第2話「いざ団結」
時は星暦427年の4月25日、アーク連邦にある世界中の中枢機関が集まる星都コールスマンウィンドウで同月1日に起きた魔法省爆破事件が再び話題を呼んだ。その理由は同日に機能を失っていた魔法省が新設されたためだった。
ところが新設されたばかりの魔法省では新たに魔力制約法なるものが生まれようとしていた。これは、個人の魔力を税金で納めることによって開放することが出来るものだ。
無論、世界中の魔法使いは反発した。各所でデモが繰り広げられ、ヴィクトリアとウィンディーがカーサスを置いて訪れたコールスマンウィンドウでも例外ではない。
ふたりはそこで銃殺刑に処されるデモ隊を救おうとするのだが……。
新魔法省の鉄扉前から消え去った13人のデモ隊たちはそよ風が吹く丘の上で横になっていた。そしてひとりの青年が目を覚まし辺りを見回す。
「ここは一体何処だろう……」
辺りは緑色の草木が萌え遠方には標高の高い山々が連なっている。周辺に背の高い建造物はなくコールスマンウィンドウの可能性はない。
おもむろに立ち上がると歩きだす青年だったが突然突風に襲われて尻餅を突いてしまう。驚いた彼だったがさらに驚愕の事実を知る。
なんと崖の一歩手前にいたのだ。もしも突風が吹かなければ真っ逆さまに転落していたことだろう。
今になって心臓が早鐘を打っている。気持ちを落ち着かせながら振り向くと12人のデモ隊のメンバーともうひとりが倒れていた。
「この子が僕たちを救ってくれたんだよな」
礼を言うためにうつ伏せに倒れている彼女を起こそうと近付き言葉を失った。真っ赤だったのだ。
「ちょ、大丈夫、ですか!?」
彼女の服は真っ赤に染まり、地面には赤い血の水溜まりが出来ていた。酷く憔悴しており息遣いもほとんど見られない。
「なんてことだ。みんな、起きてくれ」
彼の言葉に気が付いた5人のメンバーが近付き似た反応を見せる。メンバーのひとりがゆっくり仰向けにするともうひとりが悲鳴を上げた。
「っ……」
彼女の腹部からは出血しており、静脈が傷付いているためか脈動に合わせて少し黒ずんだ血液が流れ出ている。
「しっかりしろ、キミ!」
「無理だろ、こんな怪我を負っていたら」
同時に青年は何も出来ないことに悔しがる。すると彼女は微かに目を開き何かを言おうとしている。
「良かった……無事で」
それは彼らの安否を確かめる言葉だった。自分が死に直面している状況で彼らを心配する姿に青年は、
「治癒だ。治癒魔法を使うぞ」
しかしいくら魔法でも治せる傷と治せない傷がある。この傷は後者のものだ。青年は彼女に気をしっかり持つようにだけ声を掛ける。
「こんな傷、治したことないぜ」
「無理……手が震えて集中出来ないわ」
それでも今いる面子のみで青年は治癒魔法を掛けることにした。ダメ元でメンバーを言い聞かせると彼らは彼女の腹部より少し上のところで魔力を集中させる。
「僕たちの力で治してみせよう。そして僕たちに魔法があったことの証を残そう」
彼は皆を勇気付けた。
『治癒魔法、発動』
彼女を中心に魔法陣が展開される。やがて光を放っていくつもの帯が彼女の患部を包み込む。
「頑張れ、意識を集中して」
二者以上による統合魔法はかなりの魔力を消費する他、意識が疎かになると失敗する可能性が高い。さらに術者自身が動揺の傷を負うリスクもあった。
「あと少しだ」
光の帯が一本、また一本と彼女の腹部から捲れては消えていく。そして最後の一本が捲られた時、魔法陣とまばゆい光も伴って消える。成功だ。
「……ありがとう」
横になった彼女は皆にお礼を言った。魔力を消費した殆どは座り込んで笑顔見せていたものの息が上がっている。しかしその中で唯一、青年だけが動けていた。
「魔力が高いのですね」
ウィンディーが囁いた。彼女は頷き、何はともあれ助けてくれたことに感謝する。
「キミ、名前は?」
「ヴィクトリアです」
「ということは失礼だけど、女性の方?」
彼女は驚いた。名前だけで自分が女であることを見抜いたのは彼が初めてである。
「そうです。ボクは女です」
「そうでしたか。男かと思っちゃいましたよ。……あぁ、僕はハーヴィーと申します」
ふたりは握手を交わした。彼女が起き上がろうとするも暫らくは横になっていた方が良いと言ってそのままの体勢にする。
「もしかしてお医者さんですか?」
「そう見えますか。残念ですが医者ではないですよ。一応、小さな学校の教師をやっとります」
「若いのに立派ですね」
聞くところによると、2週間くらい前に25歳の誕生日を迎えたそうだ。学校は今春季休業中でデモ隊を作り、魔法省に抗議を行っていたらしい。
「僕のいる学校では小さな子どもたちが魔法に興味を持っていける、そんな教育をしてましてね。もし魔法が自由に出来なくなってしまってはいけないと思って彼らとデモをしていたのです」
5人のメンバーがこちらを見ている。彼らもハーヴィーが紹介する。
「まずはウズベ、僕の友達です。魔法使いじゃないんだけど魔力はあるんですよ」
「勉強が苦手でな。でも魔力の提供だけは覚えたぜ。そうすりゃコイツを助けられるからな」
使い魔のような補佐が出来る男のようだ。但し契約は結んでいないため使い魔ではない。
「そして、トメさんです」
5人の中で唯一人間の女性だ。年齢は17歳でヴィクトリアとは肉体年齢が同じだった。
「こっちがトルトニさん。彼は20歳のジャイアントです」
小柄な体格だがジャイアントであるためか力持ちだった。田舎育ちで魔法を覚えるためにコールマンウィンドウへやってきたところ魔法制約法を知り、ハーヴィーのデモ隊に参加する。
コールマンウィンドウへの道中簡単な魔法をいくつか覚えている。本格的な魔法はまだ使えない様子。
「こっちはオースチンで見れば分かると思いますが……」
彼の耳は真横に少し長かった。これはエルフが持つ特徴的なものに当たる。
「フィレ・エルフのオースチンと申します。一応人間で言う年齢は61歳でありますが、私たちフィレ・エルフの間では31歳になります」
寿命は人間の2倍に当たるようだ。ヴィクトリアは彼の種族を見抜き訊ねる。
「フィレということは炎か火属性の魔法を?」
「はい。私は炎系統です。あなたのお力拝見しました。かなりの魔力をお持ちのようで、羨ましい」
彼女はお礼を言うと最後のひとりの紹介を待った。しかしハーヴィーの言葉を待つ前に、
「ワイはタケルや。よくお調子者て言われるンやが、ちごうで。常に元気がありまっとるンや!」
彼が自己紹介をしてしまった。ハーヴィーやウズベ、トメ同様に人間であり一応魔法使いである。
他にも7人メンバーがいるものの未だ目を覚ますことはない。
このままでは体力を消耗し野犬に食べられてしまうと思ったハーヴィーはこの状況を打破しようと考える。しかしヴィクトリアが無理しつつも立ち上がると彼の力を借りて崖の近くまで歩いていく。
「あそこに建物が見えるでしょ」
「確かに。気が付かなかった」
「ここはボクが昔に訪れたとある村なんだ。唯一転移可能な場所だったんだよ」
今度は彼女に皆が感謝した。そして彼とふたりで回り道をして崖下に下りると、ヴィクトリアは周囲の状況を調べて上にいた残りのメンバーたちを転移魔法で下に下ろす。
「助かったぜ。魔力がたくさんあるのは羨ましいな」
「せやな」
再び彼とふたりで崖下から見えた建物に向かうとそれが教会であったことをハーヴィーは知る。草木に覆われて入り口もどこにあるか分からない状態だったもののヴィクトリアが知っていた。
「良く分かりますね」
「言ったでしょう。前に来たことがあるって」
だがここまで草木が生い茂るということはかなり昔に訪れているということになる。つまり彼女は一体幾つなのか彼は疑問に思い始めるのだった。
皆を教会へ運び入れる頃には夕焼けを迎えている。暗い教会内では魔力を消費した人に代わって魔法石が重宝した。しかし明かりがあっても空腹は紛れない。
「腹空いたんねん」
「うるさいな、俺だって減ってンだ」
「ポマトがあればなぁ」
わだかまりが出来る中、ヴィクトリアは鞄の中に入っていた携帯食料を取り出した。しかし全員で14人もいるため足りる筈もない。
「ならば獲ってくるしかないか」
「何をだい?」
それは動物や木の実を指している。彼女とハーヴィーが狩りに出掛けることとなった。無事に帰ることを約束してふたりは教会を出発する。
この辺りではリオーネという肉の旨い動物がいる。それらは肉食且つ好戦的で鋭い牙と爪を使って、
「背後から襲うんだ」
からかってきた彼女に彼は笑っていた。カーサスの場合だと恐れをなして震えている頃だろう。
「怯えないんですね」
「そうだね。怖がってたら冷静な判断が出来ないからね」
今の言葉をカーサスにも聞かせたい。そう思っていると木の実が成っているのを見付けた。
「あれはバナレンジだね」
柑橘系で酸味と程よい甘さが特徴的な果実だ。形状はバナナのようで切ってみると分かるように断面が柑橘類のような形になっているためバナレンジと名付けられたという。尚、この果実は一年を通して実が成る。
「他にこの時期だと何があったかな」
普段彼女は何を食べているか聞いてみると驚くべき答えが帰ってきた。
「草や魚かなぁ」
「魚は分かるけど、どんな草なんだい。まさかそこら辺に生えてる……」
するとヴィクトリアは本当にそこらで根付いている草を刈り取ると彼に差し出した。そして塩ゆですると苦味があって美味しいのだとか。
「ちゃ、ちゃんと食べよう?」
「? 食べてるよ」
これが彼女の、いやカーサスとの食事の摂り方なのだ。長い旅をしているふたりにとって毎日豪華絢爛な食事に有り付く方がよっぽどのことなのである。
「まぁボクは抵抗無いけどあなたたちにはあるだろうね。でもこのソウデ草はれっきとした保存食なんだよ」
彼女とて考え無しに、そこら中の草を刈り取って食しているわけではなかった。ソウデ草とは長いもので背丈が100センチにもなる草だ。根元付近は白く先端へ行けば行くほど緑色をしている。因みに多年草である。
他にはカモシレ草やナノデ草などの似たようなものが存在し、しばしば複数形となったソウデス科に分類される。しかしながら、先端が黄色く変色しているマッキ草は毒性が強く死に至る場合がある。
ソウデ草は十分に考慮すれば毎日食べることの出来る素晴らしい草本なのである。
「だけど抵抗あるよね」
ハーヴィーは正直に吐露する。彼女も同意見であるがために自身の分だけを刈り取るだけにした。
「日も暮れてきたしさっさと捕るもの取って帰ろう」
そうして彼女は見付けたリオーネをいとも簡単に捕獲するとその勢いで5匹を狩る。また、生きることにもう一つ大事なものは水だ。しかし近くに川はなく、村の井戸も枯れ果てているためヴィクトリアは比較的若い樹木を探した。
「木をどうする気です」
「若い木は水分を多く含んでいる。どうせ制約法は施工される。その前にたくさん使ってやるんだ」
彼女は根元に円を描いて囲い幹には幾つかの文字を描いていく。錬成陣だ。
「ちょっと離れてて」
言う通りにするとヴィクトリアは呪文を唱える。比較的長い間詠唱しているため辺りはすっかり夜になってしまった。
『――エンデ』
彼女が両手を空高く広げると樹木が火花を上げて閃光と共に姿形を変える。その姿は木製の水筒そのものだ。
「ふぅ、出来た」
約1リットルもの水筒が7本出来上がる。ハーヴィーが疑わし気に水筒の持ち上げ栓を抜くと確かに水が入っていた。
試しに一口飲んでみると真水であることに大変驚いてしまう。
「真水に変換する作業に手間取って時間を要しちゃった。さぁ、早く帰ろう」
水筒と獲物を持ってふたりは家路を急ぐ。その帰りにハーヴィーは彼女が自分よりも長く生きているのではないかと思い始めた。彼女は自分に無い知識があるからだ。
教会に戻ったふたりは焚き火を作りリオーネを丸焼きにする。その間に目を覚ました者へ水とバナレンジを与えた。
「スープも出来上がるよ」
リオーネの骨を煮込んだスープの匂いが皆の空腹を促進させる。我慢出来ず、ウズベを筆頭にリオーネを噛り付く。
「肉だ、肉だ!」
「骨付き肉や!」
タケルも噛り付く。トメは遠慮したが体力を養うためには肉を食うことを進められ少しだけ戴いた。
ヴィクトリアも肉を食べていたが出来るだけ自分以外に回るよう、塩ゆでにしたソウデ草だけを食べていたところをハーヴィーに見られて咎められる。
「遠慮しないで下さい」
「でも元を辿れば、ボクが間に入ったお陰でみんなが迷惑したから」
確かに衛兵を傷付けて敵の反感を買ってしまったことは事実だ。しかし彼らから皆を救ったこともまた事実である。
「気にすることはない。寧ろ生き長らえたことを感謝しているんです。恐らく皆も思っていることでしょう」
「本当にそうですかね」
ふたりは食事をする皆の方を見つめる。彼らは楽しそうに馬鹿を言い合ったりしていた。感謝をしているか、それは分からない。しかし生きている喜びはあると思ったのだった。
「みんな、聞いてくれ」
ハーヴィーが立ち上がると皆が注目する。
「彼ら新魔法省は僕たちに刄を向けた。これは最早宣戦布告だ。今までのようなやり方では確実にやられてしまう」
演説を始める彼にヴィクトリアも耳を傾ける。次第に熱が入り皆の士気も上がっていく。
「僕たちに出来ることは彼らに対抗出来得る組織の存在だ。遅かれ早かれ魔法制約法は施行される。それまでに多くの同志が必要なのだ」
その時、彼の親友でもあるウズベが立ち上がると拍手を送り、
「良い考えだ。俺はお前の意見に大賛成だ。お前らはどうだ」
その答えは直ぐに返ってこなかった。やはり迷いがあるようだ。
魔法省はとても大きな組織、一市民が軍団を持って対抗したとしてもバックにはアーク連邦が待ち構えている。魔法省と連邦正規軍に立ち向かうことなど、一匹のアリがゾウに戦いを挑むことに等しかった。
「俺は賛成や。うじうじしてても始まらんもん。男なら度胸。どーんと行こうや」
「私は女ですが、気持ちは一緒です」
タケルの言葉の後にトメも賛成の意を示す。ふたりに続いてトルトニも声を上げる。
「オラもやるだ。んで、魔法を習うだ」
彼はジャイアントだが小柄である。しかし力強さは変わらないし心も大きいのだ。
「ボクも仲間に入れてよ」
その言葉を聞きハーヴィーらは喜ぶ。ヴィクトリアが参加すれば百人力だ。
「ありがとう。この恩は決して忘れないよ」
「まだ始まったばかり。その台詞は最後に貰うよ」
「よーし、残りの奴らはどうだ」
ウズベの問い掛けに残りの人たちは顔を見合わせる。無論強制ではない。それはトメが補足してくれた。しかし短い時間だったが行動をともにした彼らに否定の意は無かった。
「俺たちも付いていくぜ」
「ハーヴィーさんならなんか勝てそう」
「フラグは立てへん方がええで」
タケルが付け足す中ウズベらが組織を作るにあたり名前を付けなくてはいけないと話し合っている。何か格好良い名前はないものか皆に提案を出す。
「マジックマテリアル……はどうだかな?」
トルトニが呟いた。するとウズベとタケルが互いに叫ぶ。
「それだ!」
「良い響きね」
トメも賛成する。ハーヴィーも気に入ると満場一致で新たな組織、マジックマテリアルが誕生した。
「トルトニさん、僕たちが勝ったら名付け親のご褒美に僕の学校へ招待するよ」
「ホントがー? だどもオラ、金がないだ」
「勿論卒業まで僕が負担するよ」
その台詞に彼は大喜びした。そしてヴィクトリアが付け足す。
「勝ったら、じゃなくて勝つんだよ。だからトルトニさん、あなたは必ず魔法学校へ入学できるよ」
「やっだー。こんなにうれしいこだ生まれで初めてだ」
そのためにもまずは同志を募らなければならない。彼らは各都市にビラを撒くことを提案し、明朝にも行動を実行することにした。それまでゆっくり休養を取ることにするのだった。
皆が寝静まった真夜中、ひとりの人影が出入口付近で眠るヴィクトリアに近付いた。彼女は目を閉じて静かに眠っていたものの人影が直ぐ近くに来た時、
「何者だ」
忍ばせていたナイフを太股付近に振り翳す。出入口に近い窓からは月の光が差し込み人影はハーヴィーだと分かるとナイフをしまった。
「こんな時間に何の用です?」
「び、びっくりしました。あ、起こしてしまい申し訳ない」
昼間の彼とは何処か違う。それは何かを言いだせずにいたからだ。
「ボクに何か聞きたいの?」
欠伸を我慢して単刀直入に訊ねる。これが一番であり眠たかったからだ。
一間を置いてから彼は口を開いた。
「デモに参加してくれた方々には訳ありの方も多くいます。秘密ごとがあって話せない、他人に話したくないことなど」
「そうだね。結局は赤の他人だもんね」
「でも、その中でも僕はヴィクトリアさんを信用し、信頼しています。なんなら命を掛けても良い」
告白とも受け取れる情熱的な言葉に彼女は話の要点を訊ねた。彼は迷いがあったが深呼吸をして答える。
「あなたは一体何者なんですか」
「それはどういう意味?」
「……っ、僕よりも若そうなのに博識で、何かを隠しているから」
僅かに声が震えていた。彼女は溜め息を吐く。
「ボクがいるとやっぱり邪魔?」
「そ、そういう事ではなくて……」
拳を握り締めると再び深呼吸をしてから彼は小さな声叫ぶ。
「あ、あなたは不老長寿とかなんですか!」
心の中では大きく叫んだつもりだ。しかし実際はあまり声には出していない。
「ふふっ。はっきりと言ってくる人を初めて見た気がする」
「えっ?」
「大体はボク側から明かすから」
彼女は自分が不老であることを明かす。だが不死身であり神であることは隠した。これは敵に捕われたときの予防策だ。騙すのなら、まずは味方からといったものだろう。
「それで、何年くらい生きているんですか?」
「あぁ、えぇと……400年くらいかな」
大雑把に答えた。実際はそれ以上生きている。
「す、すごいですね。でもそんなに生きていて辛くないんですか?」
「ははは、辛い時もあるけれど色々な人や物に出会えるから。もしかしたらまた出会えるかもしれないしね」
彼には難しい問題だったのかもしれない。そう考えるヴィクトリアは切り上げて眠ろうとするがハーヴィーは旅の話しを聞きたくて堪らないのか申し訳ない気持ちで質問してきた。
仕方なく旅の話しを夜明けまでしてしまう。途中彼は眠るも彼女の話が終わると直ぐに目覚めては次の質問をして寝させなかった。
流石に眠気を抑えきれなかった彼女は断りを入れるも眠る時間が無くなり結局一睡も出来ないでいた。
「寝たかった……瞼が重い」
ハーヴィーはと言うと紙を取り出して、
「さぁ皆さん、十分に休んだと思いますので早速ビラを作りましょう!」
元気な彼に嫉妬するヴィクトリアは教会の前の地面に大きな魔法陣を描いていく。そして内ポケットから釘のような先端が尖った物を数十本取り出すと木の幹に投げ付け刺していく。
「それはなんですか?」
初めて見る道具にトメが訊ねた。
「これは魔鋲という魔法道具の一種だよ」
魔鋲、術者の一部が埋め込まれ、術を発動後に魔法陣から離れた場所にあっても術式の恩恵を受けることが出来る優れものだ。
「術者の一部ってことは魔法の杖みたいに髪の毛や血が入っているのか?」
ウズベが訊ねる。その通りであった。
杖や魔法及び錬成陣を描く道具などには、必ず術者自身の一部が材料として作られている。一般的に髪の毛や血が多用されるが最も丈夫とされるものは骨である。これらの一部分を取り出すには魔法省指定の病院で行わなければならず、採取側も国家資格を必ず提示しなければならない。
それはともかくとして、なぜ術者自身の一部を取り込まなければならないのかというと、道具を術者のものと認識させるためである。
そもそも魔法道具は術者の一部である。それ即ち一蓮托生だ。また、他人の杖や道具で術を使うということは違う流派で戦っているのと同じことである。
自分のことは自分がよく知っている。しかし他人のことは知らないことが多い。つまり他人の杖を使う時、知らない癖や波動をコントロールすることが出来ず重大事故に繋がる恐れがあるのだ。その為、魔法使いが扱う魔法道具には必ず術者の一部分が埋め込まれている。
「ボクの場合はここだけどね」
胸に手を当てるとタケルがからかう。
「なんやお前さんの心臓かー」
「それって死んでるよね」
漫才のように笑いを起こしているとビラが作り終わったようでハーヴィーに確認を求めていた。
「中々良いじゃないか。早速増刷しよう」
「分かりました」
するとヴィクトリアは出来上がったビラを見せるように受け取ると完成品であることを再度訊ねた。
「そうだ。だから今から増刷をしようとしているんじゃないか」
取り返そうとするも彼女は拒む。そして先ほど描いた魔法陣の上にビラを風で飛ばされないよう重石と一緒に置いた。
「何をする気だ?」
「一枚一枚書いていくより、こっちの方が早いよ」
彼女は杖を取り出して呪文を唱え始める。風が騒めき魔法陣が光輝く。
『生成魔法、発動』
すると脇に立っていた木々が黄緑色に輝き薄くなっては消えていく。また、建物を覆っていた蔦なども同様な現象が起きた。
「一体何が起こるんだ!?」
「あれを見て!」
1枚だった筈のビラが100枚くらいの束になっていた。トルトニが手を叩いて納得する。
「なるほど。木やづだをづがってビラを複製しでるのが」
「そうか。でもそれなら複製魔法で良いんじゃ……」
オースチンが鋭いところを突いてきた。しかしハーヴィーが先生のように説明してあげる。
「複製魔法だと重石も複製してしまうんだ。生成魔法だと術者が一定の物だけを生成し複製魔法に変換することが可能なんだ」
「言葉が重要って奴だな」
ウズベの台詞にオースチンは納得したもののタケルは文句を言っていた。なんでも面倒臭いのだとか。
「魔法も万能じゃないってことだよ」
「そーゆーもんなんやな」
ビラはゆうに10万枚程まで生成されると今度は転移魔法を掛けた。そして一瞬にして消え去るとヴィクトリアはその場にへたり座る。
「しんどい……」
寝不足か魔力の使い過ぎが原因かハーヴィーは彼女に謝った。ウズベたちは何のことかさっぱりだったが、
「大丈夫だよ。気にしてない」
そう返すと立ち上がり一枚の紙を彼に渡した。
「これは?」
「ちょっとあのビラに細工しておいた」
そして彼女は何をしたのか説明した。
「――ということは、この紙には賛同してくれた同志の名前と住所が書かれるってことか」
ビラには追跡と送受信の魔法を組み込んでいた。
これはヴィクトリアの持っている紙が母機となり、ビラが子機となる。そしてビラに同志の名前が書かれると母機にも同様に書かれるのだ。
「だども、敵どがに書かれだらどうすんべだ?」
「それはない。追跡魔法で必ず同志である反魔法省対抗組織へ届くようにしたから」
「魔法ってやっぱ便利やわー」
こればかりは皆も頷いてしまう。すると早速同志の名前が書かれた。
「ワイン自治区のカザフ老師からだ」
ヴィクトリアは杖を再び握るとトメに声を掛ける。そしてハーヴィーへ次の段取りをよろしく伝えるとふたりは魔法陣の渦に包まれて消え去ってしまった。
次の段取りとは何か聞かされていないウズベにハーヴィーは反対されることを承知で皆に話した。
「なんやと!」
「魔法石生成工場を強襲する!?」
何れ魔法は制約法によって無くなってしまう。そのためにも魔法石を保有しておくことでいつでも魔法を使うことが出来る状態にしておきたいのだ。
ハーヴィーは皆に黙っていたことを謝る。しかし既に皆、戦闘準備を整えているのだった。




