第911話 「プロポーズ」
翌日。いつものように空き家でイーヴィル・パーティーの集会をしていたら、当然シエルとも顔を合わせた。
「……む」
「……あ、あの、えっと」
我が輩もシエルも、上手く言葉を発せずにいた。会話が始まらぬまま、会議の時間が訪れる。イーヴィル・パーティーのボスとして、仕事を疎かにする訳にはいかない。だが、やはりシエルが近くにいる状況での会議は歯切れが悪いまま進んだ。その事に、他のイーヴィル・パーティーのメンバーが気付かないのが幸いだった。
会議が終わり、各々は帰って行った。サジェッタもガンダスも、背中を向けて去って行く。残されたのは我が輩とシエルのみ。沈黙が続いた。こんな気まずい感覚は滅多に味わわない。
「……我が輩に優しく接してくれるのは貴様くらいだな。シエル」
やっとの事で出てきた言葉がそれだった。もう良い。そのまま突き進んでしまえ。
「我が輩に優しさなど要らぬと……愛など捨ててしまえば良いと……そう思っていたのだが。やはり我が輩にも必要だったらしい。求めてしまうのだ。シエル。貴様に側にいて欲しいと」
「オーディン様……」
「前に尋ねたな。我が輩の伴侶にならぬか、と。もう一度、尋ねて良いか」
シエルは、こくりと小さく頷いた。
「シエルよ。我が輩には貴様が必要だ。これからも、共に歩んではくれないか。最愛の妻として」
シエルはすぐには答えなかった。彼女は天使のように微笑んだかと思うと、ぎゅっと我が輩に抱きついた。
「……はい。ワタシで良ければ、ずっとずっと一緒にいさせて下さい」
シエルの跳ねるような声が、この上なく愛おしかった。
「上手くいきすぎてつまんねー!」
二人の時間を邪魔する大声。慌てて声の方を見ると、なんと物陰からサジェッタが顔を出していた。
「サジェッタ! 貴様帰ったのではなかったのか!」
「こんな面白いイベント無視して帰る訳ねーだろバーカ! ってか期待した割にはすんなり両想いじゃねーかよ! つまんねーつまんねー。ボスが赤っ恥かくとこ見たかったのによぉ」
こやつ、隠れて我が輩らを盗み見ておった。どんな悪行も平気でする恐ろしい女ではあるが、今この瞬間が最も恐ろしく思えた。
「おいサジェッタ……」
文句の一つでも言ってやろうかと思った時、シエルが先んじて声を上げた。
「サジェッタさん! オーディン様を馬鹿にするのはやめて下さい!」
頬を膨らませて訴えるシエル。シエルがサジェッタにこうも強く言うのは珍しかった。なのでサジェッタも動揺したらしく、「ま、待てよ」と落ち着かせようとする。
「悪かったって。ボスもそんな怒ってないだろ? な?」
サジェッタは弁明した。まぁ確かに激怒する程の事でもないなと許そうとしたが、その「気軽に許せる関係」を感じ取ったのかシエルはさらに不機嫌そうにサジェッタを睨んだ。
「サジェッタさんとオーディン様が何年一緒にいるか知りませんが、これからのワタシ達には敵いませんからね。行きましょう、オーディン様。今度こそ、二人きりで」
シエルは我が輩の手を引っ張ってどこかで向かった。我が輩はシエルの小さな手に誘導されるだけだった。
「む、むぅ」
我が輩はちらりとサジェッタの方を見た。サジェッタは「こりゃ尻に敷かれるな」とクスクス笑っていた。
「……あー、眩しい眩しい。お前ら純情かよ」
サジェッタは捨て台詞みたいな言葉を吐いて、手を振りつつ今度こそ去って行った。
シエルの手の温かみを感じながら、我が輩は先程の光景を脳内で反芻していた。シエルも、我が輩の事を想ってくれていたのだ。じわじわと、胸が熱くなってくる。シエルに連れられて二人きりの場所へ向かうこの時間は、なかなか悪くなかった。
我が輩は愛を知った。妻を迎えた。大切な人が出来た。
だからこそ生まれた、この小さな苦悶の種に、まだ気付けずにいた。今はただ、シエルの姿が眩しすぎたから。




