第967話 「死んだはずの男」
ルナロードの派遣したドラゴン軍隊は、人の多く住む地域を優先して襲うよう命令されていた。よって、小国より大国、田舎より都会が襲われるのは必然だった。世界で指折りの都会である中央都市は、ドラゴン達にとって格好の獲物と言えよう。
しかしそこは中央都市、容易には襲撃させてくれない。敵国の攻撃を防ぐために設置された巨大な壁は、ドラゴンをも阻んだ。壁を越えようと空を飛んだドラゴンもいたが、中央都市の空は強化ガラスの天井で覆われている。ミサイルすら止める最強のガラスだ。当然、爪も牙も科学の賜物には通用しなかった。
周囲を完全に守られた中央都市を攻略する術は無い。すぐそこに人の群れがいると分かっていても、ドラゴンは一切手出し出来なかった。だから立ち往生するドラゴンの軍勢は、中央都市の内部に住む人達からすれば無害ではあった。しかし殺意に満ちた生物が壁の外に滞在しているという状況は、街の人々に警戒心を与え続けた。有害ではないのだが、不愉快ではあったのだ。
中央都市そのものを安全にしても、敵が周囲にいるプレッシャーからは逃れられない。戦時中に中央都市封鎖計画を立てた際、指摘された問題だ。
そして、その『不愉快さ』を無視出来ないのが中央都市。『究極国家』という理想の極致とも呼べる社会を作ろうとした中央都市なのだ。たとえ命や財産の危機が無いとしても、壁の外にいる脅威を「我慢しろ」とは言えない。ドラゴンを中央都市周辺から追い出す役目が必須となった。
しかし、そんな役を誰も負いたくなかった。中央都市に引きこもっていれば安全なのに、わざわざ外に出る危険を冒したくはない。大勢の武装集団でドラゴンに立ち向かえば、ある程度の危険は減らせるだろう。だが大勢を一気に外に出そうとすると、中央都市の門を長く開く必要が出てくる。すると今度は、中央都市の封鎖を長く解禁してしまい、安全が保障されなくなるリスクが生まれた。中央都市の門を開けるのはほんの一瞬だけにしたい。故に、ドラゴン撃退役は少数でなければならないのだ。
中央都市を囲むドラゴン達を追い払いたい。だけど、軍を派遣して追い払うのはリスクが大きい。出来るだけ少ない人数で、安全に目的を達成したい。そんな子供のワガママのような要求を、中央都市の人々は訴えた。無茶苦茶な話である。少数でドラゴンの群れを倒そうなど、無謀な話だ。死にに行くに等しい。そんな仕事を引き受けてくれる者がいるのか。
一人いたのだ。無論、自殺志望者ではない。ホラ吹きでもない。
彼は言ってのけた。たった一人で、確実にドラゴン達を全滅させてみせると。その宣言を信用されるだけの力が、彼にはあった。
「では、貴方に任命します。降り掛かる火の粉を払いなさい」
ティアナ女王は彼に命じた。彼は恭しく礼をして、女王直々の任務を引き受ける。
「必ず朗報を持ってきますよ。この街には恩があるんでね」
中央都市の門が開き、彼が外に出た瞬間に閉じた。あまりにも素早い開閉であり、ドラゴンの一匹も通る隙は無かった。
近くにいたドラゴンの何匹かが、彼の接近に気付いた。人間を殺したくても殺せずにいてウズウズしていた所に、小さな獲物が一人。見逃すはずはない。ドラゴン達は我先にと標的に飛びかかった。
「おー。ルナロードんとこのドラゴンは元気だな」
自分よりもずっと大きな動物が牙を剥き出しで襲ってきても、彼は少しも驚かなかった。似たような光景は人生で何度も見てきている。中央都市で安全な生活に浸ってきた人々には、許容出来ない恐怖であろう。しかし彼にとっては至極当然の現象に過ぎない。人間であろうとドラゴンであろうと、奪い合うのは世の常だ。そして、奪い合って勝つのは片方のみ。故にこの世は……。
「弱肉強食、だ」
彼に襲い掛かったドラゴン達は、皆一様に地面に倒れていた。何をされたのか、ドラゴン達も理解出来ずにいた。『食われる側』であるはずの獲物が、反撃してくるなど。
「憎むべきは、お前の弱さだぜ」
彼は淡々と言った。彼の腕が刀のように変形し、ドラゴンの首を裂く。決着は一瞬だった。どちらが『食われる側』なのか、もう明白だ。
「……って、一度殺された俺様が言うのも滑稽だがな! あーはっはっは!」
チートウェル・クロズ・マギレットは、自嘲気味に笑って言った。




