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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
最終章 人類絶滅災害編
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第941話 「拒絶しない人を拒絶する」

 煙幕の奥から人影一つ。俺達の前に、スーニャは現れた。何度も見た顔だ。他の誰かと間違えようはずもない。だが、俺は彼女を見た時に思ってしまったのだ。

 「誰だ?」と。

 それだけスーニャの雰囲気は変わっていた。前に会った時のような、溌剌とした様子はまるで存在しない。彼女の瞳は憎悪と失意に沈んでいる。弾けるような笑顔は冷ややかだ。スーニャの特徴とも言える明るさが、消え失せてしまっていたのだ。

「……久しぶり、ファティオ。アイズの生活は楽しい?」

 煙に包まれるスーニャは、低く小さな声で言った。スーニャが言っているとは思えない程だった。

「何があったんだ、あいつ。死人みたいな顔してるぞ」

 元々気が狂っていたスーニャだが、今は別のベクトルでおかしい。隙あらば殺しに来そうな少女が、隙あらば自殺しそうになっていた。

「そうですか? 僕にはむしろ、今の方がいい顔している気がしますよ」

 ファティオは淡々と答えた。それは嘘でも皮肉でも無いように見えた。

「薄っぺらな笑顔が剥がれて楽そうじゃないですか。やっと本音で話せそうです。まぁ、お互い話す気なんて無いでしょうけど」

 そうしてファティオは『銃王の爪』を構えた。スーニャがここまで接近する間に狙撃する事も可能だったろう。しかし、ファティオは最初の一発以外撃たなかった。スーニャが煙幕で身を隠したとしても、ファティオに煙幕は効かないはずだ。そこに意図があるのかと思ったが、答えはすぐにファティオの口から告げられた。

「気を付けて下さいクロム隊長。先程の煙幕、僕がスーニャを視認出来ない程に濃度が高いものでした。つまり、僕の対策を練ってきています。それなりの準備を整えて殺しに来たと見るべきでしょう。今までのスーニャと同じだと侮っていると死にますよ」

 ファティオは事務的に分析した。ファティオは撃たなかったのではなく、撃てなかったのだ。対策を練って、ここに来た。それはすなわち、スーニャの殺意の証明となる。

「お前でも見えないくらいの煙幕って……そんなのに包まれたら……」

「呼吸出来ないでしょうね」

 躊躇いなく答える。スーニャがどれだけの覚悟を持って戦いを仕掛けたか、既に証拠は整っていた。たとえ息が出来なくなっても、ファティオを殺すためならば、スーニャは慄かない。簡単に言えるが、簡単に出来る事ではないだろう。

 一方的な虐殺を好む殺人鬼なら、こうはならない。誰かを殺すために命を懸けられるような濃厚な殺意が無くては。

 だとしたら言うまでもなく、スーニャは狂っていた。


「ねぇ、ファティオ。現実から逃げたいとは思わないの? 家族が殺されて絶望したって、前に言ってたよね? ねぇ! そうだよねぇ! だったら見なきゃいいじゃん! こんなクソみたいな世界なんて無視しようよ!」

 銃口を向けられても眉一つ動かさず、スーニャは叫んだ。何を言いたいのか分からなかったが、同意を渇望して必死になっているのだけは伝わった。

「……何のお誘いですか? どうであれ、興味無い話ですね」

 ファティオは引き金を引いた。銃弾はスーニャの右腕を貫く。それでも彼女は、涙も流さずに叫び続けた。

「興味無いって何! 許さないよそんな事! あたしはこんなに辛いのに! 苦しんでるのに! お前だけ平気なツラして生きてるなんて、そんなの最悪だよっ!」

 スーニャは怒っていた。何故怒っているのかは皆目見当も付かないが、とにかく憤慨していた。その割には爆弾を使う素振りすら見せない。感情に任せて殺すより、この訴えを聞かせる方が重要であるかのように。

「……クロム隊長の前ですから、殺しはしません。ですが早めに降参するのをお勧めしますよ。足止め程度に抑えるつもりが、うっかり殺してしまうかもしれませんから」

 ファティオは銃口を向けながら警告した。しかし、命を救おうとする態度は、命を捨てる気で襲う者には届かない。

「あたしだけなの? あたしだけ現実を見てないの? 馬鹿みたいじゃん! あたしが間違ってる見たいじゃん! やめてよ。許してよ。あたしを拒絶しないで。みんな現実を見なくなれば、それでみんな幸せじゃん! そうしようよ。笑おうよ笑おうよあはははははははははは」

 支離滅裂な言葉の数々。スーニャの心が木っ端微塵になっていく。彼女の必死の訴えは、吐き出せば吐き出す程に彼女自身を苦しめているように見えた。

 「拒絶しないで」とスーニャは言う。世界を拒絶しながら。

「そんなに辛いなら、なんで泣かないんだ」

 俺は思わずスーニャに声をかけた。最早目の前の少女に恐怖は感じなかった。弱々しく壊れていく彼女に、憐れみしか抱けない。

「無理矢理に笑っても、お前は救われない。見れば分かる。そんな、苦しそうな笑顔を見たら」

 かつて俺がスーニャに手を差し出した時も同じだった。彼女は自身を苦しめながら逃げた。逃げるのが楽な道だと信じているから、そうするのだろう。だがきっと、スーニャ本人は気付いていない。逃走こそが最も辛い道だという事を。

「何言ってんの。駄目だよ。泣くなんて駄目。だってあたし、泣いちゃったら……」

 スーニャは虚ろな目で俺を睨み、呟く。手榴弾を掴み、彼女は大きく振りかぶった。

「お父さんが……お父さんがあああああああああああ!」

 スーニャは爆弾を投げた。俺達の頭上を超え、爆弾は背後に消えていく。

「あたしは! お父さんを……!」

 遠くから響く爆音が、スーニャの声をかき消した。

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