第950話 「オーディンVSエンペラークオリティア」
「ぐはははは! 全身に力が篭るわい! 懐かしきこの感覚! 愉快じゃのぉ!」
ワイスは戦っているというより暴れていた。新しい玩具を手に入れた子供が存分に遊び尽くす化のように、やっと取り戻した本来の肉体を使いに使った。戦車をも上回る巨体が四方八方に腕を振るうのだから、それだけでも攻撃として脅威的だった。
ドラゴンが何故強いのか。その答えの一つが『大きさ』だ。大きいから強い。単純だが的を得た理屈だ。『エンペラークオリティア』はドラゴンの中では小さい部類だが、しかし人間よりは遥かに巨体だ。人間が一人で相手出来る存在ではない。
だが、例外がここにいた。オーディン・グライトに常識は通用しない。
「楽しそうではないか。ドラゴンも笑うのだな」
ワイスの打撃はオーディンに当たらない。体が大きいという事は攻撃の範囲も大きいという事だが、それがどうしたと言わんばかりにオーディンは回避する。
避けるばかりでなく、当然オーディンは反撃した。『加害の一振』の斬撃は、届きはしたが、大したダメージを与えられない。筋肉の密度が高いのか、剣が深くまで斬れなかった。『エンペラークオリティア』の高い再生能力もあって、オーディンの攻撃はほぼ意味を為さなかった。
『加害の一振』の能力が効けば楽だが、ワイスに能力は通用しなかった。ストレスへの耐性が高いのだ。それでは『加害の一振』は形の崩れた刃に過ぎず、オーディンにとって不利であった。
「ほれほれ、貴様も笑うが良いのじゃ。これからわしが直々に殺してやるのじゃぞ? 最上の死が待っておる! 喜ばんか!」
ワイスの攻撃は止まらない。必ず標的を殺せる自信があるから止まらない。持久戦になれば体力の差が勝敗に関わるだろう。オーディンの体力はずば抜けているが、『エンペラークオリティア』に劣らないかと言えば疑いが残る。
種族の差はどうしても無視出来なかった。『エンペラークオリティア』の強さは体格や体力だけに留まらない。肉体の頑丈さ、動きの俊敏さ、再生能力……そして何より、戦闘に特化した知能にあった。戦いに勝つにはどのように体を動かせばいいのか、その答えをワイスは瞬時に理解し得る。『エンペラークオリティア』に特筆すべき能力は無いが、敢えて言うならその知能……『最適解を知る頭脳』こそが能力。だからこそ、ワイスは人間の肉体だった頃にも桁外れの強さを誇っていたのだ。ひ弱な少年の体でも、軍隊を蹂躙する力を発揮する。『戦い方』を理解しているから、肉体の弱さを補える。その脳こそが、『エンペラークオリティア』の強さの真髄だ。他の生物では及ばない、圧倒的な才能だ。
ただでさえ優秀な脳を持つワイスが、強靭な肉体を持ってしまったなら。鬼に金棒どころの騒ぎではない。想像を絶する化け物が誕生する。心身共にワイスは最恐の存在と化したのだ。
「生憎と、死ぬ訳にはいかんのでな」
返事をして余裕を見せるオーディンだが、その実ワイスを倒す算段が立たず頭を悩ませていた。これがルナロードの切り札ならば、確かに嬉々として出したくなるカードだ。他のドラゴン達とは格が違う。ワイスの頭脳を『エンペラークオリティア』の体に移植して生まれた、災害のごとき生物兵器。古代の支配者の再現は、ここに成った。対してオーディンは、あくまで人間だ。特殊な能力も遺伝子も持っていない。彼の力の裏付けは、偏に『鍛錬』だ。人並み以上の努力だけが、オーディンの強さだった。
既に両者の戦闘は、荒野にクレーターを量産する程に激しさを増していた。爆発でも起きたのかと錯覚する光景が広がっていた。大地の穴は全て、ワイスの爪や尻尾が穿ったものだ。戦車のような破壊力を持つワイスに、オーディンは剣だけで立ち向かうのだ。
「……分が悪いか。剣の一本ではな」
自嘲気味に苦笑するオーディン。その時、ある事に気付いた。
一本ではない。もう一振りあるではないか。
「この剣……」
オーディンは腰に差す剣に触れた。長く使ってきた『加害の一振』とは別に、先程キャリアから受け継いだもう一振りの剣。
『贖罪の一振』が。
勝つ算段は、まだ無い。しかし戦いとは得てしてそういうものだ。勝てそうでなくとも立ち向かわねばならない時はある。結局の所、人間が選べるのは『勝つか負けるか』ではなく『戦うか逃げるか』しか無いのだ。
ならば戦おう。最初から、その選択肢しか見えていないのだから。たとえ相手が強大であろうと、未来が不明瞭であろうと、考えるべきは己の意思のみだ。戦いたいと願うのなら、戦え。
「見せてもらおうか。人の叡智の切れ味を!」
オーディンは決して慄かない。確固たる意思に従い、彼は『贖罪の一振』を抜剣した。




