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The ARK  作者: にゃらふぃ
第2章 囚われの英雄
33/101

第7話「絶対包囲」

 星暦427年4月27日、新魔法省による魔力制約法が施行されると同時に全世界の魔法使いの魔力が消失した。そしてこの時より1週間の内に個人間で指定されたの税金を納めさえすれば魔力が戻るのだが、納税額が桁外れな金額で平民には支払うことさえままならない状況だった。

 一方でアーク連邦から遠く離れたフリーケンス共和国はハンダにいたカーサスがアーサーとピーターの協力により、高速輸送機サンシャインに乗って星都コールスマンウィンドウへ向かう。その間、ヴィクトリアとハーヴィーが乗船する飛行船、ヴィンクルムは魔の騎士団であるデモスムントの旗艦を撃沈すべく共にコールスマンウィンドウへ発ったのであった……。

「目標地点まで凡そ2時間で到着します」

 航法士の報告にハーヴィーは警戒を怠らないレベルで各自休息を取るよう下令した。ヴィクトリアはタケルとトルトニに砲撃と砲弾の種類、そして装填の手順を教えている。

「――徹甲弾は平たく言えば敵艦の装甲を貫く弾なんだ」

「取り敢えずぶっ込めばええんやな」

 タケルの考えは数を撃てることが出来ればどれかしら当たるだろうというものだった。しかし弾は有限だ。狙うなら確実に当てていきたい。

「恐らく敵は魔法障壁を展開してるだろうから先にこっちを撃った方が良いかも」

 彼女が取り出したのは抗魔付拡散榴弾という特殊な弾丸だった。これは先端部に魔法障壁を貫通する術式が施され、命中すると一帯の障壁が短時間だけ解除される。この弾丸自体に攻撃能力は無いため、次弾で攻撃を行わなければならない。

 魔法障壁の修復は艦とそれを操る術者によって違いが出るため抗魔付拡散榴弾を用いた時にどのくらいの間、障壁が解除されるかまでは不明である。因みにヴィンクルムは魔力消失により術者が魔法障壁を使えないため掛けられていないが、魔術に対するコーティングが施されている。

 このコーティングは魔法石の力で発動し幾つかの魔法ならば防ぐことが出来るものの、砲弾や銃弾を防ぐことは出来ない。

「抗魔付拡散榴弾は一般に抗魔榴弾って呼ばれているからそう呼んでもらいたい」

「ややっごぐで、訳が分からなくなっできただ」

 トルトニの頭はちんぷんかんぷんだった。タケルも同様で段々苛々して来たようだ。

「とにかく、撃って撃って撃ちまくれば良いんや!」

 彼女の説明も虚しく彼は意気がって手を付けられない状態に陥っていた。

 溜め息を吐いていると艦内伝声管を通じてオースチンが彼女を呼び掛ける。今すぐに来てほしいようだ。

「じゃあ砲撃時はボクが命令を出すからくれぐれも勝手な行動はしないでね」

「あいあーい」

 ヒラヒラと手を振るタケルを見て彼女は再び溜め息を吐くとオースチンのいる機関室へ向かった。

 ふたりに教育していた第一砲室はヴィンクルムの左舷船首に位置する。機関室へは一本道で行くことが出来るが下部指揮所に立ち寄った。

 この指揮所は飛行船でいう下部に設置されているゴンドラのことで、ヴィクトリアが砲撃の指揮を執る際に居る場所だ。因みに艦橋兼操舵室は上部指揮所、つまり艦の上部に位置している。

 彼女は下部指揮所で戦闘員に警戒を怠らないよう促した上で万が一、何かを見付けた場合は上部指揮所と機関室に一報を入れるよう伝える。それから急ぎ足で機関室へ向かった。

「遅くなってすみません」

「構いませんよ」

「ところで聞きたいこととは?」

「実はその機械がよく分からなくて」

 指を差した先には電流を示すマークが描かれた四角い長方形の装置があった。彼女は近付いてどんなものか彼を背にして確認する。

「あぁ、これは……」

 すると突然、オースチンは背後から腕を廻して彼女の首をキツく絞めてきた。

「なっ……何をするんですか……」

 振り払おうとするも力強い腕が首に食い込んでいき血流が弱まっていく。次第に酸素すらまともに吸えなくなり意識が遠退いていった。

「やめ、ろぉぉっ!」

 最後に渾身の力で暴れたが無駄だった。さらにあろうことか彼女の首にナイフを突き付ける。

「オ、オースチンさん……なんで」

 そして首深くある頸動脈を切り付けると鮮血が迸る。あっという間に彼女の意識はなくなりやがて絶命した。

「さようなら、ヴィクトリアさん」

 彼は死体を袋に詰めると新品の作業着に着替え機関室を出る。そして誰もいないことを確認するとドアを開けて上空から彼女の死体が入った袋を投げ捨てた。

「これで後は奴を片付ければ」

 ドアを閉めるとそこにはオースチンではなくヴィクトリアが立っていた。

「この姿ならば誰も気付きはしねぇだろう」

 彼はヴィクトリアの姿に変身したのだ。その姿のまま上部指揮所へ行こうとするがウズベに見付かってしまった。

「おう、どうしたこんなところで」

 どうやら彼はまだ気付いていない様子だ。彼女がヴィクトリアでないことに。

 ふたり雑談を話ながら上部指揮所へと向かう。


 一方で上空から投げ出されたヴィクトリアは凄まじい速度で落下して小さな池に衝突した。その衝撃で池の水は全て地面へ飛沫する。

「はぁ……はぁ……」

 袋から荒々しく息遣いをするヴィクトリアが這い出て来た。首からは依然として血が流れ出ており吐血も見られる。

「お、オースチン……さん。なんで……」

 すると聖霊の姿から人間の姿に変化(へんげ)したウィンディーが風を呼び葉を集める。

「少ししみるかもしれません」

 幾つかの葉を首に当てがうと激痛が走り悶絶する。傷口を治す作用のある葉らしい。

「ありがとう」

「主人様、先ほどの彼ですがオースチンさんではありません」

「やっぱり……」

 彼女も薄々と気付いていた。彼が仲間を(あや)める真似などしないことは知っていたからだ。

「彼は魔法を使っています。恐らく内部にスパイのような人物が潜り込んでいたのかと思われます」

「そう……か」

 次第に彼女の息が弱まっていく。小さくウィンディーに何かを囁くと一呼吸してから横に倒れた。

「必ずや彼らを守ってみせます」

 彼はヴィクトリアを池だった底から地面へ引き上げ草場の影に置く。そして再び風を呼び、回復効果のある薬草などを集めると彼女の近くにそっと並べてから聖霊の姿に戻りその場を離れた。


 オースチンに扮した謎の男はヴィクトリアに姿を変えたままハーヴィーのいる上部指揮所へウズベとともに到着した。彼らは気付かずに会話する一方、男は彼らを殺害する機会を窺っている。すると下部指揮所から一報が入った。

「謎の機影が6機、接近中!」

「了解。ヴィクトリアさん、持ち場に戻って指揮を頼みます」

「あ、は、はい」

 殺害するどころではなくなったため男は仕方なく指示に従い下部指揮所へ向かうが途中でトイレに立ち寄り魔法を唱えた。

「ヴィクトリアの殺害は成功しましたがハーヴィーの殺害には至っていません。戦闘機の到着が早過ぎます」

「分かった、ハーヴィーは後回しにして気付かれないよう指揮を取れ」

 魔法通信を使って誰かと交信していた。それが誰なのか、何れ分かることだろう。

 男は急いで下部指揮所へ戻るとタケルに砲撃の用意をするよう伝える。

 ヴィンクルムには57ミリメートル単装砲が両舷合わせて4門、下部に設置されている。これは対艦用でこの砲撃手をタケルが行っているわけだ。また、防御用の機銃として7.92ミリメートル単装機銃が下部指揮所に3挺、上部指揮所に2挺備わっている。

 57ミリ砲は全て弾薬装填室に直結されているため、ここでトルトニが全ての砲塔に弾を込めることが出来る。

「機影は複葉複座戦闘機と判断。魔法省直轄の護衛隊のものだと思われます」

 魔の騎士団ではなかったがムラカミの指揮する護衛部隊の戦闘機のようだ。

「近くに空母が居るかもしれない」

 警戒を厳にして直進する。戦闘機は船体に向け機銃掃射を始める。

「そないな豆鉄砲、食らうかいな」

 57ミリ砲を戦闘機に対して撃ち込むタケルにハーヴィーは激怒する。しかしヴィクトリアに扮した男は続行するよう伝える。弾を使いきらせることを考えていたからだ。

「撃つなら当てろ!」

「ウズベはん、そりゃ無理な注文や」

 伝声管からは聞くに堪えない文句が聞こえる中でトルトニが持ち場を離れてタケルのいる第1砲塔の隣にある第2砲塔で狙いを定めていた。

「狙えるはずが無いっちゅーてんねん」

 だがしかし、砲撃音と共に砲弾は導かれるように敵機へ着弾する。思わずタケルはチート呼ばわりする中でウズベが役職を交替するよう命令した。

「いやや。俺だって当てられるさかい、見とれやボケ」

 カスダメにもならないその腕にハーヴィーも苦笑する。男は若干の苛立ちを見せていた。

「予想外だな。トルトニも厄介な相手かもしれない」

「敵艦発見!」

 遂に彼らの前へ魔の騎士団、デモスムントが現われたかと思いきや護衛部隊の航空母艦だったことに残念がる。しかし敵は敵であり、ハーヴィーはヴィクトリアに攻撃の命令を下す。

「全門、近くの空母へ集中砲火を浴びせろ」

「待ってました!」

 一斉に57ミリ砲が火を吹くと近場の航空母艦に着弾する。しかし魔法障壁の影響で攻撃が通らなかった。

「魔抗弾を使うで」

「わがっだ」

 しかし男はそのまま徹甲弾を撃つように言った。ふたりが先ほどと言っている内容が違うことを指摘すると魔抗弾は高価で数もそれほど多く持ってきていないため節約するよう伝える。本当は同じくらいの数を用意しているのだが、トルトニはそれを知らなかった。

「わがっだ、大事などぎにのごしでおくだ!」

 しめしめと男はにやけると航空母艦を見つめた。黒煙が沸き起こる中、全くダメージが与えられていないことに勝利を意識していたのだ。

「弾を撃ち尽くしてデモスムントが登場。俺がハーヴィーを始末して脱出。そして艦隊が一網打尽にして終了」

 自然と笑みがこぼれてしまい指揮所内の搭乗員に不安がられる。

 なぜ艦隊で総攻撃をするというのにヴィクトリアやハーヴィーを殺害しなければならないのか。それには理由があった。確実にふたりを殺害したという証明が有ると無いとでは全く異なるからだ。仮にこの男が失敗しても最終的に彼らを葬ることが出来るという保険が掛けられていることも重大な点であろう。

「さぁ、これからが我々の反撃だ」

「さらに敵艦発見です!」

「あれは、デモスムント第I特殊部隊隊長、スピリットアローが座乗する旗艦です!」

 この報告にハーヴィーはおろか男すら畏怖する。

「奴が来るなんて聞いてないぞ。ファーディナント、なんで教えなかったんだ」

「狼狽えるな、我々が勝利するに決まっている。自信を持て」

 伝声管から響き渡るウズベの声に皆は何とか士気を保たせる。しかし未だ航空母艦を落とせないタケルとトルトニは焦りを感じていた。

「徹甲弾の残り少ないです」

「なんだっで!?」

「魔抗付拡散榴弾を使いましょう」

 同じく装填要員としていた同志たちが提案するめ彼は迷っていた。ヴィクトリアの命令に逆らうこととなるためだ。

「おらだぢは装填だげしていれば良いんだ」

「しかし、このままでは……」

「トルトニ、はよ弾込めろやー!」

 タケルや他の砲員からの催促、装填要員からの意見具申、ヴィクトリアの命令に彼は頭が混乱し始める。

「魔抗弾を使いましょう!」

「はよしろ!」

「トルトニさん、徹甲弾を撃ち続けて」

 彼は限界だった。思わず大声で黙るよう叫ぶと辺りは騒然とした。それは伝声管先の艦橋や船医室などにも響き渡る。

「スピリットアローの旗艦が砲撃位置に移動しています!」

「右舷から敵の増援、デモスムントの第IV特殊部隊隊長、ベスラ座乗の旗艦の模様!」

 絶体絶命だ。ハーヴィーは固まっていた。これほどまでに無力だったのかと今、知らされたからだ。

「左舷より敵の増援です。船籍は……アーク連邦正規軍です」

「アーク連邦軍まで来るのか……」

 ハーヴィーは完全に包囲されたその状況をただ見つめることだけしか出来なかった。どうすることも出来ないのだ。

「ああ、神様。どうか、助けて下さい」

 その時だ、突然前方の航空母艦が爆発すると船体を傾けて墜落していく。

「タケルさんがやったのか!」

「んなわけあるかいな!」

 各砲塔に確認しても砲撃はしていないと通達があった。では誰が一体撃沈したのか、それはすぐに分かった。

「こちらアーク連邦正規軍第6旅団司令官、ロバート・ノーモルダスキーニだ。これよりマジックマテリアルを援護する」

 一体何が起きているのか分からなかった。アーク連邦正規軍が助太刀とはどういうわけか、ハーヴィーにも男にも理解出来ないでいる。


「間に合ったかな」

「はい、間に合いました」

 190センチはあろう長身で深緑色の軍装を身に纏い、立派な白髭を生やした老人こそロバート・ノーモルダスキーニであり、その隣で会話するのはウィンディーだった。

「主人様も喜びます」

「ヴィクトリアさんには後でお礼をたっぷりしてもらいたいものだ」

 どうやら彼女のことを知っているようだ。しかし今はそれを話しているどころではない。

「さて、始めよう。機関全速、軍旗投棄」

 彼の座乗する巨大な飛行船の下部にたなびくアーク連邦正規軍の旗が切り離された。軍旗はそのまま風に乗ってどこかへ飛んでいってしまう。

「おい、貴艦は何を考えているんだ!」

 スピリットアローが痺れを切らして彼に通信する。しかし見ての通りだと言って彼らに砲塔を向ける。

「正気か?」

「貴殿にも問いたい。正義はどちらにあるかを」

「正義は我々にある!」

 そして互いに通信を遮断すると両艦は砲撃を開始する。

 ノーモルダスキーニの座乗する飛行船は航空母艦の機能も兼ねている戦艦と思って良いだろう。下部砲塔は210ミリの単装砲が両舷合わせて24門、102ミリ単装砲が両舷で48門も装備されている空飛ぶ要塞だ。名前もそれに恥じぬカエルム・フォーチュナー、空の要塞という意味になっている。

「砲撃開始!」

 右舷の砲塔が一斉に火を吹き上げる。また、僚艦のフリゲート4隻がヴィンクルムに接舷すると護衛しながら離脱を始めた。

「ハーヴィー司令、デモスムントの旗艦を落とせば良いのだな」

「あ、はい……そうです」

 分けも分からず彼はノーモルダスキーニに応答する。未だ状況を飲み込めないでいた。

「目標はスピリットアローの旗艦だけを狙え」

 分厚い魔法障壁を展開し、貫かれても別の魔法使いが障壁を張り戦闘を続行していたが限界に達していた。

「魔法にも限りがある。ここで魔抗付低抵抗被帽付徹甲榴弾の使用だ」

 今まで魔法障壁の力を弱らせるためだけに通常弾、ここでいう徹甲弾を使用していたが魔法障壁を解き、その上装甲を貫通し内部で爆発する砲弾に切り換えたのだった。

「果たして正義はどちらにあるかな」

「裏切り者めが……」

 気が付くとスピリットアローの座乗する旗艦は炎に包まれてV字型に折れながら墜落していった。ベスラ率いる第IV特殊部隊はその惨状を目の当たりにして撤退、残った部隊も逃げるように去っていった。

「これで良いかな」

「す、素晴らしいです」

 彼らは取り敢えずマジックマテリアルの本拠地へ帰投することにした。

 その帰途の中でウィンディーはカエルム・フォーチュナーからヴィンクルムへ移乗すると男の元へ向かう。しかし下部指揮所内に彼の姿はおらず急いで上部指揮所へ向かった。伝声管で伝えたかったが敵に気付かれてしまう可能性があったため現在の行動に出たのだ。

「遅かった……」

 上部指揮所へ通じる階段には血痕が残されていた。近くには殺された搭乗員2人が無惨にも横たわっている。

 聖霊姿のまま閉じられていたドアの隙間から中へ入ると拳銃を構えるヴィクトリアの姿があった。既に操縦士2名が撃たれて絶命している。

「ヴィクトリアさん、なんでこんなことを」

「こんなことを? 違うよ、こうなるべきなんだよ」

「お前、初めからデモスムント側だったのか?」

 ウズベの台詞に思わずウィンディーが人間の姿となって、

「違う!」

 と叫んでしまった。驚いた男は振り向くと彼目がけて銃を発砲する。

「止せ!」

 ハーヴィーの制止も虚しく銃弾は彼の額に吸い込まれていく。だがウィンディーは目を見開くと突然室内に風が吹いた。そして銃弾は彼を避けて壁に命中する。

「さぁ、大人しくしてもらおうか偽ヴィクトリア!」

「なんだと!?」

 皆が一斉に男を見つめると彼は笑い声を上げて姿を変えた。その姿はオースチン、ではなく見ず知らずの大男だった。

「俺様の名はバジル。ファーディナント魔導隊長の右腕だ」

「あいつの……」

 ハーヴィーが眉を細める。ウズベは察した。強敵であることを。

「バレては仕方ない。しかしヴィクトリアは殺した」

「なに……」

 信じられなかった。ウズベはデマだと言ったがバジルは薄気味笑いを上げる。

「本当なのか……」

「呆気なかったぜ。奴の首から血がブッシャーって出てよ」

 皆は青ざめる。壮絶な死に方をしたヴィクトリアが悼まれなかった。

「クソったれめ!」

 単身で何も武器を持たずハーヴィーはバジルに突っ込んでいった。しかし銃を構えた彼は引き金を引く。

「ぐぅっ!」

 気が付くとハーヴィーの上にガザフが覆い被さっていた。背中からは血が滲んでいる。

「ガザフさん……?」

 彼は突っ込んでいったハーヴィーの手を引っ張り自らが盾となって彼を庇ったのだった。

「僕のために……」

「気にするな、儂はもう長く生きた」

「感動的な絆を見せてくれてありがとう。今度こそ死ね」

 男はハーヴィーの後頭部に銃を突き付けた。しかし突如として突風が彼の腕を弾き飛ばすと銃は宙を待ってウズベの手中に収まる。

「死ぬのはどっちだ」

 彼はバジルの左太股に1発を撃ち込んだ。そしてひざまついた瞬間に今度は右肩へ1発撃ち込むと悲鳴を上げて床に寝転ぶ。

「殺していいよな」

「待て……俺様を殺せば大変な目に遭うぞ」

「ほう、例えば?」

 男はにやけると、

「この中の誰かが次に死……」

 彼が言い切る前にウズベは引き金を引き、絶命した。そして伝声管でトメに連絡し、彼を医務室へ連れていく。


「もう一度言ってみろ」

 医務室の外でハーヴィーが声を荒げる。少し怯えながら彼女が答える。

「ですから、もう手遅れなんです」

「治してくれ」

「無理なんですよ。例え、治癒魔法があってもこれは……」

 トメは何故治せないのか理由を告げる。ガザフの体は末期のガンに侵されていた。これはどうすることも出来なかったのだ。

「治せないんです。ごめんなさい」

「ごめんなさいで済むわけが無いだろう!」

 彼女の肩を壁に押し当てると鈍い音が船内を響く。するとウズベが彼の頬に拳を一発カマせる。

「トメに当たるな。現実を受け入れろ」

「僕のせいでこうなったんだ。だから助けたいだけなんだ」

 そこへ治療をしていた操縦士がハーヴィーを呼ぶ。ガザフが話したいそうだ。

 苦しそうには見えないほど落ち着いた様子で彼は仰向けに天井を見つめていた。皆がやってくると顔だけを向ける。そして真っ先にハーヴィーが口を開く。

「謝って許されれと思っていません。でも、ごめんなさい」

「気にすることはない。お主はただ真っ直ぐに皆のため、世のため、人のために尽くしていれば良いのだよ。こんな老いぼれのことは忘れ、一日も早く、皆に魔力を……」

 彼は咳き込みトメが処置を施そうと近寄るがその手を振り払う。

「――ハーヴィーくん、君が魔法省の新たな長官になるんだ。そして新しい法律を……」

 この言葉を最期に彼は口を開くことはなかった。

「アークファミリア様、たった今ひとりのご老人が天に召されました……」

 トメは祈りを捧げると顔に白いタオルを被せる。布がなかったためだ。

「ごめんなさい……僕のせいで……」

 彼は泣き崩れ立ち直ることが出来なかった。ウズベはもう一度拳を入れようとしたが死者の前で見苦しい真似は出来ないと思い堪えた。

「ハーヴィー艦長」

 そう声を掛けるのはトメだった。彼女は優しく話し掛ける。

「早く帰りましょうよ」

「う、うん」

 ゆっくりと立ち上がると彼はウズベの力を借りて上部指揮所へと戻る。そして、

「ガザフ老師はたった今この世を去りました。私を庇って死んだのです。彼の意志を継ぐため、僕は魔法省長官になることを誓います。さぁ、皆さん帰りましょう」

 彼らが乗る飛行船ヴィンクルムはマジックマテリアルの本拠地へと帰っていった。その後ろを第6旅団、ノーモルダスキーニ艦隊が追う。


 その後、無事に本拠地へ到着した彼らは驚かされたことがあった。ヴィクトリアが生きていたのだ。

「殺されたはずじゃ……」

「誰に?」

「バジルとかいうファーディナント魔導隊長の右腕に」

「殺されたらここにいるはずないよね」

 確かにその通りだが一体どうしていたのかと言うと上空から投げ出されたあとに運良く乾草のうえに着地し、その足で先に本拠地へ帰ったのだという。そしてオースチンを救い出して今に至る。

「申し訳ない。気が付いたら樽の中にいた……」

 彼は初めから擦り変わるために酒樽の中へ押し込められていたのだ。恐らく昨夜の宴の時、既にスパイが潜り込んでいたようだった。

「気を付けないとな」

「その通りだぞ」

 背後から野太い声が聞こえ振り向くと長身の男が立っていた。深緑色をした軍装姿にアーク連邦正規陸軍のものだと分かり、彼がロバート・ノーモルダスキーニ司令官だと気付く。

「この度はご支援感謝いたします」

「けど……何故支援を?」

 ウズベの質問に彼は答えた。

「正規軍の中でも魔法省に対する意見が二分していてな。どちらが正義か意見のぶつかり合いがあった」

 そこで彼は信じられる仲間を集めデモスムントがマジックマテリアルを襲撃するという情報を聞いて彼らを支援し、共に戦おうと立ち上がったのだという。

「軍旗を棄てたんだ。我々はもうアーク連邦正規軍ではない」

 しかし正義のために戦う点だけは変わらない。彼は共に戦っていこうとハーヴィーに語り握手を交わした。多くの歓声が湧き起こる中で、すぐに次の作戦を考えなければならなかった。しかし休息も必要だと言われて12時間の休憩を取る。

 ハーヴィーとウズベ、トメ、オースチンはガザフや他の搭乗員の遺体を安置するために教会へ、タケルとトルトニはビールとルール、デールに自慢話をするため酒場へ向かう。そしてノーモルダスキーニとヴィクトリアだけになった時、彼は背筋を伸ばし彼女に対して敬礼を送る。

「お久し振りです、ヴィクトリアさん」

「星歴0年に行われた戴冠式以来かな」

「はい、アークさんの創設なさった連邦軍の育成をやっとりました」

 なんと彼はアークファミリアに仕える従兵だったのである。組織的に言うとヴィクトリアの兄であり、アークファミリアの頂点に君臨する神の中の神、アークに仕える従兵のひとりなのだ。

 見た目は60歳を過ぎた強面な老人だが人並み外れた身体能力と再生能力を持った不老不死である。

「まだ軍にいて良かったよ」

「離れる気はありませんから。まぁ今はあなたがこちら側にいますから」

「ありがとう」

 彼女はお礼を言うと彼は思わず笑いを浮かべる。何故笑うのか訊いてみる。

「昔は人のために何かするお方じゃないと思っていましたが今は違うのだな、と」

「まぁ、時間が経てば考えも変わる。どうだろう、一杯」

 (さかずき)の合図を送ると彼は喜んで後を追う。その後ろからウィンディーも微笑を零し追い掛ける。


 遺体を安置し終わったウズベは先に本部へ戻ることにした。ハーヴィーとトメ、オースチンは最期の別れを言いたいようで教会に残る。

 本部への帰り際、彼はローブを頭まですっぽりと被った同志のひとりに出会う。

「お疲れさまです」

 男の声でそう言われ彼も爽やかに返そうとしたが最後まで言う前に地面へと倒れこんだ。彼の腹部にはナイフが突き刺さっていた。

「ウズベさん、お勤めご苦労様です」

「ぐっ、うぅ……」

 男は過ぎ去りひとり残った彼は痛みと戦いながらハーヴィーの名を呼ぶ。

「すまねぇ」

 彼は静かに目を閉じる。

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