第17話「首相選挙戦」
星歴466年1月8日、アラザンスのオーナーが闇市で数人の奴隷少年を購入したことによってホワイトやカーサスとの間にわだかまりが出来る一方、ヴィクトリアは少年ワトソンと出逢う。
彼は数週間に渡り彼女と親交を深めるが、ある時に行方不明となってしまう。
捜索に出たヴィクトリアとリリーはサザンウルフに囲まれ、撃退はしたものの体長がビル2階建てにも相当するグレートサウザンドウルフと対峙することとなる。だが実は靈獸と呼ばれる動物界の頂点であり、ふたりは互いに助け合い和解するとアラザンスへ戻る。
そこには行方不明となったワトソンがふたりを待っていた。彼はヴィクトリアに抱き付き、そして眠る。
彼は一体どこへ行っていたのか。彼女たちは知らない。しかし、それが明かとなる日が訪れる。
それは選挙戦の1週間前、全立候補総合演説会にあった……。
ワトソンの行方不明事件から早2週間経った2月7日。この日は来る2月14日の首相選挙戦に立候補する8人の演説会が行われる日だった。
会場は3年後に完成予定のサウザンド国立魔法学校の敷地内だ。4党の支持者と無所属の4人の支持者が集まる大規模な演説会は今までに無い盛り上がりを見せている。
天候は晴れ。雲ひとつ無い澄み渡る青い空だ。気温も冬に対し摂氏10度と比較的暖かかった。
応援に熱が入る支持者らの中には半袖や上半身裸になる者まで現れる。
「凄い会場だな」
「ボクたちはホワイトさんを護ることだけを考えよう」
収容人数は主催者発表で50万人だった。それ故、警護が行き届いていない党なども目立つ。
「何かあれば直ぐに言って下さいね」
「分かったよ」
いよいよ開会式だ。現首相の挨拶や選挙管理委員会による選挙や投票時の注意点が説明された他、国旗掲揚、国歌斉唱などが行われる。そして演説の始まりだ。
演説は与党の白人保守党、協和党、野党の黒人党、人民党の順で行われ、その次に無所属のホワイト、クリスチーヌ・ヤング、ポン・ペン、ヨンピョル・パクの順に行う。
最初は白守党所属、アーバン・ゲイによる演説だ。応援団とサクラが盛り上げている。
「我々、白守党は、この国の白人を黒人の手から護ることを約束致します。黒人は敵なのです!」
同党に所属する現首相も拍手とエールを送る姿が見受けられた。一方の黒人やその他の人種からは批判的な意見が飛び交う。
「――以前、私の元にクロガミノ教団という黒人のテログループから脅迫状が届いた。これは我々白人に対する挑戦状とも言える存在だ」
盛り上がりが最高潮となり場内の黒人に対して非難が集中する。さらに暴力や物を投げて怪我をさせていた。しかし警官隊は見て見ぬ振りをしていたのだ。
「――だが我々は絶対に屈したりはしない。何故ならば、黒人は我々白人に勝つことなど出来ないからだ。彼らは人間ではない、奴隷なのだ」
拍手喝采且つ感動で泣き崩れる人、万歳という言葉で祝福する人まで現れカーサスは呟いた。
「キチガイだ。こいつらみんな、キチガイ過ぎる」
続いて与党の協和党所属、ウホンガ・ホモホによる演説が始まる。彼の所属する党の3分の2は白人だ。しかし残りは黒人であるものの白人の考えに賛同する人たちであった。
「私たちは白人保守党と違い、憲法に則って黒人問題や人種差別を取り締まろうと思っております。その為にも、先ずは憲法を改正しなければならないのです」
親身になって聞く支持者の傍らで白守党は大声で野次を飛ばしたり黒人を中傷したりする。
「――白守党は卑劣です。彼らの精根は腐っています。しかし苗を植えかえることで新しく育つのです。今度は根をしっかりと張り巡らせ、国や国民のために努めることを誓います」
首相も渋々拍手を送る。
次は野党の黒人党だが先行の存在もあり非難轟々だった。物は投げつけられ、罵声は浴びせられ、プラカードは掲げられている。
“黒人政治反対”や“黒人に死の罰を”、“酷人”などといった言葉が目立つ。
「許せねぇな、こいつら」
今にも批判する奴らに向かって飛び掛かりそうなカーサスを宥める彼女はあることに気付く。黒人党の人々が慌しく動いていたのだ。
「何か催すのかな」
後にそれが明かとなるまで彼女たちは何も知らない。
黒人党所属、ガービッジ・トレイシーは次のように述べる。
「私が首相に当選した暁には白人から身を守るため、黒人の名誉回復と保護に努めます。今こそ皆平等に話し合い、平和に暮らしましょう」
白人社会に終止符を打つべきだと主張し、演説を続けたが無理矢理終了に追い込まれた。なんでも副首相の差し金らしい。
「汚ねぇなあいつら」
会場が白人と黒人に二分する中で次の党の立候補者が前に出た。
人民党所属、オールドコーチ・シンバルだ。因みに彼らの党の他に貧民党、貴族党がある。このふたつは今回、立候補者がいない。
彼が登壇すると市民からは応援の声が目立つ。立候補者の中で唯一市民目線の党なのだ。
「こんにちは皆さん。本日はお集まり頂きまして誠にありがとうございます――」
皆に挨拶をしている傍らで黒人党の人々が騒めきだしトレイシーを会場の外へ出させようとしていた。白守党は気付いていない。
「ヴィクトリア……」
「分かってる。ボクがテロリストならこの催しでやらないわけはない」
ふたりは周囲を見回した。見当たるのは党員とそれを応援する市民や取材をする新聞社やラジオ放送局、それからワトソンだ。
「ワトソン!?」
彼女は壇上に上がろうとする彼を見て目を疑った。
「あいつ、何やって……」
その時だ。閃光と共に爆炎と爆風が轟く。それと同時にヴィクトリアはホワイトを護るべく魔法障壁を展開する。
爆発は壇上にいたシンバルを木っ端微塵に吹き飛ばし、比較的近くにいた無所属のヨンピョル・パクの上下半身を真っ二つに切り裂いた。そして彼の下半身は協和党のホモホの首に命中し頚椎骨折で即死する。
即座に障壁を展開させたヴィクトリアであったが間に合わず、ホワイトの右腕に切り傷を作らせてしまった。だが彼の傷よりも、なぜワトソンがこんなことをという心の傷の方が深く、カーサスが声を掛けるまで心ここにあらずであった。
「大丈夫か?」
「う、うん」
動揺する彼女にホワイトが声を掛けた。
「今は事態を収拾させることが先決だ。彼のことは一先ず後で話し合おう」
頷き、他党員と協力し負傷者の手当てと誘導などを行う。
この惨事で協和党のホモホと人民党のシンバル、無所属のパク、そして15人の白人男性と3人の白人女性が死亡した。負傷者は160人にも上ったという。その中には無所属のホワイトとクリスチーヌ・ヤングが含まれている。彼女は大腿骨の骨折という重傷を負った。
白人保守党のゲイと黒人党のトレイシー、無所属のポン・ペンは無傷だったが、トレイシーと黒人党員は会場から退避していたため事前に知っていたのではないかと指摘される。これに対してトレイシーが事実だと認め非難が殺到する。
「あくまで時間的余裕が無かったのです。党員を安全なところまで避難させる必要がありましたし……」
彼の言い分は最早言い訳にしか聞こえず、テロに怯えた会場は次に乱闘を招いてしまう。一斉に彼への抗議が谺する。
「それどころじゃないだろ……」
カーサスは呆れて物も言えない中で負傷者の応急処置をこなしていく。ホワイトやヴィクトリアも手当てを行っているとリリーとオーナーがやってきた。
「アタシたちも手伝うよ」
「助かる。そっちを頼みます」
ふたりも手伝いみるみる内に負傷者の手当てを終えていく。だがまだ終わりではなかった。
「きゃあーっ!」
抗議する最前列の集団から大声で叫ぶ女性がいた。さらに阿鼻叫喚として人々が騒ぎ立てていることに手当てをしていたヴィクトリアたちも声のする方を振り向く。
「なんだ、なんだ!?」
そこにはナイフや拳銃、自動小銃、ロケットランチャーなどを持ったテロリストの姿があった。
「我らはクロガミノ教団」
「白人どもに制裁を!」
口々に叫ぶと集団に向けて銃を乱射する。中には黒人もいたが外すようにして白人とその他の人種に対して当てていた。
「ヴィクトリア!」
「カーサスはここでみんなを守って」
彼女は杖を懐から取り出すと地面に向かって振り翳して呪文を唱え、魔法障壁を展開させる。これで彼らに飛び道具は効かない。例え侵入出来たとしてもカーサスが対応してくれる。
「気を付けろよ」
「分かってる」
杖をしまい、剣を抜くと脚に力を入れて大きく跳ぶ。中空を舞いながら弧を描くようにしてテロリストのど真ん中へ着地すると、
「死ぬ覚悟は出来ているんでしょうね」
ご挨拶をした後に彼らの懐へ入り込み凪ぎ払っていく。同士討ちを避けたかった彼らは迂闊に銃で応戦できない。ナイフを手にしようとしてもその前に彼女が腕を切り落としたり、首を撥ねられ絶命したりした。
「ば、化け物め」
錯乱したテロリストのひとりが銃をところ構わず乱射したのを皮切りに、3分の1が同士討ちや跳弾で負傷する。
「怯むな。敵はたったひとり」
リーダー格の男が手榴弾を片手に持ちピンを抜こうと構えていた。視線の先には睨み付ける彼女が立っている。恐怖で彼の足は震えていた。
「どうしたの。抜くの、抜かないの」
剣を一度振り払い、べっとりと付いた赤い血が地面へ飛沫する。そして彼の方へ歩いて行くと彼は指に力を入れる。
「抜かないのか!」
「や、やってやるさ!」
勢い良くピンを抜いた彼は力を込めて彼女の方へ投げようとするも白守党のゲイがいるところに投げ込んだ。幸い力が弱く失速して手前に落ち彼自身が負傷することは無かったが彼は咄嗟に党員を盾にし、その党員に怪我をさせてしまった。これは後日問題になるのであった。
「さて、貴様たちはこれから死ぬか永遠にシャバへ出られないと思え」
リーダー格の男の喉元に剣を突き付けると降伏と武装解除を命じる。気が付けば警官隊が取り囲んでおり、最早抵抗すれば死あるのみだった。
「クソ……」
彼は命令通りに武装解除を下令すると部下も素直に従った。しかし警官隊によって逮捕される前に大声で叫んだ。
「我々のお前たちへの制裁はまだ終わっていない。覚えておくが良い。これからが本当の戦いだ!!!」
その後警官隊と一部の被害者から袋叩きにされるまで彼の咆哮は続いた。
事態は終息に近付いていると確信したホワイトは収拾させるために登壇する。
「皆様、落ち着いて下さるようお願い申し上げます。私はブラック・ホワイトと申します。この度、テロリストによる……」
会場の市民やマスメディアを安心させるべくスピーチを続けている傍ら、ヴィクトリアは遺体の処理に当たっていた。テロリストによって殺害された遺体は酷く損傷しており、如何に怨恨が強いかを思い知らされる。
彼女が最後の遺体を袋に詰め立ち上がった瞬間、乾いた音が場内に響き渡る。女性が叫び声を上げるまで何が起きたか把握できなかった。
「ヴィクトリア!」
カーサスは叫んだ。彼の目の前には胸に穴が開いた彼女の姿があったからだ。
「野郎ッ!」
次に彼は拳銃を抜くと彼女から程近いところに立っていた警官へ銃口を向ける。彼女は警官に撃たれたのだ。
その警官は黒人で、無表情に胸から血を流す彼女を見つめていた。そして二度目の銃声により警官は倒れる。しかし生きていた。
「くっそっ……」
カーサスはわざと急所を外したようである。
直ぐ様別の警官に取り押さえられた黒人警官は未だに無表情だ。終始無言だったが、連行される時にカーサスへ向けて笑みを溢した。彼は悪寒を感じたのであった。
首を思い切り横に振り、地面へ崩れたヴィクトリアに近付き胸を押さえる彼女へ声を掛ける。
「大丈夫かよ、おい!」
「迂闊だった……っ」
まだ安心できる状況ではなかったと後悔する。
「はぁ……はぁ……。ボクは良いから、ホワイトさんを護って……。どうせ、ボクは生き返るから」
拍出に合わせて彼女の胸に開いた穴から赤い血液が体外に流れ出ていることから、銃弾は心臓に命中し背中を突き抜けていったものと考えられる。
「おい……」
彼の手を握っていた彼女の手はだんだん力が無くなってきていた。呼吸も弱まり、意識混沌だ。
「彼女は生き返るんでしょ。だったらホワイトさんを!」
リリーが泣くのを我慢して彼に言う。しかし離れようとしないカーサスにヴィクトリアが最後の力を振り絞って声を出す。
「行って。ボクに構わず、行って」
彼は頷きその場から去っていった。
やがて彼女の心臓は一拍一拍弱まっていき、次第に呼吸も無くなり死に至る。冷たくなった彼女を抱いてリリーは問う。
「本当に生き返るの。ヴィクトリアさん……」
だが返答はない。もう一度問おうとしたが救急隊の隊員によって阻まれた。そして彼女は遺体として安置所に運び込まれてしまう。
リリーはこのことを伝えにカーサスの元へ向かった。
スピーチの最中に再び悲惨な出来事があったにも拘らず、ホワイトの対応は誰よりも的確且つ優れていたことから市民やマスメディアは彼を指示するようになっていた。また、ヴィクトリアとカーサスの行動にも称賛の声が上がり、彼女に至っては英雄の称号が与えられた。
リリーの話によりカーサスはヴィクトリアの遺体をアラザンスへ持っていくよう指示して救急隊はそれに従った。
こうして最悪な演説会を終えたのだった。そして、最終的な立候補者は白人保守党のゲイ、黒人党のトレイシー、無所属のホワイトとペンだけとなる。ヤングは大腿骨骨折の療養に専念するため断念した。
しかしながら現在の支持率はダントツ、ホワイトにあった。次点はペン、トレイシー、ゲイの順である。
もっとも、ゲイは市民だけでなく党員からも見限られてしまい選挙どころではないらしい。党員を盾にして我が身を守る行為に呆れられたようだ。因みに負傷した党員は離党し、ホワイトの応援に回っているらしい。
この事態に現首相は次のコメントを残している。
「今、私が任期を終えて辞職することは多くの反感と課題を残すことになるだろう。しかしホワイトくんのような有能な人材がいれば、必ずこの国は良くなる。私は彼を支持したい」
この発言は新聞の一面に載ったり、大陸を越えて伝えられたりしたのだった。
またホワイトを支えたヴィクトリアとカーサスの記事も書かれており、彼女はサザンクロス共和国に於ける英雄第一号として歴史に刻まれることとなった。尚、カーサスは載っていない。
○
投票日の3日前。
あれほどの惨事があったにも拘らず、ホワイトは前の2倍、いや3倍の仕事をこなしていた。そのためカーサスは未だに目を覚まさないヴィクトリアを気に掛ける余裕がなかった。代わりにリリーが仕事の合間に看てくれていた。
「あれから4日経つのに、まだ起きない」
毎日彼女はヴィクトリアの傷の具合を見ていた。カーサスの話によれば傷は直ぐに塞がるという。
事件から1日ほど経って傷は塞がったものの心臓が動きだすことはなかった。そして毎日、確かめることは心臓が動いているかどうかだ。もしかしたら眠っているだけかもしれないと思っていたからだった。
「ヴィクトリアさん……」
胸に耳を当てる。しかし心臓が動くどころか未だに体温は冷たく氷のようだった。
「まだ……起きないの」
涙を流したその時だ。
「っ……カハッ……ゲホッ」
激しく嗚咽するヴィクトリアにリリーの心臓が逆に高鳴った。それと同時に喜びのあまり抱き付いてしまう。しかし彼女にとってそれどころではない。
「はぁ……はぁ……」
体の3分の2もの血液が体外に流出してしまい、血を作るのに時間を要したらしい。息は吹き返したものの血液は依然足りず、頻脈と不整脈を繰り返していた。
「180……くらいかな」
常に彼女の心拍数は180拍で動き苦しい様子だ。何かできることはないかとリリーは考えたが思い付かなかった。
「頑張って……」
ただただ声を掛けるだけしか出来ない自分に腹を立てる。しかし事実、彼女は何も出来ない。現実を受け止め、耐えるしかなかった。
夜遅くになってホワイトとカーサスが戻り、ヴィクトリアの蘇生を聞いて歓喜する。その頃になると彼女は落ち着きを取り戻していた。
「少し苦しいけど大丈夫。ありがとう、リリー」
「ヴィクトリアさん!」
彼女は抱き付いて、涙を流す。再び話すことが出来て嬉しかったようだ。
しかしヴィクトリアは悲しかった。何故ならワトソンがここにいないからだ。
「彼のその後は、誰か分かる?」
その問いにはカーサスが答えた。これは事件の3日後、つまり昨夜纏められた報告書に基づくものだ。
ワトソンが持っていたとされる爆弾は時限装置付きの物だったという。彼は先日テロリストに捕まった際、一時的に洗脳若しくはそれに近い状態となり、当日に術を発動されて犯行に及んだと結論づけられた。不可解な点や納得の行かない点が多数見られたが警察本部は彼の行為は重罪であるとして全ての責任を押し付けたのだ。もっとも、彼はこの世におらず、全責任はリーダー格の男へと向けられるわけだが。
「あの子がまさか……」
未だに信じられないヴィクトリアは真相を突き止めたかった。しかし先日の惨事で彼女は死亡扱いとなり表舞台に立つことが出来なくなってしまった。
「これからどうするの」
心配するリリーだったが彼女の心は既に決まっていた。
「ちょっとここを離れよう」
「本気か?」
「うん。少しの間だけだけどちょっと離れて英気を養いたいかな」
弱々しく話す彼女に彼は頷きを見せるだけだった。
半日が経ち、彼女は体を動かせるくらいにまで回復した。直ぐに発つらしく身仕度を始める。カーサスはホワイトの投票と開票日まで彼の護衛を務めるために残った。
「本当に行くのか?」
リリーの問いに頷く。少しの間とはどれくらいの間なのか訊ねるが分からないと答えるヴィクトリアに彼女は、
「また会えるよな」
抱き付いて別れを惜しむ。もう二度と会えなくなるのではないか、そう思ったからである。
「大丈夫、いつか会えるよ」
彼女はそう言い残し、フードを深く被りアラザンスの裏口から逃げるようにして街の中に消えていった。見えなくなるまで見送ったリリーはその後、ワトソンとヴィクトリア、カーサスやホワイトと撮った写真を眺めて微笑んだ。
○
ヴィクトリアが去り数日経ったサウザンドでは、いよいよ選挙当日がやってきた。
サザンクロスの凡そ1億5000万人もの有権者が、本日の早朝12時から夜の40時までの間に各所で投票を行う。開票は日付が変わる1時間前の深夜47時に行うそうだ。そして翌朝の24時に結果が公表される。
すべきことは全てやった。それは皆思っている。あとは市民を信じるのみだった。
アラザンスのオーナーは臨時休業を使い、リリーを含む店員と共に投票が出来る市民会館へて向かった。彼女はホワイトに投票するのだがオーナーはどうするのか気になった。何故なら奴隷問題があったからだ。
彼はホワイトに内緒で奴隷を闇市で購入した。最終的に気付かれてしまったが法律上は何も問題は無いと抗議し見逃してもらっていたのだ。しかしそれ以降、関係は悪化していた。
「どこに投票したんです?」
帰宅途中、彼女は思い切って訊ねてみた。すると意外な言葉が返ってくる。
「もちろんホワイトさんだよ。彼は立派な首相になれるし常連さんだからな」
そしてぎこちない関係だったのではないか質問すると笑い返された。
「それも今日で終わりさ」
彼はアラザンスへ帰ってくるなり、留守番をしていた奴隷たちに向かって叫んだ。
「今日からお前たちは俺の養子だ!」
リリーは驚いた。9人の奴隷少年たちを息子にすると言い出したからだ。
「そしてお前はおかん役な!」
グッドサインを送ると彼女は叫ぶ。衝撃的だったからだ。
「はっはっはっ。せめてあいつの分だけでも、楽しんで生きて貰わにゃ……」
カウンター横に飾る写真立てを見つめるオーナー。それを寂しげに見守るリリーがいた。
選挙は無事に終わり、委員会による集計が始まった。これから夜通しで行われ、明日の正午に公表される。
ホワイトとカーサスがアラザンスへ戻ると打ち上げの準備が整っていた。彼の当選を願う祝賀会だ。
その夜は無礼講で朝までどんちゃん騒ぎだった。高級レストランがまるで居酒屋のようになっていたのだ。
ホワイトはオーナーと飲み明かした。奴隷を養子として育てることを聞いた彼はとても喜んだ。そして、自然とわだかまりが無くなっていき和気藹々と語り始める。
リリーは調理で忙しかった。しかしカーサスが話し相手となりつまらなくなることはなかった。
すると店の奥の裏口が音を立てて勝手に開く。それに気付いた店員が近付きノブに手を掛けようとするとドアが閉まる。さらに不思議なことに冷たい風が店内を巡る。
「ひゃっ!?」
突然リリーがすっとんきょうな声を出してフライパンを床に落としてしまった。彼女の視線の先には黒色のローブを身に纏い、フードを深々と被った子供が立っている。
「ど、どこから!?」
フードを捲ると蒼色のショートヘアーに翠色の瞳、無口そうな口元が顕になった。ドキドキしながらリリーは子供を見つめる。
「来ちゃった」
突然の第一声に怖気付く彼女はカーサスに助けを求める。リリーは怖いもの、特に心霊現象が大の苦手なのだ。
「ネクロスじゃん」
「ネ……ネクロ……ス?」
呆気に取られる彼女を余所に彼はホワイトを呼び付ける。彼もまた笑顔で出迎えた。
「あの、この子供は一体……」
「怖がらせてごめん、リリー。私はヴィクトリアだよ。今は仮の姿のネクロス・ギザーロフっていうんだ」
この後彼女たちは口論となり次第に打ち解けていったのだった。
○
翌日の正午、遂に選挙の結果が公表される。結果はホワイトの圧勝だった。見事に当選した彼は、その日の内に首相の引き継ぎを受け名実共にサザンクロス共和国の首相となったのだ。
彼の願いが叶ったことによりカーサスは自動的に護衛の職を外されフリーとなった。そしてネクロスとなったヴィクトリアと去る日が来た。
「またさよならですね」
「さよならは言わないぞ。また会えたんだ。次も会うぞ!」
「はい!」
皆に別れを告げるとふたりはアラザンスを後にした。次はどんな旅になるのだろうか……。
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アラザンスやサウザンドから離れた冬山の奥深く。冷たく閉ざされた鉱山の跡地にそれはあった。
入口は小さな洞穴。太く尖った氷柱が見受けられ、隅にはミイラと化した人間の死体が横たわる。
その洞穴を進んでいくと男の声が聞こえる。それも激しく声を荒げていた。さらに鞭のようなもの、鈍器のようなものが反響音として洞穴内を谺する。
中は暗く奥へ進むにつれて空洞が広がっている。そして昼間のように明るい空間が現れた。
そこにはひとりの大柄な黒人の男と数十人にも及ぶ黒人の少年少女たち、そして数人の大人たちが小銃を片手に彼らを囲んでいた。
「お前たちは選ばれし戦士であり、幹部候補生なのだ」
リーダー格の男が叫ぶ。少年たちは机に並べられた拳銃を解体しては組み立て、解体しては組み立てるといった反復作業を永遠に行っている。
「私はお前たちが育っていくことに感動している。だから期待を裏切るような真似をしてはいかん」
腰のホルスターに入っていた年代物のリボルバー式の拳銃を手に取るとリボルバーを回す。
「さぁ今日もお祈りを捧げよう。我がクロガミノ教団に」
すると作業していた手を止めてひとりの少年が立ち上がる。
「さぁワトソンくん……」
彼の名は、ハンマー・ワトソン。先の演説会で爆弾テロを起こしたとされる少年だ。
彼は生きていたのだ。あの爆発は教団の幹部が魔法で起こし、巻き込まれる前に彼を転移魔法で助けた。そして容疑者として死者として、彼をこの檻から逃がさないようにするためだったのである。
ここまでご閲覧頂き、ありがとうございました。
次週、8月15日はお休みとさせて頂きます。次回の更新は8月22日を予定しています。




