第944話 「ピアルタVSスーニャ」
「くそっ……! さっさと吹っ飛べよ!」
スーニャはピアルタの打撃を避けながら爆弾を投げつけた。爆発は全てピアルタに命中しているが、ピアルタは一切引かない。ハンマーの猛攻は止まる素振りを見せなかった。
「ちょっとやめるです。服がボロボロになるです。流石に恥ずかしいですよ」
無表情に言いつつ、ピアルタは攻撃を続ける。スーニャの爆撃はピアルタの服や髪を僅かに焦がすだけだった。
爆風が荒れ、爆音が響く。この戦いが二人の少女だけで交わされているとは、目撃者以外は信用しないだろう。まるで軍隊同士の熾烈な争いを、この二人は短時間でこなしていた。
互いに引かない攻防。だが、『どちらも押されていない』事そのものがスーニャにとっては劣勢の印だった。
「何なんだよ、お前っ! 何で効かないのっ!」
何度も何度も爆発を起こし、それでもピアルタには通用しない。攻撃が無意味になってしまう絶望を、スーニャは突きつけられていた。
「これが『アルスキン』の皮膚です。すごく硬いです。だからあちし強いです」
ピアルタの蹴りがスーニャの腹に叩き込まれた。少女とはいえピアルタは竜人だ。人ならざる力で思いっきり蹴られれば、ひとたまりもない。スーニャは嘔吐し、勢いよく転倒した。
「がっ、はっ……! こう、なったら……!」
スーニャは小袋を取り出し封を開け、ピアルタの顔面に叩き付けた。ピアルタは余裕の表れか、直立不動で袋の中身を受け止める。袋から溢れたのは、何かの粉だった。
「どうしたですか? まさかこれが攻撃ですか?」
「そうだよ。今度こそぶっ殺せる!」
スーニャはピアルタから距離を置き、棒状のスイッチを取り出した。
「冥土の土産に教えてあげるよっ! これは『粉末爆弾』! 今お前が飲み込んだ粉は爆弾なんだよ!」
歪んだ笑みを浮かべるスーニャを見て、俺は思い出した。スーニャが『とっておき』と呼んでいた、最恐最悪の爆弾を。
『粉末爆弾』は風に乗り、気付かぬ間に人体に入り込む。スーニャがスイッチを押すだけで、警戒する間も無く木っ端微塵だ。防御も回避も許さない爆弾、それが『粉末爆弾』。ピアルタはそれを直に飲み込んでしまったのだ。
「ピアルタ! 吐き出せ!」
俺は咄嗟に叫んだ。それが対処になるかも分からないが、とにかく助けたい一心で叫んだ。当のピアルタは俺を一瞥した後、「ふーん」と興味無さげに呟いた。
「あちし、爆弾飲んだですか」
「そうだよ! 今更怯えたって遅いね! お前が死ぬのは決まったんだよ!」
スーニャはスイッチに手を添える。その時だった。ピアルタは凄まじい速度でスーニャに接近し、彼女の右腕を掴んだ。スーニャが抵抗するより早く、ピアルタはスーニャを組み伏せる。その後「ボキリ」と骨が折れる音が鳴るまで、一秒もかからなかった。
「う……あああああああああああっ!」
スーニャの絶叫が響く。無慈悲にへし折られた腕ではスイッチを押せはしない。ピアルタはスーニャを完全に一方的に封じ込めていた。
「余計な事は言わない方がよかったですね。うるさいと奇襲は失敗するですよ」
ピアルタは淡々と言い、今度は左腕を折った。有利な体勢になっても攻撃の手を緩めない。戦闘のプロとしての無駄の無い動きが、ここにあった。
「ちなみに、起爆スイッチを押したとしてもあちしは殺せないです。『アルスキン』の皮膚は口の中にも……というか、消化器官全体を覆ってるです。爆弾を飲もうが針を飲もうが痛くないですよ。もしかして、今のが切り札だったですか?」
ピアルタはスーニャの耳元で告げた。スーニャの攻撃が無意味だと、丁寧に説明する。スーニャの戦意を奪うつもりだ。
「だとしたら、早く降参するです。勝負は付いたです。あちしも無抵抗の人間には危害を加えたりしないですよ」
冷たい口調だったが、降伏を認める温情はあった。現状、スーニャに勝ち目は無い。普通なら白旗を上げるべき状況だろう。
しかし『執念の手』の殺人鬼は、普通じゃない。
「誰が……諦めるもんか! あたしは、皆を殺す……。殺さないといけないんだ!」
スーニャは歯を食い縛って答えた。ピアルタは「そうですか」と短く言い、今度はスーニャの右足を粉砕した。




