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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第926話 「裏切り」

「この前のお詫びをしてくれるって聞いたんだけど、本当? プロの謝罪がどれほどか、興味あるなぁ」

 ルナロードはニコニコ顔でソファに座った。竜人傭兵団とランクトプラス軍の関係は、先日の襲撃事件で完全に崩壊している。ランクトプラス軍がルナロードの命を狙った以上、対等な立場で契約を結ぶのは不可能だ。その上で、ヂールはルナロードに謝罪の機会を求めた。そしてルナロードは今、一人でヂールの部屋にいる。

「この度は我が軍が無礼を働き申し訳ございませんでした。大事な契約相手である貴女を害するなど、恥ずべき行為と自覚しております」

 ヂールは深々と頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。ルナロードに顔が見えなくなった瞬間に、ヂールはほくそ笑む。


 馬鹿め。自分を殺そうとした相手が謝罪するからと言って、むざむざ敵の拠点にやって来るとは。


 本心をヂールは口にしない。まだ、隠しておくべき時だ。慣れた所作で演技を続け、思ってもない謝罪を口にした。

「つきましては、我々の可能な限り責任を取らせて頂きます」

 ルナロードをどうやって処分するかは目下の課題だった。しかし、こうも簡単にチャンスが舞い降りるとは思ってもなかった。

「へぇ。責任。どうするつもりかな?」

「もちろん、こうするのですよ」

 ヂールは頭を上げるや否や、拳銃をルナロードに向けた。躊躇も無く引き金に指を添える。

「貴女を仕留めきれなかった責任は、僕が取ります。僕はこの国の指導者として、ランクトプラスの邪魔となる者を排除する責務がありますから」

「ふふふっ。まぁそうするだろうとは思ってたよ。予想通りさ」

 銃口を向けられても、ルナロードは一切動じなかった。この光景は全て分かりきっていた事だから。

「拳銃程度では殺されない……そんな自信がおおりですか?」

「まぁね。君も知っての通り、私は竜人になったんだ。君んとこの軍隊を返り討ちにするくらいの力はあるよ。さて、どうする?」

「武力による脅しは、僕には通用しません。殺したいのなら殺せばいいでしょう。僕も貴女も、お互いが邪魔のようですし」

 ヂールは己の命にすら執着しない。目的を果たせるのなら死んでもいいと、本気で言える男だ。相手が竜人であろうと何であろうと、恐れはしなかった。

「心外だね。私は君を殺したいなんて思ってないよ。君程度では、私の邪魔は出来ないからね」

 純然たる真実として、ルナロードは語った。しかし侮辱とも取れるその発言に、ヂールは少なからずムッとする。

「ランクトプラスを舐めない方がいい。慢心していると本当に死にますよ? 天才さん」

「そんな予想外の展開を用意してくれるなら、是非ともそうして欲しいよ。でも残念ながら、私の予想は覆りそうにない。私は生きて、君は死ぬ。運命はそう大きく変わらない。私の意思に関わらずね」

「やってみるといい。ここをどこだと思っているんです? ランクトプラス軍本部ですよ! 貴女の味方は誰一人おらず、僕の部下はどこにでもいる! 逃げ場はありませんよ! ここで僕が死んでも、必ず僕の部下が貴女を殺す! ランクトプラス軍に敗北は無い!」

 ルナロードを殺す算段は既に立てていた。周囲で待機する諜報部の軍人が、ルナロードの命を常に狙っている。部下への信頼が、ヂールの最大の勝算だった。


 ヂールは引き金を引いた。発砲音は部屋に響き渡り、弾丸はまっすぐルナロードの頭に向かう。

 しかし、弾丸がルナロードを貫く事はなかった。手で受け止められたのだ。ルナロードの手ではなく、ジェノールの手に。

「……なっ」

 ルナロードを殺せない展開までは、ヂールも想定していた。弾丸一つくらい払い除けて、反撃でもしてくるかと身構えていた。しかし、眼前の光景だけは想定出来なかった。出来るはずもない。あり得ない状況を考慮出来るものか。

「何をやっているのです、ヌル! 敵を庇うなど! そんな命令はしていませんよ!」

 冷静を保っていたヂールも、これには流石に動揺を隠せなかった。怒りの声を吐き出し、必死に状況を把握しようとする。だが、思考は纏まらない。

「……流石に痛いですね。竜人の体とはいえ、銃弾を手で止めるのは。しかし……」

 ジェノールはヂールを見向きもせず、弾丸を床に落としてルナロードの隣に立った。

「ルナロード様をお守り出来たのなら、この痛みさえ私は受け入れましょう」

 ジェノールはルナロードに一礼した。ルナロードは「ありがとうね」と微笑み、ジェノールの頭を撫でた。

「まさか……まさかまさかまさか」

 ヂールは状況を飲み込めなかった。否、理解はしているのだ。しかし、この真実を許しがたい。

「裏切ったのですか……ヌル!」

 一度も発した事のないような大声を、ヂールは吐き出した。ジェノールは何も答えなかった。その沈黙が、回答だった。

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