表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
954/1030

第924話 「抵抗するブブリアドとレイティア」

 銃声が絶え間なく続く。手榴弾が雪合戦のように飛び交い、大地を爆風で抉る。真っ平らな荒野は、戦況が進むにつれて凸凹に変えられていった。

 戦火はまだ止まない。ランクトプラスに降伏せず徹底抗戦する国は、僅かながらに残っていた。ここチェルダード王国も、その一つだ。

「はぁっ!」

 掛け声と共に、レイティア・ハルバートは飛び蹴りを敵兵に叩き込む。ハルバート家の人間離れした身体能力から放たれる体術は、歴戦の軍人相手でも通用した。隊列を組み数の優位で攻めるランクトプラス軍人達を、レイティアは己の肉体のみで次々と打ち倒す。

 レイティアは戦士ではなかった。戦いは職務ではない。しかしながら戦う理由はあった。この国を守るためだ。執拗にチェルダード王国を狙う、ランクトプラス軍から。

「少女一人に何を手間取っている! ランクトプラス軍に敗北の屈辱は許されんぞ!」

 軍人は鼓舞し、戦火を広げる。彼らが見ている敵はレイティアだけではない。この荒野の先にある中央都市こそが、ランクトプラスが求める富の象徴だ。権力者に「奪え」と命令されたから、彼らは命を賭して中央都市を奪おうと戦うのだ。


 戦争は終わりに近付いている。チェルダード政府が降伏するのも時間の問題だとは、多くの識者が理解していた。未だ白旗を上げていないというだけで、チェルダードとランクトプラスは戦争を続けている。中央都市を囲む大地は、常に兵器が唸りを上げる戦場と化していた。

「舐めんじゃないわよ! ハルバート家を!」

 空から怒号が響いた。地上を大きな影が覆った瞬間、軍人達は空を見上げた。信じがたい光景が目に映る。巨大な老婆が、上空から落ちてきたのだ。

 轟音と共に、地面が揺らいだ。ただ着地しただけで、老婆は敵兵全てを怯ませた。彼女の鬼のような形相を見て、さらに軍人達は怯えを露わにする。

「な、何だあの化け物は!」

 巨大な老婆……ブブリアド・ハルバートを目の当たりにして、軍人は「化け物」と形容した。それも仕方ない反応だろう。2メートルを超えるような身長で、それでいて球体に近いような太ましい体系で、顔は皺だらけ。およそ常識から外れた相貌をしている。「醜い」と呼べる程生易しいものではなかった。「恐ろしい」と表現する他あり得なかった。鋭い眼差しは獣のようで、怒りに満ちた表情は悪魔のようだった。ブブリアドの姿を「個性的だ」の一言で済ませる程、この戦場に余裕は無い。

「あんた達。散々チェルダードの土地を汚してくれたわね。死ぬ覚悟は出来てるかしら?」

 ブブリアドは敵意を剥き出しにした。彼女こそがヴィルカートスの前のハルバート家当主。カインズの大叔母であり、ハルバート家最強と評される女だ。そして今、ランクトプラス軍は彼女の怒りを買った。

「ブブリアド大叔母様! 来て下さったのですね!」

「レイティアは下がってなさい! ワタクシが全員踏み潰してあげるわ」

 レイティアとブブリアドが集った。これで、ランクトプラス軍を食い止めるチェルダード人は二人となった。戦況は互角、あるいはブブリアド達が有利だ。しかし、ランクトプラス軍はそうは思わない。

「ふん! 驚かせられたものだ。だが戦争は体格だけで勝てるものではないぞ! 全軍、あの二人に撃てぇ! 丸腰の女二人など、最強のランクトプラス軍の兵器の敵ではなぁい!」

 部隊長は部下達に命令した。たった二人の素人など、重火器で軽く処理出来るとまだ信じていた。眼前の女達がハルバート家の人間だとも知らずに。

 軍人達の一斉射撃が、ブブリアドの巨大な肉体を襲う。銃弾は容赦無くブブリアドを撃ち続けた。しかし、結果はどうだ。完全な無傷。鉄の弾丸は老婆の皮膚すら傷付けられずに跳ね返された。

「な、何だとぉ!?」

 軍人達の驚愕する表情を、ブブリアドは鼻で笑って見下ろしていた。常識外れの光景も、ブブリアドにとっては至極当然だった。単なる銃弾など、ブブリアドのブヨブヨした肉に弾かれるだけ。兵器頼りの攻撃は、この時点で無意味となった。

「今ので攻撃したつもりかい? 笑わせてくれるわね。カインズの蹴りの方が百倍効いたわよ」

 ブブリアドは人体並みに大きな腕を、横に一振りなぎ払った。それだけの所作で、軍人達は埃のごとく吹き飛ぶ。

「攻撃ってのはねぇ、こうするのよ」

 ブブリアドは口を大きく歪めて、低い声で笑った。戦場に響く笑い声は、獣の咆哮のようだった。

「あ、あり得ない! こんなはずは……そ、そうだ! 戦車だ! 戦車があれば勝てる!」

 部隊長は近くで待機していた戦車部隊にハンドサインで命令を下した。「撃て!」と叫ぶや否や、戦車の砲撃が一斉にブブリアドを狙う。

 ブブリアドは平手打ちで砲弾を払った。そして戦車に近付き、両腕でがっしりと戦車を掴む。

「よっこらせ!」

 ブブリアドが気合を入れて叫ぶと、戦車は彼女に投げ飛ばされた。為す術もなく戦車は宙を舞い、くるくると回転した。戦車が地面に落ちたのは3秒後の出来事だった。

 ブブリアドは暴れた。戦いというよりむしろ暴れた。大きくて重い人間が無際限に暴れたら、どうなるかは想像に難くない。兵器も、軍人も、膨大な運動エネルギーの前には無力だった。

「何をやっているんだ! 老婆だぞ! 丸腰だぞ! そんな弱者相手に、ランクトプラス軍が劣るなどあってなるものかぁ!」

 部隊長は現実を受け止められず喚いた。敵の実力を見定められず驕る者など、勝機を見いだせるはずもなかった。圧倒的実力差を覆せず、ランクトプラス軍の小隊はブブリアドに蹂躙されるだけだった。

 小隊の壊滅に時間はかからなかった。戦闘続行不能になるまで破壊の限りを尽くされ、ようやく小隊は撤退の判断を下した。戦場はようやく静かになった。


「完全勝利ね。当然だけど」

 ブブリアドは硝煙の匂いを纏わせ、ニヤリと笑った。彼女の服は血で汚れたが、全て敵兵を殴った時の返り血だった。

「ランクトプラス軍の撤退を確認。これで父上に胸を張って報告できます。ありがとうございました、ブブリアド大叔母様」

 戦闘が一段落したのを見て、レイティアはホッと息を吐いた。ランクトプラスの地に向かったヴィルカートスの意思を継いで、レイティアもチェルダード王国を守って戦っていた。父の留守の間に不祥事があっては合わせる顔がない。恥ずかしい報告をせずに済んで、レイティアは安堵した。

「ヴィルカートス、ね……。あいつ、いつまでランクトプラスで戦ってるつもりなのかしら」

 なかなか帰ってこないヴィルカートスを、ブブリアドは珍しく心配した。予定なら、そろそろチェルダード王国に戻ってくるはずなのだが。

 ブブリアドもレイティアも知らない。ヴィルカートスが帰るための飛行機が破壊された事も、ヴィルカートスが殺された事も。

 心の奥では、僅かにその可能性を想定してはいた。だが、最悪の結果など考えたくもないものだ。故に、二度と帰ってこないヴィルカートスを二人はずっと待ち続けていた。

「奴ら、また来るわよ。平和ボケなんてしてられないわ」

「ですね。また、戦いが……。いつまで戦わないといけないのでしょう。なんで、戦争は終わらないのでしょう」

 レイティアは俯いた。眼前の勝利に喜びたいが、すぐに再来する戦闘が彼女の笑顔を奪うだろう。本当は戦わずに済むのが一番なのに、現実がそれを許してくれない。

「安心しなさい。ワタクシが敵を全部倒してあげるわ。ハルバート家は誰にも負けないのよ」

 ブブリアドは慰めの言葉を口にした。戦いをやめるだけなら、白旗を上げるだけで成就するだろう。しかし、負けを認めればランクトプラスの支配下に置かれ、人権や財産が奪われる。それが嫌だからこそ、未だに白旗を上げない。だから戦いは続くのだ。

 分かっている。みんな分かっている。戦争のやめ方など。

 しかし、戦争を止めるために自分達を蔑ろに出来ないから、人々は争い続けてしまうのだ。


 ランクトプラスはトドメの一撃を虎視眈々と狙っている。戦争を勝利という形で終わらせるために。これは、『拡張爆弾』の脅威で世界中を脅した後の、駄目押しの戦いなのだ。

 同じような戦いが、ルトゥギアでも起きてる。ランクトプラスに従順でない国は許さないとばかりに、惜しみなく戦力を投入している。ランクトプラスが世界の殆どを占領した今、ランクトプラスの勝利は決まったようなものだ。それでも、諦めない国がある。

 諦めない限り、戦いは続く。戦争とはそういうものだ。


              *  *  *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ