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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第918話 「友だからこそ」

「将軍殿……補佐官殿……。わ、我々は如何様にすれば」

 部下の軍人達は狼狽していた。想定外の光景が続き過ぎたのだ。敵だと思った相手がランクティアス家の人間で、総司令が補佐官の指示で連行されて、一体誰に従えば良いのか。どの命令を遵守すれば良いのか。

 総司令は「戦うな」と言った。補佐官は「敵を前にして立ち尽くすな」と言った。将軍は、困惑して命令を言いあぐねている。上官からの命令だけを判断材料にして動く兵隊は、矛盾する命令に困惑していた。

「決まっているでしょう。あの男、オーディン・グライトは敵です。倒しなさい」

 ヂール補佐官は迷いなく告げた。最高権力者であるオルディードの命令とは矛盾している。普通に考えれば、ヂールの命令は無視すべきだ。だが、ヂールの語気は強く、命令無視など決して許さない様子だった。逆らっては無事では済まない。一兵卒達は本能的に理解した。

「しょ、正気かヂール補佐官! 奴はアルディーノだ! 俺の親友、お前の従兄弟だぞ! 総司令のご子息でもある!」

 一人異議を唱えたのは、ギルドレイド将軍だった。オーディンの正体がアルディーノだと判明した時点で、ギルドレイドの刃には明らかな逡巡が宿っていた。しかし、ヂールは平然と言い返す。

「はい。それがどうしたと言うのです? 敵は敵でしょう」

 家族だから。親友だから。そんな理由は、戦わない言い訳としてすら成立しない。ヂールの言葉は徹頭徹尾冷静だった。

「……なっ」

「当然です。貴方はランクトプラス軍の将軍なのですよ。軍人としての責務を最優先すべきでしょう。相手が誰であれ、軍に仇なす敵は倒さねばならない」

 ヂールに私利私欲は存在しない。家族への情も、贔屓も、存在しない。軍のため、国のために働く事だけがヂールの全てだった。ヂールにとってアルディーノは、今や敵以外の何者でもないのだ。


「もしや、戦えないなんて言うつもりは無いでしょうね? 貴方はランクトプラスの大英雄なのですよ。貴方が何十年も守ってきた『英雄』の称号は、所詮薄っぺらなハリボテだったのでしょうか?」

「……っ!」

 ギルドレイドの顔色が、露骨に変わった。ヂールに対しての怒りもあるが、それ以上に焦りが大きかった。

 ここで逃げては、自分は『英雄』でなくなる。アルディーノがいなくなってから守り続けた『英雄』の座が消えてしまう。それだけは、駄目だ。それは、アルディーノへの裏切りだ。

 誰にも侮辱させない。誰にも奪わせはしない。アルディーノが目指した、『英雄』の栄光は。

「……戦えば、いいんだな」

 ギルドレイドは剣を構えた。まっすぐ、揺らぎの無い構えだった。

「えぇ。賢明な判断ですギルドレイド将軍。標的、アルディーノ・ランクティアスを倒しなさい。最悪殺しても構いませんが、生け捕り出来れば最高です」

 ヂールは満足そうに微笑んだ。思い通りに事が進むのは、実に心地良い。

「誰に向かって言っている。俺は海軍統括『東将軍』のギルドレイドだぞ。この国の英雄は、この俺だ! 他の誰でもない、この俺なんだ!」

 ギルドレイドは大声で叫んだ。己を鼓舞するかのように。

 要するに、あの日と同じだ。30年前の疑惑が、今は確信に変わった。諜報部を襲撃した犯人はアルディーノだ。つまり……アルディーノがランクトプラスを出て行ったのは、自分が止められなかったせいだ。あの日、アルディーノを倒して止めていれば、アルディーノは行方不明になどならなかった。全ては己の弱さが原因だ。戦う強さも、友に武器を向ける勇気も足りなかった。

 だが、今度こそ。アルディーノを止めるのは、親友の自分の役目だ。力尽くでも止めてみせる。あの日の失敗を、今こそ返上する時だ。


「お前達! ここは俺に任せろ! 誰一人、手出ししたら許さん!」

 ギルドレイドは戦う覚悟を決め、部下達に命令をした。アルディーノと戦うのは、自分一人だ。数の暴力などに頼るものか。

「これは、俺の戦いだ」

 親友だから戦わないのではない。親友だからこそ戦う。だから、アルディーノの前に立ち塞がるべきは、ギルドレイドだけだ。

 ギルドレイドの覚悟を、部下達もひしひしと感じていた。ギルドレイドを信じ、尊敬して戦ってきた人間として、この決意を無下には出来なかった。部下達はギルドレイドの命令に従い戦場から離れる。ヂールはそれを見て「まぁ良いでしょう」と頷いた。

「オーディン相手に数の差など無意味ですからね。それに、ギルドレイド将軍が本気で戦うのならば勝利は確定したも同然です」

 『加害の一振 ジャンバラ』は、一振りするだけで周囲の人間を苦しめ、意識さえ奪う。有象無象の兵士を集めた所で、戦力として数えられはしない。だがギルドレイドならば、『ジャンバラ』の能力にも耐えるだろう。そして、純粋な戦闘能力でも申し分無い。

「期待してますよ、ギルドレイド将軍」

 これ以上の干渉は逆効果だと悟り、ヂールは部下を連れて去った。「期待している」と言ったのは、紛れもない本心だ。

 何故なら、ギルドレイド・クルスはランクトプラス軍にて『最強』と謳われる軍人。彼の実力や功績は、かのオルディード・ランクティアスにも匹敵すると言われている。現代のランクトプラス人が「英雄」と口にすれば、それはギルドレイドの事を指す。


 終戦間際の演出にしては、実に上出来だとヂールは思った。世界一の『悪党』と、ランクトプラス一の『英雄』が剣を交える。この戦いは、いずれ歴史になるだろう。

「もちろん、英雄が悪党を倒す物語としてね」

 予想外のシナリオは、天からの贈り物になるだろう。ランクトプラス軍のさらなる栄光を確信し、ヂールはほくそ笑んだ。

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