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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
最終章 人類絶滅災害編
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第947話 「ドラゴン急襲」

 いつの間にか日が暮れていた。今日はほとんど看病の手伝いが出来なかったな。でも後悔はしていない。今日一日に満足出来るだけの意義はあった。泣き疲れて眠るスーニャの顔を見て、そう思った。

「クロム隊長。夕ご飯の支度が出来たそうです」

 病室に顔を覗かせたファティオが、俺を呼んでくれた。俺は「すぐ行く」と答え、椅子から腰を上げた。

「ずっと見守ってたんですか?」

「あぁ。あいつを一人にはしたくなかったしな」

「相変わらず優しい人ですね。自分を殺そうとした相手なのに」

「不満か? お前も殺されかけたもんな」

「いいえ。そんなのどうだっていいです。クロム隊長が助けたいと言うのなら、従いますよ」

 本当にどうでもよさげに、ファティオは答えた。スーニャの殺人への執着には驚かされたが、ファティオの命への執着の無さにも大概驚く。大切な人を失った二人だが、その後の心境は対極的だった。

「本心は積極的に言っていいんだぞ」

「だから言ってるでしょう。本当に興味無いんですよ。むしろ怒ってるのはピアルタさんの方ですね。『あんな無茶考えられないです』って、延々と文句溢してました」

「あはは……。後で謝っとかないとな」

 ピアルタには悪い事をした。傭兵としての仕事を軽視されたように思われたかもしれない。

「さぁ、ご飯にするか。腹が減っては戦は出来ないからな」

「戦してる場合じゃないですけどね」

 ファティオは真顔で言った。表情が変わらないので、冗談なのか真面目に言ってるのか分からない。

「それは確かに……って、ん?」

 ふと、嫌な気配を察した。災いが近付いてくる時の胸の高鳴りだ。敵が、来る。しかし人ではない。足音は聞こえない。しかし俺の耳が捉えてなくとも、ファティオの目は捉えていた。

「ドラゴンの群れですね。珍しい。いや、もう珍しくはなくなったんでしたっけ?」

 遥か彼方の上空に、ドラゴンが軍勢となって飛んでいるのを、ファティオだけが見えていた。ファティオの平然さからは伝わりにくいが、これは明らかに敵襲だ。ドラゴンが世界各地で人を襲っているというニュースは、既に聞き及んでいる。今までこのレジスタンスアジトは狙われなかったが、ついに標的にされたのだ。

 シアノ熱が蔓延し、まさしく『戦してる場合じゃない』この時に、ドラゴン達は無理矢理に戦いを仕掛けてくる。ここが戦場となれば混乱極まるのは火を見るより明らかだった。戦いは避けられなくとも、せめて迎撃の準備だけは整えなくては。

「ファティオ! どのくらいで来そうだ!」

「後7分くらいでしょうか。他の皆に知らせに行った方がよろしいでしょう」

 淡々と言ってファティオは『銃王の爪』を構えた。長距離狙撃に適した銃だが、果たして空高く飛ぶドラゴンを撃ち落とせるのか。 

「ここから狙うのか。流石に難しいだろ」

「はい。僕でも外すでしょうね。ですから精々、威嚇程度。時間稼ぎにしかなりません。3分くらいなら稼いでみせますから、避難誘導なり迎撃準備なりしておいて下さい」

 ファティオは銃を撃った。まだ俺の視界にすら入っていないドラゴンの群れに、弾丸が当たったのかは分からない。ファティオは表情一つ変えず銃弾を装填していた。

「分かった。全く、飯を食う暇も無いな」

「良かったじゃないですか。おかずが一品増えそうですよ。ドラゴンの肉が美味しいかは知りませんけど」

 頼もしい返事だった。


              *  *  *


 これは間違いなく奇襲だった。ドラゴンの群れは飛行機のごとく素早く、並みの人間では気付いた所で対処出来ない。逃げ出す暇もなく捕まり、食われるだけだ。かつて世界を支配した獣達を前に、か弱い人間は抵抗する間も無く殺されるのみ。

 しかしここに、例外がいた。ファティオの目はいち早くドラゴンの群れを捉え、先手を打って発砲した。この時点で奇襲は成立しなくなり、狩る側は狩られる側へと変化した。

 最初の一発はかすっただけだった。ドラゴンの足に小さな傷を負わせ、少し喚かせた程度。撃ち落とすまではいかず、ドラゴンは飛び続ける。

 次の弾丸は翼を貫いた。流石に翼を撃たれれば、上手く飛ぶのは難しい。一匹のドラゴンがバランスを崩し、悲鳴をあげながら地上へ落下した。

 ドラゴン達は本能で理解した。この先に強敵がいる。他の獲物とは違う、鋭い爪を持った者がいると。空は既に安全地帯ではなく、戦いは既に始まっていた。

 人間とドラゴン。二種の生物が生存を賭けて殺しあう。どちらが食うか食われるかも分からない死闘を前にして、ドラゴン達は血を沸かせていた。食物連鎖の頂点に立つ生物としての闘志が、激しく燃え上がったのだ。

 故に、まだ気付かない。前方の狙撃手のみに気を取られ、地上で虎視眈々と牙を尖らせている彼に、ドラゴン達は気付かない。

「やっぱり戦うしかないってか。当たり前だよな」

 彼の言葉が終わる時、地上から雨が降った。『地上に』ではなく『地上から』降る赤い雨。血の弾丸は嵐のごとく、天を羽ばたく竜を撃つ。身を守る術など無く、何匹かのドラゴンは全身を穴だらけにされて落下した。

 空から降ってくるドラゴンの死体を、彼は足場にして蹴り上げた。ドラゴンからドラゴンへと乗り継ぎ、空高くへと駆け上がる。翼を持たない人でも、こうすれば空へ辿り着けた。

 否。翼はあったのだ。そして人でもなかった。真っ赤な血で作られた翼を背負い、これまた真っ赤な爪を生やしたこの男。ブラディエゴ・ジャックロードの急襲に、ドラゴン達はようやく気付いた。

「あん時見逃してくれたお礼だぜ、クロム。こいつは出血大サービスだ」

 人の言葉を話す彼は、竜人。ドラゴンの力を持つ生物兵器。その姿は、血で出来た竜と呼ぶ他無かった。赤い翼で飛び、赤い牙を剥き、赤い角を生やし。全身を血で武装して、彼は空飛ぶ敵を蹂躙した。

 ドラゴンの軍隊は一瞬にして半壊した。ブラディエゴに斬られ、撃たれ、血だらけの肉片となった。やがて落下したブラディエゴは、血で体を防護しつつ着地した。

「……ふぅ。何匹か逃しちまったが、後はそっちでなんとかしてくれ。僕はもう疲れた」

 敵を半分にしただけでも、十分な成果だろう。そう結論付け、ブラディエゴは休んだ。アテのない旅を続けて、しばらくまともに食事も出来ていない。人間社会ですら『腹が減っては戦は出来ぬ』のだから、エネルギー効率の悪い竜人なら尚更だ。

「死ぬなよ。クロム」

 ドラゴンの群れが向かう先を眺め、ブラディエゴは祈った。


              *  *  *

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