第921話 「友情の結末」
剣を交える音だけが聞こえる。言葉はもう要らない。
戦場の熱気は強まるばかりだ。空気さえも、二人の死闘を応援するかのように震える。戦場にありふれた硝煙や血の匂いは無く、代わりに清々しい汗の匂いが広がっていた。
斬る。斬る。何度でも斬り合う。その刃が届く事は無いと知っていても、ただ己の全身全霊を以て剣を振る。一切の油断は許されない。二人の間に、余裕を生めるような力量の差は存在しなかった。最強と最強の戦い。幾度となく互いを高めあったライバルの競争。そんな切磋琢磨に、気を緩ます隙などあるはずがなかった。
かつてアルディーノは一位で、ギルドレイドは二位だった。しかし、教育上の都合で設定された順位が必ずしも真実であるとは限らない事を、二人は重々理解している。戦場において先生の評価は絶対ではない。どんな英雄も、つい油断して刺されただけで死ぬ。『強さ』とは評価ではなく結果なのだと二人は知っていた。『一位』と『二位』の差が曖昧模糊である事も。
故にアルディーノは一度も慢心しなかった。ギルドレイドも、本気でアルディーノを超えるつもりで戦っていた。刃の鋭さを最も高めるものは、勝利への渇望だ。眼前のライバルに、ただひたすらに勝ちたいと願えば、斬撃の鋭さは増していく。
より速く、より重く、より強く。二人の剣は交える度に磨きあがっていく。ただでさえ最強の領域にある二人の技術は、至上のライバルとの戦いでさらなる進化を遂げていた。
永遠とも思えるような時間が過ぎた。実際はものの数分の攻防だった。この数分は地上のどんな戦闘よりも濃い戦闘だった。究極に至った戦士のみが味わえるという戦いの快楽を、二人はこの上なく堪能した。意識が飛んで行ってしまいそうな程の高揚だ。勝つ事しか考えられず、五感すらおかしくなってしまう。
この時間を望み続けていたのだ。二人の間に本当に必要なのは会話ではなかった。互いに高め合い、互いを認め合うこの時間。それこそが、二人の友情の形だった。30年の欠落など取るに足らない程に、二人は満たされていた。
二人は同時に剣を構える。少しずつ、少しずつ、間合いを詰めていく。これでフィニッシュだと、声にしなくても伝わり合っていた。
一秒。それだけで十分だ。最後の一撃を交わし合うのに、一秒もあれば足りる。
剣と剣が重なり合い、互いの力が伝わり合った。この一撃で勝敗は決まる。互いの全てを出し尽くしたこの一発で、決着が定まらないはずがない。
二人が剣を振り終えた後どうなったのかは、見守っていたサジェッタとノーラさえ見えていなかった。瞬きすら悠長になるくらいの刹那の時に、何もかもは終幕を迎えた。
二人とも立ってはいられなかった。互いに足を向け、うつ伏せに倒れる戦士達。瞼を閉じていようと、剣だけは決して離さなかった。
静寂が訪れた。剣を交える音はしない。倒れる男達も、見守る女達も、何も言わなかった。
この戦いに、言葉はもう要らない。




