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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第914話 「そして生まれる、オーディン・グライトという『存在』。そして蘇る、アルディーノ・ランクティアスという『人間』」

 シエルが用意したベッドに、我が輩は眠る。言われるがままに、ヘルメットのような装置を頭に装着した。シエルが時々私室で開発をしているのは知っていたが、まさか我が輩の為に記憶操作の装置を作っていたとは。

「正確に言えば、これは記憶を消す装置ではありません。特定の記憶にアクセスしようとした瞬間、記憶の参照を阻止するように脳を書き換える装置です」

 シエルは装置の説明をした。我が輩には詳しい事は分からないが、大まかには伝わった。

「オーディン様。忘れたい記憶は、いつからいつまでの記憶でしょうか」

「む。そう言われると答えづらいな」

 ランクティアスにいた頃の記憶を消せば良いだろうか。しかし、それ以降も我が輩は己を「アルディーノ・ランクティアス」として認識していた。アルディーノとしての我が輩を忘れたいのだから、それでは駄目だ。しかし、つい最近の事まで忘れるのは面倒だ。最低でも、『悪』としての自意識とシエルへの想いだけは残しておきたい。

「我が輩が忘れたい事だけ忘れる……などと、都合良くはいくまいな」

「出来ますよ」

「何っ」

 可能なのか。流石シエル。我が輩の要求を的確に叶えてくれる。

「アクセス禁止の条件を、『思い出したくない』に設定しましょう。オーディン様が忘れようと強く願えば願う程、思い出せなくなります」

「便利なものだな。しかし、ふとした拍子に思い出したりはしないだろうか」

「念の為、ブレーキ機能も設定しておきましょう。思い出しそうになったら頭痛が発生して、記憶に蓋をするようにします。再び記憶を封印しない限り頭痛が止まないようにすれば、無理矢理にでも忘れられるはずです」

「ははっ。それは良い」

 思い切りの良い作戦だ。記憶を捨てる覚悟を決め、背水の陣で挑む。その精神は清々しい。

「とびきり強めの頭痛にしてくれて構わんぞ。無理にでも思い出そうとしたら死ぬくらいで良い」

「それは、やりすぎでは? オーディン様の身に何かあればワタシは……」

「案ずるな。シエルが隣にいてくれるのなら、問題は無い。これからも手間をかけさせてしまうが」

 シエルが不安げな顔をするものだから、我が輩はシエルの頭をそっと撫でた。二人が共にいるのなら、何も心配はいらない。全身全霊を預ける気になれた。

「……はい! これからも、これからも、ずっとお供させて頂きます」

 シエルは我が輩の手を握った。お互いが、お互いを信用出来る。だからこそ、こんな事を頼めるのだ。


「シエルよ」

 記憶封印装置を頭に付け、我が輩は言った。我が輩がまだアルディーノでいるうちに、一言だけ伝えておきたい。

「どうされました?」

「もし、我が輩が記憶を取り戻してしまう事があれば、本名を教えよう。いや、我が輩の過去、全てを話そう」

 これが、我が輩の最後の約束だ。我が輩が己を失う前の、最後の言葉。きっと、約束を守る事はないだろう。我が輩は悪党なのだから。

「……楽しみにしてますね」

 期待とも憂いとも判別しがたい表情をして、シエルは答えた。我が輩はただシエルを信じ、微笑んだ。


 そして、世界は真っ白になった。


「…………」

 目覚めた時、肩の荷が下りた気分だった。心が軽い。空気が美味だ。我が輩の心に残るのは、二つだけ。『悪』を目指す欲求と、目の前の少女に対する愛だった。

「お目覚めですか。オーディン様」

 少女は……シエルは、優しく語りかける。そうだ。我が輩はオーディン。オーディン・グライト。それが偽名であるという知識だけは知っているが、それ以外の名は知らない。偽物の名であれど、『オーディン・グライト』だけが我が輩の名前だった。

 曖昧模糊な記憶から、思い出せるのは僅か。イーヴィル・パーティーの長である自意識が、我が輩を突き動かした。

「行かねば。世界が我が輩を求めておる」

 我が輩は、世界の悪たる者。忌むべき、人類の敵。それで十分だ。我が輩はただそれだけで定義された。

「はい。参りましょう」

 シエルは安堵の笑みを浮かべた。我が輩の顔や言動を見て、シエルは「上手くいった」と喜んでいるようだった。何故だったか。思い出せない。我が輩は過去を思い出せない。これが記憶喪失というものか。しかし、そうと分かっても不安や焦燥は生まれない。むしろ「これで正しいのだ」と自分を肯定出来た。記憶が無い方が良いと、我が輩の心の内が訴えているのだ。


 この時こそ我が輩は、オーディン・グライトに成れたのだ。


 サジェッタ達『イーヴィル・パーティー』のメンバーには、我が輩の記憶喪失について教えておいた。皆、少しばかり動揺したようだが、我が輩を見て「あまり変わってないな」と笑っていた。

「ついにボケたか? ボスも歳だな! あひゃひゃひゃひゃ!」

 サジェッタは腹を抱えて笑った。我が輩が記憶喪失になったのが大層滑稽らしい。この下品な笑い声を前にも聞いた気がするのだが、やはり思い出せなかった。

 イーヴィル・パーティーのメンバーは「仕事に支障は無いのか」と尋ねた。だが、我が輩はむしろ調子が良い。今まで以上に悪党として活躍出来そうだ。そう伝えると、彼らは安堵し歓声を上げた。

「オーディン・グライトは健在だ!」

「流石我らの王! 世界最強の悪党は、記憶喪失くらいでビビらねえんだな!」

 ボスが変わりないと知って、イーヴィル・パーティーは盛り上がりを見せた。彼らにとっての『オーディン・グライト』は、何も変わらずに存在している。

 何も変わらない。変化など無いのだ。『悪党』の事情など、世間は興味を持たない。


 それからというもの、我が輩はオーディン・グライトとして悪行の限りを尽くした。我々の悪評は揺るがない。この先もきっと、我が輩は変わらないのだと思っていた。過去からは逃げ続けられると思っていた。


 だが。

 だが。

 現実は、我らがどれほど逃げても向こうから追ってくる。


 運命なのだろう。過去は無かった事にはならない。いつまでも忘れてはいられない。

 だから、もう良いだろう。逃走劇は終わりだ。

 そろそろ、思い出すべき時間だ。


 我が輩は一つ一つ記憶の糸を手繰った。過去の行き着く先は、今だ。

 全て、全て、思い出したのだろう? そう。これが『悪党』の生まれた所以。世界を震撼させた『悪』の原点。我が輩が我が輩を捨てた物語だ。


 過去から逃げようとした『罪』は、今滅ぼした。罪滅ぼしにいつまで時間をかけているつもりだ?

 さぁ、目覚めよ。『過去』を知ったのなら、次は『今』を作れ。

 助けるべき者が、そこにいる。救わねばならない存在が、この世にいる。倒さねばならない敵が、近くにいる。


 立ち上がるのだ。

 悪であると同時に、英雄であろうとした者よ。


 思い出した。我が名は、アルディーノ・ランクティアス。


              *  *  *

○お知らせ

 7月4日(木)から10日(水)までの一週間、連載をお休みします。再開日は11日(木)になります。

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