背後からヴィクトリアの声が聞こえる。それはどういう意味か、アーサーは察した。

「分かった、準備しろ」

 高度を下げ始め、眼下に鬱蒼と生い茂る山林が見える。


「ちょい待て。飛び降りるのか?」

「そうだよ」

 身支度を終えた彼女はドアの方へ向かう。カーサスは慌てて準備に取り掛かる。彼がもたついている間に何やら呪文を唱えている。

「それは俺たちが安全に地面へ着地できるようになんか掛けてくれてンのか」


 しかし彼女はクビを横に振るう。この魔法は機体を空気の層で包み込むことでドアを開けても気密された内部が外に吸い出されないようにするためだ。

「これで安心してドアを開けるでしょ」

「俺たちはどうなるんだよ」

「大丈夫。風の加護が付いてるから」


 操縦に集中するアーサーの代わりにピーターが見送りにやってきた。少し寂しそうだ。

 無理もない。久方ぶりに出会えたがものの数時間で別れてしまうからだ。

「また会えますよね」

「信じていれば」

 彼女はそう言ってドアを開けた。眼下には切り立った岩肌が見える。


「おいおい、こんなとこに降りるのかよ」

「大丈夫だから。多分」

「多分つったよな!?」

 驚く彼は息を呑むと一度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。そして決意が固まると大声で叫ぶ。


「んじゃアーサー。行って来るわ。あんがとよ!」

「今度奢れや!」

 その返事に笑みが零れると彼はピーターにも感謝する。そして拳と拳を握り締め抱き合った。

「先に行くよ」

 ヴィクトリアが勢い良く飛び出した。風の影響により瞬く間に機体後方へ流されていく。


「じゃあな」

「お気を付けて」

 カーサスも後へ続いた。彼の目に遠ざかるマートレットの姿が見える。それと同時に地面へ叩きつけられる恐怖を覚える。

「死ぬの……怖い」

 徐々に速度が増して行き岩肌が迫ってくる。不死身の体だが勿論痛みはある。この勢いならば即死出来るかもしれないが、最悪の場合は痛みを感じつつ死に至ることだろう。


「痛いのは嫌だ。助けてくれぇー」

 暴れていると身体が浮き上がる感覚に陥った。まるで空を飛んでいるような感じだ。

「ふぁっ!?」

 飛んでいるような、ではなく飛んでいたのだ。彼は純白の大きな翼と尾が生えたヴィクトリアに抱えられて大空を翔んでいた。


「た、助かったぁー。あ……」

 股間の辺りがなにやら生暖かい。迂闊にも失禁してしまったようだ。

「誰にも言わないから。暴れないで」

 彼女は飛ぶことに必死だった。久々に翼を使って飛行するため感覚を忘れてしまっているようにも思える。

 カーサスは恥ずかしさを全面に出しながらも大人しくじっとしていた。


 暫く飛行を続け平らな丘に着地すると彼女は深呼吸をした。額には汗が滲み息も上がっていた。

「大丈夫か?」

「えっ、何が? 大丈夫だよ」

 そして翼と尾が閃光に包まれると小さな結晶みたくなり弾け飛んだ。煌めくその結晶は冬に起こるダイヤモンドダストのようにも見えた。


「さぁ、これからが大変だよ」

「分かってる。早速ホワイトのとこに行こう」

「あとリリーのところにもね」

 ふたりは下山しサウザンドへと向かう。


 皆様お久し振りでございます。この第18話が公開されている頃には、第2章の最終話まで完成されていることでしょう。書き溜めは偉大なり。


 さて、お待たせして申し訳ありません。後半戦の始まりです。

 果たしてワトソンを救えるのか、彼の運命は如何に!?です。ネタバレを言っておくと第24話で終了です!

 あと6話でどんなストーリーが展開されるのか。お楽しみ下さいませ。


 この度は長らくお待ち下さいましてありがとうございました。これからもよろしくお願いします!!!


By 鬼池海老奈

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