第14話「弔い、そして」
魔法省長官、ベネディクトとの熾烈な戦いは終わった。皆は傷付き、戦友を失い、また新たな一歩を踏み始めるのだった。
マジックマテリアルのリーダー、ハーヴィーは新魔法省の長官に任命され、星帝ウェーンライトとともに記者会見で新制度、魔法等級制度を発表し関心を高めた。
一方でヴィクトリアは彼の新しい門出に祝福する中、戦死者リストにトメの本名が記載され驚嘆する。
トメ・ベルメース、彼女はサキやガイの子孫だったのだ……。
「はぁはぁはぁ……」
カーサスが慌ててヴィクトリアたちのいる病室に駆け込んできた。勢い良くドアを開けたので近くにいたハーヴィーが吹き飛ばされてしまう。
「おっ、悪い悪い」
「気を付けなさいよ」
キャルロットの注意も聞かずに彼はヴィクトリアの病床へ一直線だ。そして彼女のベッドの上に置かれていた書類を手に取るとトメという人物がベルメースだったことを知る。
「ごめん、気が付かなかったんだ。ボクは……ボクは……」
悔しく今にも泣きだしてしまいそうな彼女にカーサスは優しく声を掛ける。
「お前のせいじゃねぇよ。あいつらのせいだ」
「でも、サキさんの大切な子孫をボクは……守れなかった」
「サキさんて誰?」
後ろの方でキャルロットはアリスに訊ねている。当然彼女も知らず首を傾げる。
「ヴィクトリア、お前は仇を取った。それで彼女も喜ぶだろう」
黙ってしまう彼女に皆は掛ける言葉もない。しかしカーサスはある名案を思い付いた。
「じゃあ、せめて彼女を故郷に還そう」
「故郷に?」
「無論、彼女の両親に伝える勇気も必要だが」
「あるさ。命を懸けて戦ったトメさんだもの。ボクが言わないで誰が言うの!」
「決まり!」
ふたりは頷くと彼は一番に部屋を去る。そしてヴィクトリアはよろよろになりながらも慌てて駆け寄ったキャルロットに支えられながら、
「ハーヴィーさん、ボクはトメさんを故郷に還してきます」
彼にそう伝える。彼もまた行きたかった。だがやらねばならないことがたくさんある。
「頼みました」
ふたりは握手を交わしてキャルロットとともに部屋を去った。
「ハーヴィーさん、もしかしかしたらお姉さまにもう会えないかもしれないのですよ」
そうアリスが伝える。このまま旅立ってしまうかもしれない。
しかし彼は承知していた。二度と会うことが無くても彼女との絆は心の中にあると信じていたのだ。
「立派です。あなたこそ星廰になるべきお方です」
先に部屋を出たカーサスは外の広場に止めてあった軍用車の中から無線機を取り出すとある人物に繋いだ。
「ノーモルダスキーニだ。カーサスくんか、どうした」
「そこにアーサーはいるか?」
「彼は弟くんを連れて格納庫に行ったよ」
フリーケンス共和国からこのコールスマンウィンドウまで乗っけてくれた兄弟を探しているのだ。彼らにロドリゲス自由国まで飛んでもらおうとしている。
「もし飛び去ろうとしたら飛ぶ前に拘束してくれ」
「なんでだい?」
「話は後だ!」
彼は急いでバンに乗り込むとヴィクトリアたちを置いて出発してしまう。小走りで彼の軍用車を追い掛けたが傷が痛むのか走るのを止めてしまった。
「あいつ、何考えてンだか」
「ありがとうキャルロット。ここまでで良いよ」
彼女自身にもダメージを追っていることを考慮し、ここからは自分で向かうこと告げると猛反対される。
「いつシルヴィアみたいな敵に狙われるか分からないじゃない。アリスはノーモルおじさんとウェーンライト兄さまに任せてあたしたちはバカと一緒にトメさんの故郷へ行きましょ」
彼女の言葉に嬉しく思ったヴィクトリアは抱き寄せる。赤くなるキャルロットは自分か姉の心臓の音なのか分からなくなってしまう。
「さぁ、カーサスを追いましょう」
「は、はい。た、多分、奴はカエルム・フォーチュナーに行ってるわ」
少し心音を早めながら姉をリードして自分たちもノーモルダスキーニの旗艦に向かう。
既にカーサスが昇降用のゴンドラで下部艦橋から船内に乗り込んでいた。
「降りてくるまで待っていよう」
「そうね」
ふたりが地上で待っている間にもカーサスは船内を歩き回って彼らを探していた。
「アーサーとピーターは一体どこにいるんだ」
個室や食堂にもいないとなるとやはりあそこしかないだろうか。
彼は格納庫へ向かう。読み通りにふたりが機体のチェックをしていた。
いつ見ても、彼らのサンシャインという機体は滑稽な姿をしている。
単発式のエンジンを左側の胴体に付け、操縦席のゴンドラ部分を右側に取り付けた謂わば、左右非対称機だ。これでも最高時速610キロを誇る高速輸送機である。
機体前方のプロペラ付近で作業しているピーターに声を掛けるとアーサーが後部から顔をひょっこりと出してきた。
「どした」
「やっと見付けた」
「見付かっちゃった……」
ピーターが冗談を言っているとカーサスはふたりに向かって頼み込む。
「ロドリゲス自由国まで飛んでくれ!」
「なんだって!?」
事情を説明するとアーサーは悩むようにして彼へ言う。
「乗せてやりたいのは山々だが、その……カーゴは俺たちやってないんだ」
カーゴ、つまりトメを入れた棺の運搬は出来ないということだ。
「お前も知ってるだろ。5人乗れるがカーゴ部分は無いのを……」
頭を抱えるカーサスくん。今頃になって思い出したのだ。
「流石にご遺体を座席に座らせられないだろ」
「うぅ……」
なんとかして積み込めないかお願いしたが積むところなどサンシャインには無かった。
「悪いな」
「力になれなくてごめんなさい」
ピーターも謝る。少年の頭を撫でてやるカーサスは肩を落としてヴィクトリアになんと言ったら良いか途方に暮れていると目の前に彼女たちが現れた。
「ヴィ、ヴィクトリア……」
会わせる顔が無い。恐る恐る口を開き謝った。
「良いよ。気にしてない。他の乗り物を考えるから」
しかし最速で辿り着くことの出来る乗り物はサンシャインしかない。
「魔法を使えば良いのでは?」
アーサーの疑問にキャルロットが答える。
「あたしたちは今、魔力を再生に当ててるから大きな魔法を使えないのよ」
「そうなのか?」
カーサスがヴィクトリアに訊ね頷く。仮に再生能力が無かった場合、入院していることだろう。
振り出しに戻り、彼はどうするか考えているとピーターが呟いた。
「下方銃座を取って床下改造すればイケる……かも」
「どういことだ?」
コクピット下部、つまり床下に位置する部分は銃座となっており、銃や弾薬箱、機器や配線を取り除けば棺桶の入る広さは確保できるかもしれないとのことだった。改造は今すぐに可能で1時間もあれば終わるらしい。
「じゃあ、やってくれ!」
再びふたりに頼み込む。アーサーは少々渋っている。というのも機銃が無くなってしまえば自衛できなくなるからだ。
「ヴィクトリアとキャルロットがなんとかしてくれるよ。なっ」
「そうは言っても機銃なんかはここに置いて行くわけだし、帰りが心配なんだよ」
だがピーターは構わず作業を進めている。彼曰く、困っている人がいるのならば助けたいという。
「仕方がねぇ……。いっちょやるか」
アーサーの賛同も得られたため3人は彼らに感謝の言葉を述べる。
「金は払ってもらうぞ。カーサスはフリーケンスからの分もだからな」
「タダって言わなかったっけ!?」
「何の話かわからん。さっ、時間が無いんだ。お客様は退いた退いた」
キャルロットは財布の中身を確認するカーサスを見て呟いた。
「貸して上げても良いわよ」
「何か裏があるだろ」
見抜いていた。彼女は支払う代わり、召使いになることを要求する。
無論、永遠にと言うわけではないがヴィクトリアと別れるまでの間、彼女たちの世話をするのだ。因みに金銭的な面は全てふたりが保障する。
「悪い話ではないわよね」
「ヴィクトリアは良いとしてお前の世話はなんか嫌だな」
「なんですってッ!?」
掴み掛かろうとする彼女をヴィクトリアが宥める。だが構わず足にケリを入れ悶絶する彼の股間へ一撃が食らわされた。
「ぎゃっ!!!」
この世のものとも思えぬ叫び声を上げると両手で股間を押え泡を吹く。
「あんたが私に歯向かうなんで1000年早いんだから」
「くっそ……、1427年になったら極上の仕返しを……ぴょッ!!?」
彼女はカーサスの大事なシンボルを足で踏みつける。
「どうするの?」
グリグリと力を入れて押し付ける彼女に対して降参した彼は召使いになることを宣言した。
「始めからそうすれば良いのよ」
斯くしてカーサスは、ヴィクトリアとじゃじゃ馬女キャルロットの世話係を兼ねた召使いとなったのである。
2時間後、整備を終えたアーサーとピーターが皆を迎える。既に棺は積んだらしい。
ヴィクトリアが確認すると、確かに操縦席下の小スペースにそれはあった。
「狭くてごめんね。すぐ故郷に向かうから」
棺に手を当て呟く姿に皆は胸を悼める。そして離艦のための準備が始まった。
「固定ロープを解け」
アーサーの指示が出る前にピーターは動いている。先読みしているのだ。
「こちらハンガーデッキ2の30、サンシャインだ。離艦の許可を貰いたい」
無線で交信を始める。
既にヴィクトリアがノーモルダスキーニへ話を通していたためスムースに事が運ぶ。
「離艦許可確認。さぁ乗った」
その指示でヴィクトリア、カーサスそしてキャルロットが機体へ乗り込むと鍵爪状のクレーンが頭上にやってきた。それが器用に機体を掴み上げる。それと同時に体がふわっと浮き上がった。
「こちら管制室、ノーモルダスキーニ艦長に繋ぐ」
「あ、あ。聞えるかな」
ヴィクトリアと無線を変わり交信する。
「はい聞こえます。これから行って来るので、しっかりハーヴィーさんをサポートして下さい」
「……分かりました。お気を付けて。また何処かで会いましょう。通信終了」
この会話でキャルロットは悟った。彼女はここへもう戻らないということを。
「こちら管制室、ハンガーゲート前まで移動させる」
その言葉の後にクレーンは機体を掴み上げたまま、格納庫内の天井スレスレのところを移動する。
整備室のある一番奥のエプロンからハンガーゲート前までには一度昇降機を使って1階へ降りなければならない。
無事に通過すると、いよいよ離艦準備用の甲板が待っている。
「ゲートを開くまで待機せよ」
それと同時に機体が軋み、揺れが皆を襲う。
「高度計を見て」
ピーターの指示通りに見てみると徐々に昇っているのが分かった。
「上昇してるのか」
地上に停泊したままでの離艦は危険だからだ。さらに言えば、離艦した瞬間に周りの建物への激突などがあり得る。
「エンジン始動、出力50パーセント」
コクピット左側のエンジンを積んだ胴体が唸りを上げる。そしてプロペラがゆっくりと回転を始めた。
ハンガーゲート横のランプが赤色に点燈する。緑色に変われば離艦命令が下る。
「あ、開く」
ゲートが轟音を立てて開き始める。下に向かって観音開きとなる形だ。
眼下には荒廃した街が見える。所々で未だに燻っていたりしていた。
重音のサイレンが鳴り響くとアーサーはスロットルを全開にする。
エンジンが唸り、プロペラが風を切る。
サイレンが鳴り終わった瞬間に緑色のランプへ切り替わり、掴んでいたクレーンは機体を放す。そして重力に従ってサンシャインは機首を下にして下降し始める。
「エンジン出力120パーセント」
ピーターが回転数を変更させると機体はさらに振動したものの、速度が出たせいか機体が浮き上がり水平を保ち始めた。
「さぁ、これからロドリゲスに向かうぞ」
一度、今まで乗っていた艦の周囲を飛ぶと機体を東の方へ向ける。
「目的地までは早くて14時間だ」
「お願いします」
「おうよ!」
ヴィクトリアたちはトメの故郷、ロドリゲス自由国へと向かったのだった。
・
・
・
ロドリゲス自由国、星歴400年頃に貿易自由国からあらゆる人種、輸入出品が関税や検査を受けることなく出入国が出来る自由国となった。
国全体が貿易街と言っても良いだろう。また宿泊街も実は集中している。
貿易街のある港や飛行場から離れた内地に宿泊街が点在し、それからさらに内陸へ進むと倉庫街がある。倉庫街から貿易街までは鉄道輸送が基本で、専用の路線が凡そ数百と並んでいる。
ヴィクトリアとカーサスが以前立ち寄り、サキやガイと出会ったアーカンソー貿易港は現在、ニューアーカンソーとして国の最重要貿易街となっている。
今、彼女たちは世界有数且つロドリゲス最大の貿易港へ降り立ったのである。
港から程近い巨大な飛行場の巨大なエプロンに小さなサンシャインが駐機している。周りにはいくつもの飛行船が停泊し荷物の積み降ろしや積み込みの作業をしていた。
それ故、凄まじい数の車や馬車が行き交い活気を築いている。
アーサーとピーターは早速棺を外へ取り出す作業に入り、ヴィクトリアたちは移動手段を確保すべく飛行場のフロントへ向かう。
暫らくして4トンの4輪トラックを借りて戻ってくるとサンシャインに横付けする。そして既に取り出された棺を荷台へ載せるとヴィクトリアはふたりに代金を支払う。
「金貨100枚で足りるよね」
「ふぁっ!?」
費用は細かく設定されていたが魔法省の一件に貢献し、さらに今回の一件にも手を貸してくれたことに深く感謝しての記しだった。
「足りない?」
「いや……金貨払いだと5枚で十分なんだけど」
「今のレートだと、1枚100万アークドルだっけ」
キャルロットに訊ねるカーサスだが彼女は首を横に振る。詳しいレートは割らないが、取り敢えずヴィクトリアは金貨100枚を支払いトラックの荷台に乗り込む。
「ここまで来てくれてありがとう」
助手席にキャルロットが乗る。カーサスはふたりと握手を交わしていた。
「どうやら俺たちはここでお別れらしい」
「コールスマンに戻らないんですね」
ピーターが寂しそうだ。短い間だったが一番長く付き合い、ともに戦った仲だからだ。別れが辛かった。
「また、会えるよな」
アーサーは泣かなかった。また会えることを信じて。
「いつか……な。じゃな」
運転席へと走り、トラックはサンシャインを離れる。
「またなーッ!」
ふたりは見えなくなるまで手を振る。それはカーサスたちも同じであった。
○
飛行場からニューアーカンソーの巨大な貿易街と宿泊街を通過すること数時間、渋滞と熱気の疲れで3人が目的地のベルメース治療院に到着したのは深夜午前7時頃だ。
治療院は5階建てで広い敷地内に佇んでいた。
「流石に48時間営業じゃないよな」
この時代、大きな病院でも急患を含め一日中営業しているところが少ない中、ここはやっていないだろうと思われたが家には明かりが灯っている。
「ややっ、開いているのか?」
「事務がまだやっているのかも」
と思った矢先に後続から緑と白の迷彩模様が入り、赤と青のサイレンを回したバンが6台ほど連なって治療院の前で止まる。
治療院からひとりの人影が現れると中に入れるよう誘導する。
担架で運ばれていく人々は苦しがっている様子だ。
次々に運ばれ、最後のひとりが院内へ入っていくとバンは去り始めた。乗員が口々に、
「あと何往復すれば良いのやら」
など会話していた。
3人は心配になり、キャルロットをトラックに残してふたりが治療院へと向かう。
院内では地獄のような一種の戦場が繰り広げられていた。負傷者は血だらけで部分的に欠損している者も見られる。
「さっきトラックにいた方たちね」
彼女はバンの人たちを誘導していた人物らしい。ふたりが乗っていた車にも気付いていたようだ。
「セントラルバッグレイの方? それともユニオンスキーの方?」
何を言っているか分からなかった。
「んっ?」
ヴィクトリアは周囲を見回し状況を察した。
ふたつの貿易会社が事故を起こしたようだ。現に着用しているユニフォームが違った。
「我々は騒ぎを聞いて何かお力になれないか駆け付けた者です。治癒魔法と一般的な応急処置くらいは出来ます」
横目でカーサスの方を見る。彼は頷き、力になれないか伝える。
「治癒魔法、それはありがたいわ。私、この治療院の院長、サト・ベルメース」
「ヴィクトリアです。こっちはカーサス」
互いに短い挨拶を交わして早速治療に取り掛かる。
ヴィクトリアは病み上がりだということを忘れるくらいに怪我人を治癒魔法で治療し、カーサスはキャルロットと組んで新たに到着した負傷者の応急処置を行った。3人の手助けにより多くの命が救われた。
「あと25人の負傷者を搬送するそうよ。頑張って」
25人という数字は多いのか少ないのか、分からない。だが救える命には変わらないはずだ。
彼女は救急搬送されるトラック群を待った。
丁度一休止出来る一幕で院内の方からひとりの少女が彼女に近付く。
「よろしければどうぞ……」
振り向いた時に言葉を失った。トメに似ていたのだ。
「どうされました?」
「あ、いや。ありがとう」
お盆に乗せられた湯呑みを取ると一気に飲み干した。
「に、苦い!?」
あまりの苦さに声を上げると少女は笑う。
「お金を払えない方々がたまにいるみたいなので貿易品を貰うんです。これは東洋の国のオゥシャウスウィティーというものです」
わざわざ銘柄までも教えてくれる彼女は院長の娘でもあるキクだ。つまりトメの姉か妹かになるわけだ。
「喉乾いたー」
カーサスが空気を読まずにふたりの間へ割り込むと湯呑みに入ったオゥシャウスウィティーをぐいと飲み干す。そして吐き出す。
「なんじゃこりゃぁ」
「精力が付くってお母さんが言ってました」
にこやかにキクが言うと彼は怒った。
「まるでションベンみたいな味じゃねぇか。精力が付くどころかド減退だよ」
オゥシャウスウィティーとは正におしょうすいの茶のことであった。シャウスイの茶葉から抽出したもので、この葉はある動物の尿を吸って育ったものだそうだ。
その動物の尿は大変体に良いものらしく貴重なものだという。つまり高級な茶葉なのだ。
「聞きたくなかったよ」
カーサスが狼狽えていると救急隊が到着し再び地獄のような戦場が繰り広げられた。
全ての負傷者が運び込まれ、治療も終えた頃にはすっかり夜が明けていた。
キクがロビーの隅で眠っているとハナが毛布をかけて上げる。
「お疲れさまです」
ヴィクトリアが一声を掛ける。彼女も労いの言葉を贈る。
「でもまだ峠の方々もいるから予断は許されないわ」
「はい、そうですね」
すると院内の奥から赤く染まった手術着を身に付けた男がやってくるとヴィクトリアの方へ近付く。そして頭を下げて感謝した。
「君のお陰で死者はゼロだ。本当にありがとう」
「この人は私の夫なの」
「申し遅れました。レン・ベルメースです。旧姓はニノミヤです」
ベルメース家は夫となる人が姓を変えるらしい。逆もそうである。主人となる場合はベルメースから結婚する妻の姓名を名乗るそうだ。
ヴィクトリアは中々言い出せずにいた。
すると今度は若い青年が外からやってきた。事故現場で応急処置を当てていたベン・ベルメースだ。サトの息子になる。
「あんたが治癒魔法を使って治してくれるっていう応援さんか」
「礼を言いなさい」
「分かってるよ。……ホントに助かった。ありがとう」
事故現場では一分一秒を争う。如何に適切な処置を施すかによって患者の生死が決まる。
ヴィクトリアが診ることによって常に患者と接するサイクルを生み出すことで生存率を高めたといっても過言ではない。
「だけどやっぱアイツがいればなぁ。優秀な助手だったのに」
「トメが決めた道よ。私たちがとやかく言うことではないわ」
ヴィクトリアは決意を固めた。そして口を開く。
トラックからトメの入った棺が下ろされると母のサト、父のレン、兄のベン、そしてまだ13歳だという妹のキクが彼女と対面した。
兄は信じられない様子で何度も呼び掛けている。妹はただ茫然と立っていた。
母と父は体を寄り添い涙を流している。
その様子に3人は言葉を掛けられなかった。そしてヴィクトリアに至っては自身のせいだと何度も頭を下げていた。
「あなたのせいじゃないわ。ヴィクトリアさん、あなたは娘の……トメのためにここまでやってくれたのだもの」
彼女は優しくそして感謝する。レンもお礼をいう。また、意外な人物からもお礼を言われた。
「ありがとう。これも縁なのかしらね」
キクだ。縁とは何か、この言葉は後日明かとなる。
棺は実家に送られた。サキが営んでいた小さな治療院だ。
ここ数日間は患者の看病のために交替でいなければならなかったが職員の厚意により1日だけベルメース家は全員休暇を貰い受ける。皆は感謝し、実家へと向かう。
○
葬儀は実家の1階で行われた。寺院の住職が経を読み上げ、家族だけで執り行った。
「トメ、あっちでもしっかりね」
「俺より先に行くなんてあんまりじゃねぇか……」
「お姉ちゃん、また会えるよね」
葬式が終わると遺体は棺に入れられ近くの火葬場で御骨となる。暫くして戻ってくると庭の一角にある墓地へと納骨された。
ここにはベルメース家一族の骨が納められている。もちろん、サキのもだ。
両親が住職に挨拶をしているとキクがヴィクトリアの手を引く。
「こっちに来て」
小さい女の子はぐいぐいと引っ張りながらある部屋へ向かった。
「これ、あなたよね」
たくさん立て掛けてあった中で1枚の写真立てを見せてくれた。それには昔、サキとガイとカーサスで撮った写真が飾られていた。
「おっ、懐かしいな!」
後から付いてきたカーサスが写真を取り上げると昔を懐かしむ。
「ちょっと……」
「やっぱりあなたたちはおばあちゃんが言ってた神様なのね」
3人が話しているとサトがやってきた。キクが写真を指差して、
「神様がお姉ちゃんを天まで導いてくれたのよ」
と言うが耳を貸さなかった。しかし写真立てを手に取り色褪せた写真を見て驚愕する。
「なんてこと……」
「信じて貰えないでしょうがサキさんとガイさんの友達のヴィクトリアです」
「俺はカーサスだぜ」
ふたりは歓迎された。
この日、トメを失った家族は彼女が死んでしまったことで新たな出会いが生まれ、それを感謝した。
長く感じられた短い刻の間、ヴィクトリアやカーサス、そしてその家族たちと出会いを祝ったのだった。
サキは星歴380年に72歳で亡くなるまで、写真と彼女たちの話を代々娘たちに話していたそうだ。
子から親へ、そのまた子から親へと語り継がれていたが時間というものは儚い。昔のことなど無に喫しようとしていた時、キクだけが祖母の話を聞いていつかまた会えることを信じていたという。
願いが叶った今、再び家族皆で写真を撮った。また数十、数百数千年後に彼女たちの子孫が会えることを祈って。
深夜、寝静まった頃にヴィクトリアたちは旅立ちの準備をしていた。キャルロットがトラックのエンジンを掛けて待っているとキクがやってきた。
「行っちゃうの?」
「うん。みんなと話せたし、サキさんとガイさんのお墓参りもできたからね」
「また、会えるよね」
「信じていれば、きっと」
彼女はここで初めて涙を見せた。そしてヴィクトリアに飛び付くと、
「信じる。信じるから、また会おうね。お姉ちゃん!」
姉を失い、代わりの姉が出来たことを喜んでいたようだ。彼女は今まで泣くのを必死に堪えていた。だが限界だった。
「またな」
玄関には寝ていたはずのベンやサト、レンが出迎えていた。別れを告げに来たのだ。
皆はまた会うことを約束し、ヴィクトリアたちは旅立った。
「次はどこへ行くんだ」
「さぁね、どこかゆらゆらと行くさ」
「私はそろそろおいとまするわね」
ヴィクトリア、カーサスそしてキャルロットはロドリゲスを後にした。
ここまでご閲覧頂き、ありがとうございました。
次週、7月18日はお休みとさせて頂きます。次回の更新は7月25日を予定しています。




