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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
最終章 人類絶滅災害編
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第966話 「悪役の務め」

 軍諜報部の司令塔。ここは諜報部の頭脳と呼べる場所であり、同時に命令を伝える口でもあった。普段ならば館内の軍人に向けて放送をする。だが、今回伝えるべき相手は違った。

 諜報部は閑散としていた。将軍であるジェノールが去り、そして事実上の長であったヂールが死亡した事で、諜報部はその機能を停止させていたのだ。本部施設は十分に警備されておらず、誰でも侵入可能な状態だった。

「また、ここに来るとはな」

 ほとんど変わっていない内装を見て、オーディンは30年前を思い出す。かつてはランクトプラスに別れを告げるために訪れた場所。そして今も、『悪党』として名を残しこの国を去るために使う。

 オーディンは国内放送用機器を操作した。操作方法はまだ覚えていた。若き日に興味を持って学んだ技術が、今まさに役立とうとしているのだ。

「……設定は済んだ。始めるぞ。ノーラ。サジェッタ」

 通常、諜報部本部施設にのみ放送される音声通信。しかし設定を変え、国内全域に放送出来るようにした。ランクトプラスの全住居は、緊急警報などの重要な伝達事項をいち早く国民に伝えるため、軍事放送専用スピーカーの設置が義務付けられているのだ。司令塔の通信システムを書き換え、全国に向けての放送を勝手に始めるなど、まさにイーヴィル・パーティーでなければ考え付かない悪行だ。

 オーディンはマイクを前にして、言った。オーディンの後を付いてきた二人は、ただ無言で見守るだけだった。


『聞こえるか、ランクトプラスの国民よ。我が輩はイーヴィル・パーティーの頭領。オーディン・グライトである!』


 ランクトプラスの家という家全てに、同じ声が響き渡った。低く威圧的な声は、総司令と似た雰囲気を持って民草の耳に浸透した。唐突に始まった軍事放送。それを異常と捉える事なく、人々は真剣に耳を傾けた。

『これは正規の軍事放送ではない。我が輩はランクトプラス軍の協力者ではなく……むしろ敵だ。すなわち貴様らランクトプラス国民の敵である!』

 まずオーディンは、全国の民に前提条件を告げた。これは支配階級からのお達しではなく、悪党からの宣戦布告なのだと。

『軍の司令塔は現在、我が輩が乗っ取った。案ずるな。すぐに返してやろう。だが一つだけ、一つだけ貴様らに告げねばならぬ事がある。ドラゴンの群れがこの国を襲ったのも、感染症が老若男女を苦しめているのも、全て我が輩の仕業だ』

 言いたかったのは一つだけだ。自分こそが悪である事。オーディンが30年間、世界に向けて訴え続けた事だ。そして、彼が戦う理由だ。

『やがてこの国は、疲弊し戦う力を失う! 戦争はランクトプラスの勝利ではなく、全国家の敗北となるであろう! 貴様らに敗北を与えたのは誰だ? 他ならぬ、この我が輩だ! 恐れよ! このオーディン・グライトを!』

 人類よ。我が輩を唯一の悪だと思え。憎み、恐れ、立ち向かうために力を合わせよ。決して仲間同士で『悪』を押し付け合い、傷付け合うな。

 オーディンが伝えたかったのはそれだけだった。この思いを訴えるために、オーディンは『悪党』となったのだ。

『……ではさらばだ愚民共よ。悪党に屈した弱者共よ』

 オーディンは通信を切った。もうランクトプラスでやるべき仕事は残っていない。役目を済ませた悪党は、人々の標的として存在し続けるために、今はこの場を去るのみだ。


「けっ、かっこつけるじゃねーかよボス」

 茶化した声でサジェッタは言う。

「この国の皆さんは、怒って下さるでしょうか」

 心配するようにノーラは言う。

「ランクトプラスの民は、侮辱されて剣を持てぬ程腑抜けてはおらん」

 そして信頼を前面に出して、オーディンは言った。


 ランクトプラスの人々は呆然としていた。やがて皆の表情は、闘志の色に染まった。軍と共に生きてきた人々は、軍人達と同様に祖国の危機を察していたのだ。自分達は『守られるだけの存在』ではない。たとえ戦場に立たずとも、軍人と同じように矜持を以て国を守り戦うべきだと。心の底で決意していたのだ。

 ドラゴンの襲撃も、シアノ熱の蔓延も、他人事ではない。国の危機は自分の危機と同義だ。ランクトプラス共和国の一員として、立ち上がる時は今だ。

「イーヴィル・パーティー……! あれが悪名高い犯罪組織か!」

「ランクトプラスに手を出すなど……許し難い!」

「報復だ! 偉大なるランクトプラスの力を見せてやれ!」

 オーディンの信じた通りだった。市民は戦意を強く抱き、倒すべき敵を見定めた。牙を抜かれたペットではない。ランクトプラスの人々は皆、戦士の心を持っている。


 オーディンの意図を本当に理解したのは、オルディードやギルドレイドなどの一部の人間のみだろう。多くのランクトプラス国民にとってオーディンは、『史上最悪の悪人』として記憶に刻まれる。それが事実として歴史に残る。

 だが、それでいいのだ。オルディードも、ギルドレイドも、オーディンの真意を世に晒そうとはしなかった。オーディンの意思を、進もうとする道を、別の道から見守ると決めたから。


 この日、イーヴィル・パーティーは正式にランクトプラス共和国の敵となった。国中がオーディンを捜索したが、既にオーディンは国内にいない。世界のどこかに隠れた『悪党』を、ランクトプラス人は血眼になって探し続ける。

 オーディンは、理想の『悪』となった。人類を襲う『災害』に対して、人々が怒る先を見失って憎しみ合う事もない。憎悪の向く先は、オーディン一人になる。

 イーヴィル・パーティーの『後始末』は、無事に終わったのだ。


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