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The ARK  作者: にゃらふぃ
第2章 囚われの英雄
42/101

第16話「出逢い2」

 星歴466年1月1日、サザンクロス共和国は首都サウザンド。

 ここにヴィクトリアとカーサスが辿り着いた。

 ふたりは空腹を満たすべく高級レストランのアラザンスへ入店する。

 そこで出会ったミネストローネはかつて彼女たちと戦い、友となったミレイの子孫が作っていたものだった。そして、アークファミリアの従家、ホワイトとも出会う。

 テロリストを撃退した一行は料理長リリーと交流し、友情を深める。また、ホワイトは首都に立候補すべくふたりの協力で選挙に立ち向かうのだった……。

 リリーと出会い、ホワイトの選挙活動の護衛を務めること1週間。彼は、特に問題もなく有権者の挨拶回りや街頭演説をする日々が続いていた。

 テロリストの活動はあの一件で終止符を打ったのか。はたまた準備期間か、未だ余談を許さぬ状況だ。


 正午過ぎになると地元の自治会にいたホワイトへあの日の警部が現れた。彼は茶封筒を渡すと直ぐに帰ってしまう。

 中身を開け、書類に目を通すとヴィクトリアとカーサスを呼んだ。書類を渡し熟読するように言う。

「これは……」

「あいつら、ただもんじゃなかったか」

 それは先日のテロリストに関しての報告書と警告文だった。

「聴取によるとテロリストは『クロガミノ教団』とやらを名乗り、ノガミ首相の仇討ちとして白人を中心に報復活動を行っている……だって」

 アザランスは高級レストランで多くの白人が集まる店。しかも、その多くが政界関係者や富豪だ。標的にされるのも頷ける。

「ホワイトさん、あなたも気を付けて下さいね」

「こいつは死なないからヘーキなんじゃね」

「不死身だってバレたら居られなくなるよ」

 彼は頷いた。そうならないためにもヴィクトリアたちが身を挺して護らねばならないということある。


 自治会では子どもやその保護者を対象とした演説会が開かれ、2党とホワイトが演説を行う。

 初めは白人保守党だ。次に黒人党で、最後が無所属の彼になる。

 白人保守党はサクラまで用意して、場内の注目を自分たちに向けさせる。そこから政策や黒人の凶暴さを訴え、白守(はくしゅ)党が如何に素晴らしく誰もが理想の党だと思い込ませる働きをしていた。

 演説が終わり黒人党が壇上に上がるやいなやブーイングがもちろん、母親がわが子の耳に手を当てて聴かせないようにしていた。

「酷いな」

 こういった演説は今日に限ったわけでない。毎度、どこの会場でも繰り広げられているのだ。一番勢力の強い白守党ならではの手法だ。


 毎度のことながらもカーサスは怒りを覚える。彼は黒人ではないが差別や暴力を孤児院時代、それは毎日起きていた。数百年経った今も、その痛みは忘れられない。

「この国に平等の日は来るのかね」

 黒人党の演説が気付くと終わっておりホワイトは壇上に上がっていた。白守党員は彼を見続けている。

 マイクの電源が入っているか確認すると自己紹介をした(のち)、当選したら何をやりたいか何をしていくか政策の話を始める。

「私はね、この国が誰でも平等にあってほしいと思っとります。ですから、第一に奴隷制度の撤廃、第二に黒人差別の禁止を行いたいと、そう考えています」

 白守党員はいい顔をしない。それは彼女たちの近くにいた彼らの反応で分かった。

 舌打ちや呟き程度の抗議が聞こえていたからだ。

 これも今日だけの話ではない。毎日演説をしていればよく耳にする。白人主義ではなく平等主義なのだから。


 ホワイトの政策に賛同する有権者は限られている。黒人かある立場に白人だけだ。

 ある立場、即ち平等の考えを持った白人だ。彼らは白守党から目を付けられたり、同じ有権者から虐めや誹謗中傷を受けている。

 彼らの投票数だけでは当選は不可能だ。だから毎日、演説会に参加してひとりでも多くの有権者を確保しようと努めているというわけだ。


 演説会が終わり待合室では白守党員が立候補のゲイに労いの言葉を掛ける一方、黒人党の立候補者、ガービッジ・トレイシーは数人の党員に護られながら会場を後にする。

 去り際にゲイが心無い言葉を贈った。

「今回は誰か賛同できる有権者さんを確保できたかね。まぁ黒人にそんな権利は無いがね」

 党員らも嘲笑うように彼らを見送った。しかしホワイトやヴィクトリアたちは違う。

 彼らが去った後、白守党に対して言い放つ。

「君たちのような人間がいる限り、テロリストのような人間もいなくならない。考えを改めないと痛い目見るぞ」

 これに対しゲイは失笑する。そして彼の眼前に立つと見下すように言い放った。

「俺は殺しもしねぇし、殺されもしねぇ。ただ黒人が勝手に死んでいくことを喜ぶだけだ」

 さらに唾を彼の靴に引っ掛けると党員を連れて会場を後にした。

 ヴィクトリアの心臓は少し高鳴っている。一触即発の危機だったからだ。

 ふたりいつでも護れるよう武器に手を掛けていた。だが回避されて溜め息を吐く。

「あまり無理な行為はしないで下さいよ」

「いや、俺はすかっとしたぜ。後は7、8発くらいぶちカマして欲しかったけどな」

 取り敢えずカーサスの賛同は得られたというわけだ。

 彼らも会場を去り、アラザンスへ昼食を食べに向かった。



 アラザンスは大賑わいを見せていた。つい最近ふたりの活躍で知名度を上げた高級レストランだからだ。会員数は増え、1日の集客数もうなぎ登りだった。

「大人3人ね」

「永久会員様ですね、ただいまお席をお開けします」

 終日満員御礼で席の予約は1ヶ月先まで埋まっている様子だった。流石に永久会員で権力があると言えど申し訳ない気持ちもあったため、ひとつお願いをする。

 暫くして受付担当者がやってくると2階の座席へ案内した。

 彼らが座ると1階の受付では罵声が飛んでいた。聞き覚えのある声だ。

「わざわざ私が来てやったんだ。予約もしたし、早く座らせろよ」

 白人保守党のゲイとその一行だ。

 先ほどの願いとは彼らの予約を取り消して空いた座席を用意するというものだ。悪いとはほんの少し思ったが権利を施行したまでのこと。高みの見物というわけだ。

「訴えてやるからな。覚えておけよ。必ず潰してやる」

 捨て台詞を吐くと党員らを連れて去っていった。

 彼らはクスクスと笑い注文をする。

 暫く待っているとカーサスが衝撃の光景を目の当たりにする。それは黒人子供、それも8つか9つくらいの少年が働いていたのだ。

 しかもひとりだけではない。見た限り5人ほど雇っている様子だ。

 ウェイターに彼らは何をしているのか訊ねると頭を下げてきた。

「いやぁ、これもあなた方のお陰です。店は繁盛し、人手が足りなかったためこの度、奴隷を購入しました」

 カーサスは怒り狂った。よりによって奴隷を買うなど言語道断だ。

「私目に言われましても主人の考えですので」

 当の主人は今買い付けに出ており不在だった。

 彼は不機嫌になり食事を取ることなく去ってしまった。ホワイトも態度を変え、閉店後に来ると伝え店を後にする。

 残ったヴィクトリアは仕方なく注文してしまった3人分の料理を食べることにした。量はそれほど多くなく、代わりに料理が高く付く。

 支払いはツケや小切手が使えず、現金だったため手持ちの金貨で払った。

「ありがとうございました。またのご利用を心からお待ち申し上げます」


 店を出て、財布の残りを確かめると明らかに少なくなっていることに彼女は溜め息を吐いた。

「毎日100アークドルは貰えているけれど、そろそろ武器の手入れとかでお金が掛かるからなぁ」

 どうしたものかと当てもなく歩いていると酒場を見掛けた。そこではクエストも受けているそうで彼女は小遣い稼ぎに挑戦しようと中へ入っていった。

 奥の壁にはクエストの依頼書がいくとも貼ってあり、報酬が高く1日で終わる条件の物を捜し出すと受付に持っていく。ここでもやはり、前みたく彼女には無理だとか言われたが気にせず受注した。

 そして刻は過ぎ、辺りが暗く夜も更けた頃に閉店したアラザンスへホワイトとカーサスがやってきた。既にヴィクトリアがいることに安心した。

 食事後に帰って来なかったため心配していたのだ。だが様子がおかしい。ぐったりしていたのだ。

「何かあったのか!?」

「ちょ、ちょと……ね」

 呼吸は乱れ、時々咳き込んで見るからに顔色が悪い。

 看病していたリリーの話によると閉店間際に押し掛けてくるなり応接間のソファーで気絶していたようだ。事情を訊ねても濁されるだけで答えようとはしなかった。


「ヴィクトリア、何があったんだ」

 彼の問いにも答えなかったが衣服を調べた結果、金貨の入った新しい袋を見て見破った。

「さてはクエストをやって毒とかに当たったんだろ」

「ち、違……わないけど」

 彼女は近郊で目撃されていたビッグマイクという巨大な動物の討伐を受注していた。マイクは有毒なガスを噴射して相手を死に至らせる。因みに致死率は100パーセントである。

 不死身の彼女は一度死んでしまうが直ぐに生き返った。しかし毒素が体内に入り込み数日間は気分が悪くなり続けるらしい。

「無理すんなよな」

「ご、ごめん」

 取り敢えず寝させておくように言ってカーサスは本題へ入る。彼らの目的は別にあるからだ。


 店主が店の奥からやってくるとカーサスが声を荒げる。

「奴隷を雇うなんて最低だぞ。人間以下だ。クズ以下だ。うんこだ!」

 ホワイトも断固として反対したが現行法で奴隷の売買を禁ずるものは存在せず主人はふたりに謝るだけでおわる。

「あんた方には感謝してる。けど安く上がるには正規の人を雇うより奴隷が一番なんだ。目を瞑ってくれ」

 罰することも出来ずどうすることも出来ない。法の前では無力な人間なのであった。

「だからって許されない。これは人としてだ」

 カーサスは呟いた。ホワイトも賛同する。

 彼は政策に奴隷制度の撤廃を第一に掲げている。今回の一悶着で早期実現を心に決めたのだった。

 彼らが言い合っている傍らで残業をするひとりの黒人少年がいた。彼はヴィクトリアに近付くと額のタオルを冷たいものに取り替えてくれた。

「ありがとう。君の名前は?」

「僕は奴隷番号1732-0508です」

「それが君の名前?」

「昔は、ハンマー・ワトソンって呼ばれていました」

 ヴィクトリアは彼を数字でなくワトソンと呼ぶことに決める。彼は久し振りに名前で呼ばれたことを嬉しい思い微笑んだのだが、

「――そっちが終わったら皿洗いも頼む」

 店主の命令口調に笑みが消え、彼はお辞儀をしてヴィクトリアの前から立ち去った。


「奴隷……か」

 天井を見上げて呟いているとリリーが冷たい水を持ってきてくれた。さらに上体を起こすのに手を貸してくれる。

「ありがとう」

「良いってことよ。親友だろ」

 グラス一杯の水を飲み干す。喉がカラカラだった。

「高級レストランのお水は格別だね」

「ただの水道水だけどな」

「そ、そうなんだ……」

 互いに気まずい雰囲気となるも最初に切り出したのはリリーだ。

 彼女は何故か謝っていた。水のことかと思いきや違った。奴隷のことだ。

「ボクは全然気にしてないよ。奴隷は文化圏でそれぞれ異なるからね」

 意外な発言だった。一番気にしていると思っていたからだ。彼女にとって奴隷問題よりも独裁政治の方に関心があるらしい。

「あなたが気にならないからといって奴隷が良いってわけじゃないことくらい分かる。でもオーナーは重々承知なんだ」

 彼女は彼が奴隷を購入したことについて申し訳ない気持ちはある一方で彼のことも理解してほしいと語る。

 彼は奴隷を奴隷として扱っているのではなく、ひとりの人間、それも仕事人として育てているのだ。確かに見返りとしての賃金は安いが、衣食住は全て面倒を見ている。家畜同然として扱う奴隷業者とは全く違う、そう彼女は訴えた。

「――それに、もしもホワイトさんが当選したら養子縁組にするって言ってたよ」

「本当? それは良かったじゃない」

 今現在、当選は不確実だが今後の動向に注目したい。最も、ヴィクトリアとリリーは当確を信じていた。

 店主とカーサス、ホワイトの間でわだかまりが出来てしまったまま、本日は解散することとなった。ヴィクトリアも彼らに肩を貸されてホワイトの邸宅へ帰る。

 道中で彼女はふたりに主人が奴隷に対する関心と今後の予定を話した。彼らは主人を評価はしたが奴隷自体の購入を強く批判する。

 この問題が解決するまで暫く時間が掛かりそうだ。



 奴隷問題も去ることながら、ヴィクトリアは新たに知り合ったワトソンという黒人の少年と毎日のように顔を会わせてはお喋りをする日々が続いた。彼もまた唯一外の世界を知ることが出来るために毎日が楽しくなっていた。

 出会ってから2週間ほどが経ち、ホワイトの選挙活動が忙しくなるに連れてヴィクトリアと話す機会が少なくなっていった。無論、彼女は忘れていたわけではない。時間を作ろうにもテロリストからの脅迫文が連日送られてくる始末だった。

 まだ幼い彼にとって、二度と話せなくなるのではないかと思ったワトソンはアラザンスを抜け出すと夕焼けの中でひとり、彼女のいるホワイト邸へ向かった。彼の目の前で何度か道順を言っていたのだ。

 ただそれは彼に対してではない。リリーやオーナーに対してだ。何か緊急を要するもので電話や電報による通信が出来ない場合、邸宅へ来るよう教えていた。

 ワトソンは購入された奴隷の中では比較的覚えが良かった。また好奇心旺盛な子供で彼女に会いたい気持ちがたったひとりで冒険させるに至ったのだ。


 そうとも知らないヴィクトリアは夜間警備のためホワイト邸、ではなくそこから30キロほど離れた教会にいた。ホワイトの演説のためだ。

 孤児や元奴隷で身寄りのない子供を対象とした慈善団体が運営するところだった。彼らは家族のように接している。

 警備に当たるカーサスは懐かしい気持ちに浸っていた。彼も昔は、このような施設で育ったのだ。

「盗聴、爆発物、スパイ、テロリストはいないようだな」

 確認作業を終えてからホワイトの演説が始まる。


 彼らが教会にいるとき、ワトソンは心臓をドキドキさせながら大都市サウザンドの街中を歩いていた。夜でもぶつかり合うほどの人で賑わっている。

 少し落ち着いた道を歩きたかった彼は路地から裏道に入ったところで突然何者かに捕まってしまった。さらに耳元では騒ぐと殺害することを囁かれ彼は抵抗することも出来ず袋に入れてられてしまう。

 この一連のことを知らずにヴィクトリアたちはリリーから彼が失踪したことを知らされるまで知る由も無かった。そしてワトソンは一体どうなってしまうのだろうか。


 演説会が終わり深夜、邸宅に帰宅した彼らは門扉の前で顔色を悪くするリリーが立っていることに気付いた。中へ案内させ、そこで初めてワトソンが失踪した事実を知る。

「なんで止めなかったんだ?」

「気付いたら勝手に居なくなってたんだ」

 状況は芳しくなかった。

 奴隷制度が撤廃されていないこの国のしかも大都市で行方不明となれば、既に捕まってしまい使えるようならば売買され、使えなければ殺害されて臓器を売り払われる。何れにせよ、バッドエンドしか待ち受けてはいない。

「奴隷タグは?」

「首元に拘束具が嵌めてある」

「魔法道具?」

「いや、普通の拘束具でシリアルナンバーが書いてあるだけだ」

 もしも魔法道具による拘束具ならば魔動エネルギーを追跡できるのだが、一般的な拘束具だったようでそれは不可能と分かった。さらに悪いことがあり、闇市で買った奴隷のために役所へ申告していないらしく存在しない物となっている。

 つまりどういうことかというと、買った奴隷はシリアルナンバーで誰の物か判別できるがそれは役所で手続きを踏んだ物だけであって闇市で購入した物は向こうとなる。従ってシリアルナンバーを付けていても奴隷個人の判別は出来るが誰の物かの判別は出来ない。故に改竄、または転売が有効だということだ。


「マズいね。しかもホワイトさんが贔屓にしてる店でこれじゃあ、評判が落ちちゃう」

「なんとかしないとな」

 彼女はリリーにワトソンを証明できるものが無いか訊ねる。生憎持ち合わせていなかったが店に戻れば着ていた服があるといってふたりはアラザンスへ向かった。カーサスはホワイトの警備のため邸宅に残る。

 店に着いた彼女たちはワトソンの服を見付けるとヴィクトリアが道中で拾ったただの木の棒に擦り付けている。

「何やってんの?」

「彼の生気を擦り付けたステッキを倒して、その倒れたステッキの方向を探す」

「的中率は?」

「50パーセントくらい……かな」

 この数値は本人の生気が強ければ強いほど上昇するものらしい。

「出来た……お伺いステッキー!」

 高らかに掲げるとそれを地面へ真っ直ぐに立て手を離す。ステッキは北北西に倒れ、ふたりはその方角へと進んだ。


 暫く歩いてお伺いステッキを倒すと今度は北西へと進路を変えていた。自分たちが行き過ぎたか対象が動いているという。

 北西へと歩み出す。辺りはすっかり森と闇に包まれ枯れた木々の間から差す月の明かりとランタンの灯りだけが便りだった。

 暗闇の中でリリーの心臓はバクバクと暴れ回っていた。ヴィクトリアはそうでもないが、何やら殺気を感じていた。

「気を付けて、何かいる……」

 恐怖で怯えるリリーは彼女の衣服をがっしりと掴んで放さない。身動きが制限されている中、殺気の正体が暴かれる。

「サザンウルフの群れだ!」

 彼女たちは肉食且つ凶暴なオオカミに囲まれていた。

「料理するのは良いけど、料理されンのイヤだぞ!」

 あまりの大群にリリーは腰を抜かして動けなくなってしまう。ヴィクトリアは彼女を魔法陣の中へ入れると動かないよう伝える。しかし彼女は当に動けない。

 右手で剣を抜きながら、もう片方の手で右目に付けていた眼帯を取る。暗闇で光る彼女の橙色の右目にオオカミは威嚇する。

「来るなら来い」


 声を荒げた途端、一斉に畳み仕掛けて来る敵を交わしながら致命打を与えていく。さらに魔法陣の中にいる彼女を襲おうとしたオオカミらは陣の護衛魔法によってこんがりジューシーな丸焼きになっていた。

 たじろぐ敵は唸り声を上げながら身を退いた。これで終わりだと思っていたがそうではなかった。

 暫くすると体長はビルの2階建てに相当するほどの巨大なオオカミがふたりの目前に現れる。

「こいつはなんだ!?」

「グレートサウザンドウルフよ」

 化け物クラスの大物にヴィクトリアの心臓も高鳴った。久しぶりの巨大な相手だからだ。この間のビッグマイクはこの半分以下の大きさだった。

「こ、こ、こんなの倒せるの?」

「やらなきゃ死ぬ」

 逃げれば良いと思ったリリーは退路を見つめると既にオオカミらが行く手を阻んでいた。頭の良い奴らだ。

「絶対にそこから動かないでね」

「う、うん。けどあなた……殺されるぞ」

「ボクは不死身だから」

 それを皮きりに彼女の方から敵の間合いへ飛び込んでいく。敵もまた慌てることなく彼女の動きを鋭い目付きで追う。

「隙が殆ど見当たらない」

 一度距離を置こうと後退した隙に背後で陣取っていた2匹のサザンウルフが彼女の両腕に噛み付いた。そしてグレートサウザンドウルフは突撃するや彼女の頭を食い千切ろうと口を開く。

「させない!」

 力付くでオオカミを引き離すと巨大オオカミの足元を前転して潜り抜ける。そして右の後ろ足を剣で斬るが図太い骨に引っ掛かり抜けなくなってしまった。


「しまった……」

 気が付いた時には遅く彼女は吹き飛ばされていた。そして右腕を食い千切られ体は地面を二転三転して止まる。

「くっ……」

 夥しい血液が地面を赤く染める。

「久々の激痛……だけどこれで死ぬアークファミリアはいないよ」

 左手を巨大オオカミへ翳し無詠唱呪文で応戦する。

四龍風滅(しりゅうふうめつ)

 すると4つの竜巻が巨大オオカミの周りに現れる。そして龍のようにうねり、ドリルのようにオオカミの体を突き抜ける。さらに首元に回り込む竜巻が次第に狭まると巨獣は断末魔のような声を上げながら首を切断された。

 この攻撃に恐れを為したオオカミたちは悲鳴を上げて森の奥深くへ逃げ帰っていった。

「ふぅ……」

 それと同時にヴィクトリアは地面へ倒れ込むと殆ど虫の息だ。慌ててリリーが駆け寄り応急処置を施そうにも手遅れだった。


「大丈夫、ボクは大丈夫だから」

 鮮血が衣服や剣にこびり付き、リリーまでもが血染めになってしまう。

 暫くヴィクトリアは失った右腕の患部を押さえて休んでいると何かが動く気配を感じ取る。

「まだ生きて……」

 後ろを振り替えると目や鼻、口元から血を流した巨獣の頭部がこちらを凝視していた。

「ヒィッ!?」

 リリーが悲鳴を上げてガタガタ震えだす。まさに化け物だ。

「我輩を手に掛けた奴はお前だけだ」

 どこからともなく声が聞こえる。それは巨獣からだった。

「ヒィッ、喋ったぁぁぁ!?」

靈獸(れいじゅう)か」

 永年良き続けた獣のことを靈獸という。猫が数十年生きると猫又になるということと同じ形だ。


「貴様、名は何という」

「ヴィクトリア、ヴィクトリア・ギャラクシー」

 すると巨獣は唸り、

「聞いたことのある名だ。確か……」

 目を見開き彼女が何者であるかを悟った。

「アークファミリア……か」

「そうだよ。あなたはボクを倒した。誇るべきだよ」

「ふっ、我輩は負けた。靈獸となりどの動物よりも最強と謳っていた我輩がな。しかし……アークファミリアと闘えたことは我が生涯に一片の悔い無しだ」

 巨獣は静かに目を瞑るとそのまま喋らなくなってしまった。

「し、死んだの?」

 リリーは怯えながら彼女に訊ねる。するとヴィクトリアはふらふらになりながらも立ち上がった。

「靈獸は……いなくてはならない存在。彼がいなければこの国の発展は期待できない」

 何を言っているのか分からなかった。

 彼女は巨獣の頭部の周りに陣を描く。そうして呪文を詠唱する。

 まばゆい光が辺りを照らし続けること数時間、彼女は気絶しその場で動かなくなってしまった。

 リリーもまた返り血が寒空の冷たい空気に触れて凍えるような寒さが襲う。そしてヴィクトリアを抱きその場で気絶する。



 朝日が昇り、リリーの顔にも光が差し込むと眩しさのあまり目を開く。そこには信じられない光景が広がっていた。

 彼女たちの周りにはオオカミの群れが集まっていたのだ。さらにヴィクトリアの右腕が再生しており、巨獣の頭部は胴体に繋がっていた。

「うっ……あ、リリー。おはよう」

「おはよーじゃない!」

 今の状況を正確に訊ねたかったが巨獣とオオカミたちが目を覚まして悲鳴を上げる。

「大丈夫、彼らがボクたちを救ってくれたんだ」

 寒さを凌ぐために身を寄席合い暖めてくれていたのだ。

 何故敵だったのが、という疑問の答えはヴィクトリアが巨獣にしたあることが原因だ。彼女は彼を助けたのだった。そのお礼としてふたりを寒さから救ってくれたのだ。

「我輩は死に損ないの老いぼれ。何故救けたのか、問いたい」

「靈獸は動物界の頂点。あらゆる動物を率いて助ける役目がある。それは食物連鎖を守ることにも繋がる。この国にあるべき存在だから、かな」

 その言葉に感謝する靈獸。そしてオオカミも雄叫びを上げて感謝した。

「我輩はビャクと呼ばれている。そう呼ぶと良い。お主たちには恩がある。何れ返そう」

 そうして彼らと別れて山を降り、一度アラザンスへ戻った。するとカーサス、ホワイト以外にワトソンの姿があった。

「どこ行ってたの!」

「心配してたんだぞ」

 彼は何も話そうとはしなかったヴィクトリアを見て泣き声を上げて抱き付いた。そして疲れたのか彼はその場で死んだように眠る。

 カーサスの話では深夜にホワイト邸へひとりでやってきたらしい。外傷もなく迷子になっただけだと思ったようだ。

 何はともあれ安心した皆であった。しかしこれはほんの序章に過ぎないのである。

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