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The ARK  作者: にゃらふぃ
第1章 伝説の英雄
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第1話「出逢い」

 星暦133年、人間がアーク連邦という国を建国した年から133年の経った連邦所属のランク地方にあるとある村にひとりの少年がいた。


「次はお前の番だぜ」


 その少年は大木の上から3人の同じ年くらいの子供の前で威張りながら命令していた。子供は木に腕を回し足を幹に掛けて勢い良く飛び跳ねるが滑り落ちて中々上ることが出来ないでいた。どうやら木登りをしているようだ。


「なんでこんなことも出来ないんだよ!」


 威張る少年に対し子供たちは口々に無理であると泣き言を言っていた。それも無理はない。少年が登っている木の高さはゆうに100メートルはあるだろうか、頂上付近にいる彼はこの村のみならず遠くに聳え立つランカスター連峰を見ることが出来る。また、崖の上に構えるこの大木は周囲の木々よりも離れた位置にあり同高度には木々どころか人家すらなく恐怖感を煽り立てるのだった。


「しょうがないな」


 見兼ねた少年は器用に木から降り始めると1分も立たない内に子供たちのいる地上まで降り立つと近くにいた太り気味の鼻垂れ小僧の頭に堅く握った拳をぶつける。


「なんでぶつの」

「登らなかったからだ」

「ぶたなくったって」


 涙目になって頭を押さえる。傍らにいた子供たちが少年に向かって猛抗議をしている。


「お前は出来ても僕たちは出来ないんだぞ」

「勝手に出来るだなんて決め付けるなよ、カーサス!」


 腕を組んで彼らの言い分を右から左に聞き流すその少年はカーサスという。本名はバーン・カーサス、10歳でこの子供たちの悪ガキ大将といったところだ。と言っても悪さすることもあれば人のものを取り返したり、通っている学校には真面目に通学し、テストでも常に上位を取る何でも出来る少年だった。


「いいかお前ら、良く聞け。俺はお前たちと同じだ。少し違うのは努力しているか、していないかだ」


 彼は再び木に登ると一番低い位置にある枝へと向かい子供たちを見下ろした。


「俺は恐怖心を捨て、努力して登ったんだ。努力して得たものは何もお前たちに威張るためにやったわけじゃない。この上から見た景色だよ。お前たちにも見てもらいたいんだ。あわよくばそれで自信を付けてほしい」


 すると鼻が垂れた子供が何も言わずに木登りを始める。最初は他の子供たちは出来ないから諦めろ、と言った言葉を掛けていたがカーサスの一声で次第に応援し始める。そしてカーサスのいる枝に手が届くと彼が引っ張り上げ子供たちは大声で喜んだ。それは村中に響き渡るほどだった。


 鼻垂れ小僧の後にも彼らは木に登り、カーサスのいる枝まで上ることが出来た。頂上からの景色とは比べ物にならないが夕日に染まるランカスター連峰の景色は地上で見るものとは違った味が楽しめた。


「人間、努力すればなんだって出来るんだよ」

「凄いや。お前は僕たちの英雄(ヒーロー)だ」


 その時だ大木の周りに3人の女性が集まっていた。

「ダン、何やってるの!」

「デンもだよ!」

「早く降りなさい、ドン。落ちるわよ」


 どうやら子供たちの母親のようだ。彼らはカーサスの手を借りながら地上へと降りると母親に引っ張られる。


「僕ね、頑張って登ったんだよ」

「努力すれば何でも出来るんだよ」


 するとひとりの母親がカーサスにも聞こえるよう口にした。


「汚れた孤児と一緒に遊んじゃいけないっていつも言ってるでしょ」


 さらにもうひとりの母親も、


「孤児院の子供は孤児院の子供たちと遊ぶのがお似合いよね」


 そうして鼻垂れ小僧の母親も、


「私たち誇り高い村民の子供たちと同格に考えてるなんて可哀相な子ね」


 3人の子供たちと3人の母親たちはカーサスひとりを残して森の中に消えていった。彼はひとりでその場で佇んでいると髪や眉、髭が白色に染まり杖を付いた老人がやってきた。


「バーンや、帰ろうか」


 彼がカーサスのいる孤児院の院長だ。カーサスを良く面倒を見て我が子のように育てて来た恩人だ。


「先生、どうすれば孤児ではなくなるのでしょうか」

「どうすることも出来ぬこともあるんじゃよ」


 カーサスの肩に手を掛けて森の中にある小さな孤児院へと帰っていった。


 孤児院には20歳になったばかりの男女がふたり、15歳の男がひとり、そしてカーサスを含めた10歳の男女が3人いる。皆、赤子や子供の時、親に捨てられて院長に拾われた子供たちだ。


 アーク連邦では孤児に関しては家畜、または奴隷と同等の区別が去れている。例え貴族や一般市民と結婚や同居または養子となってもそれは変わることが無い。ではどうすれば孤児となるのか。それは20歳になるまで孤児院で育ったことのある人だけが孤児となる。


 つまり一度でも孤児院に住んでしまうと孤児扱いとなるのだ。逆に20歳を過ぎて孤児ではない人が貴族や一般市民と結婚などをした場合は同等の地位になることが出来るのだ。


 カーサスはこの差別を今は受け入れている。自分だけの力ではどうすることも出来ないからだ。だがいつか自分の力で孤児を一般人と同等の地位に付かせると心に誓っているのだった。


「それでは今日も神に祈りを捧げてから召し上がろう」


 食卓には汚れた皿に半分のパンと数枚の芋と野菜、茶色く濁った水の入ったコップが置いてあった。これが今夜の夕食(ディナー)である。


 孤児院にも裕福なものとそうでないものがある。連邦下の孤児院では大体の運営者が一般人であり、皆政府の許可を得て運営しているが補助金などは一切出ることはない。また設立に当たり有事の際であろうが関係者が殺されても政府や所属する地域の住民一切の介入はないと誓約書にサインをしなければならない。


 この連邦で孤児は邪魔であり人間として認めていない存在なのだ。しかしながら政府関係者には貴族院議員や下院議員の他に孤児院議員なるものが存在する。これは連邦下の全ての孤児院から毎年1人だけが選出され議員と同等の地位を得ることが出来る。と言ってもたったひとり議員だけでは民衆の賛同を得ることは出来ないという政府の思惑が垣間見られる。


「いつか、きっと変えてみせる」


 カーサスは食卓に並ぶ侘しい料理と言えない食事に向かっていつも呟いては同い年のエリーという少女に呆れられる。


「私たち孤児は一生掛かっても孤児のままなのよ」

「そんなことはない。いつか変わるさ、きっと」

「ふぅん。きっと、ね。そのきっとは私たちが生きてる間? それとも死んだ後?」


 その言葉に何も言えないカーサスは濁った水を口にした。黙り込む彼を見てエリーはパンを貪り食う。


「そう言えば今日村で村民たちが口にしていたよ」


 院長が貪欲な雰囲気の中で話題を見付けて話し始めた。


「明日、連邦の視察団が来るそうじゃ。来月の孤児院議員の選出のためらしいぞ」


 その話に食い付くカーサスを尻目にエリーがやめて置くべきだと止めに入るが聞く耳持たずの彼は院長に孤児院議員になるための詳細を求めた。


 孤児院議員は試験や技能などの能力は求められず視察団の独断で選出される。これは孤児が自分たちよりも賢いと状況が悪くなる場合があるからだそうだ。だから敢えて馬鹿でイエスマンな人物を選出して孤児を差別しているのだ。


「バーンには無理ね」

「なんで!」

「あなたは負けず嫌いでイエスマンでもないしテストではいつも私のひとつ下。それに――」

「それに?」

「それに馬鹿じゃないもの」


 その言葉にどう反応すれば良いか分からなかった。自分が馬鹿ならば喜ぶべきだったのか馬鹿ではないから喜ぶべきなのか、いまいちよく分からない。

「バーンよ、焦ることはない。もっと力を付けて、別の方法でもやっていくことは可能じゃよ」


「焦りは禁物ですね」


 20歳になる男女が声を合わせてそう言った。院長は深く頷いてカーサスを見た。


機会(チャンス)は自分で見つけることも出来るがやってくることもあるんじゃぞ」

「はい、先生」

「良い返事じゃ。もし明日行くのならば鐘の音が聞こえたら行くんじゃな」


 食事を終えたカーサスはひとりで外に出ると月明かりの下、先程の大木に登り頂上から村を眺めていた。


「果報は寝て待て……か」

「明日、行くの?」

「うん、一応……っ!?」


 背後にエリーがいて驚いたカーサスは危うく滑落するところであった。


「びっくりしたなぁ」


 心臓が早鐘のように鳴り響いている。カーサスは深呼吸をしてエリーの方を見て声を掛けようとすると、月の明かりで照らされる彼女はどこか寂しげだ。


「エリー?」

「私ね、今のままでも良いと思う。貶されても差別されても、院長やカーサスがいてくれればそれで良い」


 彼女の言葉にも彼が賛同する点はあった。が、やはり同等の地位でみんな仲良く過ごすことを夢見るカーサスにとって彼女の言葉はただの意見として受け取ることにした。


「もう遅いからそろそろ寝よう」


 ふたりは大木を後にした。


 翌日、昨夜とは打って変わり雨が滴る天気となり朝食を終えたカーサスは布と木で作った傘を片手に村へと向かった。孤児でも村に行くことは出来るが物を買うことは愚か、人と会話することは出来ない。


「もう着いてる頃かな」

「まだだと思うよ」

「ホントか……って、うわっ」


 隣にいたのはまたしてもエリーだった。彼女に驚いて水溜まりにはまったのは言うまでもない。


「なんで分かるんだよ」

「鐘が鳴ってないから」


 院長が言っていたことだった。村にある教会の鐘が鳴った時、視察団が来た証だからだ。


「雨だから遅れてるかも」

 と言っていった矢先、大きな鐘の音が村中に響き渡る。カーサスとエリーは村の入り口に着くと人だか

りが出来ているところに向かった。


「いた!」


 そこには連邦政府の記章を付けた視察団が馬に乗って村長と話していた。


「奴らに話を付けてみよう」

「ダメ、見るだけって言ったでしょ」

「でも……」


 そうこうしているうちに視察団は村長と共に何処かへ行ってしまった。


「あ、どっかに行っちゃったじゃないか」

「多分、教会か村長の屋敷だと思う」

「本当か? なら早速行って見ようぜ」

「カーサス、危ない!」


 彼が走りだした瞬間脇道から現れた人影に思い切りぶつかり弾き飛ばされた。


「だ、大丈夫!?」


 慌てて駆け寄るエリーに心配はいらないと立ち上がるカーサスだったが泥だらけになり手製の傘は折れ曲がり使い物にならなくなってしまった。


「すまない、大丈夫か?」


 顔を見上げるとそこには20歳くらいの青年が立っていた。黒色のフード付きのロングコートに身を包み、右目には眼帯をしたその青年は変人と呼ぶに相応しかった。


「殺し屋?」

「なっ、失礼な。ボクはただの旅人だよ」

「旅人!?」


 エリーは目を輝かせて青年を見つめた。彼女は今まで何十、何百もの旅人を見てきたがその表情っぷりは変わらず憧れていた。


「いつか私も旅をしたい」

「旅も良いけど早く視察団のとこに行かなきゃ」


 カーサスはエリーの腕を掴むと足早にその場を去っていった。青年は置き忘れた傘を持ち、忘れ物だと言って追い掛けるがいらないと断ってしまった。


 カーサスが教会に着く頃には視察団が既にそこを去り、村長の屋敷に向かったことを知らされた。急いで向かう道中で再び彼は勢い良く転んでしまった。しかも今度はエリーを巻き込んでだ。


「最悪よ、何しちゃってくれるのよ!」

「悪い悪い」


 するとそこには馬の蹄が地面を叩く音が聞こえると背後から数名の男たちがやってきた。轢き殺されると思った直後、彼らは急停止し怒声を浴びせた。


「貴様等、死にたいのか。こんなところで遊んでいるんじゃない」

「ご、ごめんなさい……」


 立ち上がり道を譲ろうとした時だ、視察団の記章が目に留まった。この男たちは視察団だったのだ。


「全く最近のガキどもは……」


 先頭にいた男がぶつくさ文句を言って手綱を叩くと馬が進もうとした時、ひとりの男がふたりを見て訊ねた。


「お前たちは孤児院の者か?」

「は、はい」


 どうやら服装で見分けたらしく少しの間彼らを見ているとカーサスに向かって大声で言った。


「次の議員はお前だ」

「え、えぇっ!?」

「身なりといい、この間抜けさは恐らく馬鹿だろうからな」


 男は先頭の男に耳打ちすると彼を担いで村長の屋敷まで連れていった。エリーは置いてきぼりに合い、そのままひとりで孤児院へと帰った。


 カーサスは屋敷で男たちと議員選定に当たり来月に開催される選挙の流れを説明されていた。当日までに連邦の貴族院まで赴き本日手渡される証明書を提示することや議員後の生活などの話が長時間に渡って説明された。休む暇さえ与えられず、また数人で違った話をしていたため常人ですら普通は理解できないものをカーサスは8割方理解したが視察団長は理解できていないものだと勝手に思い込んでいた。しかし村長はカーサスが秀才であることを知っていたため反対していた。そのため一番簡単な問題を出題し答えさせたがカーサスは馬鹿な人物を演じその場を凌いだのであった。そして視察団が帰った後、カーサスは鼻歌を歌いながら孤児院に帰ったのだった。


 孤児院ではエリーから聞いたのか院長たちがパーティーの支度をして待っていた。


「うわぁすごい」


 カーサスは感動して涙が出そうになったが堪えることにした。エリーに見られると恥ずかしく、またみんなに知られると威厳が無くなってしまうことになりかねなかったからだ。しかし皆は気にしていなかった。


 宴の席へ座るカーサスに院長が昨夜話したことを口にした。


「機会はやってくることもあることが分かったじゃろ」

「本当ですね。ありがとうございます、院長」

「いや、君が日頃努力している成果が出ただけじゃ」


 そう言い宴を始めるとそこにドアを叩く音がした。院長が出てみると暫くしてカーサスを呼ぶ声が聞こえた。玄関に行くと、昼間ぶつかった青年が壊れた傘を持って立っていた。


「これ、君のだよね」

「そうだけど……なんでわざわざ」

「この傘、お手製だよね。きっとまだ直せば使えると思って」

「すまんのう、わざわざご足労頂いて」


 院長は傘を受け取りあることを提案した。


「お礼といってはなんじゃが、こいつのパーティーに招待されてはくれんかのう」

「良いんでしょうか」

「構わんよ。宴は多い方が楽しいからのう」


 青年はその言葉に甘えることにし一緒にパーティーを楽しんだ。またエリーや子供たちに旅の話をしたり院長の手伝いをし今夜、泊まることとなった。


 就寝際、青年はカーサスにあることを打ち明けた。


「ボクね、ふたりが視察団と話しているとき近くにいたんだよ。でもねその時は傘を渡すのはやめたんだ」

「なんで?」

「傘を持っている孤児なんてそうそういないからかな」


 カーサスはふと振り返った。もしあの時傘を手にしていたら賢い孤児であることがばれてしまいこの話は無かったことになるのだろうと。彼は青年に感謝した。しかしその気持ちは受け取ってはくれなかった。逆に青年はカーサスとエリーに謝った。


「少なくともその時は君たちが孤児であると差別してしまった。申し訳ない」


 孤児である自分たちに向かって孤児以外の人が頭を下げるのを見たことが無かったふたりはどう対応した良いか分からなかったが、


「気にしないよ。孤児は差別じゃなくて区別だと思ってるから」


 カーサスは気にはしていなかった。例え差別されても仕方ないと思っているからだ。


「私も気にしないわ。それよりも感謝しているわ。ありがとう」

「うん……」


 青年は何も言う気持ちになれなかった。


「そういえば名前、聞いてなかったな。俺はカーサス、バーン・カーサスだ」

「エリー・ムギカよ」

「えっと、ボクはヴィクトリア・ギャラクシー。今更かもしれないけどよろしくね」


 3人は互いに永遠の友達だと誓い眠り着いた。


 翌朝、雨は上がりヴィクトリアは旅路に着く支度をしていた。


「もう行くのかよ」

「うん。長居すると悪いからね」

「また来るよな」

「もちろんだよ」


 玄関先で院長がヴィクトリアにお守りを授けた。


「道中の無事を祈ります」

「ありがとう」


 深くお礼を言って去っていった。カーサスとエリーは大きく手を振りながら見送った。


「行っちゃった」


 またいつもの日常に戻ってしまうのだと思うと何か淋しい気持ちになった。


「さて、買い出しに行ってくるかのう」


 院長は食料や衣料の買い出しに行くため村まで行った。カーサスたちは大人しく留守番することにし、エリーは昨夜ヴィクトリアが持って来てくれた傘の手直しをしていた。しかし午後になるにつれカーサスは家でおとなしく出来なくなり外へと飛び出し大木の前までやってきた。


「やっぱりここが落ち着く」


 そう言っていつものように頂上まで登り連峰を見ようとしたときだった。


「何か臭う……っ!?」


 眼下に見える村から火の手が上がっていた。火の手だけではない、悲鳴や銃声が聞こえてくる。


「何があったんだ!?」


 一目散に地上へと降り村へと向かうと馬に乗った顔を布で隠した盗賊たちが暴れ回っていた。家々の金品を強奪したり女性を捕まえては馬車に放り投げ入れていた。


「院長、院長先生は!?」


 ふと買い出しに行った院長のことを思い出したカーサスは盗賊に見付からないよう村中を捜し回った。行きそうなところを回ったが見つけることは出来ず暫く歩く回っていると盗賊に見付かり追われる羽目になった。しかし盗賊より地形に詳しいカーサスは欺くことに成功しなんとか教会まで逃げられた。


「先生、何処に行ったんだよう」


 教会の中に入るとカーサスは目を疑った。中は荒らされ牧師や参列者が皆殺しにあっていた。


「うっ……」


 血と硝煙の臭いが充満し気分を悪くさせた。外に出ると危険と判断した彼はここに留まることにし安全なところ探していると布切れに躓き転んでしまった。


「痛てて。なんだよ……もう?」


 その布切れは見たことのあるものだった。いやいつも目にするものだった。

「院長……先生?」

「バーン……か?」


 それは院長だった。彼は5発の銃弾を浴び殆ど虫の息だった。今にも死にそうな声でカーサスの名を呼び続け最期に、


「生きるんじゃ。己のなすがままに……」


 そう言い残し息を引き取った。カーサスは自分でも聞いたことのない雄叫びをあげると泣きながら院長の遺体を引き摺りながら教会を出た。


「何奴!」


 すぐのところで盗賊に見付かり院長の遺体とカーサスは引き離され彼らに捕まった。そして紐で手足を縛られ彼らが集まる村長の屋敷の地下にあるワインセラーに閉じ込めた。


「クソ……」

「カーサスか」


 暗闇から聞こえる声を便りに振り向くと、そこにはダンとデン、ドンがいた。


「お前ら無事だったのか」

「無事じゃないよ」


 確かに無事とは呼べない有様だったが生きていることには変わりがなかった。


「ママが捕まって僕も捕まって」


 ダンが言った。


「ママ死んだ、パパ死んだ」


 デンは放心状態だった。


「兄ちゃんが守ってくれたけど殺されたぁ」


 ドンの兄、ゴンも殺され泣いていた。カーサスも院長が殺されたことを伝えると4人はいずれ自分たちも後を追うのだろうと考えカーサス以外は大泣きして盗賊の怒りを買った。


「うるせぇぞ、黙れ!」


 拳銃でデンの腹部を見せしめという形で撃ち抜き彼はうわごとで父と母を呼んで絶命した。カーサスは憎悪に満ちた眼差しを盗賊に見せ付けると男は彼の脇腹に足蹴りをした。


「っ……」


 肋骨が2、3本折れたのが自分でも分かるようだった。ダンとドンは泣くのを堪えて盗賊は引き返した。


「カーサス……僕たちはもうお仕舞いだ」

「うわーん」


 ふたりは小さく泣き叫ぶとカーサスは苦しそうに呟いた。


「まだだ。まだ終わらない。終われない!」

「カーサス……」

「俺は院長の分もデンの分も生きて、変えるんだ!」


 すると階段から盗賊のカシラが降りてくるなりワインを手に持つと死んだデンに向かって振り下ろした。


「な、何をするんだ!」

「は? “ゴミ”を燃やすために準備してんだよ」

「ゴミだと?」


 割れたワインはデンに降り掛かりそこにマッチを投げ入れると彼の死体は勢い良く炎に包まれた。


「デン!」


 3人は叫び声を上げるが盗賊たちの笑い声によって掻き消された。カシラは次にダンの頭にワインを掛けると火を点けた。


「ぎゃあぁぁぁ!」


 瞬く間にダンは炎に包まれて辺りを転がり回り絶命した。ドンは気を失いカーサスは盗賊を憎んだ。そして自分の無力さを悔やんだ。


「次は誰にしようかな」

「俺が代わりになるからドンだけは見逃せ」

「見逃して下さいだろ」


 歯を食い縛ってカーサスは彼らにお願いした。無論回答は、


「ダメだ。お前らふたりとも死ぬんだよ」


 そう言ってカシラはワインを手に取り栓を抜きドンの方へと近寄った。


「や、やめろー!」


 するとカシラはワインをらっぱ飲みし笑い声を上げた。


「へへっ、飲んでるだけじゃねぇか」


 カーサスは怒りに満ちていたがその怒りをぶつけることは出来なかった。


「クソ……俺は何も出来ないのか。俺はここで死ぬのか。誰か、誰でも良い。こいつらを殺してくれ!!!」


 その時だ、階段から血を流した男が転がり落ちてきた。


「どうした!」

「ノッポのガキが襲ってきて……」


 そのまま気を失ってしまったと同時に誰かが階段を下りる音がした。そこにいた全員が息を呑み誰がやって来るのか待った。


「ヴィクトリア!?」


 カーサスが思わず口にした。なんと早朝に別れたはずのヴィクトリアだったのだ。


「胸騒ぎがしたから来てみたら案の定惨事が起こっていてね」

「なんだ、こいつ。死ね!」


 話の途中だったにも関わらずヴィクトリアに拳銃を向けるとお構い無しに発砲した。ところが全弾華麗に回避すると素手でカシラの持っていた拳銃を叩き落とした。


「すげえ」

「クソ、やっちまえ!」


 手下が剣を抜くとヴィクトリアに向かって振り下ろすが持っていた短剣で防いでいた。寧ろ押しているようにも見えた。


「“おカシラ”さん、あなたに賞金首は付いていますか?」

「俺様は70万アークドルの賞金が付いてる。だからこんなんじゃ倒せねぇぜ」


 隠し持っていたサックを身に付けるとヴィクトリアに向かって殴りかかる。


「っ……」


 剣ふたり、拳ひとりの相手では分が悪かった。おまけにこのような狭いところではやりにくくカーサスたちを守ることが出来ない。


「仕方ない」


 ヴィクトリアは何か呪文を唱えると隙を見てカーサスとドンを抱えて気が付けば野外に出ていた。

「お前、魔法が使えるのか」

「ま、まぁね。つっ……」


 体勢を崩したヴィクトリアにカーサスが気付いた。


「怪我してるじゃねぇか」


 どうやら先程の戦闘で怪我を負ったらしい。腹部から血が流れている。


「診せてみろ。これでも俺、止血くらいは出来るんだぜ」

「だ、大丈夫だよ」


 ヴィクトリアは強く拒むが出血がひどかったため、手遅れになる前に治療したかったカーサスは無理矢理服を脱がした。


「なっ、お前……」


 彼の目の前にはふたつの大きく膨らんだ女性にあるものがあった。カーサスは急に赤くなり服を返すと視線を逸らし、


「お前、女だったのか」

「そうだよ。ボクは女。でもおかしくはないでしょう」

「う、うん」


 そうこうしていると盗賊が追い掛けてきたため彼女たちは再び走りだし身を潜めた。小さな洞穴があったためひとまずやり過ごすことにした。


「ふぅ。なんとかやり過ごせたみたいだ」


 カーサスが胸を撫で下ろしているとドンが目を覚ました。彼は生きてることに喜びを感じているとカーサスが今までのことを説明した。そしてヴィクトリアにお礼を言った。


「大したことじゃないよ。友達の親友を助けただけでしょ……」


 彼女は腹を擦りながら言った。出血は未だ止まらず顔色も悪かった。しかし決して弱音は吐かずカーサスたちを気遣った。


「気付いてくれれば良いんだけど」

「さっきの?」


 ヴィクトリアは頷いた。逃げている間に彼女は救難信号弾を放っていた。誰かが気付いてくれれば助けに来てくれる筈である。


「でも近くには連邦政府軍の駐屯地や警察隊の派出所すらないから難しいかな」


 ここで初めてヴィクトリアはフードを脱いだ。彼女は腰の辺りまで伸びたワインレッドのポニーテール姿にカーサスは胸がときめいてしまった。


「なんだ、この気持ちは」

「どうしたの?」

「なんでもない。薬草拾ってくる」


 そう言ってそそくさと言ってしまった。その間ドンが怯えながらも棍棒を持って警戒に当たった。


「うっ……」


 出血は未だ止まらず。彼女の体力は疲弊しているようにも見えた。ドンは慌ててカーサスを呼びに行こうと洞穴から身を乗り出すがヴィクトリアに止められた。


「外は危険だよ。あの子は強いが君はお世辞でも強いとは言えない。ボクの体力が続くまではここに結界を張っているから安心して」

「体力が続かなかったら?」

「そのときはさようならかもね」

「か、カーサスぅ……」


 再び涙していると盗賊のひとりがこちらにやってきた。きょろきょろ辺りを見回し近付く男の手には銃を構えていた。


「わ、私の結界は声まで消せないから大声を出したら聞こえてしまうんだ」


 小さく囁くようにドンへ説明するとうっかり彼は大声で、


「それを早く言ってよ」


 などと口にして男に気付かれてしまった。銃口が洞穴へと定まると躊躇いもなく引き金を引いた。しかしヴィクトリアは余裕の表情を見せる。


「私の結界は相手から見えない反面声は聞こえるが、物体を通さない。即ち――」


 銃弾は結界に跳ね返り男を襲う。彼はなんとか避けようと暴れ回るが暗闇の中で弾丸など避け切れず首に当たり血を拭き出して死んでしまった。


「ははは、凄いや!」


 暫くしてカーサスが手に葉っぱを抱えて帰ってきた。ヴィクトリアが結界を解除しようと魔法を解いた直後だった。


「見付けたぞ、魔法使いめ」


 カーサスの背後に大きな男が現れた。丁度のタイミングで月光が辺りを照らした後、その男がカシラであることが分かった。


「つけられたのか」


 カーサスはとんでもないことをしたと自分の行動を悔やみ男に襲い掛かろうとするがカシラは彼の頭を掴むと洞穴へと投げ飛ばした。


「ぐはっ」


 ヴィクトリアたちの目の前に投げ飛ばされたカーサスは衝撃で折れていた肋骨が肺に刺さり藻掻き苦しんだ。ドンが傍に寄ろうと近付いた瞬間、彼の上半身が肉塊に変わるのをカーサスたちは目の当たりにしてしまった。


「ヒャッハー。当たった当たった!」


 カシラの横にいる太った男が散弾銃を抱えて笑っていた。ヴィクトリアの目付きが変わり上体を起こし立ち上がろうとするもカシラは片手で拳銃を彼女の両肩に撃ち込んだ。痛みで後ろに戻されるとカシラは、


「この村もこれで終わる。お前たちが最後の観客だ!」


 腰に提げていた鞄からダイナマイトを手にするとマッチで火を点ける。そしてそれを思い切り洞穴に投げ込んだ。


 カーサスの頭に跳ね返り彼の目の前に落ちると導火線の火がみるみる死の宣告をする。


「ふぅふぅ」


 一生懸命に息を吹きかけて消そうとするが消えることのない火にカーサスは、


「ここで死にたくねぇ。俺は、俺は世界中の孤児たちを救ってやるんだ」


 するとダイナマイトがゆっくり宙に浮かぶとカシラの元へと戻っていく。


「なんだと!?」


 慌ててその場から退散した瞬間に爆発を起こして辺り一面の草木を吹き飛ばした。屈んでいたカシラが起き上がり盗賊たちが松明で洞穴を照らすとひとりの人影が立っていることに気が付いた。


「往生際が悪いぜ」


 カシラは銃を抜くとその人影に銃口を向ける。


「昔からよく言われます」


 人影の正体はヴィクトリアだった。彼女の足下には血溜まりが出来ている。カーサスが息を切らして心配する。


「お前、動いて平気なのかよ」

「君は少し休んでて。すぐ終わらせるから」

「死ぬ気か!?」

「大丈夫、私は死なないから」


 その言葉の後、ヴィクトリアは眼帯を外すと刀を抜いて走りだした。カシラはそれを詠んでいたかのごとく銃撃を始めるが弾丸は彼女の刀捌きによって無力化されていく。


「野郎ども、殺せ!」

「ずるいぞ」


 盗賊の卑劣な行動に思わずカーサスが叫んだ。男がそれに気付いて彼を殺しにかかるが戻ってきたヴィクトリアの手によって裁断された。


「足の早い奴め」


 彼女が数秒と立っていないにも関わらずその場には血溜まりが広がっている。カーサスはヴィクトリアの身を案じやめるように声を荒げるが、

「大丈夫」

 との一点張りで盗賊に立ち向かった。ひとり、またひとりと雑魚を斬り掛かるがまだ数十人はいる。


「これは避けきれんだろう」


 散弾銃を撃ってきた男が拳に握り込めた癇癪玉を彼女に浴びせた。小さな爆発で辺りが粉塵に包まれやり過ぎたと男が晴れるのを待っていると腹部に違和感を覚えた。


「なんだこりゃ」


 腹を触ると手にぬるっとした液体が付いていることに気が付いた。粉塵が晴れて月の光が手に付いた液体を見て驚愕した。


「血、血だよ、ちょっと!」


 後退りしようにも体が動かない。よく見ると自分の体に刀が突き刺さっている。しかし痛みは得になく違和感というものしかない。


「知ってますか。人間には痛いところと痛くないところがあるのを」


 黄色と蒼色に光る眼を男に見せつけるヴィクトリアは薄ら笑った。そして徐々に刀を男の頭部へと上げていった。


「やめてくれ。頼む、何でもするから」

「今ここで刀を引いても刺された時点であなたはもう終わりですよ……ッ!」


 渾身の力で彼の体を切り裂くと上半身が左右違う方向に引き裂け後ろに倒れた。その姿を目撃したカシラ以外の盗賊は恐ろしくなりその場から逃げ去っていってしまった。


「大丈夫です。後で(あや)めますから」

「ぐっ……」


 それでもカシラは逃げることはなく拳銃に弾を装填する。辺りが静まり返りそよ風が草木を揺らす中ヴィクトリアが口を開いた。


「あなたが必要もなく殺していった方たちに謝る気はありませんか? 場合によってはあなたを助けましょう」

「謝れば許してくれるのか」


 その言葉にカーサスは耳を疑った。多くの罪なき村人と友人を殺した男を許すのかと思うといてもたってもいられず痛みに耐えながらもヴィクトリアの方に近寄った。


「許してくれるのなら謝りますぜ」


 跪き(こうべ)を垂れる。カーサスはその姿を見て憎悪が込み上げてきた。ふらふらとヴィクトリアに近付くと彼の持っていた短剣を抜き取り彼に向けた。


「おいおい、俺は許されたんだぜ」


 頭を上げて立ち上がると膝や体に付いた泥を払う。カーサスは自分よりも2、3倍近くの大きさ男に向かって刃を向けるがカシラは溜め息を()き、


「それじゃ殺せねえぜ。左右の脇腹が空いちまってる。これじゃ隙が有り過ぎるぜ」


 カシラがカーサスに人を殺す時の動作を教えると立ち上がり、


「これで殺すんだよ。まぁ俺は許されたから、これで殺したらお前らは犯罪者って訳だ。ははは」


 高笑いをしてその場から去ろうとした時だカーサスが雄叫びを上げて突進しようとするがカシラの一蹴りによって阻止された。


「今のは自衛のためだからな」


 そう言って去る彼の背を見つめてカーサスはヴィクトリアを侮蔑の言葉を贈った。すると彼女は彼を置いて歩きだすと身構えカシラの腹部に一刺し入れる。


「な、んで」

「許すとは言ってないよ」

「助けるって」

「えぇ、助けます。あなたがこれから罪なき人を殺したことで永遠に苦しまれることから解放させてあげます。言いましたよね、人には痛いところもあると」


 ヴィクトリアは刀を横に倒すと真横に切り裂いた。カシラの上半身は噴水のように吹き出た鮮血で宙を舞って地面に叩きつけられた。


 ヴィクトリアは刀を大きく振りかざすと刃にこびり付いた血を払い鞘に納めた。そしてカーサスの元に近寄り、


「君はまだ手を汚すべきではないよ。でもごめんね」


 東の空に日が昇り久し振りに見る人の温かい笑顔でカーサスは泣いた。村中に谺するように泣き叫んだ。


「さぁ、立とう。君の未来のため……に――」


 ヴィクトリアはカーサスに寄り掛かるようにして倒れこんだ。彼女の背後には真っ二つになりながらも死に物狂いで銃撃したカシラの姿があった。


「やった、やったぞ! ガハハハハ!」


 大きく笑い声を上げるとそのまま絶命した。


 カーサスはヴィクトリアを抱き寄せて必死に声を掛けた。しかし銃弾は背中から心臓に辺りその場に留まっていた。彼女の背中からは夥しい血液が滴り落ちている。


「ヴィクトリア、頼むから死なないでくれ。目を開けてくれ」


 カーサスは必死に呼び掛け込み上げてくる悲しみに耐え切れず彼は彼女を抱き締めた。


「い、痛い……」

「ふぁっ!?」


 彼が抱き締めるのをやめるとそこには笑顔のヴィクトリアがいる。


「はれ、なんでぇ?」

「言ったでしょ。私は死なないって」


 ゆっくり立ち上がると先ほどまで出血していた背中からはもう流れておらず負傷した腹部や両肩からも血は流れていない。そんな馬鹿なとカーサスは自分の負った痛みすら忘れて彼女を押し倒し腹を脱がした。


「ない……傷がない」


 カーサスを払いのけてから服を着ると咳払いをしてから、


「言うとややこしくなるから言わなかったけど、ボクね、不老不死なんだ」


 さらっと『ボク、不老不死なんだ』と言って信じられるはずもないだろうと百も承知だったがカーサスは違った。その場に座り込み、


「なんだよ、そうだったのかよ。はぁ、疲れた」


 安心して寝転がる。ヴィクトリアはその様子を見て、


「ボクが不老不死だって信じるの?」


 その回答に彼はこう答えた。


「この世界に信じられないものなんてない。それはただ自分が知らないだけなんだよ。だから俺は信じるよ。お前が最強の不老不死だってことを!」

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