第922話 「二人の向かう未来」
「お前の勝ちだ。アルディーノ」
倒れたまま、ギルドレイドは言った。淀む事の無い、清々しい声で。
「奇遇だな。我が輩も貴様にそう言おうと思っていた」
アルディーノも倒れたままだった。負けを認める悔しさはお互いによく分かっている。その上でなお、二人は相手の勝利を称賛した。矜持を超えた敬意が、そこにはあったのだ。
「おいおい。まだお前元気じゃんか」
「そう言う貴様もな」
ギルドレイドとアルディーノは徐に体を上げ、正座して互いに向き合った。「まだ続けるか」とは言わなかった。
「決着は付かず、か」
「楽しみはまたの機会にお預けだな。ギル」
二人は笑っていた。勝敗が定義される事に大した重要性は無かったのだ。先程までは死ぬ気で勝利を求めていたのに、今は敗北を快く受け入れている。二人は『勝利を求める事』を求めていたのだった。
「楽しかったな」
「あぁ、楽しかった」
無邪気に言い放つ。気分は学生のようだった。最高のライバルと競い合うのはなんと心地良いのだろう。忘れかけていた至福の時を、二人は今まさに思い出した。
満足した。
それ以上の言葉を、二人は思い浮かばない。渇望していたのは勝利ではなく戦いそのものだったのだと気付いた。もう、十分だ。
「お前、これからどうする気だ?」
ギルドレイドはアルディーノに尋ねた。今やアルディーノの居場所はこの国に無い。この戦いに勝とうが負けようが、窮地には違いないのだ。親友として、ギルドレイドは素直に心配だった。またどこかへ消えてしまう、そんな気がしてたまらなかった。
「それは、貴様も同じ事であろう。勝利を手土産にしなければ、貴様に居場所はあるまい」
同じ質問を、アルディーノは投げ返した。アルディーノはランクトプラス軍がどんな組織かを熟知している。たとえ将軍という立場であれど、負ければ厳しい罰は免れない。今後を憂慮すべきはお互い様なのだ。
「ふっ。そうだな。理想の英雄なら、ここで負けは許されない。でもまぁ……」
ギルドレイドは本部施設の方を見た。ヂール補佐官が待ち構えているであろう、巨大な建造物を。
「俺が英雄に執着する理由も無くなっちまった。もっと大事な動機が、今さっき生まれたもんでな」
「将軍を捨てる気か? ギル」
「俺もお前と同じだ。名声も名誉も興味無いんだよ。お前がいてくれるなら、それでいい」
ギルドレイドは立ち上がった。彼が向かう先は、本部施設だった。
「そんな俺にも、俺なりの正義がある。お前もお前なりの正義があって、ヂールにもヂールの正義があったんだろうよ。だからこそ、相容れない運命だ」
誰もが英雄だったのだ。『英雄』の定義がそれぞれ違っただけで、英雄には変わりなかった。救世主として、軍人として、政治家として、彼らは各々の『正しい』と信じる道を進んだ。だからこそ、争わずにはいられない。
皆、本心では分かっていたのだ。英雄の敵は英雄であると。
「今度こそ、我々は同じ道を行くのか」
「いや、違うぞアル。今までと同じだ。見ているものは同じで、進む道は別々だ」
アルディーノとギルドレイドは親友だ。それでいて、敵同士だ。その事実は変わらない。二人はそれぞれ信じる道を突き進む。決して交わらない道だ。行き着く先は、同じでも。
「……そうか。ならば必ずや、再び会うだろう」
アルディーノはギルドレイドに背を向け、サジェッタとノーラの元へ向かった。ギルドレイドは「あぁ」と頷く。この別れは、30年前とは違う。絶望ではなく、希望に満ちていた。
「だけど俺の方が先に行かせてもらう。黒幕気取りの独裁者……ヂールの野郎をぶっ倒しにな!」
英雄の名声も、将軍の座もどうでもいい。ギルドレイドの剣は、『敵』の居城に切っ先を向けていた。




