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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第915話 「覚醒」

お待たせしました。連載再開です。

 雪を交えた風が、トントンと窓を叩く。暖房を付けているはずなのに、ノーラは肌寒さを感じていた。この部屋の壁が薄いからではない。眠ったまま目を覚まさないオーディンを見て、不安が渦巻いているからだ。

「ほら、水汲んできたぞ」

 サジェッタはノーラの指示通り、バケツに水をたっぷり入れて持ってきた。ノーラは「ありがとうございます。そこに置いて下さい」と言いつつオーディンから目を離さなかった。

「ボスの様子は?」

「熱は下がりました。記憶封印も暫定的にですが無効化しておきました。一命は取り留めたと思います」

「ふーん。ってことはよぉ。ボスは記憶を取り戻したんだな?」

「はい。忘れたかったはずの、過去を」

 そしてその過去は、ノーラにも大方予想が付いていた。オーディンの本名を聞いた時から、何となくだが理解してしまったのだ。

「ここもすぐに奴らに見つかる。ボスの容体が安定したら、さっさと逃げるぜ」

「そうですね。船は爆破されてしまいましたし、何か別の逃走手段を用意しなければ」

 ランクトプラス軍は血眼になってオーディン……もといアルディーノを探しているはずだ。郊外の小さな宿とはいえ、すぐに調査対象になるだろう。いつまでも隠れてはいられない。

 ノーラとサジェッタが脱走の準備を考えた、その時だった。


「その必要は……無い」

 低く轟く声。アルディーノは布団から起き上がり、ノーラ達をまっすぐ見た。

「ボス!」

「オーディン様!」

 意識を取り戻した彼に、サジェッタとノーラが駆け寄る。アルディーノは首を横に降って「否」と一言口にした。

「我が輩はオーディンであってオーディンにあらず。我が真の名は、アルディーノ。アルディーノ・ランクティアスだ」

 再び手にした、自らの名。それを憚りなく声に出せるのは、全ての過去を受け入れたからだ。もう忘れる必要は無い。

「約束だったな。我が輩が全てを思い出した時、この名を伝えると」

 アルディーノは微笑む。その笑顔は『悪の象徴』としての不敵な笑みではなく、蟠りから解放された男の安らかな本心から生まれたものだった。

「オーディン……様。いえ、今後はアルディーノ様とお呼びしましょうか」

「どうとでも呼ぶが良い。己の在り方に執着せずとも良いのだからな」

「では、今まで通りオーディン様、と。この名前が一番馴染みますから」

 ノーラは安堵した。アルディーノが無事だった事。そして、己の過去を受け入れられた事に。

「ふーん。よく分かんねーが、元気そうじゃねーか。で、どうするよボス。ランクトプラス軍と全面戦争か? それとも尻尾巻いて逃げるのかよ」

「知れた事。我が輩らはイーヴィル・パーティーであるぞ。ランクトプラスの転覆を企てる悪行など、実に胸躍るではないか」

 アルディーノはサジェッタに答えた。アルディーノに逃げるという選択肢は無い。この地に降りた瞬間から、既に戦う覚悟は決まっていた。


「……よろしいのですか? ランクティアス家の貴方が、ランクトプラス軍に剣を向けるなんて」

 ノーラは心配そうに尋ねた。アルディーノにとってこの地は故郷であり、敵はかつての所属組織だ。しかも、ランクティアス家は代々ランクトプラス軍を補佐してきた一族。ランクトプラス軍と戦うなど本来はあり得ない話だ。だが、その質問の答えは30年前に出ている。

「故郷を捨てたあの日より、我が輩はランクトプラスの敵だ。いずれ戦うとは分かっていた。その時が今だというだけの話に過ぎん。葛藤などもうしない」

「オーディン様のご家族と、対峙する事になるかもしれませんよ」

「ふむ。父上は今も健勝であろうか」

 アルディーノは思案顔をして、父の顔を思い浮かべた、今やランクトプラス軍の総司令となったオルディードと、もう何十年も会っていない。やっとの再会は、戦いの場で迎えるかもしれない。

 だが、逃げる気は無い。これが我が道と、アルディーノは決意を強めた。心の迷いに、アルディーノは打ち勝っていたのだ。

「しかし、大英雄と大悪党が対峙するのは、宿命であろうな。戦争も終わりに近付いた今、ランクトプラス軍も幕引きの準備をしておろう。ならば我が輩が用意してやる。悪に染まる結末をな」

 記憶を取り戻しても、『悪』としての矜持は変わらない。むしろ前より、進むべき道は鮮明に映っていた。アルディーノはしっかりしっかりと、前へ踏み出す。

「オーディン様、まだ安静にしていなくては」

「心配は要らん。こんなに体が軽いのは久々でな。心だけでなく体まで調子が良い。呪縛から解き放たれたような感覚だ。今の我が輩なら、千の敵をも屠れよう」

 清々しく言うアルディーノ。決して虚勢ではなかった。若い頃の体力と、長年積み上げてきた技量の両方が確かに存在すると、アルディーノは体感していた。まさに絶好調。全盛期は今だと自信を持って言えた。

「行くぞ。先程の雪辱を晴らす時だ」

 目指すは、ランクトプラス軍本部。世界の支配者を気取る『正義』の代表に、「悪党ここにあり」と知らしめるのだ。

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