第92話 「潜入する悪党」
それは、セン達『執念の手』が中央都市に侵入するより少し前のことだ。
中央都市の壁の入り口に、『イーヴィル・パーティー』のメンバーが5人程集まっていた。
彼らは非合法的な手段で中央都市に入り込み、王家の財宝を盗むのが目的だった。
「本当に、大丈夫なのだろうか……」
背の高い髭面の男は、不安を顔に浮かべながら呟いた。彼の名はガンダス・ジルガリオ。イーヴィル・パーティーの一員である。
「偽造パスポートなんか使って、もしバレたら……」
震える声を出すガンダスに、小柄な女が蹴りを食らわせた。ガンダスは「痛っ!」と呻いて足を押さえる。
「ビビってんじゃねーよ! 捕まるのが怖いなら帰りやがれ!」
彼女はサジェッタ・ナリエシル。見た目は完全に幼い少女なのだが、ガンダスより7歳も年上だ。
「安心するがよい。シエルの手助けがあるから簡単には捕まらん」
サジェッタとガンダスのいざこざを止めたのは、『イーヴィル・パーティー』のボス、オーディン・グライトだった。彼の後ろに立つのは、『イーヴィル・パーティー』の中でも窃盗が得意な二人組だ。黒いタイツに身を包み、怪しい雰囲気醸し出している。どんな金庫も簡単に開けてしまう、凄腕の泥棒おじさんコンビだ。
彼ら5人は、各々偽造パスポートを手に、中央都市に侵入した。中央都市にいる人々はパスポートを持っている。これは身分証明に用いられる他、犯罪捜査にも使用される。パスポートを所持しない者が中央都市に入ったら、重い罪に問われる。そのため、パスポートを持たない『イーヴィル・パーティー』のメンバーは、偽造パスポートを制作したのだ。本物のパスポートを発行したら彼らの個人情報が中央都市に漏れてしまう。故に、偽造パスポートという訳だ。
もちろん、簡単にパスポートを偽造出来るはずはない。オーディンの妻であるシエルの助力があってこそだ。
中央都市に入ったオーディン達は、真っ先に王宮へ向かった。今日は新国王の戴冠式の日。王宮の外の警備は、普段より厚くなっている。だが、王と王子の護衛に人材を使っているため、宝物庫の警備は薄くなっていた。そこがオーディン達の狙い目。今なら楽に財宝を頂ける。
当然、中央都市の警備はザルではない。いくら警備の兵士が少ないと言えど、コンピューター管理された警備システムが黙っているはずはなかった。5人の盗賊など、容易に排除出来るだろう。
しかしそれも計算の内。オーディンは任務の成功を確信していた。根拠はある。
「シエル。予定通り頼むぞ」
オーディンは耳元のイヤホンとマイクに語りかけた。
『了解です、オーディン様』
イヤホンに、ノイズ混じりの声が届いた。
オーディンはアジトにいるシエルと通信を行い、情報を伝えあっているのだ。
アジトのコンピューター室では、シエルがディスプレイと向き合っていた。彼女はひたすらにキーボードをタイピングし、情報管理を行っている。
「今から警備システムを無力化します」
シエルは、焦げ茶色のセミロングが可愛らしい少女だ。正真正銘の12歳であるが、これでもオーディンの妻である。サジェッタのような、見た目が若い大人とかそういう類いではない。
シエルは中央都市の頭脳……『イマジンハート』のシステムに侵入した。そしていとも容易くハッキングを行い、中央都市の全ての警備システムを一時的に無効化した。
「『イマジンハート』をハッキングしました。これで王宮への侵入は簡単になったはずです」
シエルは口元のマイクに、そう告げた。
『イマジンハート』はチェルダード王国が誇る最高のスーパーコンピューター。中央都市のあらゆる警備システムや情報管理システムを支配し、中央都市に安全を幸福をもたらしている。容易くハッキング出来る代物ではない。不可能と言ってもいい。だが、シエルは例外だった。
なぜなら、『イマジンハート』を作ったのは彼女なのだから。
「ご苦労、シエル」
シエルからの報告を受けたオーディンは、王宮の内部へ踏み込んだ。王族と王宮を守るはずの警備システムは、ぴくりとも動かない。
「ここから先は二手に別れる。サジェッタとガンダスは西を物色しろ。我が輩達は東を探す」
オーディンの指示に、部下達は「了解」と頷いた。狙うは財宝が納められた宝物庫。価格にして1億5000万ヴァルエのお宝達だ。つまり、チェルダード王国のGDP(国内総生産)の3%近くの金額である。
「行くぜガンダス! グズグズすんなよ」
サジェッタはさっさと走り出し、宝物庫へ向かった。ガンダスが慌ててサジェッタの後を追う。
オーディンと泥棒コンビは、王宮の廊下を歩いていた。赤いカーペットと華やかなキャンドルで彩られた廊下は、とても綺麗で高貴だ。国民の税金を惜しみ無く浪費しただけのことはある。
この先に宝物庫があるのだが、妙だ。先程から人の声が聞こえないし、変な匂いがする。火薬と、血の匂い。
違和感を抱きつつ、オーディンは目の前の扉を開けた。そこには宝物庫を守る騎士団員がいた。無駄に装飾が凝った鎧と剣を装備した、王国騎士団の兵士だ。だが彼らに財宝を守る能力は無い。
死んでいるからだ。
「どういうことだ」
思わずオーディンは疑問を口にした。
血の水溜まりに倒れる兵士が二人。事故死には見えない。明らかに、殺害されている。
オーディン達の他にも、王宮に賊が侵入していたのか。それも、殺人もいとわないような輩が。
財宝には一切手を付けられた形跡が無いが、一体何のために兵士を殺したのか。
「ボス、これは……」
泥棒コンビの一人が、恐る恐る言葉を漏らした。
「貴様らは財宝を袋に入れろ。我が輩はこの騎士を殺した者を探す。近くに潜んでいるかもしれんからな」
オーディンは宝物庫を出て、人の気配を探った。殺人は忌むべきものだ。『イーヴィル・パーティー』にとっても。オーディンはいち早く殺人犯を見つけ、始末しようと考えていた。
「どこにいる……」
周囲を軽く探してみたが、それらしい人間は見つからない。もう遠くへ行ってしまったのか。
ふと、外が騒がしいことに気付いた。叫び声が聞こえる。戴冠式の会場からだ。何かあったのか。
オーディンは宝物庫に戻り、泥棒コンビと合流しようとした。だが、彼らは騎士団の隣で俯せていた。身体中に何かの模様のような切り傷が刻まれ、黒タイツの内側からドロドロと血が流れている。
「……謀ってくれな」
犯人の姿は見当たらない。オーディンが室外に出ていた短時間に、泥棒コンビを殺して逃げたのだ。その上、宝物庫には犯人の形跡が全く残っていなかった。足跡すら無い。素人の犯行でないのは明白だった。殺人に手慣れている。
オーディンは姿の見えない殺人鬼に、静かな怒りを燃やしていた。
「誰だ! そこにいるのは!」
背後から、声が聞こえた。オーディンが振り向くと、王国騎士団が数人、こちらにやって来ている。
王国騎士団達は宝物庫の惨状を見て顔をしかめ、立ち止まった。
「なんということだ……。お前がやったのか!」
騎士団の一人が、剣の先をオーディンに向けた。
オーディンは殺していない。身の潔白を主張することは可能だろう。だが、彼の露悪願望が否定の言葉を掻き消した。
オーディンは、本能的に、こう答えた。
「ああ。我が輩がやったのだ」
瞬時に騎士団達が身構え、剣を抜いた。
「おのれ……。王家を汚した罪、命を以て償うがいい!」
騎士団の一人が剣を振り下ろす。オーディンは素早く回避し、『ジャンバラ』に手を添えた。
「仕方あるまい」
『ジャンバラ』を抜き、真っ直ぐ構える。
「は、刃向かう気か! 死ねぇ!」
騎士団達が一斉にオーディンに襲いかかる。敵に囲まれた状況で、オーディンは笑っていた。
「呆気ないものだな」
床に倒れる騎士団達を見下ろして、オーディンは『ジャンバラ』を鞘に収めた。
『ジャンバラ』の能力を受けた騎士団達は、一分も経たずに気絶してしまった。早すぎる。
いや、そうでもない。本来なら『ジャンバラ』の能力はこれくらい強力なのだ。常人ではすぐに気を失う。『ジャンバラ』の能力に長時間耐えたクロムが異常なのだ。
「さて、どうしたものか」
財宝を奪ってさっさと帰還したいところだが、別の用事が出来てしまった。
王宮の外では民衆が逃げ惑っている。建物や道路が爆発を繰り返している。
尋常でない状況なのは火を見るよりも明らかだ。
「被害者になり得る愚民共が消えるのは、止めなくてはな」
オーディンは王宮を脱出した。そして街を歩き回り、見つけてしまった。
オーディンが脅威に感じた、あの女を。『ジャンバラ』に抵抗を続けた、あの女を。
「クロム……!」
様子を窺うと、どうやら敵と交戦中のようだ。やけに薄い剣を持った、痩せぎみの青年と対峙している。
青年の言葉を受けたクロムが、何故か動揺を露にしていた。隙が生じたクロムに、青年の剣が牙を剥く。
オーディンは咄嗟に拳銃を取り出し、青年目掛けて撃った。
クロムを倒すのは自分でなくてはいけない。あの女を自分の悪意で屈伏させたい。そう思ったからだ。
銃弾をよけた青年が、オーディンを睨む。
「誰だぁ?」
殺意にまみれた青年を無視し、オーディンはクロムに目線を送った。
「油断したな。貴様らしくない」
かつて剣を交えたクロムは、今のような油断は決して見せなかった。
「久方ぶりだな、クロムよ」
ラトニアの海岸で戦ったあの日から、オーディンはずっとクロムに会える時を待ち望んでいた。もう一度、戦いたかった。
だが、今回はクロムと共闘すべきだろう。あの殺意の青年……返り血で汚れた青年を倒すために。
ふと目に映った、両断された子供の死体が印象的だった。
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