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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
最終章 人類絶滅災害編
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第965話 「正義の飢餓」

「嫌だ……イヤ……だ。ワタクシはまだ、悪を滅ぼせていない……」

 クルエルは上半身だけを使って前進した。腕は余る程あるので這うのは容易だが、やはり半分だけの体では動きがぎこちない。

 切断された下半身は、もう動かなかった。再生もせず、腕の集合体だけが地面に横たわっている。

「ワタクシは……ワタクシは……ワタクシは!」

 クルエルは屈しなかった。痛くても、死ぬ寸前でも、決して逃げ出さなかった。オーディンに媚び諂い命乞いする選択肢など、はなから存在しない。何故ならクルエルは正義の味方だからだ。自分よりも尊ぶべきものがあるからだ。

「……見事」

 思わずオーディンは呟いた。二人はどう足掻いても分かり合えないだろう。しかし、クルエルの確固たる信念にはオーディンも賞賛の意を示した。


 オーディンは再び剣を抜いた。勝負は決したと見て剣を納めたのを後悔した。クルエルがまだ戦う意思を持っているのに、一方的にオーディンが戦意を無くすのは礼儀に反する。オーディンはこの上なく悪党だが、同時に誇り高き戦士なのだ。

「認めよう。貴様は強い。だからその強さを偽りにせぬよう、最後まで戦い尽くしてくれようぞ」

 オーディンは『贖罪の一振』を構えた。オーディンとて満身創痍だ。先の戦いの傷もまだ癒えていない。それでもやはり、戦うのだ。

「ワタクシは……正義そのものだアァアァー!」

 クルエルはさらに腕を生やした。下半身など用済みであるかのように、敵を殺すための部位だけを増やす。腕から腕が発生し、その腕からまた腕が発生する。まるで無際限の巨大化だ。


 しかし無際限ではなかったのだ。当然ながら、竜人の能力も無限には発動しない。質量もエネルギーも有限だ。クルエルの能力は、ドラゴンにも人間にも備わっている細胞分裂を高速化したに過ぎない。その現象は有限の回数を経て、止まる。クルエルのエネルギーも有限だから。

「あ……アァアああァ……」

 予兆はとっくの前にあった。さっきから腹が減って仕方がない。竜人の燃費は極めて悪く、一度戦う毎に膨大な食料補給が必要なのは竜人にとって常識だった。特に、何度も竜人の能力を使ったのなら迅速に食べなければならない。腕の増殖、体の再生……どちらも急速にエネルギーを失う行為だ。連続で行っていいものではない。

 そして駄目押しの、竜人暴走薬だ。ブレーキを失ったクルエルの体は、死ぬまで暴走する兵器と化した。

 それでもクルエルは肉体の悲鳴を無視したのだ。自分はどうなってもいい。正義だけは完遂させろ。その狂気的なまでの熱意が、彼の空腹を誤魔化し続けた。だがそれも、限界だった。

「なんで……ナンデ、体が、動カ、ない……」

 クルエルは止まった。再生もしていない。もうエネルギーは尽きてしまったのだ。

 戦いの途中で逃げたなら。腹を満たす事を優先したのなら。結末は変わっていただろう。しかしクルエルに『逃げる』という選択肢は無かった。正義を為す事しか頭に無かった。故に彼はもう、助からない。

「動け……ウゴケっ……! ワタクシはもっと、正義を貫く……!」

 クルエルは宿敵、オーディンの目の前で立ち止まった。手を伸ばせば届くのに、手を伸ばせない。これ以上の屈辱があるだろうか。


 クルエルは飢えていた。今までも、今も。

 ルナロードの忠告を、最後までクルエルは理解しなかったという事だ。正義はやがて、飢えて死ぬ。食らうべき獲物を失って。

「竜人の栄養失調ですよ。竜人技術開発段階から指摘されていた事です」

 背後からノーラの声がした。市民の避難誘導を終えて戻ってきたのだ。

「ノーラ」

「オーディン様。やはり無茶されたようですね。ですが貴方の勝利です。さぁ、こちらへ。早く手当てしないと」

 ノーラはオーディンを手招いた。片腕を失う大怪我をしたオーディンだが、ノーラなら治療出来る。前にも同じような怪我を負ったので、ノーラはそれを予期して治療の準備を整えておいたのだ。

「……栄養失調だと。こやつの最期がそんなものであると言うのか」

 オーディンは静かに言った。こんな虚しい結末を、黙って見てはいられなかった。

「約束したであろう。悪が勝つ物語を見せてやるとな」

 約束は果たす。死ぬまで正義を全うした殺人鬼に、せめてもの餞を送ろう。

 オーディンは剣をクルエルの頭に刺した。クルエルは微動だにしない。数秒前から動かない。だから、この一撃がトドメになったかは不明だ。だが、それでも。

 『正義』に引導を渡すべきは『悪』だと、彼は思ったのだ。


「治療を頼むぞ。早く、我が輩は向かわねばならない」

 オーディンはノーラに体を預けた。ノーラなら万全の治療を施してくれるだろう。

 道草は終わりだ。『悪党』としての仕事を果たしにいかねば。

「勝者の務めくらい果たさずして何が『悪の勝つ物語』だと、笑われてしまう」

 物語が許されるのは、勝者のみ。締めくくる役割も勝者の責務だ。

 この国に、最高のバッドエンドを。

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