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The ARK  作者: にゃらふぃ
第2章 囚われの英雄
31/101

第5話「1時間の死闘(後編)」

 時は星暦427年4月26日、アーク連邦のコールスマンウィンドウに所在を置く新魔法省でそれは起こった。

 魔法制約法の準備段階として1時間、全世界の魔力を消失させるという事態が実行に移された。その間に対抗組織として創立したマジック・マテリアルのハーヴィーとオースチン、トメ、そしてヴィクトリアは魔法省の間取り図を作成すべく現地に赴いた。

 だがしかし、1時間の魔力消失は起きなかった。いや、実際には起きたのだが、既に1時間が経過していたのだ。

 そこでヴィクトリアは時間魔法という過去へ行くことの出来る魔法を展開、4人は過去の世界へ向かう。

 ところがその世界では魔法が機能していた。つまり刻を止めていたのは魔法省だったのだ。

 4人は魔法省へ侵入すると見取り図を作成すべく調査していると彼らを射殺するよう命じた男、ムラカミとヴィクトリアに致命傷を負わせた男、ファーディナントが話しているのを耳にする。そして彼らが侵入者のことに気付くのだった……。

『解除魔法、発動』

 ファーディナントの声にヴィクトリアの心臓が轟いた。彼の魔法で一度死にかけたからだ。

 彼女だからこそ生き長らえたがもしも他の3人だったとしたら、そう思うとそこから先は考えたくなかった。急いでことを済ませようと彼女は3人を連れて7階へと向かう。

 解除魔法を発動され、4人は他人からも丸見えの状況だ。もう一度透過魔法を使用すれば良いと思う方もいるが、一度解除された魔法は暫く経たないと再び使うことは出来ない。

 これが解除魔法の特性であり特徴でもあるからだ。

 4人は出来ることならば引き上げたいが作戦を続行することにした。仮にここで引き上げれば次はもう無いと思ったからだ。

 その理由のひとつとして今よりさらに厳重な警戒が施されると予想できる。だが無事に帰らなくてはならない。この任務も重要事項である。

「警報だ!」

 庁舎内は侵入者に対して警戒するよう促す警報が鳴り響いた。その影響で7階から上の階に行くことが困難となる。

 7階には衛兵の待機室や訓練施設がある。また、武器庫なども見受けられた。

「上へ行くに連れて危険度が高くなっていないか……」

 オースチンが呟く。確かにその通りだ。重要区画が集中して上階にあるためである。

「外見はお城みたいなのに中は意外とビルのような造りなのも何か関係しているのかしら」

 不思議に思っていたトメはハーヴィーに訊ねるがその答えは帰ってこない。彼にも分からなかったからだ。

「もし仮に見付かったらどうしようか」

「戦うあるのみ」

 ヴィクトリアは臨戦体勢を取り8階へ上がっていくと大きな叫び声が轟いた。その声に4人は互いに顔を合わせて口元に指を置き、

「シー、静かに」

 と囁くが自分たちでないことに気付いた。再び声が聞こえると、その声のする部屋に近付く。

「拷問調書室……!?」

 扉が半開きになっており中から若い男の悲鳴が廊下にまで響いている。ハーヴィーは息を呑み危険を承知で室内を覗いた。確かめたいことがあったらしい。

 オースチンが腕を組んで辺りを見回している。いつ追っ手が来てもおかしくないからだ。

「ルール!」

 ハーヴィーが叫んだ。その大声に室内の拷問官からヴィクトリアたちまで彼に注目した。中でも目が点になるほど凝視していた男たちがいた。

 拷問されていたルールという若い男と同じく拷問中の2人の青年らだ。彼らをオースチンやトメも目撃するとハーヴィーと同じ挙動を取る。

「ビールに……」

「デールじゃないですか」

 彼らはヴィクトリアも見たことがあった。それはハーヴィーたちと出会うデモを行っていたあの日のことだ。デモ隊の参加者が再三の忠告を無視して3人の若い男が射殺された。彼らがその3人なのだ。

「殺されたはずじゃ」

「生き返らせられてハーヴィーさんたちの情報を聞き出そうとするのです」

「蘇生魔法はお宅ら魔法省が禁止にしてるはずじゃあ」

 ヴィクトリアの抗議に拷問官らは嘲笑い、

「科学の力で蘇らせたのだよ」

 そう答えた。いくら科学の力が進もうと命を落とした者を生き返らすことが出来るなど到底不可能だ。それは彼女自身がよく知っている。しかし現に彼らは生き返っているからして、現実を受け止める他なかった。

「だ、だからと言って酷じゃないのか?」

「酷? はて、俺たちは感謝されるはずだと思っていたが……」

「違うようでしたな」

 拷問官は互いに顔を合わせる。そうして彼らはビールたちに携帯していた拳銃を突き付ける。

「動いてみろ。こいつらは本当に死ぬぞ」

 迂闊に近付くことさえ出来なかった。

 魔法省を調査に来たところ、殺されたはずのビールたちが生きていたとは誰が考えるだろうか。この奇跡的な状況下に彼は、

「ハーヴィーさん……もしかして俺たちを助けに来てくれたのですか!?」

 生きていて良かったと思っているに違いはない。しかし今は彼らに構っているわけにはいかなかった。魔法省の内観を確かめるという仲間から預かった使命がある。だが、

「そうだよ。君たちを救いに来たんだ」

 彼らしいこともあり、オースチンは微笑すると魔法を発動し拷問官に向け火の玉を食らわせる。

 男は慌てて避けた拍子に確認不足のせいか拷問道具に顔面を強打して気絶した。そして火の玉は目標を外し、壁に大穴を開けて焼失する。

 もう一方の拷問官が拳銃片手に理由を聞いてきた。

「外の世界は止まっているはずだ。どこから来た……」

「それはだな……」

 ハーヴィーが答えようと口を開くもヴィクトリアが背後に周り男の後頭部を素手で殴り気絶させた。

「未来から来たんだよ。だから魔法消失の制限を受けない」

 床に倒れている男に告げると廊下から敵兵の声が聞こえてきた。拷問官が秘密裏に知らせていたようだ。

「どうするんだ」

「逃げるしかないよ」

 ヴィクトリアは空いた穴を指差して皆を誘う。しかしオースチンが錠と枷を外そうと必死だ。

 魔法で解錠されぬよう特殊な素材で作られたそれらを鍵も無しに開けることは難しかった。トメが気絶した拷問官の衣服を(まさ)ぐるものの鍵は出て来なかったためだ。

「彼らは置いて行こう」

 情にもないことをヴィクトリアが口走り流石のオースチンも非難する。トメが理由を聞こうとしたがハーヴィーが彼女を無視してビールたちに鍵の在処を訊ねた。

「鍵は多分、別の管理官が持っていると思います」

「くっ、ダメだ……外れない」

 オースチンが力ずくで外したり鍵穴に針金を入れて解錠を試みるも失敗に終わる。

「彼らは置いて今すぐここから離れましょう」

「うるさいな。今、必死にやっているんだ。静かにしていてくれ!」

 叱責するハーヴィーに彼女は口を閉ざす。

「いたぞ!」

「奴らを殺せ」

 拷問調書室にやってきた衛兵らは小銃を構え引き金に指を掛ける。しかし大声で射殺命令を取り下げる男がいた。ムラカミだ。

「待て、拷問中のゴミどもは射殺しても良いが残りの4人は生かしておけ。まぁ最悪、両手足の2、3本は無くなっても構わんがな」

 彼らを首謀者と見ての命令だ。小銃の銃口は4人の両手足に向けられる。

「ファーディナント魔導隊長も何れやってくる。その時は後悔するだろう」

 彼はそう言い残すと手を突き出して発砲命令を下す。その瞬間にヴィクトリアはハーヴィーらの一歩前に立つと抜刀する。

「お願いだから、彼らを置いて逃げよう。理由は後で説明しますから」

「撃て」

 小銃から無数の銃弾が発射される中で彼女はそのひとつひとつを正確に、且つ慎重に神風で弾道を逸らして行く。そうして全ての弾丸を壁や天井へ逸らすことに成功すると今度は敵兵の懐に飛び込んだ。

「うわっ」

 怯んだ隙に彼らの腹部を斬撃すると鮮血が飛び散った。この惨劇にハーヴィーらは息を呑む。

「貴様っ!」

 ムラカミは憤り拳銃を構えた。しかし既に彼女は彼との間合いに入っておりいつでも斬り殺せる体勢だったが殺気を感じ距離を取る。

「鋭いな」

 彼らの背後に長身の大男が立っていた。木製のロッドを持っているその男は魔導隊長のファーディナントだ。応援に駆け付けたのである。無論、部下も一緒だ。

 彼は顎に手を掛けると、

「貴様は一度殺したと思ったが」

 どうやらデモ隊で致命傷を負わせた時のことを覚えているようだ。しかしヴィクトリアはハーヴィーたちに助けてもらったことを告げると彼は嘲笑する。

「今度はそうも行かないだろう。何故なら皆ここで捕まり、死ぬのだから」

 そう言い終わるとロッドを身構え呪文を唱え始める。その間にムラカミと残った衛兵が負傷者を抱えてその場を退避する。

「早く逃げて!」

 すると漸く解錠することに成功したオースチンがビールたちとともに大穴の空いた壁に向かって走りだす。その間にもヴィクトリアは彼らを残すことを懇願する。

 トメも皆に話を聞くよう呼び掛けたが既に遅かった。彼らは飛び降りたあとだったのだ。

「トメさん、先に行って彼らを引き止めておいて」

「は、はい!」

 彼女は大声で返事をすると飛び降りた。ハーヴィーも後を追うように大穴へ向かう。ヴィクトリアもそれに続こうとした時だった。

『捕縛魔法、発動』

 彼女はファーディナントが掛けた捕縛魔法によって捕まってしまった。それに気付いたハーヴィーは飛び降りるのを止め反転すると咄嗟に敵へ向かって崩落した壁の破片を吹き飛ばす。

「無詠唱だと!?」

 過小評価していた彼は突然の出来事に捕縛魔法を一度解いてから防御魔法で身を守った。彼がもう一度ふたりを捕縛しようとした頃には既に飛び降りたあとであった。

「クソ、まさか無詠唱呪文を扱える奴だったとはな」

 穴から下を覗くと先に降り立ったオースチンがふたりを地上にそっと下ろしているのが見える。そして直ちに追跡するよう命じるのだった。


 地上に降り立ったヴィクトリアはハーヴィーに先程の一件のお礼を言った。しかし彼は複雑な気持ちだ。

「どうして彼らを残さなければならないんだい」

 彼女が理由を説明する前にトメは気付いたのだった。

「ボクたちは未来から来ていることになる。だから過去の人たちをボクたちのいる元の世界、つまり未来に連れていくことは出来ない」

「自分たちしか移動できないんですね」

 その通りなのだ。過去の人物を未来に連れていくと同一人物がふたり以上存在することになってしまう。

「だから彼らをここに残さなければならないんだ」

 その答えにオースチンは納得がいく。しかしハーヴィーは難色を示した。

「もしも君の言う通りだとして、未来の……つまり僕たちのいる世界で彼らが生きているという保障はないんじゃないか」

「それも(とき)の摂理ですよ」

 納得が行かない様子だ。否、納得行くはずが無い。もし、この場で助けなければ未来に戻ったとき、彼らは死んでいるかもしれないからだ。

「それに、ボクたちは大丈夫ですけれども彼らは、この魔法省の外へ足を踏みだしてしまえば危険だと衛兵が言っていたじゃないですか」

「……っ」

 しかしながら、何が何でも連れて帰ろうと聞く耳を持たない姿に皆は困惑していると衛兵が彼らを見付け笛を鳴らした。続々と応援が駆け付ける中でオースチンが魔法を用い炎の壁を創る。

「長くは持たない……早く逃げましょう」

 すると画期的な解決策を見付けたハーヴィーは皆に説明した。

「もう一度過去に来れば良いんだ。今度は魔法省の敷地内か近くで術式をやってさ」

 ところがヴィクトリアは首を横に振った。時間魔法は一度行った場所には戻れない決まりがあるのだ。何度も干渉すると危険なのである。

「何回も繰り返す度に術式が難しくなってくるし、魔力の消費も激しいんだ」

 と、ここでトメがあることに気が付いた。それは魔法である。

 過去の世界に来てから、ヴィクトリアは一切魔法を使っていないのだ。その訳を訊ねようとした時だ、

「ファーディナントがきやがった!」

 轟々と燃え盛る炎の奥に鋭い眼光で睨み付ける彼と魔導部隊の姿があった。

「どうするんですか!」

 これ以上支え切れないと感じたオースチンは性急に立ち去ることを皆に勧めるがハーヴィーは未だ拒み続けていた。するとビールが声を掛ける。

「大丈夫です。行ってください」

「えっ……?」

「1時間したら助けに来るんですよね」

 確かにその通りかもしれないがそれ以前に殺される可能性もある。それを承知で彼は皆に早く逃げるよう勧めた。

「今まで生かしておいたんだ。きっとまた生かしてくれるはずだ」

 ルールが補足する。もし彼らの話を信じるとすれば敵は再びヴィクトリアらを捕える機会が巡ってくるため生かす可能性もあった。それに賭けようとしているのだ。命懸けの選択でもあった。

「ファイアウォールが破られます」

「ボクが敵を引き付けるから先にさっきの魔法陣へ行ってて」

 彼らの前にヴィクトリアが抜刀して立ち尽くす。彼女の血流は沸騰するくらいに脈を早めていた。

「ハーヴィーさん!」

 トメが急かす。オースチンが側壁に攀じ登り声を上げる。

「急ぎましょう」

「早く行けぇッ!」

 ヴィクトリアの怒号に腹を括った彼はビールたちに必ず救い出すと誓う。そしてオースチンの手を借りて側壁を越えて魔法省の外へと飛び出した。

 一方、残された彼女は一触即発の危機にあった。捕縛魔法で捕まってしまえば二度と帰ることが出来なくなってしまう。

「魔法が使えないのは少々厳しいな」

 溜め息を吐くと深く深呼吸をする。そして刀を握り締めると息を止めて駆け出すと同時にファーディナントの一歩手前まで接近した。

「素早いな。だが来ると分かっていた」

 ロッドで刀を弾くと拳を用いて彼女の腹部を殴打する。よろけたところに回し蹴りをして彼女は側壁近くに鎮座する木の幹へ叩きつけられた。

「うぅ……。体術も会得しているとは、流石は魔導隊長……厄介な相手だ」

 腹を押さえて彼を睨み付ける。彼もまた睨み返すとロッドを突き出し、稲妻が彼女を襲う。がしかし寸でのところで交わし、ことなきを得る。

「そろそろ引き下がろう」

 ところがそうも上手くは行かない。ムラカミが狙撃銃で彼女の太ももに照準を合わせていたのだ。

「殺したかったぜ」

 生かして取り押さえるためにわざと致命傷を反らす作戦だ。発砲と同時に彼女は気付き身を交わす。

「畜生、次弾装填……」

 弾を込めると狙いを付けずに発砲した。弾丸は避けた先の腹部を貫通して背中から体外に飛び出しだ。

「っ……」

 地面に2、3滴ほど真っ赤な血を滴らせると口からも出血するヴィクトリア。その様子を間近で見ていたファーディナントは捕縛魔法を解き始めた。

「まずい……逃げなくちゃ」

 しかし目の前が霞み、力が入りづらくなっていることに自分でも分かっていた。その時だ。

「ヴィクトリアさん、逃げて下さい!」

 ビールが呪文の詠唱を邪魔するようファーディナントへ体当たりを仕掛けると同時に彼女は渾身の力を振り絞って側壁を飛び越える。そして彼に感謝するとその場から去っていった。

 残されたビールは彼に睨まれると衛兵らが身柄を拘束した。ルールとデールも共に捕まったのだった。


「はぁはぁはぁ……」

 街道に血痕を残しながら彼女は魔法陣のある集合場所へと急ぐ。体力の限界で途中、気を失いかけたがその都度壁に寄りかかり深呼吸を繰り返した。

「あと15分くらいか……急がないと」

 皆に心配をかけまいと胸に巻いていたサラシを包帯代わりに腹部へ巻き付ける。早くも赤く滲み出るが地面に滴り落ちることはなくなった。

「良し、行こう」

 腹部を押さえ彼女は先を急いだ。走るたびにずきずきと傷口が痛む。それでも前へ前へと進み集合場所へと辿り着いた。

「待っていたぞ」

「早く帰ってビールたちを救おう」

 ハーヴィーがそう急かす傍らでトメは異常に息を上げている彼女を不思議に思う。また先程質問出来なかったことを訊いてみることにした。

「ヴィクトリアさん、どうして魔法を使わなかったんです?」

「こ、これには訳があるんだよ」

 そして時間魔法の恐ろしさを初めて知る一同であった。

 この魔法は使用すると術者自身に制限がかかる。これは過去の滞在時間中に時間の干渉を緩和するため術者の魔力を最大限に消費するためだからだ。

 滞在する時間と干渉する人数が多ければ多いほど魔力の消費が凄まじい。また魔力提供をした場合、頭割りの計算ではなく提供者の魔力を全て吸い尽くしてしまうのだ。

「だからあんなに激高していたのですか」

「ごめん……心配かけたくなかったから」

 他の制限として過去の滞在時間分を帰還時にも影響されることだ。人によって様々だが、大抵の人ならば気を失うことだろう。

「じゃああなたも……」

「もしかしたらね。でも彼らを救うんでしょ」

「う、うん」

 彼女は杖を取り出した。杖は赤く染まっており皆が心配する。しかしこれは衛兵に斬撃を与えた時、食らった返り血だと説明し誤魔化した。そして呪文の詠唱を始める。

「恐らく奴らは待ち構えているだろう。だけど構わずビールたちを救おう」

「分かった。トメはどうする」

「私、杖が無いから足手まといになっちゃいます」

 するとハーヴィーが描画チョークで帰還用の転移魔法陣を描いて待つよう指示した。彼女が了承すると同時に4人を白い霧が包み込む。

「数分でボクらが過去の世界に行った時間から1時間後の世界へ到着するよ」

 息を上げ、頻りに腹部を擦る素振りを見ていたトメは意を決し、

「ごめんなさい」

 彼女の腹部に手を当てる。するとどうだろう。返り血だと言っていたはずだが包帯が巻かれ、傷口からは血が滲んでいるではないか。

「やっぱり、怪我をしているじゃないですか」

「なんだと」

「本当ですか?」

 無言でやり過ごそうとする彼女にトメは両手を患部に翳して力を込める。治癒魔法を掛けようとしているのだ。治癒魔法は杖を必要としないため今の彼女でも役に立てる。

「ダメだよ。あなたは転移魔法のためにも力を残しておかないと」

「そうも言ってられないわ」

 傷の度合いからして出血が酷いようだ。無理したがために彼女の血液は足りなくなってきていた。これ以上放っておくと死んでしまうと思ったようだ。

「大丈夫、そう簡単に死なないから」

「良いから気を楽にしてて」

 暫く魔法を掛けていると白い霧が晴れていく。太陽の光が4人を照らすと草木が生い茂る森の中にいた。時刻は午後18時18分、誤差は多少あるが元の世界に間違いはない。

 到着と同時にヴィクトリアは地面へ崩れ落ちる。苦しい表情を見せ意識も絶え絶えだ。

「僕たちは魔法省に行く。ふたりはここにいて」

「気を付けてください」

 ハーヴィーとオースチンはビールとルール、そしてデールを迎えに行くため敵兵が待ち構える魔法省へと向かった。その間にトメは転移魔法陣を描かなければならないのだが、先にヴィクトリアの治癒から始めるのだった。


ハーヴィーらが魔法省へ向かう途中で気付いたことがあった。それは星廳がいつものように綺麗さっぱり消えていたのだ。

「隠蔽、妨害魔法が復活したんだな」

 彼らはそう思い中枢機関が集まる区画へ侵入した時だ、辺りが突然暗闇に包まれた。便りになるのはガス燈の明かりだけだ。

「なんだ……」

「あれを見ろ!」

 街中の市民が声を上げては上空を指差す。空には凡そ十数隻もの飛行船が集結していた。

「ありゃ……デモスムントの飛行船じゃないか?」

 ゴンドラ下部にはたはたとはためく魔の騎士団の記章が描かれた旗が何よりもの証拠だ。するとふたりの周囲に円柱の光が現れるや漆黒の人影が競り上がる。

「闇の魔法だ……」

 逃げようとするが人影が行く手を阻む。そして上空からはホウキに乗った兵士が降りてきた。

「マジックマテリアルのハーヴィーとオースチンだな」

「貴様らを拘束する」

 正に絶対絶命とはこのことだ。

 彼らはどうすることも出来ず素直に両手を上げる。兵士はふたりの身体を調べ杖と描画チョークを没収すると魔法を封じる拘束具で両手足を捕縛された。

「直にもうふたりも拘束されるだろう」

「第27分隊から大隊長へ、ハーヴィーとオースチンを拘束。これより魔法省へ連行します」

 無線機で連絡を取るとふたりは数十人もの兵士に囲まれながら歩み始めた。やはり無謀だったのかと思っていた矢先、突如として突風が飛行船を襲う。そしてバランスを崩した1隻の飛行船が隣の飛行船に衝突すると爆発を起こした。

「退却しろ!」

「墜落してくるぞ!」

 上空から火の粉と破片が次々に落下してくる中、ハーヴィーとオースチンは近くの建物に飛び込んだ。外では破片が地面に叩きつけられたり、兵士を潰したりしていた。

「密集しているからだな」

「そんなことより、ここも危ないですぞ」

 その通りだ。鉄骨がふたりが避難していた建屋にも直撃し、あわや潰されてしまうところだった。

 ふたりは裏口から脱出すると出来るだけ遠くに逃げようとした。しかし警戒中の兵士に見付かり停止を呼び掛けられた直後、

「うわぁ!」

「どわぁ!」

 兵士が竜巻によって吹き飛ばされてしまった。その後にひとりの青年が現れた。ウィンディーだ。

「訳は後で話します。ビールさんたちの救出を手助けします」

 ふたりの拘束具を何処から持ってきたのか鍵を使って解錠すると今度は彼らの杖と描画チョークを渡した。驚きの手際の良さに目を丸くしたふたりは顔を合わせる。

「さぁ、急ぎましょう」


 彼らはウィンディーの護衛もあり、兵士に見付かることなく魔法省へ侵入することが出来た。さらに混乱の影響で警備が手薄になっていたことも幸いした。

「どこにいるんだ……」

 彼らは広い庁舎内を捜し回る時間は無いと判断した。そこで探索魔法を使ってビールたちを見付けることにする。

「どこにいるか分かりましたか?」

「後ろ……」

 ふたりが振り向いた瞬間、漆黒の人影が退路を確保していた。そしてその後ろにはファーディナントとムラカミがビールらを連れて待っていたようだ。

「久しいな」

「たかだか1、2時間くらいじゃないか」

 彼らは生きていた。しかし暴行を受けた痣などがあり、この様子だと吐いてしまったようだ。

 寧ろ好都合だとハーヴィーは思っていた。まだ生かされるからだ。

「今助けてやるからな」

「何を言っている。貴様らは袋のネズミなんだぞ」

 彼らの前方にも漆黒の人影と衛兵が集結し完全に退路を塞がれる。逃げ道が無くなった彼らは再び捕らえられる他ない。

「おい、君は救出を手伝うとか言っていたが、まさか逮捕されることを手伝うとかじゃないだろうな」

 するとハーヴィーは質問しているのに返事が返ってこないことを憤りウィンディーを問い詰めようとした。しかし彼はいなかった。

「あ……れ、さっきの青年は?」

「えっ? あ、本当だ」

 オースチンもどこへ行ったか見ていなかった。周囲を見回していると敵のど真ん中に彼がにこやかに手を振っているのが見える。

「あいつ……」

 裏切ったのかと思いきや突如として廊下が通気孔のように強風が吹き荒れる。人影が吹き飛ばされ、ファーディナントらもしがみ付いているのに必死の中、ハーヴィーとオースチン、そしてビールたちはまるで台風の目のように動じていなかった。

「くっ……そ、何が起こっているんだ」

 魔法の反応がないためファーディナントは何が起きているかさっぱり分からず、ただただ彼らが逃げるところを見ているだけだった。ムラカミが必死になって拳銃を抜き照準を定めようとするが間に合わず、彼らは魔法省からの脱出に成功した。

「彼は一体何者だったのだろう」

 ふたりはそう思いながらトメと合流した。ヴィクトリアは彼女の治癒のお陰で傷は完治したようだ。

「直ぐに逃げるぞ」

「アイアイサー!」

 そしてトメは転移魔法を実行し、彼らは帰路に着く。その中には大役を任されたウィンディーが聖霊の状態になってヴィクトリアに囁いていた。

「正体がバレなくて良かったです」

「ありがとう、そしてごくろうさま」

 どうやら彼女がお願いしたようだった。

 ここまでご閲覧頂き、ありがとうございました。

 次週、5月9日はお休みとさせて頂きます。次回の更新は5月16日を予定しています。

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