第6話「魔力消失」
星暦427年4月26日の午後17時17分、ヴィクトリアとハーヴィー、オースチン、トメの4人は調査のために約1時間前の世界へ時間魔法を使い旅立った。そして魔法省へ潜入し、順調に調査を進めていたところデモ当日に殺されたはずのビール、ルール、デールの姿があった。
彼らを助けだそうにもヴィクトリアに拒まれる。なぜならば、過去の人物を未来へ連れて帰ることは出来ないというものだったからだ。
一行は必ず助けに来ると約束をして未来へ戻る。その最中、時間稼ぎをしていたヴィクトリアが被弾しハーヴィーとオースチンだけで救出しなければならなくなった。
ところが、謎の青年の手助けにより無事ルールたちを救出し、帰路に着いたのだった。彼の正体は風の聖霊、ウィンディーだということを知らずに……。
転移魔法を介し、一行はマジックマテリアルの本拠地がある村の頂きへ転移した。
大木がひっそりと立ちはだかる中、村の近くには巨大な魔法石精製工場が稼働している他、飛行船の発着場が出来ていた。
「ここが僕たち、マジックマテリアルの本拠地さ」
ハーヴィーは自信満々に紹介するもビールたちはそれどころではない。彼らは助けだされたことに感謝の言葉を並べて泣き喚いている。また、久々の外の世界に感動を覚えている様子であった。
「良かった良かった」
彼らは下山し、皆のいる村へ向かった。そこでもウズベやトルトニ、タケルたちがビールたちと再会し嬉しがっている。
「今日は良い日だ」
「魔力が消失してしまうけれどな」
そこで彼らは祝うことにした。それはビール、ルール、デールが無事に生きて帰ってきたこと、ハーヴィーたちの作戦が成功したこと、そして自分たちが魔法使いだったということに祝福と感謝の意を表したものだ。
「さぁ、宴の始まりだ!」
ウズベの掛け声により参加者が集まり、女性陣は料理を作り男性陣は宴を盛り上げる。しかしその中にはヴィクトリアとトメの姿はない。
先の作戦においてヴィクトリアが負傷し、その上時間魔法を使い魔力を極限にまで消費したため大事を取って休養しているからだ。トメはその介抱のために付き添っている。彼女がいればもう安心だろう。
「私は実家が病院なんです。だから小さい頃から父や母の治癒魔法を見て育ってきました」
「だから治療も得意なんだね」
頷くと果実を向いて皿に乗せる。フォークを添えてヴィクトリアに渡すとお礼を言って口にする。
「他の魔法はてんでダメなんですよ」
頬張ったまま、
「転移魔法は上達したじゃない」
僅かの間に上級である魔法を使い熟せていることを褒めるも謙遜するトメに彼女は自信を持つよう言い聞かせる。ネガティブ思考ではなくポジティブに生きることを勧めた。
「そう…かもしれませんね」
「きっと、そうだよ」
互いに顔を合わせると笑顔になって笑い声を上げる。それは久し振りに訪れた束の間の笑顔である。
「――、うっ……」
ヴィクトリアが腹部に手を当てると少し前のめりになる。額には汗が見え隠れする。
「ご、ごめんなさい。食べ物はまだダメだったかしら……」
心配して専門の医者を呼んでこようと席を立つが彼女はトメの腕を掴み首を横に振る。そして着席すると息を絶え絶えに、
「大丈夫……だけど、少し疲れました。寝ますね」
断りを入れるも気にせず休むよう優しく声を掛ける。そうしてトメに看取られながら彼女は眠りに就く。
「少しでもよくなりますように」
彼女も暫らくの間治癒魔法を掛けると魔力が弱まり眠気を誘う。ハードな1日だったこともあり疲れが出て眠ってしまった。
すっかり夜も更けた真夜中の午後23時50分。魔力が無くなるという時刻まであと10分だ。
「ヴィクトリアさんは?」
「まだ寝ています」
ハーヴィーとオースチンが心配しているとウズベがビールをグラス一杯に入れてやってきた。ふたりに飲むことを強要するが二日酔いになりたくなかったため断る。
「嫌なことは飲んで、ひっく、忘れようぜ!」
顔を真っ赤にしてビールを一気に飲み干した。そして酒樽から新しく注いで2杯目を飲もうとした時だ、
「ボクが貰うよ」
ウズベからグラスを取り上げるヴィクトリアがいた。彼は怒りながら、
「未成年は飲むンじゃねぇ」
などと文句を言っていたが肩を叩き、
「まぁ、今日は飲みたくもなるよな。飲め飲めェ!」
もはやいつもの彼ではなかった。酔い潰れて右も左も分からない状態だ。
「それにしてもお酒なんて飲んでも大丈夫なのかい」
オースチンが身体を心配すると彼女はグラスを口に持っていき、まるで水を飲むかのように飲み干してしまった。顔は赤くならず素面のようにも見える。
「驚いたなあ」
「お酒は強い方ですから」
2杯目を注ぎ、またしても一気に飲み干した。ところが顔を青ざめて口に手を当てる。
「言わんこっちゃない……」
錆が目立つバケツを持ってくると中に汚物を入れることを勧める。しかしなんとか堪えて大事には至らなかった。その後も4、5杯ほど飲んでいるとハーヴィーは頻りに懐中時計を眺めていた。
「時間ですか」
「あと2分ちょい」
どのようにして魔法が無くなるのか不思議でしょうがなかったがもう間もなく、それは解明されるのだ。あと1分で。
村の同志たち夜空を見上げてその時を待つ。辺りは風を切る音や焚き火が燃える音、虫が鳴き、野犬が嘶く声だけが聞こえる。時折明るい流れ星が見えると、どうか魔力が無くならないことを祈る者もいた。
「あと20秒。誤差はあるかもしれないが」
静かに待った。たった20秒が10分、いや1時間ほどあるくらいに感じられる。そして、時が来た。
「時間だ」
その一瞬だけ辺りが静寂に包まれた。無音だ。しかしウズベの一声を皮切りに宴の続きが始まる。
「実感が湧かないな」
「そうですね」
3人は試しに魔法を使ってみる。だが発動することはなかった。
「本当に魔力が無くなったのですね」
彼女は悲しく呟きハーヴィーが元気付ける。これから魔力を元に戻すための戦いが待っているからだ。
「多くの人たちが私たちの成功を祈っています。共に頑張りましょう!」
オースチンの台詞にウズベが共感すると大声で同志たちに聞こえるよう彼の言葉を復唱する。そしていつの間にかスローガンが出来ていた。
「打倒魔法省。返せ、皆の心と魔力を」
彼の酔った勢いで作られた言葉は皆に浸透する。3人は内容がいまいち伝わらないのではないかと気にしていたが無いよりはマシだと思い、採用することを決めた。
「マジックマテリアルの初任務はぁ、デデン――」
仕舞には自分で効果音を付けていた。そして何を言い出すのかというと、
「デモスムントの飛行船を10隻撃沈することだ!」
その発言にビールを飲んでいたヴィクトリアは思わず吹き出してしまい、ハーヴィーとオースチンはすっとんきょうな声を上げた。
「ちょい待ち、ウズベ……。流石に10隻は言い過ぎだよ」
だが撤回する気は全くなく、寧ろ隊長の旗艦を上乗せしようとしていたためふたりが止めに入る。だがヴィクトリアは逆に旗艦を落とした方が10隻撃沈するより簡単ではないかと考えた。
「確かに10隻と旗艦なら旗艦の方が良いけれど……」
最早皆は旗艦を撃沈するムードになっていた。ウズベが盛り上げているのだ。
収拾が付かなくなってきているためにハーヴィーは啖呵を切る。
「分かった。10隻は撃沈できないかもしれないが、次の目標はデモスムントの旗艦を落とす。これで行こう」
一斉に沸き起こる歓声に驚いて駆け寄ってきたトメがヴィクトリアに何があったのか訊ねる。事情を聞いた彼女は彼に質問をぶつけた。
「私たちは魔法省から魔力を取り戻すために運動しているんでしょう。騎士団と殴り合うために結成したわけじゃないと思うの」
その答えは一理ある。しかしタケルが立ち上がると物申す。
「デモスムントを倒しゃー、奴さんはビビるかもしれへんで。それになー、ひっく……」
まだ言いたいことが合ったようだがオレンジ色の液体を口からマーライオンのように吹き出してしまい騒ぎを起こす。やれやれと思っているとヴィクトリアが彼女にこう言った。
「もしデモスムントを倒せばボクたち、マジックマテリアルの力が証明される。それ即ち、もっと大勢の味方が作れるってことなんだよ」
何故ならば彼らを倒すことで魔法省にも対抗できるという証が手に入れられるからだ。やはり、多くの民衆は何かの成果を欲している。彼らを倒した暁には相応の報酬が得られるだろう。
「でも今の私たちでなんとかなるんでしょうか。魔法が使えない私たちに何か出来るんでしょうか」
「そのための魔法石だよ」
そう、彼らに対抗するため彼女が必死の思いで得た魔法石を使うときが今やってきたのである。
「幸い、飛行船もある。魔改造すれば戦力にはなると思うよ」
彼女の言葉にトメは静かに頷いた。皆も賛成している。
「よっしゃ、やるで……げぼー」
こうしてマジックマテリアルの新しい作戦が開始されたのであった。
一方、遠く離れたフリーケンス共和国のハンダという小さな都市にヴィクトリアの下僕、カーサスの姿があった。
彼は置いてきぼりにされてからというもの、クエストを討伐して得た懸賞金で彼女を探しにここまでやってきた。書き置きには行き先が書かれていなかったため、宛てもなく探し歩いているようすだったがここに来て居場所を知ることになる。
それは朝刊の一面に大きく魔法省の一件が載せられていることに関係している。
星暦427年4月27日18時頃、アーク連邦の首都コールスマンウィンドウに所在する新魔法省でこの日、4人組による囚人脱獄計画が実行された。彼らは自らをマジックマテリアルと称し、反新魔法省に対抗する組織だと明かす。
首謀者とみられるヴィクトリアという男はハーヴィー、オースチン、トメを率いて3人の囚人を脱獄させた。彼らには懸賞金としてひとり1千万アークドルが支払われる予定だ。
他に特徴などが記載されており全てにおいてヴィクトリアの人相に一致する。カーサスはこの一件に関与していると踏み、今すぐにアーク連邦へ向かうことを決意すると空港へ発つ。
この街からコールスマンウィンドウまで鉄道網が伸びていたものの航空機で行くことにした。割高だが一番早く到着することが出来るからだ。
「あいつ、なんでいつもひとりで行くんだよ」
ぶつぶつ独り言を垂れながら国際空港へ到着する。 港内には大小様々な飛行船から三葉機や双胴機などの固定翼機が註機していた。この時代の主流は200年前からも変わらずに飛行船を使っている。理由は物資や人員を多く輸送できるメリットがあるからだ。
とはいえ、現在主流の飛行船は鋼鉄製で出来ており、動力源は魔法石を使っている。緊急時には石油燃料を使うものもある。
「ちぇっ……速そうなモンがねぇな」
註機している航空機をエプロンから眺めながら受付へと向かう。国際空港ということもあってか多くの人がごった返している。受付も長蛇の列が殆どだ。
やっとの思いで順番が回って来ると、コールスマンウィンドウへ行く最速の航空機のチケットを予約するも最短で40時間掛かると言われた。しかも搭乗手続きは既に終了しており、翌朝の搭乗のみ受付ている状況だ。
40時間で到着出来る航空機は飛行船だった。株式会社ヘンリエッタ・エアラインという最大手の企業が所有する最新の貨客船、ビッグマンがこれに該当する。
凡そ400人もの客と最大10トンもの貨物を載せて最高時速217キロで飛行することが出来る。さらにハンダからコールスマンウィンドウまでは無補給で往復することが可能だという。
「ヘンリエッタ・エアライン、マジぱねぇ」
「如何なさいましょうか。他に高速機をご所望ですと、ポポカテ・カーゴラインがありますけれど……」
貨物専用だが少数ならば客を乗せることが可能らしい。しかしながら、寄り道をするために時間のロスが大きかった。
「いや、やっぱり良いっス」
結局断ると受付から離れた外のベンチに座る。そして溜め息を吐くとどうやって行くか迷っていた。
「アンちゃん、高速輸送機に乗りたいのかい」
彼の横にカーサスと同じくらいの歳の青年が腕を組んで立っていた。金髪に青色の瞳、スカーフを巻いて服装は茶色のパイロットスーツを着用している。
「何故それを?」
「横で聞いていたからね」
受付の横で盗み聞きしていたようだ。しかしそこは重要でなく彼はビッグマンよりも速くコールスマンウィンドウへ到着できるのか問い詰める。
「落ち着け。一応、前に飛んだときは20時間で行けた」
「頼む、俺を乗せてコールスマンまで飛んでくれ!」
「まぁ、待てよ。何でアンタがそこまでして行きたいのか教えてくれ。訳あり乗っけてゴタゴタに巻き込まれたくはないからな」
彼は友人を探しに行くと告げた。かけがえのない友人をと。
「それだけか?」
「なんだよ」
青年はカーサスを上から下まで舐めるように見回した。何かを考えているように思えたからだ。
「その友人とやらは何をしにアークまで行ったんだ」
「それは……その」
「まさかとは思うが、その友人は魔法省に対抗する輩のひとりじゃないだろうな」
非常に鋭い質問に彼は狼狽える。しかし隠しても何れ気付かれてしまうと思った彼は全て事情を説明した。
「なるほどな。そのヴィクトリアとやらを助けに行く、と」
「そうだ。それで飛んでくれんのか?」
「魔法省に楯突く一味の仲間に手を貸したことがバレたらオレも捕まっちまうなあ」
カーサスは内心諦めていた。しかしそれは大きく予想外の展開へと動き出す。
「気に入った。魔法省のやり方は気に食わんと思っていたんだ」
「あぁ、そうなんだ」
「金は時価って決めてんだ。アンタが乗りたいのなら飛ぶぜ。どうするよ」
例え金額が分からなくとも彼の答えは決まっていた。
「乗せてくれ、今すぐ」
「急かすな。少し準備が必要だ。2時間後に3番ベイに来てくれ」
彼と別れようとした時、良い忘れたのか青年は振り向いて声を掛ける。
「オレはアーサーだ」
「俺はカーサスだ」
お互い名乗り合うとその場を去った。
約束通り、2時間きっかりに3番ベイへ赴くと彼が機体のチェックをしていた。形状は特殊な形をしている。
巨大なエンジンが左片方に付いており、右のもう片方にはゴンドラが翼を跨いで繋がっている。両翼は左右非対称だった。
「奇妙な形だろ」
「これが最速の機体の形なのか?」
「最高時速は610キロ。巡航速度は400キロ。航続距離は9000キロだ。コールスマンまでは約500キロオーバーの航続距離を持つ」
巨大なエンジンと燃料庫、そして魔法石動力機関を有しており人員以外の貨物などは一切搭載不可能であった。ゴンドラの最大乗員数は5人までとなっている。因みに機体の名前はサンシャインという。
「ふたりなら問題なく行けるよな」
「いや、3人だ」
アーサーが機体の反対側へ案内すると黒く汚れながら機械をいじる少年がいた。よく見ると彼に似ている。
「機関士でもあり弟でもある、ピーターだ」
「よろしく」
だが少年は黙々と作業を続けている。アーサーによると人見知りらしい。
「俺は何すれば良い」
「一応、客なんだからそこでじっとしてりゃ良い。もうすぐで終わるから」
「一応ってなんだよ、一応って……」
カーサスは暫らく辺りを歩いていると誰かに見られているような気がした。アーサーに伝えようとサンシャインへ近付いた時、ピーターが現れ汚れた手で彼の裾を引っ張る。
「ど、どうした」
だが少年は何も言わない。そしてアーサーの元へ着くと漸くピーターが口を開いた。
「警備兵が5人、こっちへ来る」
「なんだと!?」
ふたりが声を上げると笛の音が高らかに響く。3人は直ちにこの場から離れるためサンシャインへ乗り込んだ。
「粗方点検はした、上手く飛ばせてくれよ」
エンジンを掛けると排気口から白煙を上げてプロペラが回転し始める。そしてスロットルを半開にすると数秒経ってから地上を滑走路する。
滑走路まで着く間に警備兵が銃を発砲してきた。機体後部に数発、ゴンドラに1発の銃弾が撃ち込まれ、ガラスが割れると破片がピーターの頬を切り裂く。
「野郎ッ!」
カーサスが懐から愛銃のナーワルを抜くと窓を開けて応戦する。弾込めの際、ハンカチを少年に渡し血を拭うように囁いた。
「ありが……とう」
初めての会話に心が落ち着いた。しかし再びコクピットへ着弾するとそれどころではないと気付かされる。
「まだ飛ばないのかよ」
「滑走路にはもう入ってる」
エンジンスロットルを全開にするとプロペラが高速で回転、機体が振動し始める。目の前に警備兵の車両が応援に駆け付け、小銃を身構えている。
「マジかよ」
カーサスが怖じ気付いていると少年が操縦席の下に潜り込んで行くと鈍重な音がした。そして銃声が聞こえると前方の警備兵に向け射撃を行う。
「うぉっ、結構アクティブなのね!」
銃弾は車両に着弾、燃料へ引火したのか車体後部から火柱を上げる。それに気付いた警備兵は一目散に退いた。
「おいおい、車が滑走路に起きっぱなしじゃんかよ」
「問題ないさ」
アーサーはそう言ってスロットルの隣にあったレバーを引くと急激に加速を始めた気がした。いや気がするのではなく、加速していた。
「お、お、おぉっ!?」
「飛ぶぞ!」
ギリギリのところで車体上部を通り過ぎると同時に車両は爆発して黒煙を上げる。しかし一難去ってまた一難。別の滑走路から2機の単発式単葉機が飛び上がっていた。警備兵のものだろう。
「おいおい、こりゃ本格的にマズいんじゃないか?」
するとピーターは下部銃座から銃を持って離れ後部に回り込むと窓を開ける。
「まさか……」
そのまさかである。重さ8キロもある自動小銃を構えて接近する戦闘機の翼端目がけて発砲した。
翼端を吹き飛ばされた機体はコントロールを失いきりもみをしながら降下していく。パイロットは無事に脱出したようだ。
「まだ1機、追っ掛けてくるぞ」
少年は再び狙いを定める。しかし戦闘機からは容赦なく銃弾が発射され被弾する音が聞こえてきた。
「右翼のフラップが吹き飛んじまった」
「それってヤバいことか?」
「まだ大丈夫ってことさ」
まだ大丈夫、不安な言葉にカーサスは心配する。一方で少年は狙いを定めている真っ最中だ。互いに揺れ動く中、彼は確実に当てられるよう息を殺して定める。
「敵の射角に入った!」
思わず叫ぶカーサスの横でピーターはトリガーを引く。銃弾は敵戦闘機のエンジンに命中すると炎を噴いて緩降下して行った。今回もパイロットは無事に脱出できると少年は崩れ落ちる。
「良くやったぞ」
アーサーが褒める。カーサスに至っては絶賛し年下にも係わらず射撃の秘密を伝授してほしいと頼み込む。しかし少年は何も言わず小銃を下部銃座に戻すと弾を装填し始める。
「言ったろ、コイツは人見知りだって」
彼はそう言って少年に 被害状況を纏めさせる。カーサスは後ろからその様子を拝見していた。
「そういえばお前らの年齢とか聞いてなかったが……」
「オレは18、ピーターは12だ。アンタは?」
「じ、17……のはず」
彼はヴィクトリアと同じ不老不死だ。年齢は固定され、歳を取ることも若くなることもない。
17歳というのは契約元のアークファミリアの年齢と同じであることだ。もしも彼女が65歳ならばおじんになっていたことだろう。
「はず……か。自分の歳くらい覚えていろよな」
「そ、そうだな」
実年齢は200歳以上だと言うに言えなかった。気付かれたくないのだ。
不老不死とはこの世で忌み嫌われているものだとヴィクトリアが言っていた。ミレイやサキが特別なだけだというが本当かなあ。
「先は長い、少し休んでろ」
彼らの小さな旅は始まったばかりである。
その頃、ヴィクトリアとマジックマテリアルは彼女が前に奪った飛行船の魔改造を急ピッチで行っていた。変更点は重装甲化や防御火器の増設、速力の上昇、対魔術のコーティングなどを重点的に指定している。
「今日の昼までには完成させるんだ」
彼らは早く敵の旗艦を撃沈としたくて堪らなかった。そう簡単に事が運んでくれるとどんなに良いか、トメは思っている。
「何かあれば、ボクが出るよ」
「あまり無理なことはしないでほしいです」
彼女は心配してくれた。だが全世界の期待に応えるためにも作戦の成功が必要不可欠だ。
「死にそうになったらまた君が治してくれるよね」
「魔法は使えなくなったんです。私は何も出来ないただの……凡人です」
すっかり自身を失くしたトメに彼女は勇気づける。
「君は凡人でも立派な人じゃないか。もっと自分に自身を持って。みんなを笑顔にさせて」
彼女の暖かい言葉に自然と笑みが零れる。そうして時間が過ぎ、午前18時ごろの昼前に全点検が終了した形で飛行船のお披露目会が執り行われた。
「我々の唯一の旗艦の名前は、ヴィンクルムに決定しました」
和訳すると絆となるその意味は全世界の魔法使いとマジックマテリアルが強い絆で結ばれていて、共に魔力を取り戻そうという意味合いがあるそうだ。
「さて、我々初の任務は第二の敵である魔の騎士団、デモスムントの旗艦を撃沈することにある。これを撃沈せしめれば我がマジックマテリアルの名が世界中に轟き、より強大な力となり魔法省へ挑むことが容易になるであろう」
ウズベの迫真なる演説は最高潮に達し、歓喜の声や号泣する声に圧倒される。また、カザフが魔法に関わる合唱を始めて皆は歌いだしている。
「なんやカルト集団みたいやな」
タケルが思わず口走るとオースチンが鼻で笑う。
「確かにこうしてみるとこっちが悪役に見えますな」
しかし本当の悪は彼らでもデモスムントでもない、新魔法省の長官ベネディクトなのである。彼に考えを改めさせることがマジックマテリアル、ひいては全世界にいる魔法使いの望みなのだ。
「さて、いよいよ我々は出発する。別れの言葉はいらない。何故ならば、また帰ってくるからだ。皆、健闘を祈ってくれ」
壇上からウズベが下りてくると盛大な喝采が彼らを包み込む。それは遠方のランカスター連峰にまで届く勢いだ。
「搭乗員は直ちに乗船せよ!」
ハーヴィーの号令とともに各員が一斉にヴィンクルムへ乗り込む。搭乗振り分けは次の通りだ。
艦長はハーヴィー、指揮官はヴィクトリア、操縦はウズベとカザフ以下6名、砲撃長はタケル、装填長はトルトニ、船医長はトメ、そして機関長がオースチンである。また、この他にも装填手や砲手などの作業を行うために86名もの乗員が乗り込んでいる。
「出港するぞ」
「了解、エンジン始動」
3翅プロペラを持つ8つのエンジンが一気に回転を始めると少しずつ上昇していく。
本拠地を守るのはビール、ルール、デールと新たに加わった数百名の同士たちだ。
「最大船速。目標、コールスマンウィンドウ」
ハーヴィーの力強い命令にウズベや他の搭乗員も士気が上がる。トメはまだ心配している。無事に作戦が成功することを祈るとともに。
マジックマテリアルの本拠地でも作戦終了を心待ちにしている同士がいる一方、こんな会話がなされていた。
「ファーディナント隊長、マジックマテリアル隠密調査隊のイータ1(ワン)です。ハーヴィー以下99名の反乱者を乗せた飛行船、ヴィンクルムが予定より早く出港しコールスマンウィンドウへ向かっています」
「分かった。なんとかする。そっちも気付かれぬようにな」
「任せて下さい」
影でこんな会話をしているとは誰が予想できるだろうか。そして裏切り者の正体とは一体誰なのか、この時誰もが知る由もなかった。
「ハーヴィーさん、あなた方は袋のネズミですよ。謂わば、マジックマテリアルの終焉でもあるのです」
不気味に嘲笑う男は遠退く飛行船を眺めているのだった。




