第968話 「死んだけど生きている」
ランクトプラス軍が開発した『拡張爆弾』。あの、世界最強と呼んでも差し支えない悪魔の兵器に、チートウェルは一度殺された。島を一つ吹き飛ばすような威力の爆風に、体全てを焼かれたのだ。たとえ卓越した再生能力を持つチートウェルでも、流石に耐えきれなかった。細胞一つ残さず蒸発させられた。
人を殺すためにしては、あまりにも過度な破壊力を持つ拡張爆弾。人よりもむしろ文明を、国を、歴史を殺すための兵器だ。そんな代物を生み出すなど、普通は考え付かないだろう。しかしチートウェルは予想していた。「ランクトプラス軍ならそのくらいやりかねない」と信じていたのだ。ならば、対策をしないはずがない。この世は弱肉強食。生き延びる策を練らない者は弱者となり食われるのが定めだ。
チートウェルの能力は、自己の肉体を改造する力。手足や臓器はもちろん、脳でさえ好きなように作り出せる。言ってみれば、中央都市の『人工肉体』や『人間システム』を自分一人で成立させる力だ。
この能力最大の利点は、命の予備を作れる事だ。頭を潰されようと心臓を斬られようと、『代替脳』がある限りチートウェルは死なない。代替脳の予備を作っておけば、それだけ死ぬ確率が下がるという訳だ。そしてその予備は、一つの肉体にまとめて置いておく必要は無い。自分の分身を作成しておいて、そこに代替脳を保存しておけば良い。言わば保険だ。チートウェルは殺されるのを予期して、予め予備の自分を中央都市に残しておいたのだ。
『予備』は普段表に出なかった。チートウェルがランクトプラスに戦いに出ている間、自らの腕を飛ばして伝書鳩代わりにして、予備と本体はお互いに連絡を取り合っていた。そしてどちらかの腕が飛んで来なくなった時が、生存報告の途絶を意味する。『本体』の腕が来なくなり、『予備』は『本体』の死を知ったのだ。今からは『予備』が表に出て『チートウェル・クロズ・マギレット』として生きる。
チートウェルは死なない。全ての『代替脳』をこの世から完全に消さない限り。
「今は戦争中だったはずだがな。いつの間にか、人間同士じゃなくてドラゴンとドンパチやり始めてんのか」
ドラゴンの死体の上に乗り、チートウェルは周囲を見渡した。中央都市の周辺に、もうランクトプラス軍はいない。襲ってくるのはドラゴンだけだ。戦況は変わったと見るべきだろう。
「まぁ、どっちにしろ。今の俺様の居場所はここだ。用心棒は用心棒らしく、勤勉に働くとしますかね」
戦闘は苦もなくこなせた。代替脳を複製する際に、チートウェルの記憶もコピーされている。彼が今まで戦ってきた経験も、技術として脳に残っているのだ。今更ドラゴンの数匹倒すくらい朝飯前だった。
ティアナ女王からの任務はあっという間に終了した。後は中央都市の周りに散らばるドラゴンの死体を片付けるだけだ。
しかし、これがルナロードの仕掛けた襲撃ならばこれで終わりではないだろう。中央都市に人がいる限りドラゴンは再び襲い来る。しばらくは忙しくなりそうだとチートウェルは覚悟した。
中央都市とて指を咥えて見ているだけではない。今世界を襲うドラゴンとシアノ熱の災害にも、着々と対策を練っていた。チートウェルが休暇を貰える日も遠くない。少なくともチートウェルはそう信じていた。
「暇が出来たら挨拶回りに行かないとな。俺様が死んだもんだと勘違いしてる奴らに。くくくっ、どんな顔するか楽しみだな」
人類が初めて遭遇する、ドラゴンとの戦争。だがチートウェルは恐れる事なく楽しんでいた。彼にとって争いは日常に等しい。ブラディエゴに似せて言うなら「当たり前」だ。
「そうそう。ブラディエゴの野郎と、クロム……あとセンにも会いたいな。おっと、ヴィルカートスの旦那も忘れてねーぜ」
つまらない人生だと思っていた。だが、最近はそうでもない。どんな地獄にも楽しい時間はある。この戦争でチートウェルが気付いた事だ。
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