第910話 「サジェッタのアドバイス」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! マ、マジかようははははははははは!! そ、その歳で……くくくくっ……童貞……ぶははははははは!!」
サジェッタは笑いすぎて苦しそうだった。そのまま死んでしまうのではと思えてしまう程だった。
「おい。何がおかしい」
「だ、だってよ……むははははははは!! 天下のイーヴィル・パーティーのボスが……うへへへへへへ!! ど、童貞って……あーはっはっは!!」
「いい加減にしろ。やかましい」
サジェッタの過剰な笑い声に、我が輩は辟易していた。一体、どこにそんな笑いどころがあったのだ。我が輩の経験の有無など、どうでも良かろうに。
「いひーっ、いひーっ、死んじまう……死んじまうよぉ! 笑いすぎて……死ぬ」
「落ち着くのだサジェッタ。飲むか?」
サジェッタをどうやって静かにするか迷い、我が輩はとりあえず酒を飲ませる事にした。困った時はとにかく酒だ。……などと考えてる時点で、我が輩も冷静さを失ってると見える。
「駄目だ……うひひひひっ。今は……駄目……」
サジェッタは珍しく酒を断った。そして、我が輩から目を逸らしたかと思うと、吐いた。
「………………」
完全に相談相手を間違えた。我が輩は真剣に悩んでおるのに、サジェッタときたら笑いに笑って吐瀉物をぶちまけただけだ。
「もう良い。この件は我が輩が一人で……」
「まぁ待てよボス。恋の先輩サジェッタさんに任せな」
床の汚物を気にもせず、サジェッタは話を続けた。戦いの後のように息を切らし、顔を青くさせて。
正直、任せたい気持ちが全く湧いてこない。「恋の先輩」なんてフレーズがサジェッタの口から出てきた事に悪寒すら覚えた。
「酒が恋人、というオチではあるまいな」
「そのオチも悪くねぇが、安心しな。ちゃんと経験は豊富だぜ。昔の話だけど」
「ならば一応聞いておく。夫婦とは、何だ。人を愛するとはどういう事なのだ」
異性に特別な感情を向ける事自体、初めてだったのだ。そのような気持ちを女性から向けられた事はあるが、全く興味を持てなかった。だが、シエルといる時だけは、心を惹かれてしまう。シエルをもっと知りたいと、思ってしまうのだ。
「いやー、前々から思ってたけど、マジでボスってウブだな。毛の生えてないガキみたいだぜ。そもそも本当にアソコ付いてんのか?」
「茶化すのなら帰るぞ」
「悪い悪い。アンタが本気なのは伝わったし、アタイも真面目にアドバイスしてやんよ。まぁ夫婦ってのはな。役所に届け出りゃ完成しちまう関係だ。ペン一本で夫婦になれちまう。でもよ、ボスが聞きたいのはそういう形式的な事じゃねぇだろ?」
「無論だ」
「オッケー。イーヴィル・パーティーがルールだの形式だの守ってんのは笑い話だ。届け出なんてどうでもいいんだよ。事実婚でも夫婦は夫婦だ。結婚式も要らねぇ。お互い好きになってりゃ、それでいいんだ」
「簡単に言ってくれるな。その想いを如何にして伝えるかが難しいのではないか」
「あぁん? 童貞極めすぎだろ。そんなもん、言っちまえばいいじゃねぇか。恋愛は行ったもん勝ち、行動したもん勝ちだ。アタイも昔はそうやって、男を奪ってきた」
「言ったもの、勝ち」
およそアドバイスとは言えないような、単純な答えだった。だが、その明快な結論こそに我が輩は背中を押された。そうか。我が輩は、本当はこういう答えを待っていたのだろうな。具体的な方法論ではなく、勇気をあたえてくれる抽象的な一言。サジェッタの侮辱を交えたアドバイスが、今は何よりも頼りになった。
「本気でシエルの事好きなんだろ? だったらよ、余計な事は考えんじゃねぇ。どうせ年の差だとか立場だとかしょうもねぇ理屈こねてたんだろ」
「あぁ。貴様、案外良い相談相手に……」
うっかり、サジェッタの台詞をスルーしてしまうところだった。今、こやつは何と言った。
「……サジェッタ。何故我が輩の想い人がシエルだと知っている。一言も言ってなかろう」
「はっ! やっぱりか! っつーか『想い人』って! ボスの口調っていちいち固いんだよ。名家の生まれかっつーの!」
サジェッタはまたもゲラゲラと笑っていた。どうやら我が輩に鎌をかけたらしい。我が輩とした事が、してやられた。「名家の生まれなのは間違いないが」と言ってやりたい所ではあるが、話を逸らす気は無かった。
「へぇ。なるほどな。シエルか。ボスって結構、見る目あるじゃねーの」
「茶化さないのだな」
「アタイだって、茶化すべき相手くらい考えるさ。シエルはいい女だからな。女のアタイから見ても」
それは、我が輩相手なら躊躇なく茶化せるという意味か? まぁ構わないが。
「明日、本心を伝えに行きな。結果がどうであれよぉ、シエルは人の本気を軽く流すような奴じゃねぇだろ」
「ふむ。言われてみれば自信が湧いてきたぞ。感謝する、サジェッタ」
胸を覆っていた不安の靄が急に失せていくようであった。あれ程暗闇に閉ざされていた明日が、今は明るく照らされている。
「本当に、ボスって子供みてぇ。純情な悪党もいたもんだ」
サジェッタは珍しくも朗らかに笑い、ビールを喉に流し込んだ。最初はどうなるものかと心配だったが、やはりサジェッタに相談して正解だった。我が輩ですら一人では立ち向かえなかった問題に、サジェッタは共に立ち向かってくれた。この安心感は、彼女の助言あってこそだ。感謝する他無い。
「まぁ、アタイがボスの立場ならとりあえず抱いてから口説くけどな! ぎゃはははは!」
……台無しである。




